第9話
「まっつん聞いて! まっつん聞いて!!」
「なに? 弟の学校が学ランでネクタイを結べない弟に『まったくお姉ちゃんがいないとなんにもできないんだから。おいで、結んだげる』って言えなくて毎朝凹んでたのに元気だね」
「それはそれでいまだに悔やまれるんだけど、今日ね、ご飯粒ほっぺについたまま上目遣いしたベストショット撮れてね、早速待ち受けにってなんでまっつんうちの姉弟事情を事細かに……っは! まさかこの間の試合でうちの超絶カッコ可愛い飛雄ちゃんに目覚めたとか?! いやっ!! まっつんに狙われたら性別の壁なんて乗り越えて飛雄ちゃんの処「お前が毎朝嫌っつーほど聞かせてくるからだべ?!」
3年1組の教室に、普段冷静でどちらかと言うと寡黙な方である松川の声がこだまする。松川がこんなにも声を荒げる原因を作っているのはもちろん弟大好きお騒がせ女のである。ほんと女版及川なという岩泉の呟きが聞こえてきそうである。
「じゃなくて! あのね、うちの飛雄ちゃんがGWに音駒高校と対戦するの!」
「へー。どこそれ」
「東京の学校!! ねえ! うちの飛雄ちゃんがシティボーイにブチ犯「顔だけは良いんだからそのセリフはやめろ」
「ってことで偵察に行ってくる」
「はっ?」
「おばあちゃんが産気づいたから保健室行ってくるって先生に誤魔化しといて!!!」
ごまかせねーよ。松川の嘆きはに届くことはなかった。
容姿端麗、成績優秀、男バレの頼れる敏腕マネージャーであるの本来の姿は、弟に度が過ぎた愛情を抱える暴走機関車である。入学当初はいろんな意味で随分話題になっていたが、いまや日常と化し、バレー部がなだめ役に徹することが暗黙のルールとなっていた。
が青城に入学した当初は自分のテリトリーに飛雄がいない不安で震えていたが、勝手知ったる自分の出身中学であったため(裏から色々と手を回して)なんとか耐えた。しかし今回弟は烏野高校に入学してしまった。そう仕向けたのは半ばのせいで、自分で自分の首を絞めているのだが、弟の成長のためと歯を食いしばっていた。完全にの手から離れてしまった飛雄を、姉らしく毅然とした態度で過干渉はやめようとしていたが、県内ならまだしも県外のしかも東京の学校はあまりにも相手の情報量が少なく、の許容範囲を超えた。もし弟に近づく女子(又は男子)がいたら事前に排除しなければとセコムが発動したのだ。今回ばかりはクラス内のストッパーである松川は機能せず、は忽然と姿を消してしまった。通常であればこの時間は大人しく自分の席に座り、常に机の上に置いてある幼い頃の飛雄の写真立てを授業が始まるまで眺めながら松川と弟の可愛さについて(一方的に)語っているのだが、今日ばかりは姉の代わりに弟の写真だけが鎮座しているのだった。
(はまっつんのことを下ネタでしか話が通じないと思っている)