No14
「緑谷くんみーっけ!」
「さん?!」
4限目の現代文が終わり、食堂に向かいながら廊下で喋っていた緑谷と麗日、飯田の前に突如が現れた。入学して早々敵騒ぎもあってか、緑谷とが雄英でまともに会話をするのは何気に初めてである。
「麗日さんと飯田くん、私は! よろしくね!」
わたわたとひとりで焦っている緑谷の横ではにこやかに麗日と飯田に自己紹介をし始め、挙句両手でがっしりとふたりの手を握ってぶんぶんと上下に振る。は密かに計画していた友達100人できるかな☆計画を実行していたのだった。
「な、なんで私たちの名前知っとるん?」
「今回の敵騒ぎでA組は一躍有名になっちゃったからね。まあ飯田くんのことは天晴さんからよく聞いてたんだけど……」
「兄を知っているのか!」
「災害救助で何度か組んだことあるんだ。自慢の弟だって言ってたよ!」
の言葉に飯田は喜びを隠しきれないようで、いつもきりりとつり上がっている眉が少しだけなだらかになっていた。
「災害救助……?」
「さんはホワイトエンジェルという名で最年少プロヒーローとして活動してるんだ!」
麗日の疑問に答えたのはではなく、ヒーローオタクである緑谷であった。食い気味な上に早口になってしまうのは、最早オタクのなせる技である。
「っと……もっと話したいとこなんだけど、オールマイトから緑谷くんを呼んでくるよう頼まれてるんだった。みんなまたゆっくりお話しようね! じゃあ緑谷くん行こう!」
有無を言わさずに緑谷の手を取って走り出してしまったを、麗日と飯田は呆然と見送るしかなかった。
「さんっ! 手手手手が手がっ手がああっっ!!!」
バグったように手を連呼する緑谷は必死だ。なにせ女子と手を繋ぐという、自分には一生縁がないであろうイベントが今まさに目の前で行われていたからだ。少しでも意識してしまえば、の柔らかい手の感触が自分の手から伝わってくる。あまり免疫のない緑谷にとっては、女子と手を繋ぐ行為は嬉しいどころか、(心臓のことを考えると)苦行に近かった。そんな緑谷の心情を察してくれたのか、はぴたりと止まって緑谷の手を離して向き合う。
「あの時助けようとしてくれてありがとう。足、ボロボロになったっておばあちゃんから聞いたよ」
「そんな……僕は何も出来なかった……おばあちゃん??」
「あれ、言ってなかったっけ? リカバリーガールは私のおばあちゃんだよ」
緑谷の驚倒の叫び声は廊下中に響き渡ったが、お昼休みに入ったばかりで仮眠室付近に人影はなかった為、目立つことはなかった。
「どうしたんだい? 部屋の中にまで緑谷少年の叫び声が聞こえてきたぞ?」
仮眠室のドアをガラッとスライドさせて現れたのは、オールマイトこと八木俊典であった。
「あ、俊典さん。私がリカバリーガールの孫だって言ったら、緑谷くんびっくりしちゃったみたい」
「ああ……」
あのリカバリーガールに孫がいることも、その孫がだということも緑谷にとっては衝撃が大きかったのだろう。リカバリーガールと付き合いの長い八木自身も、当初は緑谷のように衝撃を受けたものだ。しかし生粋のヒーローオタクである緑谷は衝撃を受けただけでは留まらず、とリカバリーガールの個性の共通点についてブツブツと分析をし始めていた。オタクがキャラクターブックのプロフィールや家族構成などを見てニヤニヤするのと同義である。
が準備したというお弁当に内心女子の手作り弁当!!!と興奮していた緑谷だが、目の前でがハートを飛ばして八木に小さく切った卵焼きを食べさせている姿を見ていたら、段々冷静になってきた。以前からの距離感がおかしいとは思っていたが、当たり前のように八木の膝の上に座ってお弁当を食べさせるのは些かやり過ぎではないだろうか。
「はい俊典さん、あーん♡」
「あの、……私自分で食べられるから……」
ふたりきりならまだしも、今は弟子であり生徒である緑谷がいる手前、あまり威厳のない姿を見せられない。八木はやんわりとに離れるよう諭した。自分の感覚が間違いではなかったことに緑谷が安心したのは内緒だ。
「あ、消太くんにあーんしてたからつい……ごめんなさい」
「へ?」
えへへ、と笑った顔は大変可愛らしいのだが、今の発言は非常に宜しくない。緑谷は自分の耳に入って来た情報がいまだ信じられないらしく、いなりずしを箸で挟んだまま固まっていた。八木は密かに頭の中で、相澤に土下座する勢いで謝罪する。数々のインタビューを陽気な笑顔と小粋なジョークでこなし、お茶の間を笑顔にしているオールマイトならまだしも、クールで一見非情ともとれる性格をしている合理主義者な相澤では、あーんされている図の破壊力が違う。もしこの場に相澤がいたら、に拳骨を落とすだけでは済まさないだろう。
「そ、それより体育祭の話だ」
これから全国が注目している体育祭というビッグイベントが待っている。しかし、緑谷はまだ力の調整が上手くいっていない。そんな彼を心配して話し合いの場を設けたのに、いつの間にか相澤が教師として、プロとしてストイックに活動している反面、実はの前ではただの男に成り下がっているという話に転換してしまった。これ以上相澤のいない所で、彼のイメージを壊す訳にはいかない(もう既に手遅れかもしれないが)と八木は本題に入る。八木が真剣な表情で話し始めると、緑谷は背筋を伸ばし、さすがのも口を結んだ。もちろん脳内は今日も俊典さん素敵♡とお花畑状態ではあったが。
力の調整や体育祭の話を終えた頃には、もうお昼休みも終わろうとしていた。
「緑谷くん」
仮眠室から出ては校長室、緑谷は自分の教室へと別れる所まで来ると、は緑谷の名を呼んだ。
「緑谷くんがひたむきに、一生懸命努力してるのはすごくわかるんだけど、もし……もし、もっと頑張りたいって思ったら遠慮なく言ってね。少しだったら私も対人訓練の相手も出来るし……なんたって私は、緑谷くんのサポーターだから!」
きっとは八木が望む通り、緑谷には体育祭で自己アピールをし、トップを目指してほしいと思っているはずだ。それでも彼女は緑谷の気持ちを尊重して、変わらない笑顔で接する。そのの笑顔の裏に隠された想いが緑谷の心を揺さぶり、この日の放課後の出来事で海浜公園で抱いた気持ちを再認識した緑谷は、翌日に頭を下げるのだった。