蜜雨

第8話

 ここは楽園だろうか――マイナスイオン、いやフローラルな香りで満ち満ちている。
 菩薩のような表情で田中は合掌していた。彼の視線の先には彼が恋慕してやまない清水潔子、そして後輩の飛雄の姉とは思えないほど明るく優しく美しい影山が仲睦まじく談笑する姿が。

「また徹に声掛けられたんだって?」
「………………」
「ごめん! 私からちゃんと言っておくから! で、その代わりと言ってはなんだけど……」
「イヤ」
「まだなにも言ってないよ?!」
「どうせ弟の写真撮って送ってって言うつもりでしょ?」
「だって! だって! 飛雄ちゃんの部活動姿だよ?! 練習中のキリリとしたお顔、黒の引き締まった部活ジャージ、少し短めのパンツとサポーターの間の絶対領域、太腿外側の縦に走る筋肉線、汗を拭う時にちらりと見えるうっすら割れた腹筋「うるさい」
「えーまだ撮ってほしい写真いっぱいあるんだけど」
「勝手にリクエストしないで」
「これでも潔子のこと信用して頼んでるんだからね!!? 潔子なら万が一にも飛雄ちゃん好きにならないだろうから、私も安心して写真撮ってもらえるし「なんで?」
「え?」
「なんで私が影山を好きにならないって断定できるの?」
「えっ」「ちょっ?!」「なっ潔子、さんんんんん?!!!」

 真顔のまま清水は3段階で狼狽するに背を向け、烏野チームの元へと颯爽と歩いていった。いくら呼び止めてもつんと無視され続ける清水の爆弾に見事直撃した(と会話を盗み聞きしていた田中)は数秒後に送られてきた清水のメッセージによって自力で立ち上がるのであった。

『今日の試合のDVDとじゃがりことジャガビーで手を打つ』

 ちなみに風化しそうな田中を回収したのは縁下だった。



(清水は飛雄のことはうわーと顔そっくりとしか思っていない)






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