第4話
「驚かせちゃったみたいでごめんね?」
飛雄の彼女疑惑が解け、1年生以外は面識があると和やかに会話を進めていた。
「と名字が一緒だとは思ってたけど、まさか本当に影山と姉弟だとは……」
「なんで言ってくんなかったんだよー」
影山と聞いてなんとなくの顔が浮かんでいた澤村と、ブスくれる菅原には楽しそうにふふふと笑う。
「黙ってた方がおもしろいと思って!」
「さん、そりゃないっすよ~……」
田中は影山に彼女がいなかったことにホッとしつつ、憧れの他校の先輩が自分の後輩の姉だなんてなんの因果だろうかと肩を落としていた。
「はいはいはい! 影山のおねーさんに質問です! バレーはやってるんですか?!」
日向がきらきらとした眼差しでに問い掛けると、刹那、空気がぞくりと冷えた気がした。日向はその瞬く間の違和感に首を傾げたが、すぐに飛雄のボゲェという怒号でその違和感は消え去った。は日向に完璧なまでの笑顔を見せて口を開いた。
「私青葉城西でバレー部のマネやってるんだ。烏野と練習試合を組んでくれるよう監督に打診したのも私」
「そーだったんすか! あざーっす!!」
「でも徹が出した条件の所為でスガくんに嫌な思いさせたと思うから私から謝っとく。ごめんね」
キツめの顔立ちをしているが眉尻を下げると、途端かわいくなるから困る。菅原は少しだけ顔に熱が集まるのが自分でもわかった。
「姉貴、ヨーク行くんだろ」
「あ、うん。お腹すいたよね? そろそろ行こっか」
「失礼しゃす」
飛雄は先輩に会釈してから、距離を取っていたはずの姉の手を引いて足早にその場から離れた。
飛雄と顔の造形は似ているが、表情筋の働き方が全く違うは相変わらず完璧な笑顔で手を振りながら去っていった。
「影山のねーちゃん、影山と顔は似てるのに性格全然違いますね!」
いつでもブレない日向はまっすぐと飛雄に失礼なことを言っているが、悪気がないのはわかっているので特に誰も咎めはしなかった。それでも最低限知ってもらわなければならない――そうしなければ不用意にまたの傷に触れてしまうから。
「日向……は元全日本選手なんだ」
澤村の声は静かに落とされた。
曇り空がどこまでも続く。嫌だな。雨が降るのかな。古傷が疼く。もう痛くないはずなのに。
無言で自分の手を引いて大股でヨークを目指す弟にどう声をかけたものかは逡巡していた。
「姉貴」
「うん?」
意外にも先に口を開いたのは飛雄であった。は努めて優しい声色で相槌を打つ。
「あー……えー……ひっ日向は「あの子、絶対いい子でしょ。まっすぐで、素直で……バレーが大好き。どう? 当たってる?」
悪戯っ子のように無邪気に笑う姉はいつも一歩先を歩いてその先を見据えていて、飛雄は何ひとつ姉に敵わなかった。だからこそ飛雄は姉に進言された通り、青葉城西ではなく烏野に入学を決めたのだ。
ちなみに飛雄の白鳥沢受験は絶対受からないと思っていたのでは止めなかった。
「飛雄ちゃん、バレー楽しい?」
中学の最後の試合を終えた時同じことを言われた。飛雄はあの時なんと答えただろうか――すでに覚えていなかった。だが姉の言葉に挑戦的な笑みを返すと、それ以上特別な言葉はいらなかった。