緑谷出久は携帯を片手に震えていた。という女子と連絡を取り合うクエストをこなしているのもあるが、実技試験での圧倒的0ポイントという真実を伝える手がどうしようもなく震えるのだ。
ヒーローに憧れているだけの無個性の自分の器を作る手伝いをしてくれた。そして個性を受け継がせてくれた。その人たちの恩を仇で返してしまったのだ。
メッセージを送って数分後、から返信が来たことを知らせるバイブレーションが緑谷の手の中で低く唸った。見たくないでも早く見なくてはと葛藤の波にのまれる。失望されるだろうか、それとも罵られるだろうか。再びやってきた手の震えをどうにか抑えつけながらメッセージを開いた。カラフルな絵文字が所々使われた女子らしい文面に、女子と連絡を取り合っている実感が湧いてくる。一時の現実逃避はさて置き、緑谷はメッセージを辿った。そこには試験を労う言葉と、オールマイトは一週間ほど連絡が取れない状況にあること、そして緑谷が正しいと思うことしたのならそれは決して間違っていないはず、となにか確信めいた言葉を綴っていた。緑谷はその言葉の意味を一週間後知ることになるのだった。
No8
4月――無事合格通知を貰った緑谷、そしては華々しく雄英へと足を踏み入れる、はずだった。
「なんで私は江洲羽市行きの新幹線に乗ってるのよー……!」
新しい制服に身を包んだはいいが、急な仕事の呼び出しで出鼻を挫かれた。しかも行き先は関西。距離的に途中から学校に行けるはずもなく、泣く泣く明日の朝帰ってお昼に学校へ行く予定にした。絶対にお昼はランチラッシュのご飯を食べながら友達と談笑をするという野望も忘れずに。
「出会い頭に膝かくっんしてやろうかな……」
はウキウキ☆入学式計画を頓挫させたファットガムもとい豊満太志郎に向けて物騒なことを考えながらお茶を流し込むのだった。
新江洲羽駅から地下鉄や電車の改札に行くまで何度迷ったかわからないし、梅田はダンジョンだし大阪駅から離れているし、ヨドバシにも辿り着けないし、なんばで集合とかどこのなんばだよってなるし、かと言って駅から地上に出たら案内が極端に減るから方向感覚失うし、商店街でパトロールしてたらたこ焼き貰ったとか写真付きでメッセージくるのなんなのお腹すいた!
「おはようございます。ファットガム」
「おはよーさん! なんやおひいさん、いつもみたいにたいしくんってそのかいらしー口で呼んでええんやで?」
「仕事でこちらに来たからには公私混同はしません。今は仕事中ですよファットガム」
「えっちょお待ってぇなあ!」
以前新江洲羽駅で迷って外にも出られず、電車にも地下鉄にも、自分が元いた新幹線の改札にすら戻れなくなったの為に、改札前まで迎えに来た豊満を冷たくあしらいながらは歩みを進めた。そして数歩進んだのち、ぴたりと足を止めて後ろで置いてけぼりをくらっていた豊満の方へ振り返る。
「う・そ! 学校初日がお仕事になってつい八つ当たりしちゃった。お迎えありがと。早く仕事終わらせて美味しいもの食べさせてよね、たいしくん」
「……っもおお!! ちゃんのいけずうう!!!」
「ちょっ苦しっっ!! たいしくんのハグは冗談抜きで死ぬ!!!」
感極まって力加減を忘れた豊満に抱きしめられ、厚い脂肪に包まれたは新江洲羽駅について早速窒息寸前に追いやられるのだった。
「やっぱ我が家のたこ焼きが一番やあ! こんにゃくがええ味出しとるやろ?」
「たいしくんたこ焼きひっくり返して! はやく! 焦げる!」
「相変わらずぶきっちょやなあ、おひいさんは! まあそんなとこもかいらし「あああ! うまくくるってできないぃいい!!」
と豊満は仕事を終わらせてたこ焼きパーティーをしていた。たこ焼き用ピックを片手にわたわたしているにデレデレな豊満だが、その手は華麗にたこ焼きをひっくり返している。さすが関西人。
「はーお腹いっぱい!」
満足気にお腹をさすってソファに沈み込むはどこからどう見てもただの女の子だった。そこらにいる女子高生と同じだ。それがどういうわけか国の保護対象で、プロヒーローだなんて誰が思うだろうか。
「、今日はすまんのう……せっかくの入学式やったのに…」
「えー? たいしくんが謝ることないって! これからはヒーロー活動主体になるって言ったじゃん!」
「そない言うても、楽しみにしてたんやないか?」
しょぼんと肩を落とす豊満は、いつなん時でもどんなことでも笑い飛ばしそうな豪快な性格がどこかへと霧散していた。は普段見ない豊満の様子に、弾力のある腹部へと飛び込んだ。
「私のわがままでみんなの協力を得てヒーロー活動させて貰っているし、自分の能力の価値もわかってる。だからこそ救いを求める人たちの為に尽力したい。それでひとりでも多くの人が笑顔になれるのなら」
努努忘れてはならない。はただの女子高生なんかではない。彼女の表情は既にプロヒーローとして決意をした顔だった。自己犠牲の精神を持ち合わせた彼女はどこかあのオールマイトと重なる。なんでも、誰でも救おうとするのだ――それがプロヒーローなのだと彼女の瞳には熱く滾るものが宿っていた。
「私にできる精一杯のことをするってみんなと約束したしね」
数年前、の存在は国が認めた一部のプロヒーローたちに知らされた。豊満もそのひとりだった。彼女の持つ能力、経歴、そしてヒーロー資格試験の映像を視聴し、最年少プロヒーローとして認めるか決議を問われたのだ。だが誰が見ても彼女はプロヒーローとして世間からも認められる程の実力を持ち合わせていた。そしてプロヒーローたちの推薦もあり、彼女は最年少プロヒーローとなった。そうは言っても国は希少な能力を持つを単独で行動はさせたくない。だから今日みたいに遠い地でヒーロー活動をする際は、信頼できる地元のプロヒーローとタッグを組むのだ。
「なんや俺のおひいさんは知らんうちにいい女になってくなあ」
最初に会った時は確か小学生だったはずだ。だが彼女はあの頃と変わらない。純粋でまっすぐで、自分の正義を貫く強さと気高さを持っている。そしてなにより彼女の笑顔は人々を笑顔にしてくれる。豊満はそんな彼女を守りたいといつしか思うようになったのだった。
「なにそれ。たいしくんおやじくさーい」
「おやじやないもん! おにいさんやもん!」
ぷんぷんと可愛らしく怒り出す豊満に、ちゅ、とほっぺたに小さくキスを落とす。
「ごめんごめん! ね、これで機嫌なおった?」
「……足りひん」
ムスッとそっぽ向く。思わず笑いそうになるのをグッと堪える。堪えきれてないかもしれないが。
「おやすみのちゅーと添い寝もつけちゃう!」
「おはようのちゅーもや!」
「ええい! 商売上手め! 持ってけドロボー!」
「ちゃんかわいすぎや! 抱きしめの刑!!」
「ちょっシャレにならなうぶっ!」
なんだろう、朝もこんなやりとりをした気がする。分厚い肉に包まれながらはそう思うのだった。
「たいしくん、ありがとうね!」
「ええって! こうやってを独り占めできたからな」
早朝、親江洲羽駅にふたりは来ていた。無事ヒーロー活動を終えて新幹線に乗れば、1日遅れで初登校を迎えることになる。今度こそウキウキ☆学食大作戦決行である。
「今回は環先輩いなかったもんね?」
「ここは私もたいしくんと一緒で嬉しかった言うとこやろがい! なんで環の名前出すねん!」
「なんでって……たいしくんに嫉妬されたかったから? ……なんてね! もう新幹線の時間だから行くね!」
おひいさんのいけずっ!!
最後の最後に爆弾を投下していったはもう改札を通り抜けており、豊満はその後ろ姿を見つめるしかなかった――制服姿で走るとパンツ見えそうやなと考える頭くらいは残っていたが。
スカート短かない?と連絡入れようと携帯を構えるが、その待受は瑞々しい太ももが露わになっている制服姿のとツーショットである。
今日も江洲羽市は平和だ。