天気は快晴――1日遅れの高校デビューにはうってつけの日だ。
は新幹線で硬くなった体をほぐしながら、お昼休みにちょうど学校へ着けるペースでのんびりと学校まで歩いていた。昨日の学校の様子は大体八木や相澤、そして自身の祖母から聞いている。どうやら緑谷はなんとか頑張っているようだ。そして今日はちょこちょこと連絡を取り合っていた彼と久しぶりにお昼ご飯を一緒に食べる約束を取り付けることに成功した。出来たら緑谷と爆豪も誘って、あわよくば彼らのクラスの女子とも仲良くできたらな、なんて淡い期待をしつつにやけていた。
No9
「あの、轟焦凍くんいますか? ってかっちゃんだ!」
「ぁあ?!」
雄英には何度も訪れたことがあり、教室の位置は大体把握していたは迷わずに1年A組まで辿り着けた。お昼休みということもあって幸いにもドアが開いている。ひょこっと顔を出せば早速見知った顔を見つけた。
「かっちゃんもA組なんだ!」
「なんでクソ女が雄英にいんだよ!!」
「なんでって……合格したから?」
「んなこと聞いてねーよ!!!」
「それよりも一緒にご飯食べようよ! 緑谷くんも誘って! あ、私の友達も一緒にいい?」
あまり爆豪について知らなくても誰もが思ったであろう――やめとけ、と。
先程から爆豪の掌からは込み上げるイライラに耐えきれず火花が散っており、危険信号が点滅しているのは明らかだ。後生だから突然現れた女子よ、これ以上彼を刺激しないでくれ。クラスメイト歴2日であるが、1年A組の心は早々に一致団結したのだった。
「あ、緑谷くーん! かっちゃんと同じクラスなんだねー!!」
爆豪越しに緑谷を見つけたはブンブンと手を振るが、呼ばれた緑谷は幼なじみのただならぬオーラに声も出せずにいた。が雄英にいることにも驚きだが、あの天下の爆豪に凄まれても尚笑顔で華麗に受け流しているなんて末恐ろしい。こちらに火の粉が降りかかる前になんとかしなければ。
「デクてめえこのクソ女と知り合いならなんとかしやがれ!!!」
「ひいい!! はいぃいい!!」
しかし緑谷の消火活動は一足遅かったようだ。
「なんでかっちゃんそんな怒ってんの? あ! わかった! かっちゃんって緑谷くんにしか呼ばれたくないんでしょ? じゃあ勝己くんって呼ぶ? ね、そうしよっか、勝己くん!」
にこにこと悪びれもなくひとりで喋り続けるに、緑谷を含めたクラスメイトは思った――もうやめてくれ、と。そろそろ爆豪の毛細血管が限界を迎える頃だろう。
「」
の後頭部に軽い衝撃が走る。チョップが落とされたのだ。
「いたっ……あ、焦凍くん! どこ行ってたの?」
「便所」
「っあはは! イケメンの口から便所って……便所って……!!」
今度はお腹を抱えて笑い出すに、もはやどこからどう突っ込めばいいかわからない1年A組であった。
「丁度ね、焦凍くんの他に勝己くんと緑谷くん誘ってたとこなんだあ! みんなで食べた方が美味しいかなって!」
「そうか。俺はとふたりがいい」
「へっ?」
轟は間髪入れずにど直球の言葉を投げつけ、がその言葉の意図を汲む前に手首を掴んで食堂へと引っ張っていってしまった。あまりに流れるような動きすぎては呆けていたが、やがて我に返ったのか爆豪と緑谷に「また今度ねーっ!!」と声を張り上げるのだった。午前の授業が終わってうきうきの昼休みなはずなのに、1年A組の教室には疲労感が漂っていた。嵐が去った。
「それにしてもあの子誰だろうな? 隣のB組にあんな可愛い子いなかったと思うし……」
「ということは他の学科の女子か……? 流石雄英! 女子のレベルもたけーぜ!!」
ようやく落ち着きを取り戻した頃にはお騒がせ少女の話題で持ちきりであった。
「焦凍くん、歩くの速いよ!」
「っと、悪ぃ」
手を引っ張られて足がもつれそうになったはようやく轟に声を掛けると、彼は足を止めてと向き合った。
「ふふ! 受験もあったし、こうやってゆっくり話すのなんだか久しぶりだね」
「ああ」
「また身長伸びた? いいなあ」
「は……丁度いい……」
「何がっ?!」
女子の方でも小柄なは常々すらっと手足が長い綺麗な女性に憧れていた。しかし轟はゆっくりと首を振る。
「こうして……全部抱きしめられる」
言葉通り幾分か大きくなった轟にすっぽりと包まれてしまったは困惑していた。
あれえ?焦凍くんってこんなことする子だっけ?!
「焦凍くんここ学校の廊下だから! ね! 一旦落ち着こう! ねっ!!」
「のにおい、落ち着く」
いや、ここで落ち着かれても!?
普段突っ込まれてばかりのアホの子代表みたいなだが、轟相手ではそうもいかないらしい。も距離感がおかしいが、轟もゆるゆるだ。いや、元から相手だとこんなものだったか。
「ほらほら焦凍くん! お昼休みなくなるよ! 次はヒーロー基礎学でしょう? しっかりご飯食べないと!」
が少し硬めの胸板を叩くと、轟は不満そうではあったが渋々解放してくれた。
「それにしても今日の焦凍くん甘々だね?」
「? 蕎麦は甘くねぇぞ?」
無事なんとか食堂に到着し、轟は蕎麦を、は日替わり定食を手にして席についた。
「ちっがーう! なんか……うーん……なんて言えばいいのかな? ドキドキする?」
「っ病気か?!」
ガタリと荒々しく席を立った轟は隣に座るの両肩を掴んだ。その表情は真に迫っている。
「ちっがあーう! ほら、いいから座って!」
「す、すまねえ……違うのか」
の言葉に従って静かに席に着く。今日の轟は忙しない。
「焦凍くん、いつもより甘えてくるから。まるで子供みたい」
「……を繋ぎ止められんなら……ガキになってもいい」
「焦凍くん?」
「アイツから……親父から聞いた。これからはヒーロー活動中心に動くって。それに伴って危険も増えるだろうって……俺はまだスタートラインにすら立ててねえのにはどんどん先に行っちまって、なんも助けられねえのがすげぇ悔しい……」
自分自身の無力さに苛立つ轟からはを想う優しさが滲み出ていて、それだけでには十分であった。
「そんなことない。焦凍くんがここにいるだけですごく心強いよ」
幼い頃から変わらないの無邪気な笑顔に何度も救われた。だからこそもっと強く、自分の父親なんて目もくれないほどの圧倒的な強さでを守りたいと思うのだ。でも今は――また勉強みてくださいお願いしますと必死に頭を下げるの為に自分の出来ることを精一杯しよう。