※捏造だらけ
※悟空名前のみの登場
最期に脳裏に映ったのはフリーザと対峙しているカカロットであった。
バーダックは自身の肉体が灼熱の海に呑まれていこうとも、構わず静かに口角を上げる。必ず訪れる運命に歓喜し、サイヤ人の誇りや遺志を託すように息子の名を叫んだ。すると、また別の、もっと優しくてあたたかな気に包まれる感覚に襲われた。しかしそこですぐにバーダックの意識はぷつりと途切れる。
其之六十三
光の中で確かに悟空を見たはずなのに、へ伝わってくるのは硬く冷たい感触。瞼が重い。持ち上げるのに大分苦労しつつ、やっとこじ開ける。赤く染まった広い空の下、荒蕪地に横たわるはクリアになっていく視界の端に、見覚えがあり過ぎる姿が倒れているのを見つけた。一気に意識が覚醒し、勢いよく起き上がって駆け寄る。
「ッ悟空!!?」
腹這いに倒れる夫を仰向けにして抱き起こすと、はすぐにこの者が悟空とはまったくの別人だと気がついた。特徴的な髪型や顔立ちはそっくりだが、深く刻まれた眉間の皺や左頬には傷があり、体格も悟空よりは幾分かがっしりと成熟している。そしてその男の肉体を包む装いは、悟空の兄だと豪語していたラディッツが身に纏っていた戦闘服を思い起こさせた。恐らく、いや、十中八九サイヤ人だろう。その証拠にシッポまである。今は弱っているのか、その鍛え抜かれた分厚い筋肉に覆われた身体に宿る気は小さいが、猛々しくも力強い気の流れをしている。回復したら、きっと悟空やあのラディッツさえも凌ぐパワーを持っているであろう。その強暴な力で、もしかしたらラディッツのようにこの星で破壊と殺戮の限りを尽くし、自分を殺そうとするかもしれない。この男自身に私怨こそないが、わざわざ危険を冒してまで助ける義理もない。しかし、それでもはこの男を放っておくことはできなかった。愛する夫に瓜二つということもあるが、きっと悟空がこの場にいたら助けていたと思うから。
「ぅ……っ、クソ……!」
小さな呻き声を聞いただけで、声までも悟空と似ているとわかってしまう。男は悪夢に魘されているのか、歯を喰いしばり空虚へ手を伸ばしていた。は思わず肉厚で武骨な手を両側から掌で挟み込む。
「フ、リー……ザ……!」
男が苦々しげに口にした名に、は息を呑んだ。宇宙の帝王であるフリーザは、己の利益だけでの故郷の星へとサイヤ人を差し向けたその張本人である。
「カカ、ロッ……ト……!」
続けざまにこぼれた言葉を聞いた瞬間、の脳内に男の断片的な記憶が入り込んできた。
カナッサ星での出来事、仲間の死、フリーザの陰謀と裏切り――惑星ベジータとカカロットの運命と未来を変えるためにたったひとり、最終決戦へと臨んで迎えた結末。
「バーダック……この人が悟空の……」
この男の最期に決して同情などしない。これは因果応報だ。サイヤ人がやってきた数々の非道が自分たちを破滅へと導いただけである。
記憶を見終えたは、はたとあることに気づいた。なぜ死んだはずの人間がここにいるのだろう。そして自分もなぜ地球ではないどこかへいるのだろう。天叢雲へ呼び掛けても応答はなかった。
「そ、そのおじちゃん、ケガしてるの……?」
近くの茂みから震えた声が聞こえる。その音の出所を辿ると、地球でいうところのナマズやカエル、かたつむりなどを混ぜたような生物がひょっこりと顔を出し、目が合った。楕円形の頭から柄が伸びて、きょろりとした眼がくっついている。全体的に丸いフォルムをした紫色の体には細い四肢が繋がっており、パオズ山はおろか地球全土探してもこんな二足歩行の生き物は見つからないであろう。
「ケガ……?」
とりあえず敵意はなさそうな目の前の不思議な生き物のことはさておき、見れば確かにバーダックは腕にケガをしていた。しかしこのくらいならばほんの数秒で治せるだろう。は負傷部へ手をかざし、気を溜めて放出する――ぷすん!
「あれ?」
いつもの感覚で気を使おうとしたがうまくいかない。体内の気は充実しているが、放出ができないのだ。そこではここに飛ばされる前に言われた母の言葉を思い出す――まだまだ未熟者のには、解放されたばかりの力をコントロールすることは難しいだろう、と。おそらく従来使っていた力と別の力が混合されたことに身体がまだ慣れておらず、うまく気を放出できないのであろう。そう考えれば力をうまく使えないのにも合点がいく。どうりで気の察知能力は悟空よりも優れており、弱弱しい気配でも気づくが声を掛けられるまでこの謎の生物の存在に気がつかなかったわけだ。
「おねえちゃん……? なにしてるの?」
「えっいや……あははは!」
バーダックの腕へ自身の掌を翳したまま固まるを、謎の生物は怪訝そうに見つめる。そんな視線に対して、取り繕うように笑うしかないであった。
「ごめん、この辺でケガを治せそうな場所とかある……?」
警戒心は強いが、性格は温厚そうな種族だ。多少隙を見せても問題はないだろう。なによりもここがどんなところで、どんな文化があり、どこまで文明が発展しているのかこの目で確かめたい。だからこそ、今はこの謎の生物に頼ってみよう。そうは判断した。
「それならボクの父ちゃんがお医者さんだよ!」
「本当!? じゃあ案内してくれる?」
「でも、このおじちゃんすっごく重そうだよ? 家まで運ぶのは……うわあ!!」
謎の生物がまごついていると、が自身よりも数段大柄な男をひょいと持ち上げた。これには謎の生物も腰を抜かす。見た目で腕力を判断してはいけないと思うが、彼女の細腕がこんな巨体を軽々と運べるとはとてもじゃないが思わなかったのだ。
「どうしたの? 早く行こう?」
「おねえちゃんっていったい……」
筋骨逞しい男を肩に担いでもなお平然としているに若干引きつつも、謎の生物は自分の家へと案内するのであった。
謎の生物――ベリーと話していくうちに、は自分が過去の世界にきてしまったことに気づいた。
ここは惑星プラント。惑星ベジータの元の名だ。確か時の最果てで読んだ巻物にはそう書いてあった。しかし歴史の流れや詳細まで読み込む時間はなかったので、が知る惑星プラントの情報はあまり多くない。一方ベリーは地球という星は見たことも聞いたこともないという。時の最果てから時空移動したのだろうと予想はしていたので、ここが元の年代の地球ではないことに若干落胆はしつつも、冷静ではいられた。力のコントロールさえうまくなれば、きっと帰るべき場所に帰れるはずだ。
ベリーから惑星プラントについて聞きながら歩いていくと、森を抜け大きい岩石を住処として加工した建物が立ち並ぶ集落に着いた。そのもっと奥まったところにベリーの家兼診療所がある。村での道中好奇な視線こそ浴びたが、やはりの読み通り心根が穏やかな種族なのか、目立った敵意は向けられなかった。
「父ちゃーん! ケガ人だよー!」
「おやおや……!」
ベリーの父親であるイパナは物珍しい来訪者を見て最初こそ驚きはしたが、すぐに処置を始めてくれた。まずバーダックをベッドに寝かせて服をくつろげた後、薬を準備しようとベリーとともに部屋を離れる。は目が覚めたバーダックが暴れ出した際には、すぐに応戦できるようベッドの横にイスを置いて腰を落ち着かせた。いくら眠っているとはいえ、相手はサイヤ人。緊張感と集中力は切らさぬように神経を研ぎ澄ませる。
「(悟空……悟飯……)」
いつでも抜ける状態で膝元に置いた天叢雲を握り締めながら、目線をバーダックへと注ぐ。夫を彷彿とさせるバーダックを見て思い出すは、やはり悟空と悟飯のことばかり。
自分が消えた後のことは時の最果てで両親から聞かされていた。自分がもっと強ければ悟空を死なせずに済んだかもしれない。悟飯にこわい思いをさせずに済んだかもしれない。今更悔やんで考え込むのはまったくもって不毛なのだけれど、それでも考えずにはいられなかった。自分を責めずにはいられなかった。今だってサイヤ人と戦える自信もなければ、力をまともに使えもしない。強くなりたい――大切な人を護れるくらいに。
「ぅ……っ、クソ! フリーザ!!」
「……っえ?」
急にバーダックが悪態を吐きながら跳ね起きる。一瞬のことで反応が遅れたが目を見開いていると、バーダックもまたの顔を見て目を見開いた。「なんで泣いて……っ!?」そう、は自分の不甲斐なさで無意識のうちに頬を濡らしていたのだ。
「ああ、目が覚めたみたいですね」
「っイパナさん!」
イパナの声にはっと我に返ったは慌ててイスから立ち上がり、服の袖で湿った顔を雑に拭った。幸いなことにバーダック以外、が泣いていたことには気づいていないようだ。
イパナは威圧感のあるバーダックを目の前にしても、物怖じせずに惑星プラントに伝わる秘伝の薬をケガをしているバーダックの腕へ染み込ませた。にとっては見たこともない緑色に発光する薬だったが、バーダックは自身の腕を見つめながら眉を顰めてじっとなにか考えているようだった。
「いったいどういうことだ……!? オレは過去の時代にきちまったのか……!??」
そうバーダックが小さく呟いた言葉を聞き逃さなかったが口を開こうとすると、上空を円盤状の乗り物が通過した。バーダックはまたも心当たりがあるのか、素早く戦闘服を着て飛んでいってしまった。バーダックが目覚めたことで大きくなり始めた気、そしてあの身のこなし――やはり強い。悟空や、あのラディッツよりも。だが一先ずは去っていったバーダックと同じく、あの円盤状の乗り物から感じた邪悪な気の後を追うことにする。は再び天叢雲をきつく握り締めた。
精密な気のコントロールが必要とされる舞空術を今のが使えるわけもなく、走ってバーダックに追いついたころにはすでに争いは終わっており、バーダックはどこかへ飛んでいった後だった。一部始終を見ていた村の人たちが言うには、目にも留まらぬスピードで次々と敵を倒していったらしい。その言葉通り、伸びている者たちが二人ほど転がっている。念のためは天叢雲で武器類をすべて破壊してから敵を宇宙船へ放り込み、わかりやすいほど強い気を発しているバーダックの元へと向かった。
「みつけた」
「だれだ!?」
雨風が凌げる適当な洞穴にバーダックはいた。なにか考え込むように頭を抱えているバーダックにが声を掛けると、バーダックは鋭い眼光を飛ばしてくる。
「私の名は。バーダック、落ち着いて話を聞いっかは……!」
は乱暴に胸倉を掴まれ、岩壁に押しつけられて凄まれた。
「てめえ……なぜオレの名を知っている」
「っ……ぅ゛、わた……しも、……未来から、っきた、から……ッ!」
「なんだと……?!」
「はなっ、しを……聞けっ……!!」
苦痛に顔を歪めながらもはせめてもの抵抗で、胸倉を掴み上げるバーダックの太い手首を両の手で覆うと目一杯力を込めてやる。段々の気が上昇してきたおかげで、バーダックの頑丈な骨を軋ませるくらいはできた。予想以上の力強さにさすがのバーダックも舌打ちをしつつも手を放さざるを得ない。支えを失ったは重力に従って崩れ落ち、急激に入ってきた空気に噎せ込んだ。
「ごほっごほ、……っ、はぁ……わた、しを、殺っ、せば……ごほっ、あなたは一生、ここにいることになるよ……」
「どういうことだ……?」
の意味ありげな発言に眉根を寄せるバーダックは話を聞く気になったのか、やっとまともにと向き合った。呼吸が落ち着いたもまたバーダックと顔を突き合わせて口を開く。
「私は未来や過去を知れたり、行き来する能力を持っている。だからあなたの名前も、あなたがサイヤ人だってことも……そしてフリーザのことも――ッ!?」
風を切る感覚がの頬を撫でたかと思えば、岩壁にバーダックの拳がめり込んでいた。カナッサ星で未来を予知する拳を放たれたことで、バーダックの運命は大きく変わった。そして今、わけもわからずに飛ばされたこの星で出会ったまでも過去だの未来だのと宣い、フリーザの名を出すものだから、どうやらバーダックの逆鱗に触れたらしい。
「ごちゃごちゃうるせえ……過去と未来を行き来できるだと? だったらさっさとオレを元いた時代に戻しやがれ!!」
洞穴に激越な怒号が響き渡る。常人ならば気圧されてしまいそうなまでの殺気だったが、はまるきり動じなかった。
「それは無理。私自身、まだこの能力をうまく使えない……気のコントロールさえままならないんだ」
「ああ゛?! ふざけんなてめえ! ぶっ殺すぞ!!」
「だから、私を殺したらあなたは一生ここにいることになるって言ってるんだけど」
にしては随分と素っ気ない口ぶりであった。しかしこれには理由がある。は虚勢を張っているのだ。一刻も早く悟空たちと合流したいのに、時の最果てから飛ばされた場所は過去の惑星プラント。自分の力のはずなのに自由に使えず、これからどうしようかと思い悩むところへ最愛の夫の父親と突然の邂逅。加えてその父親のバーダックときたら、纏う空気こそ息子の悟空とはまったく異なるが、顔が酷似しているため気を抜くと涙腺が緩み、不安をぶつけて甘えてしまいそうになる。故に、こうしてバーダックと対峙している今もなおは、ぐちゃぐちゃに乱れた感情が決壊しないよう必死に堪えていた。
「あ、あの……っ!」
両者の間に緊張が走る中、洞窟に別の声が響く。
「! ベリー! どうしてここに……?」
「さんがここへ向かうのが見えたから……これ、食べ物とお薬」
「わざわざ準備してくれたの? ありがとう」
ふたりの並々ならぬ雰囲気にあてられておどおどしているベリーを気遣い、はなるべく優しい声色で礼を伝えてからカゴに入った食料と薬を受け取った。
「っち……いらねぇよ、そんなモン」
バーダックの唸るような低い声に、ベリーは身体を縮こまらせてしまう。見かねたはカゴの中から薬を取り出し、ケガをしているバーダックの腕を引っ掴んで薬を降り掛けた。
「っなにしやがる!」
「あなたには早くケガを治してもらわないと困るのよ」
バーダックに乱暴に手を振り払われるが、は気にする素振りもなく緑色に発光する独特な薬が入ったビンをカゴに戻す。の言葉にバーダックは普段よりもさらに眉間の皺を深く刻んだ。
「おそらく時空移動の能力を使うには、気のコントロールの修行が必要不可欠だと思う。そこで、バーダックには私と一緒に修行をしてほしいの」
ここからがの本題である。
バーダックを追いかけてきた理由は、もちろん彼の動向を探りたかったというのもあるが、これから地球へ襲来するサイヤ人を迎え撃てる実力をつけるためというのが本音だ。サイヤ人を倒すためにサイヤ人に修行をつけてもらうのも皮肉な話であるが、今のになりふり構っている余裕はない。なにせバーダックはが出会ってきた者の中でも断トツの戦闘力を誇っている。そんなバーダックと修行できるのだ。むしろこの状況に感謝すべきである。
「なんでオレがてめえなんかと「利害は一致しているはずだよ。私は能力を使えるようになって元の世界に帰りたい。そしてあなたも元の世界に帰りたい。でもそのためには私の能力が必要……ね? あなたは私が能力を操れるように協力すべきじゃない?」
悪態を吐こうとするバーダックを遮り、にしては強引に、けれども冷静に引きも切らず屁理屈をこねてバーダックへ詰め寄る。もしかしたら自分の能力に巻き込まれてバーダックは死の直前、ここへ来てしまったのかもしれない。自分の力が彼の運命を捻じ曲げてしまった可能性はゼロではない。こんな目に遭っているはのせいだと思われたらそれまでだ。だからこそは先回りしてバーダックの思考を停止させるように畳みかけた。
「それにあなただって身体、本調子じゃないでしょう? なら、私を利用すればいい。こう見えて私頑丈だから、少しはリハビリになると思うし」
「おい! だれがそんなめんどくせぇこと……ッ!!」
の無遠慮な物言いに、バーダックはいよいよご立腹だ。彼の刺すような眼差しを一身に浴びているをベリーは心配そうに見上げるが、当の本人はどこ吹く風。
「ベリーごめん、イパナさんと話したいことがあるから案内してくれる? 気を読む力が落ちちゃって、久しぶりに方向音痴発動しちゃいそうだからさ」
「あ、う、うん……」
にこりと笑ったはベリーの背中をそっと押しながら洞窟の出口へと向かい、最後に少しだけ振り返り「それじゃ、また明日」と一言。
「あのクソアマ……! ふざけやがって……!!」
とベリーの後ろ姿が見えなくなると、バーダックはどかりと投げやりに地面へ腰を下ろした。ベリーが残していったカゴに入った食べ物が目に入ると、途端腹の音が鳴る。宇宙最強の戦闘民族であるサイヤ人も空腹には勝てず、バーダックはイライラをぶつけるように荒々しく食べ物を口に突っ込んだ。
「言っとくが、オレは女だからって手加減しねえぞ」
「もちろん、そうこなくっちゃ……!」
翌日、砂埃舞う荒野にバーダックとは相対していた。の口車に乗せられている気がしてならないバーダックが露骨に不服そうな瞳でを睨みつけるが、は好戦的な瞳でバーダックを睨み返すだけだった。やがてバーダックがの目の前から消えたと思った刹那――の、少し前に腹部に衝撃が走った。バーダックの重い蹴りがモロに入ったのだ。しかしは自身がふっ飛ぶ寸前、とっさにバーダックの関節へ一発ぶち込もうとしていた。
「あいつ、関節を……!」
当然バーダックの方がの何倍もスピードがあるので叶わなかったが、一方的に攻撃を受けてもなお反撃しようとする姿勢や、バーダックとの体格やパワーの差を考えて関節技に持っていく戦闘センスの高さは目を見張るものがあった。
「……っ絶対に……強く、なってやる……!!」
密かに舌を巻いているバーダックをよそに、分厚い岩壁を貫通して地面に叩きつけられたは自分の弱さを噛み締めながら、思い切り大地を蹴った勢いでバーダックに突きをかます。歴然とした実力の差に怖気づくことなく、バーダックに喰ってかかる豪胆な根性は嫌いではない。
「ちったぁやるじゃねえか」
「こっちも必死なんでね」
バーダックにしてみればの渾身の突きですら止まって見える。悠々と拳を捕らえられたは一切の動きを封じられてしまった。だが、それで終わるではない。バーダックと修行という名のただの戦闘を開始してから密かに溜めていた気を、至近距離でいっぺんに爆発させた。これにはバーダックも堪らずから距離を取らざるを得ない。この切り抜け方は気を読むことをしないバーダックだからこそできた技。戦いながら気を溜めることで、本当にバーダックは気を読まないのか試した上で実戦に移したのだ。
「っは、自分も爆発に巻き込まれるかもしれねえってのに、ずいぶんと無茶苦茶な戦い方しやがる」
「言ったでしょう? 頑丈だ、って」
いくつも戦法を組み立てて計算し尽くしてもなお、バーダックとの差は埋まらないし、頭で考えている時点での負けは確定だ。圧倒的な力の前ではなにもかも無力と化してしまう現実をは知っている。それでも不敵な笑みを浮かべた。気持ちまで折れてしまったら、この先強くなることはないからだ。
「上等だ」
バーダックは嘲笑うように口の端を小さく上げ、横薙ぎに蹴りを繰り出した。反射的にガードしつつもふき飛ばされたへ追い打ちをかけるようにエネルギー弾を放つ。どこまでも容赦がない。しかし戦う時間が長くなるにつれて上昇していった気をが放出すれば、たちまちバーダックのエネルギー弾を呑み込んだ。力こそバーダックに遠く及ばないが、には泉のように湧き出る膨大な気がある。一矢報いるには、その強みをうまく活かすしかない。
「……ッな?!」
本当には次から次へと型破りな動きをしてくる。
迫りくるの巨大なエネルギー弾を避けようとバーダックが体を横にずらせば、その動きを読んでいたが待ち構えていた。そのまま流れるように自分の懐へやってくるバーダックの顎に拳をぶち当ててやれば、さすがのバーダックも脳が揺さぶられて怯んだ。
「まずは一発……お返し……ッ!」
やられっぱなしは性に合わない。相変わらずの負けず嫌いである。とは言えすでにバーダックには何度もやられ、今だって肩を外されてしまっている。だが、元から脱臼癖のあるにしてみれば、こんなものケガのうちに入らない。自ら肩を入れ、バーダックに挑戦的な視線を投げる。まだまだこれからだ。
「ふたりともやめてーーーっ!!!」
両者向き合って構えると、ベリーの悲痛な叫びが割り込んできた。急激に張りつめた空気が断たれる。とても修行とは思えない殴り合いをしているふたりを、争いとは無縁なベリーが恐怖と戦いながらも決死の覚悟で止めに入ったのだ。
「ベリー……」
が小さく呟いて肩の力を抜いた。
「言ったでしょう? バーダックと修行してるって」
足元に抱きついてきたベリーの頭を安心させるように優しく撫でる。でも、でも、と嗚咽をあげるベリーが泣き虫で甘えたな悟飯と重なった。その悟飯も潜在能力を引き出して戦力にしようと企てるピッコロの下で、今もどこかで修行をつけてもらっている。心が痛まないはずがない。だが、それ以上に信じていた。悟空と自分の子ならば必ずや苦難を切り拓いていくと。
「あ! 私、お腹すいちゃった! 悪いけど、ご飯の準備してもらっていい?」
「う、うん……!」
これ以上悟飯のことは考えまいと努めて朗らかに笑い、この殺伐とした空気を変えようと食事の提案をした。ベリーが焦ってその辺に置いたであろう食料カゴを見つけたのだ。の笑顔につられたベリーは泣きそうな顔から笑顔へと変わり、言われた通りご飯の準備をしに駆けていった。戦いに水を差された上に、とんだ茶番劇を見せられて興が削がれたバーダックは胸糞悪そうに舌打ちする。
「……あんな小僧に気なんか遣いやがって……」
「あれ? お腹すいてない? 私の知ってるサイヤ人はよく食べるから、本格的な修行の前に食事もいいかなって思ったんだけど……」
もちろんの知っているサイヤ人で思い浮かべるのは悟空だ。地球人では考えられぬほどの尋常でないあの食欲は、今思えばサイヤ人だったからかもしれない。無邪気に自分の作った料理をうめえうめえと口に運ぶ悟空を久しく見ていない気がする――いや、もうこの話はよそう。
「おい、そのサイヤ人って「さーん! バーダックさーん!」
他の種族はサイヤ人に対して星を壊滅させられた怨みを抱くことが多いので、こんなにも愛おしくも切なそうな表情を浮かべるの存在は稀有だ。ましてや今となっては滅びたサイヤ人を知っている者などそう多くはない。
バーダックはいったいそのサイヤ人とはだれなのだと口を開こうとするが、ベリーの明るい声に阻まれてしまった。結局それからの口からサイヤ人の話は出てこず、バーダックもまた食事や戦いに夢中になり、すっかり頭から抜け落ちるのだった。
※次のお話まで『たったひとりの最終決戦』と『エピソードオブバーダック』ネタ続きます。