蜜雨

※捏造ばかり
※またも悟空名前のみの登場






 とバーダックが修行を始めてはや数日が経とうとしていた。元々気の扱いに長けていたは、バーダックと実戦さながらの手合わせを重ねていくうちに、自分の中に眠っていた特殊な気をうまく制御し、本来持っていた気を自在に使えるようになってきた。だが、依然として時空を自由に移動することはできそうもなかった。そもそもどうすれば能力が発動するのかすらわかっていないのだから、その状態から時空移動するのは雲をつかむような話だ。

 相変わらず実力の差は大きいが、はバーダックに負けじと喰らいついて修行をしていた。何度も限界を超えて息も上がっていると、涼しい顔は保ちつつもの成長ぶりを内心楽しんでいるバーダック、そして常にハラハラドキドキしながらふたりを見守っているベリーの頭上に、ぽつりぽつりと雨粒が降り注いできた。その冷たい感触につられてバーダックとベリーがどんよりと重苦しそうな空を見上げると、どさりとなにかが地に落ちる音がした。

「っさん?!」

 突然倒れてしまったにベリーが慌てて駆け寄る。その華奢な体に触れると、燃えるように熱くなっていることに気がついた。いつものバーダックならば仲間でもなんでもない奴は当たり前に捨て置くのだが、今だけは元の時代に帰れる頼みの綱であるに死なれては困る。面倒だがバーダックは仕方なくを担ぎ、ベリーに父親の元まで案内するよう命令するのだった。



其之六十四




 の高熱の原因は医者のイパナでも不明であったが、この星に来てからなかなかうまく力が出せていなかった点や、バーダックと手合わせをしている最中に倒れた点を鑑みると、気の使い過ぎか、はたまたが本来持っていた力と、新たに得た力がぶつかり合いながらも融合しようとする際の副作用か――いずれにせよ様々な要素が重複し、症状として現れたのだとイパナは結論づけた。幸い今のところ熱以外に症状は出ていないので、ベッドで安静に寝かせて様子を見ることにする。

「絶対にその女を死なせんじゃねえぞ」

 頑丈だと豪語するだけあってすぐには死ななそうだと確認し終えたバーダックは、早々に帰ろうと踵を返すが、突如もの凄い馬鹿力に腕を掴まれた。

「な、なんだ……?!」
さんっ?!」

 バーダックの腕を掴んだのは他でもないである。あまりにも意思があるように動いたものだから意識が戻ったのかと思いきや、いまだ頑なに瞳は閉じられていた。苦渋に満ちた面持ちで魘されている。

「……ぃ、かな……で――ッく、ぅ……!」

 終いにはなにごとか呟き始め、つうと一筋の涙がの頬を伝った。縋るように吐き出された途切れ途切れの言葉の中に含まれているのは誰かの名前――バーダック。
 ほんのわずか、バーダックの鼓動が速まる。こんなにも切なげに呼ばれてしまえば、の手を邪険に振り払うこともできない。バーダックは簡単に外せやしないの拘束のせいにして、もう少しだけそばにいてやることにした。

「まっ……て……!」

 思えばバーダックが目を覚ましたときもはこうして泣いていた。気の強そうな双眸に涙を溜めて、誰にも気取られぬようひとりひっそりと静かに。彼女が泣く理由をバーダックは知らない。いや、むしろこれからも知らなくていい。もし、知ってしまったら――

「いかな……で……ご、くう……ッ!」

 バーダックがの顔をじっと見つめながら物思いに耽っていると、今度は先刻よりも明瞭に名を呼んだ――悟空、と。

「オレをだれと勘違いしてやがんだ!!」
「ぅげ……ッ!」

 得体の知れない女にわけもわからず修行に付き合わされた挙句、いきなり倒れたと思ったら、果ては起きているときよりも力が強くなっているのではないかと疑いたくなるくらいの力で腕を掴まれて引き留められ、最後はややこしい名前を口にされる始末。
 自分の命運を握っていると言っても過言ではないの頭に、バーダックは構わず拳骨をぶち込んだ。当のはカエルが潰れたような声こそ漏らしたが、目を覚ます気配はない。そればかりか、ますますバーダックの腕を掴む力が強まっている気さえする。こんなにも血管がブチ切れそうになったのは初めてかもしれない。

「バーダック! 相手は病人だぞ!」
「るせえ!!」

 イパナがバーダックを窘めるも、あえなく一蹴されるだけであった。






『おまえらには呪われた未来しかないぞ』

 まただ。未来を予知できるというオカルト染みた幻の拳を受けたときと同じように、カナッサ星人の声が響き渡る。まるで嘲笑うように。

『我が一族と同じように滅び去るのみなのだ』

 カカロットが成長し、フリーザと対峙するまでの軌跡をただただ強制的に脳内に流し込まれる。そしてカカロットのとなりには常にあの女――がいた。どこかさびしげな表情ばかりを浮かべている彼女とは違い、カカロットのそばにいる彼女は花が咲くような笑顔を湛えている。

『その姿を見て、せいぜい苦しむがいい』

 思い出した。バーダックはと出会う前から、すでに彼女を知っていたのだ。それはつまり、彼女が言っていた未来から来たという話も嘘ではないということ。

 カナッサ星人の高笑いとともに迎える目覚めは、この上なくバーダックに不快感を与えたが、おかげで靄がかっていた記憶が晴れた。
 いつの間にかベッドに突っ伏して寝てしまったようで、すっかり凝り固まった体を動かしてじょじょに慣らしていく。そこでふとあることに気がついた。腕が自由になっているのだ。そしてベッドで眠っていたはずのが忽然と消えている。

「どこ消えやがったアイツ……!!」

 部屋の中から窓の外まで見渡すと、適当な岩に腰かけて雨に打たれているが案外とあっさり見つかった。よくもまあ次から次へと手間をかけさせるものだ。
 バーダックは舌打ちをしつつもの元へと向かった。みな寝静まっているせいか、なおも降り続ける雨の音がやけに鼓膜に残る。

 空を見上げて雨を浴びるは、まるで零れた涙を誤魔化しているようだった。その瞳や横顔は雫で悲しく縁取られ、どこか遠くを見つめている。自身はまったくの無自覚らしいが、バーダックは時々からこんな眼差しを向けられることがあった。
 なぜ自分にそんな視線を寄越すのだろう。なぜそんな愁いを帯びた顔ばかりをするのだろう。笑顔でいればいい。カカロットのとなりにいるときのように。
 いけ好かない。そう思ってしまう自分も、そう思わせてくるも。彼女に振り回され、かき乱されている己に虫酸が走る。それなのに放っておけない事実に、なによりも腹が立つ。

「おい」
「……っ、バーダック……!」

 は弾かれるように振り返った。
 よほど気が緩んでいたのか、はたまた思考に夢中だったのか、気配に聡いはずのは声を掛けられるまでバーダックに気づけなかったのだ。

「いきなり熱出してぶっ倒れたと思ったら、次は脱走か? いいご身分だな」
「ごめん……すぐ戻るよ」

 バーダックの露骨な嫌味に反論するでも委縮するでもなく、素直に謝罪を口にする。まるでこれ以上深く踏み込んでくるなとでも言いたげだ。それはつまりあからさまな拒絶であった。

「悟空」

 一瞬での顔色は失われ、瞳があたふたと揺れ動く。早くも逃げようとじりじりと足を動かしているものだから、今度はバーダックがの腕を掴み上げた。

「答えろ。だれなんだ?」

 他人のことなんざ心底どうでもいいはずなのに、バーダックの口は自分の意思とは関係なく走る。

「放して……ッ!!」

 しかしはどうしても答えたくないのか、バーダックに掴まれた腕をガムシャラに引っ張る。すると雨で滑りがよくなった岩に足を取られ、は尻もちをついてしまった。そんなにつられてバーダックもまた一緒に倒れ込んだ。至近距離で見つめ合ったのも束の間、雨も重なり元から岩が脆くなっていたのか、それとも頑丈過ぎるの尻のせいか、さらにふたりに追い打ちをかけるように岩が崩れた。

「ッ!!?」「ッ!!」

 の腕を掴んでいたバーダックはとっさに彼女を抱え込み、土砂崩れするこの場から飛び退く。

「おい、だいじょう「わーーーっっ!!!」ぶふッッ?!!」

 難を逃れて安全な場所へと着地すれば、気遣うバーダックの言葉を遮るようにが大声をあげて拳を振り抜いた。そう、平手ではなく、拳である。まさか人を助けて早々に頬へ一発もらうとは夢にも思っていなかったバーダックは、油断して真正面から受け止めてしまったのだ。

「ッてめ……!!」

 叩きつけられた地面から起き上がってに喰って掛かろうとするが、その頃には彼女の姿はどこにもなかった。唯一バーダックに残されたのは、の手が微かに震えていた感触だけであった。



 バーダックに掴まれていた手首が熱い。きっと頬や耳は真っ赤だろう。
 殴り飛ばしてしまったバーダックから逃げるようには当てもなくしゃにむに荒野を駆ける。動悸が激しい理由がそれだけでないことがわかるからこそ、バーダックから伝わってきた生々しい体温を振り払おうとするのだ。しかしそうすればするほど余計にあらゆる感情が溢れ、冷静でいられなくなっていた。

 どうしても悟空の面影を追ってしまうものだから、申し訳ないと思いつつもはあえてバーダックと距離が生まれるよう心を鬼にしてつっけんどんな態度で接していた。だが、バーダックの声を聞けば聞くほど悟空を思い出し、顔を見れば見るほど悟空が恋しくなり、と名を呼ばれてしまえば、否応なく悟空と重ねてしまう。その上あのときと同じように助けられてしまった。
 しかし同時にサイヤ人としてのバーダックの残忍さや冷酷さがラディッツと重なる。そのバーダックに自由を奪われるように搦められてしまえば、たちまちラディッツに襲われたときの恐怖が蘇るのだ。悟空に似た顔と声を持ちながらも、ラディッツを彷彿とさせるバーダックの存在は、いまだ悟空の元へ帰れるかわからない憂苦を抱えるにとって、なにもかもをかき乱す存在でしかなかった。

「悟空……悟飯……私、もう……っふぐぅ?!!」

 立ち止まってしまえば、次々と溢れ落ちる涙。そして自然と紡ぎ出される夫と我が子の名。そんな感傷に浸っているの背へ、シリアスな雰囲気をぶち壊す蹴りが飛んできた。おおよそヒロインが出すような声ではない呻き声が吐き出され、地面へと突っ込んだ。まったくもって色々と台無しである。

「なにをごちゃごちゃ考えてんのか知らねぇが……鬱陶しいんだよ!」
「っうわ!」

 バーダックは怒りを滲ませた声を上げながら、半身を起こして呆けるへ向かって横薙ぎに蹴りを繰り出す。ギリギリのところで避けたは、受け身を取りながらも立ち上がって構えの姿勢をとった。

「よえー奴ぁ、」

 続けざまにの顔面へ強烈な突きが迫る。ここ数日で目も慣れ、自分が思い描く速さで体を動かせるようになってきたは、目の前へ迫りくる拳を避けつつバーダックの脇腹を蹴り上げる。

「強くなることだけ考えてろ」

 もはやバーダックは悟空のことなどどうでもよくなっていた。それよりも、自分の顔を見ていちいち沈んだ顔をされる方が気になる。
 の涙は自然と引っ込んでいた。余計なことを考える隙も与えぬほどの猛攻を受けていたからだ。だが、今のにとっては有難かった。この状況を打破するには、まず強くならなければならない。悟空や悟飯のこと、元の世界へ帰ること、そのすべてを解決するには力をつけることが先決だ。
 バーダックが悟空に似ているからといって、バーダックはバーダックであり、悟空は悟空だ。バーダックの正体が悟空の父親だという真実を受け止めているにもかかわらず、なぜ今さら戸惑うのだ。

「……ありがとう、バーダック」

 その小さな囁きはバーダックへ届くことはなかった。
 の瞳には力や希望が宿り、もう迷いなど混ざっていない。そんな彼女の心境の変化を表すように、散々降っていた雨は止んでいた。






 熱を出して倒れて以来、元々持っていた力を発揮するコツを完璧に掴んだ。しかし、相も変わらず時空を移動する力をどう発動すればいいのかわからないでいた。超神水を飲んだときのような、なにか大きなきっかけが必要なのかもしれないし、まだまだ力不足なだけかもしれない。天叢雲ならば教えてくれるかもと語り掛けても、うんともすんとも言わない。以前のであれば、失意のどん底に独り落ちていただろうが、今は違う。ただひたすらに強さを追い求める先に答えがあると信じている。そう思えるようになったのはバーダックのおかげであった。

さん、せっかく元気になったんですから、あまり根詰め過ぎないようにしてくださいね」

 イパナの書斎で熱心に資料や文献を読み漁ってノートにまとめていると、イパナがお茶を持ってきてくれた。バーダックとの修行の時間以外、はこうして惑星プラントの医学や薬学について勉強していた。

「あともう少しで開発中の薬のアイディアがまとまりそうなんですよ」
「それはそれは……ここの書斎が役に立っているようでよかったです」

 この惑星プラントへ来てすぐに、は医者であり優れた薬を作るイパナの腕を見込んで、是非勉強をさせてほしいと頭を下げた。
 は師匠を苦しめていたウイルス性の心臓病について長年研究を重ねてきたが、カプセルコーポレーションが全面的に研究資金や実験機材などをバックアップしてくれている世界最高峰の施設を以てしても特効薬は作れずにいた。だからこそ、どんな状況下でも特効薬が完成するきっかけが見つけられるかもしれないのであれば、少しでも多くの知識を吸収したいと思うのだ。それが自分が思いもつかない興味深い薬を作れるような技術や知識ならなおさらである。

「いつか必ず、恩返しさせてくださいね」

 この星に伝わる秘伝の薬がどれだけの苦労の末生み出されたのか、医学や薬学に精通するにしてみれば想像に難くない。こんなどこの馬の骨だかわからないの無茶な願いを、イパナは突っ撥ねることなく誠実に快く受け入れてくれた。しかしイパナからすれば、自分と同じように患者の命を救いたいと志す者を、誰が邪険にするというのだ。

「わたしにとっての恩返しは、あなたを待っている患者さんがひとりでも多く救われることですよ」

 なぜこの時代のこの星に飛ばされたのだろう。惑星プラントに降り立ってから、ずっと疑問であった。はじめはただ力を抑制できずに暴走した結果、なんでもない星に飛ばされただけかと思っていた。しかし今となっては、この時代の惑星プラントに飛ばされたのには、なにか意味があるのかもしれないと思い始めていた。自分がここにいるのは単なる偶然ではない――必然なのだ。

「さて、わたしもわたしを待っている患者さんを治療しに行かなくてはね」
「あ、それなら私も手伝います!」
「いいえ、あなたはあなたの今すべきことをなさい。わたしもそうしているだけですから」

 そう言ってイパナは、勢いよく立ち上がったにやんわりと断りを入れて書斎を出ていってしまった。どうやらベリーも連れていくらしく、ベリーへ声を掛けるイパナの声が遠くの方で聞こえた。

「本当に……頭が上がらないなあ……」

 またひとり、尊敬するお師匠さまができてしまった。
 つい口元が緩んでしまったは、もうひと頑張りしようと気を引き締めてぐっと背伸びし、再び机に向かった。



 イパナが淹れてくれたお茶を飲みながら研究資料を読み耽っていると、ぞわりと背筋に悪寒が走った。これほどまでに邪悪な気を感じるのははじめてだ。急いでイパナの書斎を飛び出して村の方へ行くと、あちこちで煙や爆発が上がっており、何者かが村を襲撃していることは火を見るよりも明らかであった。

「イパナさんッ!!」

 魚を人型にしたような種族が、大柄な体躯をさらに大きく見せようと肩をそびやかしてイパナを脅しているのがの目に留まった。どうやらイパナの手に持っている秘伝の薬を奪おうとしているようだ。はすぐさま強大な気を乗せた突きや蹴りで、敵二人を寝かせる。

「へぇ……きみかい? トービとキャビラを倒したって奴は」

 感心しているような声音だったが、小馬鹿にしているようにも聞こえた。マントのフードを深く被っているため、妖しくつり上がる口元だけが見える。大柄な二人に比べると小柄な体つきではあるが、ずっと感じている邪悪な気の根源はまさしくこの者からであった。するりとフードを取った姿に、に衝撃が走る。思わず出た声はひどく掠れていた。

「ッ、フリー……ザ……?!」

 いや、違う。バーダックの記憶で見たフリーザとよく似ているが、ここが過去だとすれば、きっとフリーザ一族の祖先かなにかだろう。だが、そんなことを考えるよりも今はイパナたちを救うことが先だ。

「フリーザ? ぼくは最強の宇宙海賊、チルドさまだ」
「……この星から出ていって」
「このぼくに口答えかい? トービとキャビラを倒したくらいでいい気になるなよ!!」
「ぁぐッ?!!」

 吐き捨てるように低い声を発して静かに柳眉を逆立てるを容赦なくチルドは蹴りつけた。バーダックの動きにも慣れ、確実に実力をつけたはずのがなすすべもなくふっ飛ばされる。イパナは悲痛な叫び声での名を呼んだ。

「弱いくせにこのチルドさまに歯向かうなんて――ッなにぃ?!!」

 地面に伏すに止めを刺そうと近づくチルドへ、一気に増幅させた気弾をぶち込んでやる。しかしながら奇襲に驚きはしたものの、チルドに大したダメージはなかった。もっと膨大な、それこその中にある気をすべて使う勢いでなければチルドを倒せそうもない。

「……やはりダメかはっ……!!?」
「今のはちょーっとだけ痛かったよ。だから、お礼にすぐ殺してやるよ」

 舞い上がる砂煙の中、視界が悪いうちに体勢を整えようと立ち上がった瞬間、チルドの指先から放たれた鋭い光線がの胸を貫く。イパナは血を噴き出しながら目を見開いて倒れるへ走り寄った。

!!」
「はーっはっはっは!!」

 絶望に満ちた光景に笑いが止まらない。イパナが何度も何度も必死にの命を繋ぎとめようと叫ぶが、流れ出る血の勢いは増すばかり。もはやこれまでかとイパナが諦めかけると、は自分の体に優しく添えられたイパナの手を力強く握った。まだ生命力が尽きていないことを証明するかのように。

「……この星から、出ていけ」

 胸から血を垂れ流しながらもやおら立ち上がったの瞳の光は潰えるどころか、ますます苛烈に朗然と輝く。

「きさま……化け物かッ?! 急所を貫いたんだ、動けるはずが……!!」
「確かに昔は自分を化け物だと思っていた時期があった。けど、今ならはっきりと言える。私は守り人と悠久の民の末裔だ。化け物なんかじゃない」
「化け物は化け物らしく、大人しく跪くがいい!!」
「っう゛ぁ!!」

 一切恐れることなく反抗的な態度を示すに神経を逆なでされたチルドは、まだ塞がっていないの傷口を痛めつけるように踏みつけた。

「フリーザァァッ!!!」

 すると、呻吟するの体がふっと軽くなった。チルドがふっ飛ばされたのだ。

「「バーダック?!」」

 とイパナの声が重なる。

「きっさまぁぁ!!!」

 だけでなくバーダックにまで一発もらったチルドは、悪鬼のような形相に歪めて血走った眼をしながらバーダックを蹴り上げた。あのバーダックでさえチルドの動きは捉えられず、まともに反撃を喰らってしまう。荒野に転がるバーダックをチルドが荒々しく踏みつけた。

「まったく、次から次へと雑魚が出しゃばりやがって……!!」

 そう言ってチルドは再びバーダックを足蹴にすると、そのまま大地を削り取りながら飛んでいく。けた外れのパワーを前に、バーダックは手も足も出ないようだった。

「こーんな弱い奴、もういーらない」

 だらりと力なく倒れているバーダックへ放とうと、の胸を貫いたときと同様に指先に気を溜める。そこへかばうようにベリーが飛び込もうとしていた。惑星プラントへ訪れたチルドたちの異様さにいち早く気づき、バーダックへ助けを求めて村を離れていたベリーが走ってここまで戻ってきたのだ。

「やめろーーーっっ!! バーダックさぁあん!!!」
「ベリー! 危ないッ!!」

 泣き叫びながらバーダックの元へ駆け寄るベリーを嘲笑うようにチルドは一瞥すると、バーダックへと向けていた殺意をベリーに向けた。空を切り裂くあの獰猛な光線に当たったらベリーなど一溜りもないだろう。そう考えるよりも先にの体は動いており、ベリーを突き飛ばして代わりに自分が攻撃を受けた。

ッッ!!!」

 バーダックの切羽詰まった声に返事はない。先ほどのダメージも相まって、は瞳を閉じてぐったりと弱弱しく横たわっていた。

「ふん……化け物が……やっと大人しくなったか」

 がかばってくれたおかげで無傷だったベリーやイパナが彼女に寄り添う様子をチルドは鼻で笑う。
 バーダックは情けなさに歯を喰いしばった。憤りをぶつけるように拳を、自らを痛めつけるように頭を、地面へ打ちつける。脳裏に仲間の死やフリーザ、惑星ベジータの崩壊が過った。己の無力さに苛立つあまり、力を入れ過ぎた掌からは血が流れる。
 怒りに共鳴するかのように、だんだんと空が暗く濁り雷を孕んだ厚い雲が立ち込めてきた。やがて唸り声を伴って、烈火の如く落ちる幾筋もの雷が大地に激震を走らせる。

「オレが……っ、オレが、……きさまを倒す!!」

 そわり、そわりとバーダックの黒い髪が揺れ動いて金色に明滅し、気がどんどん上昇してゆく。緩慢と立ち上がってチルドを見据えると、チルドはその怒気に若干冷や汗を滲ませつつも、挑発するように高笑いをした。その姿がフリーザと重なって見えたバーダックが咆哮を上げながら抑えきれないエネルギーを爆発させると、その強梁なパワーに耐え切れず地肌は深く抉られ大気が震えた。

「きさまを……絶対に、許さねえ……っ!!」

 金色のオーラを纏い、その周囲に天上から呼び寄せたかのような稲妻を迸らせたバーダック。サイヤ人の誇りと矜持を宿した瞳は緑に染まり、完全に逆立った髪は金色へと変化していた。その変わりようにチルドはもちろんバーダックも戸惑うが、その漲る力に勝利を確信すると、チルドに焼けつくような眼差しを向ける。

「ッ、たかが金色になったくらいでいい気になるなよ!!」

 バーダックの悠揚迫らぬ佇まいに焦躁に駆られたチルドは空高く飛び上がり、躍起になって高速で気弾を撃ち込んだ。砂埃と爆風で村の者たちの視界は奪われ、チルドは跡形もなくなったであろうバーダックへ罵声を浴びせる。金色になったところで、所詮自分の圧倒的な力にひれ伏すしかないのだ。そう高を括っていたものだから、舞っていた砂埃が晴れて現れたバーダックの姿には、眼球が飛び出るほど驚いた。あれだけ気弾を撃ち込んだというのに、バーダックの体には大した傷もない。これには堪らずチルドも取り乱し、言葉にならない言葉を叫びながらバーダックに襲い掛かった。

「なっ何者なんだきさまぁああ!!!」

 渾身の力で繰り出した拳をも、いとも容易くバーダックに止められる。

「彼こそが伝説の……金色の戦士――超サイヤ人……!」

 ベリーとイパナに介抱されていたは血を流しながらもふらふらと立ち上がり、バーダックとチルドに聞こえるようはっきりとそう告げた。
 は時の最果てで、両親からサイヤ人に関する歴史書を見せてもらっていた。
 ――今よりももっとずっと昔、バーダック同様敵に追い詰められたサイヤ人がはじめて超サイヤ人になった。その変化と恐ろしいまでの戦いぶりは、敵のみならず同族のサイヤ人までも驚愕したという――
 今のバーダックの容姿やパワーは、その歴史書に記された超サイヤ人そのものであった。

「超サイヤ人だとぉっ?!!」
「いいや、オレはなんの見所もねぇ最下級戦士――ただのサイヤ人だ」

 チルドの拳を握ったままバーダックが睨みを利かせると、その凄まじい威圧感に恐れ戦く。
 この世に自分よりも強い者など存在しないはずだ。しかし今から宇宙最強のチルドさまは、最下級戦士と称されるただのサイヤ人に倒されるのだ。
 それからのバーダックの戦いぶりは、まさに伝説の超サイヤ人が再来したようだった。先刻と立場が逆転し、チルドは他の追随を許さないバーダックの力により、完膚なきまでに叩きのめされた。

「この小汚い星ごと、みんな死んじまえーーーッ!!!!」
「死ぬのはてめえだーーーッ!!!!」

 いよいよ追い詰められたチルドは上空から高エネルギー弾を放ち、バーダックもまた対抗するように気功波を放出した。
 今のこの状況が、惑星プラントへ来てすぐにへ流れ込んできたバーダックの記憶と重なる。フリーザへ向かっていったバーダックの最期――あのときはフリーザの絶対的な力を前に宇宙のチリとなったが、この瞬間まったく逆の事象が起ころうとしていた。

「くたばれーーーッ!!!!!」

 瞬きをすれば、次はバーダックに悟空が重なった。フリーザに向かって怒号を飛ばしながら気功波を撃つ超サイヤ人の悟空など見たことがないにもかかわらず、その幻影は色濃くの網膜にこびりつく。これから起こり得る未来でも示唆しているのだろうか。たとえ過去と未来を知る力や移動する力を持っていたとしても、今のには知る由もなかった。

 宇宙まで飛ばされたチルドは部下たちに回収され、一族に二つの遺言を残した。
 一つ、金色に変化する超サイヤ人に気をつけること。二つ、悠久の民と守り人について徹底的に調べ上げること。
 その遺言がフリーザの代まで伝わり、バーダックを始めとしたサイヤ人や自身をも苦しめることになるのだが、今はまだ誰も知らない未来の話であった。






 チルドを倒すと、今の今まで反応のなかった天叢雲が光輝いた。まるでこのときを待っていたかのように、たちの役目は終わったのだと訴えるように。
 は腰に携えていた天叢雲をゆっくりと抜くと、なにかに引っ張られるがまま空を斬る。すると次元の裂け目が現れ、とバーダックは底知れぬ引力によって呑み込まれてしまった。
 この優しくてあたたかな気に包まれる感覚をバーダックは覚えている。フリーザが放ったエネルギー弾へ惑星ベジータとともに巻き込まれていく最中、突如この感覚に襲われたのだ。

! てめえがオレをこの時代に呼んだのか!」

 バーダックはそこにがいるかもわからない状態で叫んだ。
 あまりの光の強さに目を開けていられない。

「わからない! けど、もしかしたら私の力であなたの運命を変えてしまったのかもしれない!」

 もまた強い光に固く目を閉じて叫んだ。だんだんとその声はバーダックから離れていく。

「バーダック! もう遅いかもしれないけど、あのときの答えを言うね! 孫悟空は私の夫で、地球育ちのサイヤ人、名前はカカ――」

 その言葉が届いたのかわからないままバーダックとは光の中へ消えていった。






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