其之三十七
「よ、図書室では目的のものは見つかったか?」
「はい! さすが神様の本ですよね! 私の知らない薬草の本がいっぱいあって――」
「そうではない」
興奮気味に話していたを遮るように神は口を開いた。そこでは神がどこか張り詰めた空気を醸し出しているのに気がついた。
「おぬしが何者なのか記された文献は見つかったのか訊いておるのだ」
は神の言葉に目を見開いて固まる。そうだ、相手は神なのだから自分の考えなどお見通しに決まっている。ならばもう隠す必要はない。
「残念ながら見つかりませんでした……」
「そうであろうな。あそこには地球に関する書物しかない」
「……私、昔からどんな傷でもすぐに治ってしまうんです。なんなら二回ほど死んだと思ったのに、こうして生きています。カリン様にも地球人ではないかもしれないと言われました」
今自分がどんな顔をしているのか想像もしたくなくて、は顔を俯かせるしかなかった。
「超神水を飲んで目覚めてからずっと私の身体はおかしいんです。以前よりも傷の治りは早くなって、死ぬたびに回復が早まっている気がするんです。桃白白の時よりも、ピッコロに殺された時の方が復活が早かった……もしかしたら私は不死の化け物なんじゃ「っ!」
言うに事欠いて自分を化け物と呼ぶを、神は咎めるようにの細い両肩を掴んだ。だがは構わず続けた。
「神様ならもうわかっていますよね? この減らない気を……いくら使っても減るどころか増えていくんですよ? この力を使えば地球なんて簡単に破壊できる。だからこそ神様は気のコントロールの修行を重点的に私にさせていたんですよね?」
気づいていたのか――いや、これほど聡明なが気づかないはずがない。
神は一歩間違えれば本当に地球を壊しかねないの気の暴発をおそれた。清く正しい心を持っているが、もし悪の手に堕ちたらきっとおそろしいことが起こる。唯一の救いは、のそばには常に孫悟空がいることであった。同じく清く正しい心を持ち、揺るぎない強さを誇る悟空がを支え、その悟空もがいることでより強さを増す。本当に運命とはあるもので、ふたりの出会いは必然だったのかもしれない。
「自分自身がとてもおそろしいのです……きっと私は地球の人間ではありません。ただの化け物なんです」
の透き通った瞳から、はらはらと美しいしずくが流れ落ちる。
「っ!?」
食堂へと続く廊下で話していた紫苑と神の前に、間の悪いことに悟空が登場した。
「ご、く…………っ!!」
名前を呼ばれたはうっかり顔をあげてしまい、瞠目する悟空を捉えた。こんな情けなく泣いている姿なんて誰にも見られたくないは、神に掴まれていた肩の手を振り払って自分の部屋へと逃げ込んだ。
「っ……?!」
自分の顔を見るや否や逃げるように去っていったを追いかけようとすると、神が悟空の腕を掴んだ。
「なんだよ神様! が泣いてたんだぞ!」
「今は行くべきではない! をひとりにさせてやるのも優しさじゃぞ!!」
「あんなをひとりにしたら壊れっちまうよ!!」
こんな切羽詰まった悟空は見たことがなかった。神は思わず悟空を掴んでいた手を緩めていて、気がついたら悟空はを追って神の前から姿を消していた。
「……を任せたぞ……」
こうなってしまえば悟空にすべてを託すしかない。
悟空はの部屋の前にいた。が部屋にこもっているのは気の位置で丸わかりだ。いつもは抑え込んで一定の小ささを保っていて探しにくいの気も、ざわざわと不安定な気になって探しやすくなっていた。それほど今のは動揺しているのだろう。
「、開けてくれ」
「………………」
と悟空の部屋に鍵はついていなかった。力加減ができない悟空が鍵を掛けたの部屋のドアノブを何回も壊してしまって鍵の意味がなかったからだ。そんなわけで現在部屋の外でドアノブを回そうとする悟空を、部屋の中でが必死に阻止しているというおかしな構図が出来上がっている。
「しょうがねえなあ……かーーめーー」
神殿の建材はちょっとやそっとじゃ壊れないので(だからこの間悟空がを突き飛ばして壁を破壊した時の力は相当だったのだ)、悟空も強行突破することにした。
悟空の気が一気に跳ね上がる。本気のかめはめ波を放たれたらの部屋も、隣の悟空の部屋もただでは済まないどころか、普段から修行で破壊の限りを尽くしている自分たちがこれ以上神殿を破壊してしまったら今度こそ部屋を直してもらえなくなるかもしれない。
「わーっわーっ! ちょっタンマ! 開けるからっいま開けるから!!」
が慌ててドアを開けると、かめはめ波の構えをした悟空とご対面した。
「ははっ涙ひっこんじまったな!」
悟空は朗らかに笑っているが、やっていることは脅しと変わらない。
が文句を言う前に部屋に入り込んでドアを閉めると、を真正面から抱き締めた。
「やっ、ず、ずるい……!」
「が逃げる前に捕まえとかねえとな」
押しつけられる悟空の胸を引き離すように腕を突っ張ろうとするが、うまく力が入らない。それどころか悟空はを逃すまいと、さらにの体に回した腕に力を込める。
「っなんで……なんで悟空はいつも私を――」
助けてくれるのだろう、救ってくれるのだろう。
常識知らずで、いつも思いもよらない行動でなんでもぶち壊して、笑い飛ばして、こうして悩んでるのがばからしくなる。
「ずっと無理して笑ってたんか」
もう泣きたくないのに、また涙がこぼれる。こんなぐちゃぐちゃになった感情は自分ではどうすることもできない。
悟空はその大きな手での両頬を包み込み、溢れ出る涙を硬い皮を被った指で拭い続ける。はそんな悟空の手にそっと自分の手を重ねた。その手は少し冷たくて、震えている。
「私ね、桃白白の時も、ピッコロの時も死んでいるばすなの。でもこうして生きているってことは、死ねない体なのかもしれない。そう思ったら自分がすごくこわくて……傷の治りが早いのも、こんなにも膨大な気があるのも、私がこの地球の人間ではないから……」
はゆっくりと瞬きをした。もう涙は流れていなかった。
「……私は……化け物なんだ……」
「は化け物なんかじゃねえ!!」
すべてを包むように悟空はを腕の中に閉じ込めた。少し苦しいくらいだ。
こんなにも声を荒げる悟空は戦っている時以外見たことがなかった。
「は……っだ……!! 死なねえ体だとか、そんなの関係ねえ。オラはが……さえそばにいてくれればそれでいいんだ……っ!」
いつからだろう――いつのまにか身長は追い抜かされ、声は低くなり、腕はこんなにも太くたくましく、胸板も分厚くなった。自分が小さくなった気さえする。
悟空に触れていると、息がつまるほどのやさしさとあたたかさで満たされていく。
にどっと愛おしさが押し寄せてきた。ああ、そうか。自分はこんなにも悟空が好きで好きでどうしようもなかったんだ。
おずおずと背中に腕を回せば、それに応えるようにまた一段とを抱く悟空の腕に力が入った。お互いの熱が伝わりあい、とけてしまいそうだった。
※ここで悟空さにちゅーしてもらって告白させようかすごく迷った