其之五十三
普段最低限の身だしなみしか整えないが目を開けば、そこには自分ではない自分がいた。純白の花嫁衣装を身に纏い、華やかに化粧が施され、綺麗に髪が結い上げられている。
「ブルマ、ランチさん……こんなに綺麗にしてくれて本当にありがとう」
つい数年前まで男装して修行に打ち込んでいた自分が、まさか花嫁になるだなんて夢にも思っていなかった。結婚式なんて挙げなくても構わないと思っていたが、愛する人や仲間に囲まれて結婚を誓うのだと思うとなんとも言えない想いが込み上げてくる。結婚に対して特に興味もなかったと悟空の尻を引っ叩いて完璧に結婚式を段取りしてくれたブルマに感謝だ。
「ふふふ……まだ泣くのは早いわよ!」
ブルマはすでに涙ぐんでいるを連れ、ランチはのドレスの裾を持ち上げて神殿の出口へと向かう。
飾り気の少ない荘厳な神殿も今日ばかりは特別仕様だ。神の粋な計らいで神殿の外は世界を救った夫婦の新しい門出を祝うように敷地一面美しい花で埋め尽くされ、神殿から祭壇まで続く道のりには赤い絨毯のバージンロードが伸びている。そしてその神殿の出入り口にはにとっては見覚えがありすぎる人影が――
「っうそ……どうして……?!」
死んだはずの師匠――沙門がを待ち構えていた。
「すべてブルマさんのおかげだ」
サプライズが成功して大満足なブルマは驚きに目を見開くにウインクを飛ばした。
占いババは死者を二十四時間だけ現世に呼び戻すことができるのだが、沙門と悟飯はと悟空との試合を終えるとすぐにあの世へ戻ってしまった。だからブルマはまだ彼らにこの世に戻れる時間が残っていると踏んで、占いババに頼んで今日この日の為に呼んでもらったのだ。
「ううっ……私こんなしあわせでいいのかなあ……!」
「むしろあんたはこれからもっともっとしあわせになんなさい!」
少し強めにの背中を叩いて沙門の前に差し出すと、ブルマとランチは神殿の外で今か今かと新婦の登場を待つ仲間たちの元へと向かっていった。
この世で再び会えるとは思ってもいなかった沙門は、当たり前だが数年前と容姿は変わっていない。相変わらず気難しそうに眉間に皺を寄せ(特に今日は皺の溝がより深い気がするのはの気のせいではないだろう)、口は真一文字に引き結ばれている。
「……本当にあの男でいいのか?」
「ふふっ、悟空がいいんです」
沙門が野暮な質問をするなど珍しく、思わずも笑ってしまう。それほどまでに娘同然の弟子を嫁がせるのを嫌がっているのだと気づいたからだ。
沙門はの覚悟を感じ取ると、心を落ち着かせるように深く息を吐き出して腕を差し出す。もう彼の誠実な眼差しは遥か未来を見据えていた。
もう二度と歩くことはないバージンロードを一歩一歩踏み締めるように歩きだして神殿の外に出れば、様々な冒険や試練、戦いを乗り越えた仲間たちが拍手とともに笑顔で迎えてくれた。少しだけ緊張していたも自然と肩の力が抜けていく。きっかけは師匠の死というかなしいものではあったが、その師匠の遺言という導きによって悟空と出会い、ブルマと出会い、師匠の師匠である亀仙人や仲間たちに出会った。その道は決して平坦な道ではなかったし、死ぬ思いもしたが(実際は冗談抜きで二回死んでいる)、今振り返ると顔がほころぶのだから不思議だ。
「」
神が立つ祭壇のそばでの名を呼ぶのはもちろん悟空だ。穏やかな笑みを湛えてに手を差し伸べる悟空はいつもの山吹色の道着ではなく、同様純白の洋装を纏っていた。
「、行ってこい」
悟空に呼ばれ、沙門に急かされたは沙門の元を離れて悟空の手を取った。
「私を師に、父にしてくれてありがとう」
の背中に沙門の静かな声が沈む。その言葉にの胸はどうしようもなく締め付けられた。
「っ私は、あなたの弟子で、娘です……いつまでも!」
悟空の手を取ったは、もう沙門の顔が見れなかった。
※正直結婚式は師匠とバージンロードを歩かせたいが為に書きました