「あ゛ーやっぱちっとくさかったかなァ……」
万事屋銀ちゃんの銀時専用のデスクに足を乗せ、天を仰ぐ顔を愛読書のジャンプで覆いながら先日に言い放った自分の発言を顧みていた。
「銀ちゃんの足はいつでもくさいネ」
「ソッチじゃねーよ!!」
いつもより強めのツッコみを入れる銀時に、酢こんぶを齧りながら神楽は首を傾げる。
「何をそんなイライラしてるネ、銀ちゃん。にでもフラれたアルカ」
「フラれてねーよ! ただちゃんはちょーっとばかし照れ屋さんなだけなの!!」
「やっぱりフラれたか、貧乏天パ」
机に行儀悪く乗っけていた足を下ろし、身を乗り出して必死に喚き散らすが、神楽はハイハイと聞く耳持たない。一回り以上も年下の神楽に翻弄される銀時をいつものことだと流し、新八は鳴り出した電話を取った。
「はい、万事屋銀ちゃんです……えっ銀さんですか?」
この一本の電話が銀時を更なる不運に巻き込むとは知らずに。
第十訓
銀時の目の前には悪夢が広がっていた。
「……何やってんの?」
何が悲しくて惚れた女に自分の女装姿なんぞ晒しているのだ。しかもつい先日くさい決め台詞までかましたのに。
「チャン、今の銀さんにそれ聞いちゃう?」
メイクの所為ではない青ざめた顔で、銀時は紅が引いてある口角をひくりとつり上げた。
「だと?! お前今までどこで何をやっていたのだ! タダでは死なんと思っていたが、ずっと身を案じていたのだぞ!!」
銀時と同じく女物の着物に身を包んでいてもガタイの良さは隠しきれないが、顔だけは妙に完成度の高い桂がの肩を掴んで凄む。
「……小太郎こそここで何してんの?」
もろもろツッコみたいところが山ほどあるが、全て目を瞑っては色々呑み込んだ想いを一言に集約させてかつての盟友に問うた。
「今は小太郎ではない。ヅラ子だ!!」
「いやほんっとアンタら何してんの?!」
そもそも新八があの電話で西郷の依頼を引き受けたのが発端である。スタッフが事故に巻き込まれたとかで人手が足りなくなり、そこで以前不本意ながらもかまっ娘倶楽部で働いていた銀時の元に依頼が舞い込んできたのだ。いくらのおかげで一時的に懐が潤ったとはいえ、給料未払いの割合の方がはるかに多い。だからこそ新八は断固拒否の姿勢を崩さない銀時に、しっかり稼いでこいとケツを叩いて送り出したのだ。銀時は新八たちも道連れにしてやろうとしたが、そこは常識のある西郷に未成年はお断りだと一刀両断され、晴れてパー子だけが出勤する羽目になった。
「お前もなんでこんな蛾の掃き溜めみてェなトコに来てんだよ」
「私は知り合いに楽しくお酒が飲める場所を教えてもらっただけなんだけど……まさか知り合いがこんな愉快なことになってるとは思わなかったよ、パー子ちゃん」
「俺だって好きでこんな格好してねェよ!!」
「俺はどんな状況であろうと、友と出会えたことを嬉しく思うぞ」
「ああうん……私は出来ればもっと違う再会をしたかったわ……」
かまっ娘倶楽部のスタッフが巻き込まれた事故を起こした張本人はヅラ子こと、桂小太郎であった。今日も今日とて真選組の追撃を鮮やかな手口で躱していた桂だったが、つい手が滑って爆弾を落としてスタッフにケガを負わせてしまったのだ。ただのキャバクラのスタッフであれば、天下の逃げの小太郎の足は止められなかったであろう――だが相手があの攘夷戦争にも参加した経験がある白ふんの西郷では話が変わってくる。案の定桂は西郷に捕まり、スタッフにケガをさせた責任を取った結果がこの惨状である。つまり、銀時はまたも桂によって面倒ごとに巻き込まれたのだった。
「これで銀時だけでなくも我が桂一派に加われば、幕府を落とすのも訳ないな!」
フハハハハハと気持ち良さそうに桂が高笑いしている横で、白けた顔したと銀時がこそこそ話していた。
「ヅラ子とパー子で幕府の男共でもオトす話?」
「そっちのオトすじゃねーよ!」
桂といいといい、クソ真面目な顔してボケをかますところは昔となんら変わっていない。が桂よりもタチが悪い点は、わざとボケるところである。
「さあ! 俺と共に新時代を築こうぞ!!」
「こんな公衆の面前で滅多なこと口にしないでくれる? ヅラ子ちゃん」
「ヅラ子じゃない! 桂だ!」
「アンタよく指名手配犯やってられンね」
銀時たち昔馴染みの動向は大体坂本から聞かされており、現在桂と高杉が攘夷志士として精力的に活動していることも知っていた。それでも尚は坂本が持ってきた仕事を迷いなく選んだ――彼らと敵対している真選組お抱えの医者となる道を。にとってはどんな立場の人間であれ、たとえ天人であろうと、怪我や病気で苦しんでいたら助けるのが医者だと思っているからだ。
「それにしても懐かしいな……よくこうしてみなで顔を突き合わせて奇襲の作戦を立てたものだ」
「まあ銀時と晋助はいつも言い合いしてたし、辰馬はそれを見て笑ってるだけだったから、実質話し合ってたの小太郎と私だけだったけどね」
そしてその作戦も好き勝手に暴れる奴の方が多くて、上手くいった試しがない。おかげで何度死にかけたことか。
松陽が捕まってからというものの、達が片っ端から目についた天人を闇雲にぶっ倒していたら、馬鹿強い集団がいると噂に尾ひれがついて、各地から好戦的で血の気の多い連中ばかりが集まってしまったのだ。その烏合の衆をなんとか取り纏め、無茶をする奴の尻拭いをしていたのはいつも桂とであった。
「攘夷の懐刀と呼ばれたと俺が組めば将軍の首は貰ったも同然だ!」
「だから物騒なこと口にしない!」
スパーンと桂の頭を軽く叩いた。
「……もう戦争は終わったんだよ。今の私はただの真選組お抱えの医者さ」
「何?! お前、幕府側についたというのか!!?」
「私はハナから攘夷や幕府には心血を注いでいない。今も昔も私は医者として生きるだけだ」
ただ一人の男への殺意は決して忘れることはないが、それだけで今更攘夷に加わるつもりも、誰ともつるむつもりもなかった。こんな身を焦がす程復讐の炎に取り憑かれた女の行く末など死しか待っていない。そんな分かり切った結末に道連れは誰もいらない。
「……俺も今は無理強いはせん。だがな、医者がそんな眼をしていてはいつかアイツに付け入られるぞ」
「……肝に銘じておくよ」
桂の言うアイツがわかってしまったは眉尻を下げて薄く笑った。が抱える思惑に逸早く気づくあたり、やはりボケたところはあっても頭のキレは昔と変わらず優秀だ。
「して、銀時。に告白はしたのか?」
「ぶふっ!!」
当事者二人を目の前にしてそんなこと口走れるのは桂位である。あまりの突拍子のなさにも口に含んだ日本酒を噴き出した。
「てめっシリアスモードの銀さんを全部ぶち壊すんじゃねェェェェ!!!」
「何を言っておるのだ銀時。俺は早くお前らがくっつけばいいと思って背中を押しているのだぞ」
「ヅラ……お前……っ!」
桂の真摯な言葉に銀時はある種の感動を覚えていた。
「そうでないと俺がNTR出来んではないか!!」
「てっめェやっぱ人妻好きかこのムッツリ野郎!!」
俺の感動を返せと言わんばかりに桂の胸倉を掴めば、桂も負けじと銀時の胸倉を掴み返す。今現在の二人の見た目も相まって余計にこの光景が醜く見えるのは致し方ないだろう。
「初恋拗らせている貴様に言われとうないわ!!」
「俺は一途なんですうゥゥゥ!!」
「お客様の前でうるせェんだよパー子にヅラ子!!!」
好き勝手に口論を始めた銀時と桂をどう諫めてやろうかと日本酒片手に慣れた様子でのほほんと成り行きを見守っていたよりも先に堪忍袋の緒が切れたのは、かまっ娘倶楽部ママの西郷である。
「モテる女も大変ねェ、愚痴ならいつでも聞くわよん」
「あ、はは……ありがとうございます」
西郷は野太い低音ボイスとは裏腹に可愛らしくウインクを決める。
ギャグ漫画のような立派なたんこぶを作って床に落ちたままぴくりとも動かない銀時と桂を横目に、は苦笑を漏らしながら返事をするしか出来ないのであった。