ホークスに空港まで送ってもらって上の指示通りに少し遅めの時間の飛行機に乗り、昼過ぎに学校に着いたは、まず敷地に入って嫌な違和感を感じた。しかしイマイチこの胸のざわめきに確信を持てないまま仮眠室に居るという根津の元へと歩みを進めて戸を開けると、ソファに座ってお茶を飲みながら話し込む根津と八木の姿が目に入った。
「やあおかえり!」
「おかえり、」
「ただいま帰りました。あれ、俊典さん授業は?」
「今ちょうどそのことについて話していたのさ!」
朝から3つも事件を解決して大活躍だったオールマイトは授業前に活動限界を迎えてしまい、現在の本職である教員としての役目を果たせずにいた。その本末転倒な件も含めて根津から教職論を説かれていたらしい八木の顔がいつも以上にやつれて見えるのは、の気のせいではないだろう。自身も根津の話の長さは十分理解しているつもりなので、少しばかり八木に同情してしまった。
「それよりも、今日は学校で変なこと起きてないですよね……?」
「ああ! セキュリティは見直しているから安心してくれ!」
先日雄英の分厚いセキュリティが何者かによって破壊された。しかし天下の雄英ともなれば、すぐにセキュリティを強化するなど造作もないことは想像に難くない。それなのにいまだ安心するどころか胸のざわめきは酷くなるばかりだった。根拠も明確な理由だってないが、は口を開くことにした。昔から自分のこの手の嫌な予感はよく当たるのだと知っていたからだ。
No11
「っ消太くん!!」
の嫌な予感はやはり当たっていた。
八木も相澤と13号の電話に繋がらないことに嫌な予感を抱いていたらしく、共にUSJに向かえば、途中で切迫した飯田とすれ違って事のあらましを聞き、急いでここまでやって来たのだ。
オールマイトは険しい顔のまま次々と超スピードで敵を倒し、ボロボロの状態で倒れている相澤を抱えながら緑谷と蛙吹、峰田を救出しての前に降ろした。はここが学校だということも忘れて思わず消太くんと素のまま名前を呼んでしまっているが、それを咎める相澤の意識は今はない。
「ひどい……両腕粉砕骨折に顔面骨折……眼窩底骨が粉々になってる……」
は相澤に触れて傷の状態を把握すると同時に応急処置を施す。ぐったりとした相澤を見た瞬間に取り乱してしまったが、まずは精神を落ち着かせて冷静に状況を判断すべきである。そして今は生徒の身の安全の確保が先決だ――相澤ならばきっとそう考えるだろう。
「緑谷くんたちはどこも怪我はない?」
「は、はい! でもどうしてさんまでここに……!?」
「話はあと! しょっ……相澤先生は私が治療したからとりあえずは大丈夫! 早く先生を連れて逃げて!」
「さんはどうするつもり!?」
「私はあの首謀者っぽい細身の男を捕まえる」
は普段の緩みきった表情からは想像出来ないほどの鋭い眼光で体の至る所に切り落とされたような掌をくっつけている男を睨みつけると、の視線に気がついたのか男が笑ったような気がした。
「久しぶり、。ちっちゃくて可愛いところは昔と変わらないね」
脳無と呼ばれる化け物はオールマイトに任せては細身の男と対峙すると、男の方からにゆっくりと歩み寄ってきた。
「昔……?」
は警戒しながら間合いを詰めてくる男の言葉を聞き返した。
「やだなあ、忘れちゃった? 昔先生のところで一緒に遊んだのに」
確かに男は先生と言った。その男の言葉が引き金となったのか、の奥底にしまっておいた記憶が徐々に息を吹き返し始めてしまった。明らかに狼狽えるの様子に、掌の隙間から見える男の目が不気味に弧を描く。
「と、むらくん……なの?」
「あの時は言ったよな? 何度俺が壊してもがなおすって……」
死柄木の言うあの時のことはが幼かったこともあって断片的な記憶しか残っていなかったが、それでも死柄木弔と先生のことは覚えていた。あの時起こった出来事は忘れようとしても忘れられないほど強烈にの記憶に刻み込まれているからだ。
「俺だけだろ、のことわかってあげられるのは。だから隣においで、」
固まるの細い手首を掴むと、死柄木は自分の指すべてがの手首に触れているのを確認してほくそ笑んだ。
「やっぱりは壊れない」
そのままを自分の元へ引き寄せようとぐっと力を入れた瞬間――
「だあー!!」
切島が死柄木に襲い掛かった。とっさに切島の攻撃を避けた死柄木は思わずの手を離してしまい、空いていたもう片方のの手首を掴んで引き寄せたのは轟であった。
「大丈夫か、」
「焦凍くん!」
敵の襲撃をねじ伏せてきた轟、切島、そして爆豪はたちがいるセントラル広場までやってきた。
轟は脳無と黒霧に拘束されたオールマイトを氷結によって救出し、爆豪は黒霧の動きを封じることに成功した。一気に形勢逆転のチャンスを手に入れたと思ったのも束の間、死柄木が脳無に爆豪を倒して出入り口を奪還しろと命令を下すと、脳無は凍った体を割りながら黒霧のワープゲートから身を乗り出し、超再生して凄まじいスピードで爆豪に向かっていく。だがそこにオールマイトが爆豪を庇うように割り込こんでダメージを喰らいながらも脳無を止めた。
「オールマイト! 今回復を!」
「脳無、黒霧、に回復させる前にオールマイトをやれ。俺はを連れてくる」
オールマイトの蓄積されたダメージだけでも回復しようとが近づこうとするが、その前に敵がオールマイトとに再び向かってきた。しかしオールマイトの鬼気迫る眼光に圧倒された死柄木と黒霧は後退し、脳無だけが真っ向からオールマイトと拳をぶつけ合う。そしてオールマイトは吐血しながらも、常に全身全霊を超えたパンチで脳無を更に向こうへと吹き飛ばしてしまった。対オールマイト用の脳無が倒されたことで苛立ちを募らせる死柄木は、自分の皮膚を傷つけるようにガリガリと力加減抜きで掻き毟る。
「どうした? 来ないのかな!? クリアとかなんとか言っていたが……出来るものならしてみろよ!!」
もう少しも力は残されていないはずなのに、オールマイトの瞳はまだ光を失ってはいなかった。死柄木と黒霧は平和の象徴という絶対的な存在感に気圧されそうになるが、脳無から受けたダメージは確実にオールマイトを追い詰めていると見抜いていた黒霧は、死柄木と連携すればチャンスは充分にあると判断した。黒霧の提案に落ち着きを取り戻した死柄木はオールマイトに突っ込んでいく。
「今度は私が絶対にあなたを護る」
オールマイトに触れて一瞬で最低限の治癒を施し、前に立ち塞がったのはだった。
は自身の個性を使って死柄木の足元のコンクリートを廃棄してバランスを崩させると、懐から銃を取り出して死柄木に向かって撃った。装填されている弾は掠っただけでもすぐに動きを止めてしまう強力な麻酔弾で、はなるべく死柄木を傷つけないようにあえて銃弾を外し、少しだけ肌を傷つけるだけに終わらせる。の攻撃で動きが鈍った死柄木より先に、黒霧がを呑み込まんとモヤを拡大させた。
「っ緑谷くん?!」
しかしがモヤと応戦する前に、緑谷が黒霧に向かって拳を振りかざしていた。この目にも留まらぬ速さはオールマイトを彷彿とさせる。はその一瞬の隙を逃さず、今度は自分の意志で死柄木の手をしっかりと握った。
「私覚えてるよっ! この手を離さないって!!」
この手の感触、このまっすぐに澄んだ瞳の輝きは昔と変わらない。
死柄木が口も開けずに呆然としていると、死柄木と黒霧に狙いを絞った銃弾が一斉に雨のように降ってきた。こんなことを出来るのは雄英の教師しかいない。どうやら飯田の応援は間に合ったようだ。
到着した教師陣に分が悪いと悟った死柄木と黒霧は逃げようとするが、13号が阻止しようとブラックホールを使う。と死柄木を呑み込もうとする黒霧とブラックホールの吸引力に、はたまらず死柄木の手を離してしまった。
「今度はオールマイトを殺してを迎えに行くよ」
黒霧と共に消えゆく死柄木はに微笑んだ気がした。
「弔くん! 私が救ってみせるからっ!!!」
その微笑みが昔の記憶と被ったは届くはずもない手を伸ばして叫んでいた。
こうして数々の傷跡を残しつつも戦いは終わった。