蜜雨

第九訓

 スナックお登勢にが現れてすぐに新八が誘っていたお妙が来て、皆で銀時の結婚云々がただの勘違いだったという笑い話をしていた。ただ一人銀時だけは笑えない程隅っこで落ち込んでいたが。はそんな銀時を横目で気にしつつも、美味しい酒と料理を摘まみながら皆と交流を深めていた。完全に気を許していた所為か、その様子を人の機微に目敏いお登勢に見られていたことにが気づくのは帰り支度をしていた時のことであった。

「まったくアンタら見てらんないンだよ。おらそこのしみったれ天パ、のこと送ってきてやんな」

 お登勢は深いため息を吐いてと銀時を追っ払うように締め出した。

「え、でも……!」
「女を一人で帰らせるわけにはいかないからね。それじゃ、今日は楽しかったよ。また来な」

 突然銀時と共に外に放り投げられて戸惑うだが、お登勢はあっさりと別れを告げて店に戻ってしまった。呆然とするの手を引っ張ったのは銀時だ。無言で歩き始めた銀時の背中には言葉を投げる。

「お登勢さん、良い人だね……それに、皆も。今日銀時がこのかぶき町でどう過ごしてきたか知れてよかったよ。これで「これでまたお前が俺の前からいなくなってもいいってか?」

 逃がしてたまるかと銀時がの華奢な手首を更に強く握った。
 は今あの時と同じ顔をしている。約束を交わし、死すらも受け入れる覚悟を決めたあの強い意志を帯びた顔だ。しかしあの時と違うのは、七貴の瞳にどす黒く揺らめく怨恨の炎が宿っていることだった。七貴が銀時を知り尽くしているように、銀時も又七貴を知り尽くしている。そんな銀時が七貴の変化に気づかない訳がない。

「……ごめん」

 それは何に対する謝罪なのかわからなかった。

「謝るくらいならなんで俺の前に現れたんだよ……! それならいっそ……っ!!」

 は死んでいたままの方がよかった――銀時はとてもではないがそれだけは口には出せなかった。他の全てをかなぐり捨てでもが生きていたらどうでもいいとさえ思っていたからだ。

「……どうしても約束を守りたかったんだ」
「だからお前は医者になって俺に会いに来たんだろ? じゃあもういいじゃねーか……っ」

 たとえ七貴が腹に一物抱えていようとも構わなかった。ただ自ら死を選んで、自分から離れようとすることだけは許せないのだ。今度こそ決して七貴を死なせはしない――あの時の約束だけではなく、銀時自身の誓いでもあった。

「くだらねーことで笑って、お前のメシ食って――腰の曲がったジジババになってもと一緒にいれんなら俺ァなんでもいいんだよ……!」

 の方へ振り向いて苦しげな表情を滲ませた銀時に、も心臓が締め付けられて息が詰まる。銀時を受け入れることは出来ないけれど、一目でもいいから銀時に会いたいという自分の身勝手な想いで銀時がこんなにも辛苦するのなら、やはりは過去の存在でいた方が幸せだったのかもしれない。頭のどこかで薄々は理解していたのだ――銀時と顔を合わせたが最後きっと彼を受け入れたくなってしまい、互いが苛まれることになると。しかしは抑えられなかった。その結果銀時に甘えるだけ甘えて突き放すという、最も無慈悲でいい加減な態度を取ることとなった。

「私は銀時の隣にいられない……近い将来必ず地獄へ堕ちるから」
「たとえ地獄だろうが惚れた女といけるなら天国よ」

 それは積もり積もったへの頑なな恋慕を惜しみなく含ませた言の葉であった。

「駄目よ、銀時が背負っている業は私が地獄まで持ってくんだから。アンタは幸せになんなきゃそれこそ死んでも死にきれないわ」

 銀時はフッと笑みを零した。自分を犠牲にしてまで相手の幸せを願うなんて、どう考えてもの発言が愛を紡いでいるようにしか聞こえなかったのだ。

「じゃあ尚更おめェを離すわけにゃいかねーな。大体次と逢ったら二度とこの手を離さねェって決めてたんだよ。こちとら何年待ったと思ってんだ。こうなった銀さんはしつけーから覚悟しとけよ?」






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