第18話
「月島蛍って綺麗な名前だね」
運ばれてきたカップル限定ケーキとダージリンティーを堪能するはやはり様になっていて、それでいて思いの外静かだった。いまだ掴みきれないが存外月島に複雑な感情を与える。抑えが効かないほどハイテンションに(主に弟について)マシンガントークしたと思ったら、あまり食器の音をたてずに綺麗に食べ始めたり、正直調子が狂う。これならばまだ通り一遍に騒がしい方が扱い易い。
「僕の名前知っていたんですね」
「対戦相手の情報は把握してるからね」
「今はマネージャーですもんね」
「あれ? 蛍くんも私の話聞いてるんだ?」
「………………」
彼女の過去を知っていることを匂わせて良かったのだろうか。今更ながら言葉の選択を間違えたかもしれない。らしくない。冷静であることが美徳ですら思うことがあるのに、これでは売り言葉に買い言葉――まるで子供だ。
「蛍くんってさ、お姉ちゃんかお兄ちゃんいる?」
「……なんでそう思うんですか?」
「なんか構い倒したくなるから」
この笑顔に悪意は含まれていないのだろうが、なまじ天敵である飛雄と顔が似ている所為で飛雄に馬鹿にされている気がしてしまう。
「……日本代表どころか烏野でレギュラーにすらなれなかった兄が1人いますよ。生憎そちらの姉弟と出来が違うんで」
ここまで言うつもりなどなかったのに、つい感情的になって口が勝手に動いてしまった。それでもどうしてもあの時試合会場で見た兄の顔が過って止められなかったのだ。
「蛍くんはそんなお兄ちゃんがカッコ悪いと思うの?」
兄に対してカッコ悪いなんて思ったことなどなかった。むしろ自分の期待を押し付けた挙句、兄に嘘までつかせて勝手にショックを受けて――だから月島はたかが部活で頑張ってその先何になるのだと悟ったのだ。
「別に……ただ、3年間試合に出られる希望すらない状況でなんであそこまで兄がバレーに打ち込めたのか、いまだに理解できないんですよ」
月島はの真っ直ぐな視線を逸らすようにふわふわのスポンジをフォークで切り取り、そこに白くとろけるホイップクリームと色とりどりのフルーツを乗せて口に運んだ。
「そんなの弟がいつもキラキラした目で応援してくれたからに決まってるじゃん!」
は月島が動くよりも先に大皿で運ばれてきたカップル限定ケーキを2つに取り分けた。それも、弟でもなんでもない月島相手に明らかに多めに皿に乗せたのだ。がどれ程お姉ちゃんをしているか、飛雄がどれ程この姉に可愛がられているかが垣間見えてしまって、無意識にどこか兄と重ねている自分に気づく。兄もいつもショートケーキが好きな弟の為に上に乗っている苺をくれた。今や会話どころか顔を合わせることもほとんどなくなってしまった兄だが、その無償の優しさはずっと月島の中に残っている。
「今さんの話はしてないんですけど……」
「エ゛ッ?! や、あの! きっと蛍くんのお兄ちゃんもそうだと思うよって話!」
きょうだいの話となるとついつい我を忘れて熱くなるの言葉は私情入りまくりにもかかわらず妙に確信めいていて、月島は思わず適当にはぐらかしてしまった。
「やっぱり僕にはわかりません。なぜああもバレーに熱くなれるのか――その先には何も無いのに」
月島は最後に取っておいた苺をフォークで刺した。
「じゃあ蛍くんがその先に何か見つけたら、きっとバレーが楽しくて仕方なくなるよ」
それこそガッツポーズをしてしまうほど――鼻で笑い飛ばしたくなるの無邪気な言葉を思い出す日など来ないと思っていた。だが後に木兎と出会い、牛島と対峙した時、のしたり顔が月島を度々イラつかせることになるのであった。
(関係ないけど、いぬぼくキャラソン「太陽と月」良い曲)
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