其之二十七
クリリン、悟空と勝ち進み、次はと天津飯の対決となった。
「きさまも桃白白さまを……!!」
「……因果応報ってやつだ。逆恨みはやめてくれ」
は冷え切った眼差しで一礼し、試合は始まった。
天津飯が先制して鋭い突きを繰り出すが、はうまく受け流す。続けざまに天津飯が下から上に向かっての顎に一発入れようとするが、その途中でが上から手掌で被せるように天津飯の拳を止め、かわりに天津飯の顎に一発ぶち込んだ。上空に吹っ飛んだ天津飯を追随しようとするが、そうはさせまいと空高く飛んだ天津飯はかめはめ波を放った。亀仙流でない人間がかめはめ波を放つとは――悟空たちを含め、観客が驚きでざわついている。
しかしはその場を動かずに片腕を前方に差し出し、もう片方の手で支えた。あのかなり大きいかめはめ波を受け止める気なのだろうか。察した亀仙人は聞こえないかもしれないが、やめろと叫んだ。
「このくらいならいける……!」
は不敵な笑みを浮かべながら、真っ正面からかめはめ波を受け止めた。閃光が走り終わると、の足元の武舞台はかなりの大きさで凹んではいるが、自体は無傷であった。
「お返しだっっ!!」
上空で驚いている天津飯へ向けてそのままどどん波を放つ。しかも天津飯が放ったかめはめ波よりも倍大きい衝撃波だ。天津飯はすぐさま危険を察知し、舞空術で避けてそのまま武舞台へと降り立った。
「空の旅は快適だったか?」
挑発的な笑みを浮かべるに、天津飯は苛立ちを覚える。
「っふ、少しはやるようだな……だが、これならばどうだ?」
「?」
「新鶴仙流太陽拳!!!!」
「っっ!!!」
会場が真っ白になるほどの閃光に包まれた。誰もが目を瞑り、戸惑いの最中、技を放った天津飯がの背後にまわり、後頭部に膝蹴りを喰らわそうとする。
「……っなに?!!」
「残念だったな。脇がガラ空きだ」
だが、確かに先程までそこにいたが消え、天津飯の脇腹に回し蹴りを喰らわしていた。
「きさま確かに太陽拳を喰らったはず……?!」
「ああ。だから目を瞑ってんだよ。生憎俺に第三の目はついてないが、ある程度の動きは目を瞑ってても気でわかるんでな」
そう言ってはゆっくりと目を開けた。
「……なるほど……ドンガメチームにまさかこんな奴がいたとはな……ふ、ふふ、おもしろい」
天津飯は笑みをこぼすと、再び構える。も天津飯に刺すような視線を送って構えをとると、両者ぶつかり合うように飛び出した。
「だが、オレとおまえでは圧倒的に差がある……それは、パワーだ!!」
「っ?!!」
の突きを躱しつつ、の細くてしなやかな腕を骨を砕く勢いで掴み上げる。物凄い握力だ、抜け出せない。
が手首の痛みで怯んでいる隙に、鳩尾に強烈な膝蹴りをぶち込む。
「がっ!!!?」
一瞬息が止まったに待ち受けていたのは武舞台への叩きつけからの、場外への投げ出しだ。
これで決まりかと思いきや、場外へと吹っ飛ばされたは歯を食いしばって場外の芝生の上空で留まった。
「こっこいつ! どどん波のみならず舞空術まで?!」
「ご丁寧に鶴仙流の方が見せてくれたからな……っごほ……にしても、今のは気でガードしてなきゃ肋骨イッてたわ……もう手首は使いモンにならないが……」
赤黒く染まった手首とは反対の手で腹部を抑えながら舞空術で武舞台へと戻ると、どっと歓声が湧き上がる。まだまだこれからだ。
は深く呼吸し終えると、一気に天津飯に飛びかかり、宙に浮きながら天津飯の側頭部に素早く膝蹴りを二度と浴びせて再び距離を取った。天津飯も強烈な二発をもらい、立っているのがやっとだった。
「次で決め……っ??!」
に刺すような腹部の痛みが襲う。
そうか、これがクリリンを苦しめた超能力――きっと鶴仙人か餃子が行っているのだろう。天津飯からはそんな気は感じられない。はそこですべてを悟り、誰にも気づかれぬよう小さく笑った。
急に黙り込んで冷や汗を流すに天津飯は不信感を抱くが、がこちらに飛びかかって突きを繰り出すので、脇腹に蹴りをお見舞いする。きっとこのくらいの蹴り、また避けられるだろうと読んでいたが、あろうことかに直撃して簡単に場外へ吹っ飛んでいった。あまりにもあっけない幕切れだった。なにも知らない素人の観客からすれば、天津飯からもらった腹部へのダメージが思いの外大きくて動きが鈍り、まともに喰らった蹴りで最終的に天津飯に軍配が上がったと見えるだろう。しかし天津飯には決してそうは見えなかった。こんな勝負の勝ち方、納得がいかない。
はのろのろと武舞台へ上がり、アナウンサーによって勝利を告げられた天津飯に一礼して去っていった。天津飯は苦虫を噛み潰したような顔での背を睨みつける。
「……っ!「っ! 一体どうしたんだよ?! おまえあともうちょっとで……!!」
選手控え室にやってきたに声を掛けようとした悟空を遮り、クリリンが食い気味に一気に捲し立てた。その横で悟空がクリリンを恨めしそうに睨みつけている図がなんとも面白い。
「さすがにあの腹の突きは効いたんだよ、手首も痛いし! 見てこれ酷くないか!? ちょっと救護室行ってくるから、悟空とクリリンは次頑張れよ!!」
次試合の悟空とクリリンに応援を送り、は変装をといた亀仙人とアイコンタクトを取り合って頷いた。
「まて」
「………………」
は救護室には向かわず、誰もいない中庭を歩いていた。
男の怒気を含んだ声に振り向くと、案の定納得のいかない顔をした天津飯がいた。
「なぜわざと負けた」
「敗者にわざわざ負けた理由を聞きに来るなんて……傷を抉りにきたのか?」
「はぐらかすな……っ!」
は真剣な天津飯の顔から視線を外し、小さくため息を吐いた。
「……おまえにも餃子にも、殺しをしてほしくなかったんだよ。あのまま戦っていたら確実に俺は変な超能力で殺されていただろうからな……」
「っなに?! まさか鶴仙人さまが……っ?!!」
「戦ってみてわかったんだ。おまえと桃白白は違うってな。非情になり切れていない真っ直ぐなおまえなら、まだ明るい道へ戻れる。おまえの洗練された技に薄暗い道など似合わないよ」
「黙れ!! 知ったような口を利くな!!」
「……正直言うと俺は武天老師さまより前に師事していた師匠を亡くしているから、師匠とその弟子の絆が壊れるのを見たくはないんだ……ただ、もう一度同じことを繰り返すようであれば次は容赦しない」
底冷えする睥睨を受け、天津飯はその場に立ち竦んだ。
それからは木陰に隠れていた亀仙人にあとは任せたという視線を送りつけ、足早に去っていった。
その後、思いの外の言葉が刺さった天津飯に声を掛けづらくなった亀仙人は、どうすれば以上に格好良く話を始められるか四苦八苦するのだった。