蜜雨

其之三十

 なにか役に立つかもしれないとヤジロベーを連れて来たはいいが、カリン塔にのぼりながらぐちぐちと文句を言うヤジロベーにはキレそうだ――というか一回キレてすでにヤジロベーを突き落としていた。しかしそこは腐ってもと兄弟弟子なだけあって、あっという間にのぼってきたこのタフさにはも感心する。
 そうして天国に一番近くて食べ物にも困らない安全な(ヤジロベーを誑かした文言)カリン塔に着いた。

「待っておったぞ。悟空、よくぞ無事であった」

 カリンはいつも通りたちを待ち構えていた。カリン塔に辿り着いたヤジロベーがこんな薄汚いとこにネコがいるだけでどこが天国だと小声でほざいたので、は強めに腹の肉をつねりあげておいた。

「で、飲むのじゃろう? 超神水を……」

 カリンの言葉にも悟空も無言で頷く。
 カリンは予め用意していたらしい超神水をたちの前にことりと置いた。そして湯呑みに濁った液体をなみなみ入れ、と悟空に差し出す。

「ちょっと味見させろよ……!」
「うわっ汚い指入れるなよ!」
「汚くねえよ!」

 の湯呑みに指を入れて超神水を味見をすると、すぐにヤジロベーは悶え苦しんだ。

「や、やめとけ!! おめえ絶対に死ぬぞ!!」

 ヤジロベーの肉厚な手が、の湯呑みを持つ手に重なる。

「死ぬのは嫌だけど……でも、悟空と一緒なら乗り越えられそうな気がするんだ。なんでだろうな」
「オラもわかんねえけど、と一緒ならなんでもできちまう気がすんだ」

 と悟空はお互い笑って見つめ合い、ヤジロベーの制止も振り切って超神水を一気に飲み干した――瞬間、は倒れて悟空は断末魔の叫びをあげた。
 ヤジロベーは苦しげにのたうちまわる悟空と違い、ただただ倒れただけのに駆け寄った。ヤジロベーが状態を確認すると、呼吸はおろか心臓が完全に止まって死んでいる。

……!! っちくしょー!!!!」

 だから絶対に死ぬと言ったのだ。やはりこんなことになるならだけでも止めるべきだった。

「オレは好きな女を目の前で死なせちまった……!!!」

 床を悔しそうに叩くヤジロベーの目には涙が浮かんでいた。真面目で意地っ張りな奴だったが、ばかみたいに優しくて情に厚くて、なによりもあの目映い笑顔がヤジロベーは好きだった。

「っか、は……、はあっはあ……!」
「……まて! まだは生きておる!」
「……っ!」
「ぅぐっ!?」

 急に呼吸し出したと思ったら、また心臓が止まった。ずっと叫び、呻いている悟空とは違う苦しみ方である。動かなくなったはまた急に荒く呼吸をし始めた。どうやら一定の周期で生と死を迎えているようだ。

「……信じられん……ここまで耐えている悟空の生命力と……生死を繰り返す……」

 と悟空はそれから夜が明けるまでもがき続けた。やがてはゆらりと上半身を起こし、悟空も一際大きな呻き声をあげて目を開けた。カリンはふたりの強大な力を感じて震えあがる。

「ち……力だ……力があふれている……!」
「………………」

 悟空が自分の手を握ったり開いたりと身体を確認している横では自分の体を抱き締め、誰にも見られないように下を向いて目を見開いていた――まるで自分自身におびえるように。

……おいっ! どうしたんだよ?! まだどっかいてえのか?!!」
「あ、いや……大丈夫だ、ヤジロベー。おまえにはずいぶん心配かけたな……一睡もせずについててくれたんだろ? ありがとな」
「べっべつにおめえらがうるさくて眠れなかっただけだ!!」
「……なんかオラあのふたりみるとまた胸のあたりが苦しくなってきたぞ……」

 ヤジロベーと、そして悟空の奇妙な三角関係を傍観者のカリンだけが楽しんでいた。






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