No10
「はい、こちらホワイトエンジェル……ええ、今ちょうどホークスと合流しました……っ雄英のセキュリティが破られた……?! はい、はい……わかりました。では、失礼致します」
現在は仕事で福岡に来ていた。そんな折に雄英のセキュリティが粉々に破壊されたと連絡を受け、従来の予定よりも少し遅めの飛行機に乗るよう指示されたのだ。
「早速トラブル?」
「そうみたい……」
「まあ俺としちゃ、なかなかこっちに来てくんないと少しでも長くいられんなら大歓迎だけど」
「それはホークスも悪いんだからね! あの雑誌の件以来色んな人たちから連絡くるし、上の人にはしつこくホークスとはなにもなかったか確認されたんだよ!」
の言う雑誌の件――話題沸騰中のNo.3ヒーローには当然パパラッチも付きもので、存外距離の近いとホークスを邪な目で捉えた低俗な雑誌記者がホークスをロリコンと揶揄した熱愛記事を書いたのだ。もちろんとホークスのバックがそんな記事掲載を許すはずもなく、その記者ごと闇に葬り去られた。だがとホークスには厳重注意に加えて半年間ふたりきりの仕事は自粛、と共に仕事をするプロヒーローにも注意喚起されるという運びとなった。
「しっかし、ひどいよなァ……ベストジーニストさんの時は仲良し兄妹(!?)でドライブか! とか書かれてたのに、かたや俺はロリコン扱い」
「維さんは紳士だし昔からよく私の面倒見てくれてたからね。ホークスは年が近かったのがまずかったのかな?」
「それとも恋人に見えるくらいラブラブな空気出してたのかもね、俺ら」
へらりと笑っての重そうな荷物をひょいと奪い取ると、ずいとホークスは真剣な顔つきをに近づけさせた。吐息を交換出来てしまいそうなほどの距離感だ。
「いっそホントのことにしちゃう?」
本当に恋人になってしまえば雑誌に何を書かれても、距離が近くても、このままキスをしてしまっても誰にも文句は言われない。
「ホークスがそんな顔するときは本心じゃないの、私知ってるよ」
しかしは目の前のホークスに臆することなく、にっこりと笑ってみせた。そのの笑顔に毒気を抜かれたホークスはパッとから離れる。
「こりゃ手厳しいお姫さんたい」
ホークスはいつも通りへらへらと戯けてと笑い合っていたが、その瞳の奥に燃える強欲な炎にきっとは気がついていないだろう。
仕事を終えたとホークスは福岡タワーを横目にネオンが煌めく夜空を飛んでいた。ホークスに抱えられたは羽搏く彼の翼を見てぽつりと呟いた。
「こうして自由に飛べるのに、なんで啓悟くんは自由じゃないんだろう」
ふたりきりの時だけ、はホークスを本当の名で呼ぶ。それは彼の立場を鑑みてのことだった。
「俺とは似てるな。誰よりも自由を求めているのに、実際は鳥籠の中で雁字搦めになっている」
だからこそ目も眩むほどの光に憧れ、焦がれる。彼らにとってそれはオールマイトやエンデヴァーであった。
「私もね、ヒーローが暇を持て余す世の中にしたい。そしたら啓悟くんも私も自由になれるんじゃないかって……そう思うんだ」
この眼下に輝く数多の生命の光の粒を絶やさぬよう掬い上げ、不安も悲しみも、敵すらも、ヒーローが救い上げてしまえばそんな世の中になるだろうか。とホークスはやり方が違えど、自らの力と個性で皆の明日をつくってきた。少しでも速く、理想の社会に近づけられるように。
「……はその個性を不幸に思ったことないか?」
がただのリカバリーガールの孫という存在だけであったら、政府に監視されることも辛い訓練を受けることもなかった。ホークスもまた剛翼という強力な個性を幼いうちに見出されていなかったら、もっと平凡に生きれたかもしれない。
「不幸に思ったことないって言ったらウソになるけど……でもこの個性を持っていなかったら今の自分はなかった。みんなと出会えた個性だと思えば、この個性を憎むことは少なくなったかな」
静かに笑うの視線の先には夜闇に染まる海が広がっていて、いまだの深層に巣食う傷の深さを物語っていた。あの忌まわしい事件が起こってから何年も経つが、こうして笑えるのはヒーローたちのおかげだとは言う。だが、そんな彼女の強さに甘えてなんでも背負わせているのは汚らしい大人たちだ。最年少プロヒーローとしてひたむきに仕事をこなす彼女が、本当は脆いながらも強がっていることにホークスをはじめとした親しいプロヒーローたちは気づいている。だからこそ彼女の力になりたいと思うし、助けてやりたいと思う。特別な個性を持つではなく、自身にみな惹かれていたのだ。
「啓悟くん」
「ん?」
「ちゅ」
台所に立つ鷹見をが後ろから呼び掛けると、素直に振り返った鷹見は唇に襲撃を受けた。しかし決して甘やかなものではない。
「奪っちゃった」
少しくたびれたエンデヴァー人形(TOPHEROモッチリコレクション)が鷹見の視界を埋め尽くしていたが、顔を横にずらせばすぐに悪戯が大成功して満足げなの顔を見ることが出来た。
「……俺ァ人形を愛でる趣味はないからね」
「でも炎司さん好きでしょ?」
「これ以上大人をからかったら炒飯食わせないよ」
どこか確信を持ったの問い掛けには返答せずにはぐらかすが、単純なにはこのくらいのあしらい方で十分だった。
「やだっ! 啓悟くんの特製炒飯久しぶりだもん!」
「だったらさっさと皿準備する」
「はあい」
仕事で訪れるたびに鷹見の家に泊まっているので、食器の位置まで把握しているは大人しく鷹見の言葉に従ってお皿とスプーンを準備すると、出来上がった炒飯が湯気を立ててお皿にこんもりと盛られた。おいしそうな鷹見特製炒飯にテンションが上がったは、そそくさと水と紅しょうがを冷蔵庫から取り出してテーブルに並べて席に座った。
「いっただっきまーす!」
油多め、卵は2個、生姜1片というこだわりの鷹見炒飯がは大好物であった。福岡を知り尽くしている鷹見と外食するのも好きだが、何をしていても目立つ鷹見とこうして人目を気にせずにまったり家で食事する時間もは好きだった。自分の手料理を最高に美味しそうな顔で食べるを鷹見は愛おしそうに目を細めて眺める。世の幸せがここに充満している錯覚に陥るほど穏やかな時間が流れていた。
「ふふっ、このお皿買ってよかったね!」
幾何学的模様が描かれた小石原焼のお皿は、あまりにも物が少なすぎる鷹見にが一緒にお揃いの食器を買おうとせがんだ物だった。とにかく彼女はお揃いが好きで、オールマイトとはお揃いのミサンガ(が昔作ってあげたもの)、ベストジーニストとはお揃いの服(デニム素材)、ファットガムとはお揃いの名入り箸(夫婦か)、イレイザーヘッドとはお揃いのネコマグカップ(かわいい)、プレゼントマイクとはお揃いの携帯カバー(マイクデザイン)、果てはミッドナイトとお揃いの(きわどい)下着(装着姿はミッドナイト以外には見せていないらしい)――彼女の携帯フォルダに眠る数々のお揃い写真を見せられた鷹見が不愉快極まりない気持ちを抱いたのは致し方ないことだろう。他のお揃いに比べたらこの皿は地味なのかもしれない。だが、こうしてなんでもない手料理をこの皿に盛っただけでが笑顔になれるというお揃いの皿はこの世で唯一だ。鷹見にも、そしてにとっても特別な皿には違いない。
「お揃いの食器でメシ食ってるとさ、なんだか新婚気分にならん?」
「あ、それ消太くんとたいしくんと話したことあっふぐ!」
「ふぐ? ふぐはまた今度美味しい店に連れてってやるな」
圧の強い笑顔のまま片手での頬を挟み込むと、見事にふぐがつぶれたような顔になった。一頻りその顔を堪能した鷹見がやっと手を離すと、が少しだけ赤くなった両頬を押さえながら恨めしそうにジト目で見つめてくる。
「俺といる時は他の男の名前出しちゃあダメでしょ」
「だって啓悟くんに嫉妬して欲しかったんだもん」
「……誰の入れ知恵だ?」
先刻よりも笑みが深くなった。
「ねっ睡ちゃん、デス」
有無を言わさぬ笑顔の鷹見に下手な誤魔化しは命取りだと悟ったが素直に白状すると、鷹見は呆れたようにため息を吐いた。
「だと思った」
「おっかしいなあ……睡ちゃん直伝の技が効かないなんて……」
「んなもんに引っ掛かるほど俺は甘くないんでね」
鷹見の言葉通りならば八木と豊満は甘いという話になるが、あながち間違いではないなとさすがのも思ったのか苦笑いを浮かべるほかなかった。