其之四十一
※コメディ色が強いうえ下ネタ
先ほどののことはひとまず意識の隅に追いやった悟空は武舞台に上がり、対戦相手であるヤジロベーを好戦的な目で捉えた。
「ヤジロベーと戦うの久しぶりだな!」
「……おめえ、ほんとにを嫁にもらうつもりか?」
「ああ! オラ、とずっと一緒にいてえもん!」
「第二試合、はじめてください!!」
試合が始まると、ヤジロベーが悟空に飛びかかった。
「ふざけんでねえ! オレはなあ……オレはっ……おめえが出てくる前からがずっと好きだったんだよ!!」
ヤジロベーの突然の告白に、武舞台に繋がる選手用の応援場所で観戦していたは固まり、その横で観戦していたクリリンと天津飯は目を見開いてこれからの行く末を見守っていた。
「なんとっ! またもここに選手に想いを寄せる選手が!! これは試合の勝敗だけでなく、選手が誰を選ぶのかも注目ですね!!」
アナウンサーの声につられて観客も盛り上がるが、渦中の人であるは今すぐこの場から消えてなくなりたかった。
「その……なんだ……大変だな、お前も……」
「あ、ははっ……モテる女はつらいな!」
天津飯とクリリンの言葉には項垂れた。
「やっぱおめえものこと好きだったんだな」
同じくのことが好きな悟空はヤジロベーの気持ちに気がついていた。と言っても、ヤジロベーが自分と同じ眼差しをに向けていることに気がついたのはこの大会中で――悟空が武舞台でを嫁にする宣言をした時にヤジロベーが自分を睨みつけていたのを見て確信に変わったのだ。
「あいつは意外と雑だし、口よりも先に手が出るし、負けん気が強いけどよ――」
ただ悪口を吐き出すヤジロベーに、本当に好きなのかこいつふざけんなとは眉を顰めた。
「芯が強くて真面目で意地っ張りで、そんでばかみたいに優しくて情に厚くて……オレは、あいつの笑顔のおかげで生きてこれたんだよ」
ヤジロベーはある日突然、食べ物のにおいにつられてと師匠の住む家にやってきた。師匠はもちろんお腹を空かせたヤジロベーにご飯をご馳走し、そしてヤジロベーの素質を見抜いた師匠が好きなだけご飯を食わせてやるから弟子にならないかと持ち掛けたのだ。もう何年も前の話である。
「オラもの笑顔、だいすきだ!」
「っへ! で抜いたこともねえガキがなに言ってんだ!」
お前がなに言ってんだ――いまだ顔をあげられずに悟空とヤジロベーの会話を聞いていたは、見なくてもわかるくらいクリリンと天津飯の同情した視線をひしひしと感じていた。
は後日ヤジロベーを半殺しにしてやると誓った。
「ぬく? オラ抜いたぞ!」
だから悟空さんもなにを仰っているのかしら。
悟空の爆弾発言により男性観客陣は大いに色めき立つが、はそろそろ握り締めている拳から血が出てきそうであった。
「の身長! ヤジロベーはとおんなじくらいだもんな!」
へへへと笑う悟空の天然発言に、この場にいるほとんどの人たちがずっこけた。
「っとに調子狂うやつだなおめえはよお……なら、の右内腿にほくろがみっつ並んでんの知ってんのかよ!」
突如はじまったどれだけのこと知っているかゲームだが、間違いなく現在武道大会の試合中である(ちなみに描写は省略してあるが、ヤジロベーと悟空は一応戦いながら会話をしている)。しかもいらん情報が流されているうえ、さらにに視線が集中している気がしてならなかった。どこかから内腿かといやらしい声と生唾を飲み込む音が聞こえた気がするがきっと気のせいだと思いたい。はなにか大切なものを失っていく感覚に陥るのだった。誰か早くあのアホどもを止めてくれ。
「そうなんけ? の裸は見たことあっけど、そこまでは知らねえなあ……でもの体がやわっこくて気持ちいいのはわかるぞ!」
コ、コロス……っっ!!!!
耳まで真っ赤にしてわなわなと震えだすに気がついたクリリンと天津飯は必死に宥めていた。この状態の紫苑がもし暴れでもしたら武道大会やピッコロどころではない。これ以上は勘弁してくれとクリリンと天津飯は冷や汗を垂らすのだった。
「おめえもしかしてと寝たんじゃねえだろうな!?」
「? ああ、と寝たぞ?」
悟空のことをよく知る者は、彼がヤジロベーの言う寝るの意味を履き違えていることくらい察している。しかし、もちろん大多数の人たちはそんな悟空情報など知る由もなく、悟空とはそう言う関係であると誤った認識が広まってしまった瞬間であった。
「……ねえ、クリリン」
「ははははいっ!」
あらぬ誤解を受けた被害者であるは、現在クリリンにおそろしいほどの笑顔を向けている。クリリンは後退りしながらも、上擦った声でなんとか返事をした。
「あいつらもろとも武舞台が消えて無くなればいいと思わない?」
「やっやめろ! 気持ちはわかるがそれだけはっ!!」
「もう無理! 耐え切れない!! もう天下一武道会に出れないぃぃいい!!」
「天津飯も手伝ってくれーーーっっ!!」
にとったら目の前で起こっていることは地獄絵図だろうが、クリリンと天津飯にとってもこの状況は地獄であった。いかんせん神の修行により更に怪力に磨きがかかったをおさえなければならないのだから。
「なあヤジロベー、もういいか? 怒ったほっぽってきちまったんだ。早くおめえに勝って話してえ」
今ではもう先ほどの怒りとはまた別の怒りを買ってしまっているが、もちろん悟空は気づいていない。
「けっ! オレに勝ったところでぜってえ結婚とか認めねえからな!!」
「へへへ! ヤジロベーに認めてもらわなくてもが認めてくれればいいもんね!」
「っこんにゃろ……ぐぎゃ!!?」
生意気な口を叩く悟空に一発入れてやろうと拳を振りかぶったが、その前に悟空はヤジロベーの鳩尾に一発入れて場外までふっ飛ばす。ほんの一瞬の出来事であった。
「じょ、場外です! 孫悟空選手、見事選手に挑戦する権利を勝ちとりました!!」
会場は大盛り上がりだが、なんだか趣旨が変わっている気がする。
「わりいな。だけは……だけは譲れねえんだ」
そんな会場の盛り上がりにはさして興味のない悟空は、武舞台からヤジロベーを見下ろしてニッと笑みを浮かべる。普段の穏やかな表情は鳴りを潜め、独占欲丸出しのただの男の顔をしていた。
「ヤジロベー……あんたあとで覚えてなさいよ?」
武舞台から選手控え室へとやってきたヤジロベーを待ち受けていたのは、般若を背負ったであった。の底知れぬ怒りにヤジロベーはそそくさと逃げていく。
「なあ、なんかおめえさっきより怒ってねえか?」
「っば、ばか! これ以上を刺激すんな!!」
ヤジロベーに続いてやってきた悟空は先ほどよりも怒りの熱量が増したに首をひねる。しかしこれ以上の逆鱗に触れてはまずいとクリリンが悟空の口を塞いだ。なぜ自分は試合前に親友の尻拭いをしなきゃならんのだ――クリリンは泣きたくなる気持ちを抑え、アナウンサーに呼ばれて武舞台へと向かっていった。これでもう悟空を止める者はいなくなり、再度悟空がに話し掛けようとしたら、すでにその場にはいなかった。気を完全に絶って逃げたらしい。気の扱いに関しては悟空をも上回るほど超一流のが本気で隠れてしまったら見つける術はなかった。しかしどうせが望まなくても試合で会えるのだと悟空はのことを気にしつつも、仕方なく大人しく試合観戦に徹することにしたのだった。