蜜雨

「おはよう、緑谷くん!」
「えっ?! ホワイトエンジェル??!」
! このたび緑谷くんのサポートを勤めさせて頂きます! よろしくね!」
「ええええ??!!」

 早朝から溌剌とした笑顔で緑谷に挨拶するはノリノリである。オールマイトに呼ばれたはずの緑谷は、突然現れた相手にろくに返事することができなかった。今彼の中は女子と喋ってるうう!!という感激でいっぱいだ。ある程度そっとしておく時間が必要だろう。

「さ! あっちでオールマイトがお待ちだよ!」

 そんな緑谷の状態を知ってか知らずか、は構わず緑谷の背中をぐいぐい押して海浜公園内の浜辺に鎮座するゴミ山へと連れて行った。

「俊典さーん! 連れて来たよー!!」

 緑谷が放心状態のまま、浜辺で待っていたオールマイトの前に差し出した。これからの緑谷改造計画を思うと、もオールマイトも期待で思わず笑顔が溢れる。レールは敷いた。あとは緑谷が一歩を踏み出すだけだ。



No4




 緑谷の目指せ合格アメリカンドリームプランが実行されて何ヶ月か経った。
 限られた時間でオールマイトが目指す目標以上のトレーニングをこなさなければ、無個性の自分が雄英合格なんて夢のまた夢だと考え、すぐにプラン以上の自主トレを課して限界まで追い込んでいった。それに逸早く気がついたのはだった。

「アレ聖白百合女学院の制服じゃね?」
「白百合ってちょーお嬢様学校の?!」

 折寺中学の校門は珍しい来客にざわついていた。この辺りではまず見かけることのない有名な中学の、しかも可愛い女子が誰かを待っているかのように校門に立っているのだ。

「声掛けてみるか?」
「やめろって! ぜってー相手にされねって!!」
「あっちょこっち見て手ェ振ってんぞ!?」
「マジで?!」

 とある男子生徒がを見てこそこそとやり取りをしていたが、はその名もなき男子生徒の影に隠れている緑谷を見つけて手を振っていただけだった。
 勘違い野郎を生んでしまった瞬間である。

「緑谷くーん!」
「えっ?! さん!? なんでここに?!」

 この場にいた折寺中学の生徒は思った――なんでこんな可愛い女子がどこにでもいそうな地味系男子を待っていたのだろう。しかし当然その問いに答えぬまま、と緑谷は折寺中学を後にしていた。まるで冴えない男子にいきなり他校からやってきた美少女が迫るというギャルゲーのようなシチュエーションに『緑谷とかいうモブ、羨ましッッ!!』と下校途中の生徒一同は思ったのだった。

「緑谷くん、いきなり来てごめんね」
「い、いや、びっくりしたけど大丈夫だよ! そっそれよりどうしたの? わざわざ僕の中学まで来て……!」
「うん、ゆっくりお茶してる時間もったいないから海浜公園に向かいながら話しようと思って!」

 ニコッと笑う顔はいつ見ても眩しい。彼女と時間を共にすることになって幾分か経つが、緑谷はいまだにの顔を直視できなかった。無理はないだろう――間違いなく緑谷が出会ってきた女子の中でダントツに可愛すぎるのだ、は。無個性で、これといった取り柄もない自分がヒーローを目指すと熱く語っても、バカにすることなく真っ直ぐに「応援してる!」と声援を送ってくれた。にとっては些細なことかもしれないが、長年バカにされ続けてきた緑谷にとってはこれ以上ないくらい嬉しかったのだ。

「緑谷くん、完全にオーバーワークよ!」

 と過ごす時間は短いが、彼女はどんな時も笑顔を崩さない。たとえ、緑谷を責めるような言葉を発していても。

「俊典さんと私が作ったプランは緑谷くんの身体に合わせたものよ。それ以上やっては逆効果。わかるよね?」

 緑谷は思った。笑顔の方が怖い時があるのだと。反論のひとつも言えやしない。

「大丈夫、まだ俊典さんはオーバーワークに気づいてないわ。でもバレるのは時間の問題。そこで、緑谷くんのサポーターである私からひとつ提案!」

 筋肉の超回復の手伝いをさせて欲しい。
 の提案は実にシンプルであった。彼女の個性で、より完璧に短期間で筋肉の再生を促し、効率的にトレーニングを進められ、尚且つ怪我をしにくくなる。緑谷にとってプラスでしかない提案だった。

「……さんの提案はありがたいけど、どうして僕なんかにこんな協力をしてくれるの?」

 緑谷はずっと疑問であった。オールマイトが自分に協力してくれるのは、一応こんな自分でも継承者として認めてくれたからだと思っている。もオールマイトに頼まれたから責任持って緑谷のサポートをしてくれているのだろうが、それにしたって彼女は嫌な顔ひとつせず緑谷に献身的だった。損得など関係ないくらいに。今も彼女は緑谷のために、オールマイトに黙ってまで協力してくれている。

「んーどうしてって……俊典さんが認めたってのもあるけど、なんか緑谷くんて応援したくなるんだよね! そんなのに理由なんてないよ!」

 はっきりと迷いなくそう口にした彼女の瞳は混じり気のない純粋さが宿っていて、緑谷は面食らった。

「それに……ワンフォーオールは今の俊典さんの身体には負担が大きい個性になってる。だから、早く次世代に継承して欲しいと思ってた。あの人は力が一滴でも残っていたら、自分が壊れてでもひとり残らず救おうと使ってしまうから……私は、それがこわい」

 はオールマイトを俊典さんと愛おしそうに呼ぶ。全身であなたがとても大切ですと告白しているように――まるで死なないでと叫びたい気持ちを隠すかのように。八木は彼女の気持ちを知った上で、真綿で包み込むように甘やかす。緑谷は踏み込めないふたりの領域を感じつつ、そっと触れないでおいた。しかしが心情を吐露したことで、緑谷はすとんと腑に落ちたのだった。もまた誰かを救いたいヒーローなのだ。緑谷を救うことで八木を救い、八木を救うことで緑谷も救われる。ただそれだけ。

さん、僕死ぬ気で頑張ります! サポートお願い出来ますか!?」
「っもちろん!!」

 お互いの拳をコツンと軽くぶつけ合った。
 緑谷は少しだけという人間を理解し、心の距離を埋められた気がした。






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