其之十九
カリン塔に打ちつけられたボラを追うように桃白白が飛ばした槍に追いついたは、ボラを庇って槍を受けたが、の薄い体では到底勢いを殺せず、そのままボラの体をも貫いた。
無情にも天命石で出来たカリン塔は傷ひとつつかずに鎮座し、一本の槍でまとめて貫かれた二人はカリン塔の壁を伝いながら地に落ちた。
「あの小僧……死に急ぎおって。あの男を庇わなかったらもう少し長生きできたものを……」
まあどうせすぐに死ぬ運命だったと桃白白は嘲笑い、すぐにとボラのことなど忘れ去った。
「……よくもを……おまえだけは……っおまえだけは許さねええええ!!!!」
絶望の淵に突き落とされた悟空は、桃白白に殴りかかる。頭に血が上って単調な攻撃になる悟空を弄ぶように桃白白の蹴りが決まり、とボラ同様カリン塔に打ちつけられた。しかしそれだけでは終われない悟空は起き上がり、かめはめ波を放つ。さすがの不意打ちには桃白白も避けられず、両腕でガードしながら耐えるが、身に纏っていた服までは耐えきれなかったのかボロボロになってしまった。恨めしげに睨みつけると、人差し指を悟空に向けて鋭く細長い衝撃波を心臓目掛けて打ち込んだ。そのまま後方に飛ばされた悟空は重力に従って地面に転がり、やがて静寂が訪れた。
ボラも、ボラを庇ったも、勇敢に敵に挑んだ悟空も、みな死に絶えた。
手も足も出なかった。ウパは自分の無力さに腸が煮え繰り返りそうだ。口惜しくて、悔しくて、奥歯を噛み締めて涙をぐっと堪える。自分が泣いても誰も帰ってきやしない。
とボラはカリン塔の根本に折り重なるように倒れていた。ボラに触れると、既に失われつつある体温がウパに現実を突きつける。泣かないように堪えていた涙がすぐにせり上がってくる。それを誤魔化すようにまずはとボラに刺さった槍を抜こうと引っ張ると、か細くて今にも消えてしまいそうな呻き声が聞こえた。
「っぅ…………」
「っさん?!!」
はウパの懸命な呼び掛けに、必死に意識をつなぎとめる。瞬きすらもつらい。一度瞼を閉じたら二度と持ち上げられないのではないかと思うほどの強烈な眠気と戦う。
「……ぶ……じか……」
「ボクは無事だよ! でも、父上と悟空さんが……!!」
は生きていた。ウパは今度は喜びのあまり泣きそうだ。
「……う、ぐ……っ!!」
は力を振り絞って体を起こすと、自然と槍も抜けていく。深く息を吸って吐くと、一気に槍を抜いた。何度か獣のように短く息を吐いて、ふらりと仰向けに倒れた。
「いってえ……」
痛いどころではない。早く止血しなければ血が噴き出して止まらなくなってしまう。
ひとり慌てるウパとは逆に、大の字で寝転がるは至って冷静だ。
「もう血は止まっている。多分、じきにキズも塞がる」
「そ、んな……だって父上の槍がさっきまで刺さってたんだよ!!?」
ウパが驚くのも無理はない。だがこれでも自身も驚いているのだ。確かに自分はボラを庇って一緒に心臓に槍が刺さった。あ、死んだな――そう思った。しかし予想に反して心臓は止まるどころか激しく動き始め、自分の体が尋常じゃない速さで再生していくのを感じると同時に、激しい眠気に襲われては槍が刺さったまま眠りについたのだった。
「なんでだろうな……自分でも自分がわからない」
は昔から傷の治りは早い方だった。どれほどの傷やケガを負おうとも、みるみる再生して一晩ぐっすり寝れば跡形もなく元通りになっていた。そしてそれは師匠やその他の人間にはない能力だった。
自分の出生も家族も何も知らないだが、自分が何者であれ師匠は惜しみになく我が子のように愛情を注いでくれた。自分には勿体無いくらい幸せであったは自身が人間であろうがなかろうが深くは考えなかったし、それこそどうでもよかった。だが確実に普通の人間であれば死んでいたはずの傷も再生して生き抜いてしまうなんて、いよいよ人間終了かもしれない。自分はいったい何者なんだろうか――カリン塔に住む仙人に訊けばわかるだろうか。
「それよりも……ごめん。お父さんを守れなくて……でも、ウパだけでも生き延びてよかった」
「なんの役にも立たないボクなんかが生き残るよりも、父上がっ「ウパ」
の低い声にウパはびくりと肩を震わす。
「二度と自分の命を蔑ろにするような言葉を口にするな。お父さんが命を懸けて守ってくれた自分の命の重さを今一度考えるんだ」
厳しいの言葉に、ウパは俯いて今度こそ涙をこぼした。今日の出来事を胸に刻みつけるように、もう二度とこんな思いをしないように――決意の涙だ。
「それに……生きていればきっといつか父を超えるくらい強くなれる。だってお前は悔しさも、痛みも、命の大切さも知っている。絶対強くなれるさ」
はフッと力なく笑いながら、声を押し殺して涙を流すウパの頭を優しく撫で続けるのだった。
「さて、俺はしばらく寝る。悟空が気がついたら起こしてくれ」
ウパが泣き止むと、がありえない発言をした。悟空が生きている――は見ていないが、あれほどの衝撃波をまともに喰らったのをウパはしっかりとこの目で見ている。そんな悟空が生きているはずがない。
「一回生死を彷徨ったおかげか、みんなの気っていうのかな……なんとなくわかるようになったんだ。悟空の気は感じられるから、まだ死んでいない。血が出ている様子もないし、多分気を失っているだけだと思う」
の言葉にウパはついていけずに疑問ばかりが残ったが、は答える気がさらさらないのかそれきり口を開かずに爆睡してしまった。
「う……ん」
「あっさんの言う通りだ! 悟空さんは生きてる!!」
ボラの墓を作り終えたウパは、悟空の小さな呻き声に気がついた。
「い……いちち……」
悟空がゆっくりと体を起こすと、桃白白の技によって破けた道着の隙間から孫悟飯の形見であるドラゴンボールがコロンと落ちてきた。悟空はお腹に入れておいた悟飯の形見に助けてもらったのだ。ドラゴンボールを拾い上げて見つめると、はっと我に返った悟空はあたりを見渡した。
「っ! は!!?」
「あっさんなら……」
あそこで寝てますとウパが答える前に、血だらけの服のまま横たわっているを抱き起こし、揺り動かしながら何度も必死に名前を叫んだ。悲愴感に満ちた悟空の様子に、もうとっくに起きているは起きるに起きれずにいた。どうしたものかと起きるタイミングを見計らっていると、の頬に冷たい雫が伝った。雨だろうか――いや、違う。これは悟空の涙だ。
ゆっくりと瞼を持ち上げたの目に飛び込んできたのは、濡れた綺麗な黒曜石であった。悟空は自分をキレイだと言うが、にしてみれば悟空の真摯で無垢な瞳の方が美しいと思う。
が思わず悟空の頬に触れて指で涙を拭うと、悟空は言葉にならないのか、これでもかと言うくらい目を見開くばかりであった。
「……っ……っっ!!!」
「ぐえっ! ちょ、ごく……ぐるじっ!!」
やっとが生きていることを実感したのか、悟空はをきつくきつく抱き締めた。の命を、存在を確かめるように、それはもう力の加減がわからないほどに喜びを露わにした。悟空の歓喜はにも当然伝わってきたが、いかんせん今は死にそうでそれどころではない。
なぜ死に至るまでの傷を負ったはずのが生きているのか――しかもなぜかその傷はいまやきれいさっぱりとなくなっていて――は本当にただの人間なのだろうかと数々の疑念が残った。しかし悟空にとってそんなことは問題ではない。が生きている。それだけでいいのだ。
「さんと悟空さんが生きてて本当によかった……これで父上も生きてたら……」
「……悟空」
ウパの沈んだ表情を見つめ、は何か言いたげに悟空を見つめた。
「ああ! オラたちがドラゴンボールをぜんぶ集めておまえのとうちゃんを生きかえらせてやる!!」
「えっ!? そんなことできるのっ!?」
ウパの言葉には頷く。きっと神龍ならばどんな願いもかなえてくれる。
だが四星球以外は桃白白に奪われてしまった。じき四星球の存在にも気づき、また奪いにやってくるだろう。しかし今のと悟空の実力で桃白白を返り討ちに出来るかと言われると、不確実だ。そこでは寝ながら打開策を考えていた。
「悟空、カリン塔にのぼろう」
「そっか! カリン塔にのぼれれば、きっとあいつに勝てるよ!」
「そうか…!! あのてっぺんには力をなん倍にもしてくれる薬があるはずなんだ!」
「ボク、ぜったいにあると思う! ふたりならきっとのぼれるよ!!」
かくして、と悟空はカリン塔をのぼることを決意したのだった。