第17話
「あ」
月島は目の前から歩いてくる人物が自分の顔を見て声を上げたことに気づかないフリをした。
なぜ部活がオフの日にまで部活関係者の――自分が忌み嫌っている王様の姉と関わらなければならないのだ。
「確か飛雄ちゃんの……月島くんだ!!」
月島を一点に見つめ、名指しまでしてくるに知らん振りを決め込むのを月島は早々に諦めた。
こいつは本当にあの王様の姉なのだろうか。月島は自分の(認めなくはないが)チームメイトの影山飛雄によく似た顔のが、ニコニコしながら自分に近づいてくるのがそれはもう気持ち悪くて仕方がなかった。なぜこうも顔は似ているのに性格は似ていないのだ。月島は自分のことは棚に上げて苛立っていた。
「よく弟と同じ部活ってだけで話しかけられますね」
「? この間試合もしたじゃない」
「あなたとほとんど絡んだ覚えはありませんが」
「そんなの関係ないよー! いつも弟がお世話になっております……っひゃー! 今のお姉ちゃんっぽーい! ね、お姉ちゃんっぽいよね?!」
同意を求めるな。
月島は気に食わないチームメイトの姉ではあるが、仮にも他校の先輩相手に面倒事を起こさないよう普段飲み込むことが少ない悪態を嫌々ながらも飲み込んだ。
「そうだ! 月島くん今時間ある?!」
「無いんで帰っていいですか?」
「あそこのケーキ屋さんでね、今日カップル限定ケーキ食べられるの! 月島くんが良ければカップルってことにして一緒にどう??」
ケーキと聞いてこの場から離れようとした月島の足が止まる。何を隠そうが指しているケーキ屋とは、今まさに月島が行こうと思っていた場所だ。煉瓦造りに蔓が巻き付いた洋風な外観の建物は、店自体は小さいが評判の良いケーキ屋であった。中は席数は少ないながらもイートインスペースもあって、わざわざイギリスから取り寄せている紅茶も美味しいと有名だ。バレンタインやホワイトデー、ハロウィンなんかのイベントはもちろん、カップルデーなどの突発的なイベントをやっているのは常連の月島も知っていた。そしてカップルデー限定のケーキがあることも調査済みだが、勿論食べたことはない。
「……弟と来ればいいじゃないですか」
素直になれないことに定評のある月島は、本当はカップル限定ケーキは気になるものの、そう易々と重たい頭を上下に動かすことはしなかった。
「飛雄ちゃんと……カップル……? っきゃー!! いやだあ、そんな! カップルなんて恥ずかしー!!」
頼むから王様と同じ顔で嬉し恥ずかしの乙女の顔をしないでほしい――月島は本日何度目かわからない悪態を飲み込んだ。
「本当はね、珍しくオフが重なったから飛雄ちゃんと出かけようと思ったんだけど、日向くんとバレーするって朝から出掛けたらしくてさ……私が寝ている間に出てったって言われてせめて飛雄ちゃんが帰ってきたら一緒にケーキ食べようと思ってここまで来たんだ……バレーなら私誘ってくれても良くない?! ねえ?!! そもそも最近飛雄ちゃん冷たいと思うの! 昔はそれはもう可愛くてあっ今も可愛いけど、ねーちゃねーちゃ言って私のそばを片時も離れなかったのに!! もしかして反抗期?! まあどんな飛雄ちゃんもどんとこいだけどね! むしろツンツンしてる飛雄ちゃん可愛いし口尖らせた飛雄ちゃん愛おしいからなんの問題も「ねえうるさいんだけど」
どうして姉(又は兄)という生き物はこうも鬱陶しいのだろうか。
とうとう悪態を飲み込むのをやめた月島は、延々と続きそうだった聞きたくもない影山姉弟の事情に口を挟んだ。
「ごっごめんね、飛雄ちゃんのこと話すと止まらなくてさ……お詫びにカップル限定ケーキ奢ったげるね! っさー行くべ行くべ!」
無理矢理月島の手を掴むと、月島の制止の声も聞かずにケーキ屋へと歩みを進めた。木製のドアに装飾されたシルバーの取っ手を引くと、チリンチリンとドアベルが澄んだ音をたてる。
「すみませーん! カップルデー限定のケーキ下さい」
月島が不満大爆発な顔をしていたが、は見向きもせず受付のお姉さんににこやかに声をかけた。
「店内でお召し上がりのみになりますがよろしいでしょうか?」
「はいっ大丈夫です!」
「では、カップルの証明として下の名前で呼び合って、恋人繋ぎでお席まで移動お願いします」
「蛍くん、恋人繋ぎだって!」
「………………」
月島は今にも呪い殺しそうな顔を引っ提げていたが、の鋼のメンタルは揺らぐことはなかった。躊躇いもなく月島の名前を呼び、手首を掴んでいた手を指と指の間に移動させてぎゅっと握り込んだ。
「蛍くんほら恥ずかしがってないでいつもみたいにって呼んでいいのよ?」
無駄に顔が良いとはこのことだ。目を細めて髪を耳にかける動作が妙に様になっていて心底腹立つ。だから強めに手を握るくらいは許されると思うのだ。
「い?! ったたたたた!! ちょ、蛍くんの愛が強い! 強すぎていだたたた!!!」
「あーあー、愛が強くてごめんね、さん」
「はあい、カップル様ご案内~」
もしかしたらこんな奇妙なカップルを目撃しても動じない店員のお姉さんが一番メンタルが鋼なのかもしれない。
(年下のさん付け呼びっていいよね)