第19話
GWに入ってこれから数日間烏野は学校に併設されている合宿所に泊まり込んでバレーに打ち込む。もちろんの弟である飛雄も例外ではない。いくらバレーの為とはいえ、数日間も飛雄に会えないが連日枕を涙で濡らすことは必至であった。しかしそんな影響など感じさせないほど完璧で涼やかな営業スマイルを携えて校門前で音駒を待ち構えているは、さすがマネージャーの鑑である。どんな時でも決して笑顔を絶やさず、選手に不安を与えることなく見守ることがマネージャーの責務だと思っているのだ。
「音駒高校の皆様、遠い所からわざわざお越し頂きありがとうございます。ようこそ青葉城西高校へ」
艶やかな髪をひとつに纏めて青葉城西のジャージを着るは音駒高校に訪れた時と違い、きちんと青城マネージャーの顔をして黒尾たちを快く迎え入れた。
「よう、。この間ぶりだな」
「猫又先生、その件でございますが……どうかこれでうちの監督とコーチに黙っといてもらえませんか!!」
にこやかに挨拶する猫又に対してはきりりとした表情から打って変わって、懇願するようにバッと頭を下げて紙袋を渡した。紙袋の中身は仙台銘菓三色最中である。
「お前これ……箱の下に何か仕込んでんじゃ……」
時代劇でよくあるお主も悪のようの図を思い浮かべた黒尾は思わずツッ込んだ。
「違うよ! 猫又先生はここの最中好きなの!」
「ほう……つまりは口止め料ってことか」
「相変わらずおもしれーこと考えんな、は」
実はがわざわざ御丁寧に校門前で音駒を待っていたのも猫又先生を買収――説得する為であった。部活が休みの時とはいえ、学校を抜けたことには変わりないが東京の高校に潜入してましたなんてとてもではないが監督やコーチには言えない。を止められなかった及川たちは連帯責任として自分たちに火の粉が降りかかる可能性があるので、満場一致で監督とコーチには黙っていることとなった。だが、猫又はまた立場が違う。いくら以前からを知っていて何かと気に掛けてくれているとはいえ、きちんと先回りして手を打っておくに越したことはない。もし監督やコーチにバレでもしたら、こってりと絞られるのは目に見えているからだ。のこういう頭の回転の良さはピカ一であった。ちなみにが音駒高校と練習試合を取り付けた経緯も、音駒がGWに昔から因縁のある烏野高校と練習試合をしに宮城に行くことになったから、宮城でバレー部のマネージャーをしていて顔の広いに話が回ってきたと監督に説明していた。
「別にお前のことをそちらさんの監督に言うつもりはなかったが……丁度今困ったことが起こっててな。黙ってやる代わりにちいとばかし手伝ってくんねえか?」
は首を傾げながらも猫又の次の言葉を待つのだった。
本物のネコのように路地に迷い込んでしまった孤爪を連れ戻してきてほしいと猫又に頼まれたは、黒尾と共に孤爪がくれた位置情報を頼りに向かっていた。は自転車に乗り、黒尾はアップも兼ねて並んで走る。
「なんかこうしてっとウチのマネになったみたいだな」
「まあ今日はマネがいない音駒のサポートに入るつもりだけど」
「どうせなら今日1日と言わず、俺専属のマネになってほしいネ」
「あはは! 無理!」
半分冗談で半分本気で言い放った黒尾の戯言をは明朗快活に笑い飛ばした。
「だって私は青葉城西のマネに誇り持ってるもの」
つり上がった目尻をくしゃりと柔らかく崩し、歯を見せてあどけなく笑うに、走ってあったまってきた黒尾の心臓がさらに加速する。
「っはー……なんなのカッコよすぎデショ……!」
汗を拭う振りをして黒尾は自身の呟きを掻き消した。
もちろんにここまで言わせる青葉城西の奴らに嫉妬しない訳ではない。だが、それよりも何よりもはっきりとここまでバレーに情熱を傾け、選手と同じ目線に立って応援しようとするのひたむきな姿勢に眩暈がした。
空き地で迎えを待っていた孤爪と一緒にいたのは日向であった。
「研磨!」
「あれ? 日向くん?」
黒尾との声に孤爪と日向は話を中断して視線をふたりに寄越す。
「あっかっ影山の……?!」
不遜な顔をしている飛雄に見慣れている所為で、飛雄とそっくりな顔で穏やかに話し掛けてくるに違和感を覚えるどころか恐怖すら生まれてくる日向は、いまだとの会話はどぎまぎしてしまう。
「こんなとこまでどうしたの? ロードワーク中?」
「やべっ! そうだった!!」
の言葉で本来の目的を思い出した日向は、たちとは反対方向へ走り始める。そんな日向の背中に孤爪は小さく手を振った。
「またね、翔陽」
しっかりと孤爪の声が届いた日向だが、その言葉の真意を知るのはもう少し先。
「勝手にフラフラすんな」
「ごめん」
「まあまあ、無事見つかってよかったよ!」
「おら、学校まで走るぞ」
「げぇ……」
あまり表情が動かなかった孤爪があからさまに嫌悪感を露わにした。そんな反応など想定内の黒尾は、孤爪の手に握られているスマホをちらりと見てため息を吐いた。
「どうせお前待っている間もゲームしててろくすっぽ動いてねーだろ。学校着いたらすぐ試合すんだからしっかりアップすんぞ」
「孤爪くんゲーム好きなの?」
「ああ、好きどころじゃねーよ。こいつ廃人レベルのゲーマー」
なんならにどれ位孤爪が重症か話をしようとする黒尾よりも先にがゲームの話題に食いついた。
「そうなんだ! 私もモンスターカリュウドとかするよ!」
「エ゛ッ?! い、意外だな……」
の発言はさすがに想定外だった黒尾はそれ以上言葉を継げなかった。
「そう? 素材集めとか無心になれてオススメだよ? でも最近欲しい宝玉がなかなか出なくてさー……」
「物欲センサーが働いたら出ない……」
「っそう、そうなの! さては孤爪くんもカリュウド?!」
孤爪がぽとりと落とした餌に見事釣られたは、黒尾そっちのけで孤爪と楽しそうにずっと話していた。一緒にゲームをするどころかゲームを語る友達さえいなかった孤爪もいつもより饒舌で、幼馴染の黒尾ですら初対面の人間相手にこんなにも口を動かす孤爪を見るのは初めてであった。
――俺、研磨に負けてね?
果たして物欲センサーが発動している黒尾はを入手出来るのだろうか。
(最中の有名どころは白松がモナカもあるよ。菓匠三全といえば萩の月だけど、伊達絵巻も好き)