其之二十八
天下一武道会は無事終わったが、ピッコロ大魔王が復活し、その手の者にクリリンが殺された。激昂した悟空はクリリンを殺した者を追いかけていってしまい、すぐにも悟空の後を追いかけようとしたが、亀仙人に止められて踏みとどまった。
とうとう夜になっても悟空は帰って来ず、みな不安げな顔をしていたが、だけは決して見失わないように悟空の気を探り続けて安否を確認していた。
「まて――と言っても行くのじゃろう?」
「さすが武天老師さま、よくおわかりで……悟空はまだ生きています。今は気が極端に小さくなっていますが、これは死にかけの気じゃない……多分悟空のことなので空腹で動けないんだと思います」
ずっと一緒にいた悟空の気の変化は詳細までよくわかる。しかし気が小さ過ぎて場所は曖昧だ。こんな暗がりの中でさがすよりも、朝まで待ってからさがした方が得策だろう。今のうちにカリン塔へ行き、仙豆をもらって大魔王に弱点がないか訊いてみることにする。
「……死ぬでないぞ……」
「もちろん悟空と生きて帰りますよ!」
は天下一武道会場から飛び出し、舞空術で空を駆けていった。
「カリン様ーっ! カリン様カリン様カリン様ーーーっっ!!」
はカリン塔に着くなりカリンに抱きつき、何度も名前を呼びながら肉球をふにふに、顎をかいかい、頭と尻尾の付け根をなでなでした。
なぜか猫のたまらんポイントを心得ているであった。
「にょ、っほ、ほ……ってやめるのじゃ! 動揺し過ぎて煩悩が前面に出とるぞ!!」
の猫撫でテクニックに翻弄されるカリンは我に返ると、から距離を取っていつも手に持っている杖での頭を叩いた。
「ぃだあっ?!」
いつもが自分をそういう目(にゃんこを可愛い可愛いしたい目)で見ていたのはわかっていたが、まさかこの状況で手を出してくるとは油断も隙もない。
「すっすみません! つい取り乱してしまって……」
「まあよい。こんな状況じゃしな……で、仙豆を取りに来たんじゃろう?」
「はい……カリン様っあの……!!」
「言わずともよい。すべてわかっておる……しかし今夜はもう遅い。もう休め」
「でっでも夜が明けたらすぐ行かないと……」
「、今おまえがすべきことは身体を休めることじゃ。それ以外は認めんぞ」
は仙豆をもらい、カリンからピッコロ大魔王の話を聞いて空が白んできたら出発しようと思っていた。しかしそんなの思惑などカリンにはお見通しで、全力で止めに入ったのだった。カリンとて素直で可愛い弟子をこんなボロボロの状態でむざむざ敵の――しかも巨悪のピッコロ大魔王へと近づけるような真似はしたくない。はカリンの言葉の真意を汲み、大人しく休むことにしたのだった。
「あああああああああっっ!!!!」
カリン塔にの雄叫びが響き渡った。カリンは急いでの寝床まで行き、何事かとあたりを見渡す。
「かんっぜんに寝坊してる……!? えっ私のんきに寝過ぎじゃない……? っなんでカリン様起こしてくれなかったんですか!!!」
寝坊で困惑して完全に素に戻っているを見て、カリンは安堵のため息を吐いた。が攻めるようにがくがくと体を揺らしてくるのは頂けないが。
「落ち着け。今悟空はおまえの兄弟弟子であるヤジロベーとかいう男と一緒におる」
「……っは!? なんであいつが悟空と……!??」
寝坊して頭が働かないのに、ますます思考が混乱するばかりであった。
とりあえず支度をするようカリンに言われたは、まず完全に目を覚ますことから始めなければならなかった。
「あいつのおかげで悟空が復活したのか……なんだか複雑だな……」
がパニックに陥った際に師匠とセットで叫ばれていたヤジロベーとは兄弟弟子であった。同じ釜の飯を食った仲というわけだ。と言っても、師匠が死ぬ前に自分探しの旅をするとかなんとか言って別れたのが最後であったが――まさか悟空と出会っているとは。
「それで、カリン様……」
「……うむ……正直言ってピッコロ大魔王の弱点はない。おまえと悟空が何年か修行すればあるいは可能性があるかもしれん……」
「そんな何年も修行する時間なんて……カリン様が修行をつけて下さればもっと早く修行が終わるんじゃないですか!?」
「残念ながら、わしからおまえたちに教えられることはない。おまえたちはもうわしをも凌ぐ力を身につけてしまった……」
「そ、んな……」
それでは打つ手がないままピッコロ大魔王を野放しにして、世界が混沌の闇へと落とされてしまうのをただ待つしかできないのか。
「……超神水ならあるいは……」
浮かない顔でぽつりと呟いたカリンの一言をは聞き逃さなかった。
「カリン様! なんですかその超神水って!?」
「う、……うむ……」
カリンの口はだいぶ重たげだ。そんなヤバいものなのだろうか。は手に汗握りながらじっとカリンの次の言葉を待った。
やっと口を開いたカリン曰く、超神水とは身体の中の隠れ持っている潜在能力を引き出す水らしい。しかし非常に強い毒性を持っており、並外れた生命力と精神力持っていなければ死んでしまう。今までの挑戦者で生き残った者はおらず、あのカリンですら途中で耐えきれずに吐き出してしまったほどだ。
「……どうじゃ、この話を聞いて飲みたくなったか?」
「ええ……!! 断然生きる希望が湧いてきましたよ、カリン様」
「っ死ぬかもしれないのじゃぞ……!?」
末恐ろしい――どうせ死ぬなら強く在りたいと願うこの弟子が。
「きっと悟空も飲むと思いますよ」
は揺るぎない信念を持った顔で笑った。
「まったくおまえは不思議なやつじゃよ……」
の笑顔を見るとどこか安心するというか、なんとかなると希望が湧いてくるというか――といい悟空といい、本当になにか途轍もない力を秘めているのかもしれない。
「そうと決まれば仙豆持って悟空を迎えに行ってきます!」
「そうじゃな、今仙豆の準備を……っこの邪悪な気は……!?」
「ピッコロ大魔王が悟空に近づいてる……!??」
カリンとはだんだんと膨れ上がる悟空の気を感じ取った。ついにピッコロ大魔王と邂逅してしまったらしい。
「……、本当に今の状況で悟空を助けに行くのか? 死ぬぞ……?」
「遅かれ早かれ死ぬのなら、悟空を助けにいって死にます」
いっそ潔い答えが返ってきてカリンは口を噤む。これほどの覚悟こそがの強さなのだと悟ってしまったからだ。
「……死ぬでないぞ……」
「あはは! 武天老師さまと同じこと言ってますよ」
「あんなえろじじいと一緒にするでない!」
「自分の方が大分おじいちゃんじゃないですか……」
「さっさと行け!」
「はいっ! 行ってきますね!」
は仙豆の入った袋を大事そうに懐に入れて笑顔でカリン塔を飛び立つ。そんなの背中を見送るカリンは、これが今生の別れとならないことを願うばかりであった。
※カリン様はに行って欲しくなくてわざと起こさなかったという裏話。