其之四十二
※クリリン対マジュニアと天津飯対シェンはカット
「さあさあ皆さまお待ちかね! 注目の対決、選手対孫悟空選手の試合です! ふたりはわたしたちにどのような結末を見せてくれるのでしょうか!!」
お馴染みのアナウンサーの台詞に会場から歓声が上がる。いくらドラマチックな紹介をしても今から行われるのは試合なのだが、この会場にいる人たちはわかっているのだろうか。
「やっと会えたな。おめえ怒って逃げちまうからさあ……」
「はじめてください!!」
「っふ!!!」
いつもの一礼を済ませたが武舞台から消えたと思った時には、既に悟空が地に伏せていた。会場にいるほとんどの者が見えていなかったので解説をすると、は驚異的な速さで悟空の頭部に拳骨をぶちかまし、その攻撃をモロに喰らった悟空は顔面から武舞台にめり込むことになったのだ。
「おーいちち……なあ、だからなんで怒ってんだよ。オラ、おめえには笑っててほしいんだ」
ギャグ漫画よろしく綺麗に人型にめり込んだ悟空はぴょこんと平然と起き上がる。
「っ悟空がいきなり嫁にもらうとか言うからでしょ!!」
立ち上がって構えた悟空にが飛び掛かると、またふたりの姿は見えなくなった。ふたりの動きがあまりにも速くて常人の目ではとても追いつけないが、声だけは響いていた。
「ほかにもいっぱい恥ずかしいこと言うし……っ私のことからかうのやめてよね!!」
「オラ本気だ!!」
「っっ!?」
悟空がの拳を受け止め、両者見つめ合う状態でやっと動きが止まった。
「がすきだ」
なににも染まらない純真な瞳と声の重みではようやく気づいた。いや、ただが知ろうとしなかっただけで、もっと前から悟空は好きの本当の意味をポポから教わり、そしてはっきりとが好きだと自覚していた。むしろの方が逃げてばかりで、自分の気持ちを伝える勇気も度胸もなくて、悟空の気持ちを知ろうとしなかった。もはやここには好きとか愛とかを食べ物だと思っている、無知でチビの悟空はいないのだ。
「のぜんぶをオラにくれ……以外なんもいらねえからさ」
なんてひどい殺し文句だ。
悟空は掴んでいたの拳を自分の方へと引き寄せ、もう片方の手で頬を包んだ。はずっと悟空のその瞳に捕らわれていて、されるがままだった。
「オラと結婚してずっとそばにいてくれよ」
よく悟空はの笑顔が好きだと言うが、の方こそ悟空の笑顔が好きで好きでたまらなかった。この笑顔にたくさん救われ、助けられた。にとっても悟空はなにものにもかえがたい、自分の命を懸けても惜しくない存在なのだ。
「っは、い……!」
感情の抑えがきかなくて、愛があふれ、涙はこぼれ、声も絶え絶えになる。悟空はうれしそうに微笑んでの涙を指で拭い、そして自分の唇をの唇に寄せ――
「っっわああああ!!!!」
自分に近づいてくる悟空で正気を取り戻したが悟空の頬に鉄槌を下すと、見事に顔面で武舞台の敷石を破壊しながら冗談抜きで三メートルほどぶっ飛んだ。これがつい今しがた結婚を誓い合った男女のやり取りだとは誰も思うまい。うら若き乙女が問答無用で拳である。だが許してほしい。嫁の意味も知らなかったあの悟空が胸焼けしてしまうほど甘々なプロポーズを披露するだけではいっぱいいっぱいだったのに、加えてキスまでしてこようとするものだから、先にが音を上げてしまった。よくよく考えたらここは武舞台の上で、おまけに今は神聖な試合中――大人数の前で公開プロポーズしてしまったうえにキスなんてできないと恥ずかしさが天元突破した乙女はささやかな抵抗(顔面に拳)をするほかなかった。
ふたりの様子を固唾を呑んで見守っていた(野次馬根性ありありの)観戦者の方々が少しがっかりしたのは言うまでもない。
「ななななんと! たっ大会はじまって以来の椿事です!! 孫悟空選手と選手が結婚してしまいました!! いや~、第二十一回からおふたりを見守っていた身としては大変感慨深いものです!」
アナウンサーがうんうん頷いている横で、は悟空の頬に触れて治癒してあげていた。
「ほんとごめんね! でも悟空がいきなりその……キ、キスしようとするから!」
「すきって言ったらキスしていいってミスター・ポポが言ってたぞ」
多少ポポが教えたことと相違があるような気もするが、当たらずとも遠からず。
「もうこれ以上人前では恥ずかしいからやめて! ね? あとでいくらでもしていいから!!」
「ほんとかっ!?」
「しまっ……! や、あの、ちがっ……!!」
、本日一の失言である。
の言葉に会場がさらにやんややんやと盛り上がった。もちろん悟空がその失言を聞き逃すはずもなく、に弁解させる暇も与えずに武舞台の上をぴょんぴょん飛び跳ねていた。そんなところはまだまだ無邪気なこどものままで、出会った頃となんら変わらない悟空を見ていたら、口を開こうとしたもすぐに諦めた。自分だって今は恥ずかしさが勝ってはいるが、悟空に触れられて嬉しくないわけないのだ。
まさかの怒涛の展開であったが、あくまでも今は試合中であるふたりがいつまでもラブコメをしている場合じゃなく、そろそろ本気で戦うための準備をし始めた。
「へっ? おふたりとも、あれで本気ではないんですか?!!」
「「うん」」
愕然とするアナウンサーにと悟空はあっさりと答えて各々靴やリストカバーを外した。
「あり? シャツは脱がねえんか?」
「悟空相手だったら脱ぐことになるだろうから、前もってシャツだけは替えてきた」
「っちい!!!」
亀仙人を筆頭に、の生着替えを拝めると思っていた男性陣は心底がっかりしていたのは言うまでもない。
「よいしょっと」
「あ、! オレが預かっといてやるよ」
「ありがと、クリリン。ちょっと重いから気をつけてね」
「おも……い゛?!!」
が脱いだ靴やリストカバーをまとめてクリリンに渡すと、見た目はなんの変哲もないはずなのにおそろしく重かった。
「えーと、さん……? こっこれは……?」
「うん、神様がこれも修行だって」
「百キロ以上あるぞ……」
同じく悟空の荷物を預かろうとシャツを持ち上げていた天津飯が呟いた。これほどの重りを身につけていたら嫌でも馬鹿力に磨きが掛かるだろう――どれだけ見た目が可愛らしい女の子になっても、驚くべき力を持つにクリリンと天津飯は冷や汗を垂らしていた。
「じゃあ軽くなったところで……」
「いくぞ!」
と悟空は一息つくと、忽然と消えてしまった。今まで目で追えていたクリリンや天津飯も、もはやふたりがどこでなにをしているのかわからない。ふたりをじっと見守っていた神も震撼していた。かろうじて見えるか見えないか――いや、見えない――この神の目を持ってしても。悟空よりもの修行を見ることが多かった神はの速さはわかってはいたが、まさかここにきてこれほどまでにスピードが引き上げられているとは思わなかった。と悟空の伸びしろに神は開いた口が塞がらない。
みなが驚愕する中、そんなふたりを見てピッコロだけが不敵な笑みを浮かべていた。
「だっ!!!」
「ぐぅ!!」
悟空が拳を振るうと、も負けじと悟空に拳をぶつける。しかし、やはりがやや押されていた。純粋な体術となれば、いくらの力が強いと言っても悟空には劣る。普段ならばは自身が持つ無尽蔵な気を駆使してその差を埋めているのだが、この勝負においては気の使用が禁じられていた。もしと悟空が対決することになった場合、お互い潰し合わないように気の類は使わずに体術のみで勝負しろと神に約束させられていたのだ。
「へへっ」
「なにこんな時に笑ってるの?」
「やっぱと戦うのワクワクすんな!」
「!」
悟空は楽しそうにの中段と上段の回し蹴りを難なく受け止め、の脚を掴んで場外へと吹っ飛ばした。はふっ飛ばされながも素早く体勢を変え、自らの足を使って武舞台を削り取りながらブレーキを掛けて踏み止まった。そんなもまた楽しそうだ。分け隔てなく悟空がと対等に戦ってくれるのが本当に嬉しくて堪らないみたいだ。そしてふたりのやり取りを終始見ていた会場の人々は、間違いなく世界最強にして最高におかしな夫婦が誕生してしまったと思考を一致させていた。
「ふふっ悟空はそうでなきゃね……!」
は悟空の背後に回って側頭部に肘をお見舞いしてやろうとしたが、案の定悟空はの攻撃を避けてそのまま横薙ぎに払うように回し蹴りを浴びせた。しかしもまた悟空の攻撃の流れを読んでいたのか、ダメージを最小限にしつつ横に飛んで武舞台に手をついて受け身を取りながら、軽やかに構えの体勢へと移行させた。
「まだまだ詰めが甘いんじゃないの?」
挑発的な眼光と凛乎とした態度のとは対照的に、悟空は笑っていた。
「ははっ戦ってるもかわいいな!」
「かわっ……!!??」
突然の悟空のかわいい発言によっての顔はみるみる赤くなり、一瞬にして隙だらけになった。思ったことを口にしただけでなぜがこんな状態になってしまったのかわからなかったが、悟空はその隙を逃さず、今度こそ場外に落とす勢いでを蹴り飛ばす。当然無防備な状態ではガードも間に合わず、モロに喰らってしまったはこのままでは落ちると瞬時に判断し――
「ぅ、くっ……!」
思わず舞空術を使ってしまった。これでの負けが確定した。先に約束を破った方が負けだと悟空と取り決めていたのだ。そうでもしないと悟空はすぐに気の類を使ってしまいそうだからが提案したのだが、まさかそれが仇になるとは想定外であった。
渋い顔をしてが舞空術でふわりと武舞台に舞い降りると、悟空は喜色満面の笑みでが口にしなければならない言葉を待っていた。
「……参りました」
まさかここまで悟空に弱い自分がいるとは思わなかった。あんな顔でかわいいなどと言われたら、隙も生まれてしまう。これが惚れた弱みというならば、もしかしたらは一生悟空に勝てないのかもしれない。
の敗北宣言により、長きに渡る熱い(いろんな意味で)試合は幕を閉じた。
※今思えば試合中に仲を進展させない方がよかった気がするし(試合中はいつでも真剣でいてほしい)、戦いの中で進展する方がふたりらしい気もする