第八訓
なぜ神楽と新八、そして長谷川がの家に来たのか――理由は簡単だ。が長谷川に依頼したのだ。
銀時が嘔吐して倒れると、現役バリバリの医者であるはすぐに適切な処置をした後、タクシーを捕まえようと銀時を半ば引きずりながら公園を出た。その時にこの公園を寝床にしていた長谷川とばったり会ったのだ。そこで銀時と知り合いだという長谷川に介抱を手伝ってもらい、お礼に仕事がうまくいかなくて日銭が稼げない長谷川に屯所の向かいに診療所を開業したが仕事を依頼した。一人ではとても荷物の整理が追いつかず、なるべく人手が欲しいと言った要望に応えて長谷川が万事屋に応援を頼んだのである。
「銀ちゃん銀ちゃん! にもらったお菓子ホントに食べないアルか?! あとで泣いて欲しがってもあげないヨ!!」
「神楽ちゃん、駄目だよ。今日の銀さんはいつも以上に脳みそ溶けてるから」
は開業祝いに有名店のお菓子をそれこそ食べきれない程貰ったのだが、生憎銀時と違って甘い物が得意ではなかった。そこで贈ってくれた人には申し訳ないが、美味しく食べてくれるならと見た目に反して大喰らいの神楽に全てあげたのだ。お登勢のお店のカウンターに広げてはしゃぐ神楽は、晩御飯前にもかかわらず一人お菓子パーティを開催していた(もっとも彼女の胃袋がそのくらいで満たされることがないのは周知の事実である)。超が付くほど甘党の銀時は本来ならば神楽と意地汚くお菓子を奪い合っている筈なのだが、新八の言う通り今日の銀時は終始ふわふわとしている。さすがの新八もこれ以上ツッコむ気は起きない。そもそもご飯を食べていたと銀時の間に神楽たちが割り込んでから銀時の様子はおかしかった。新八と長谷川がに頼まれた仕事をこなす横で、ずっと銀時は本棚の前でぼーっと締まらない顔をして分厚い辞書みたいな医学書の出し入れを只管繰り返していたのだから、明らかに何かありましたと言っているようなものだ。
「そりゃあんな美人に介抱されちまったら男ならみんなイチコロよ」
「おまけに気前のいい医者ときたもんだ」
長谷川は当面の生活費を手に入れ、お登勢は滞納していた家賃の支払いが済んで上機嫌で煙草をふかせていた。これも全てが大分色をつけて報酬をくれたからだ。本当に様様である。そんなの歓迎会を開こうと言い出したのはお登勢だった。ここいらで新しく診療所を開くのであれば、かぶき町四天王として面倒をみないわけにはいかない。ましてや銀時の面倒も見てくれそうな心強い人間とくれば歓迎しない手はなかった。
「なあ……」
朝からまともに会話が成立しなかった銀時がやっと声を発した。
「坂田っていい響きだよな」
いつになく煌めいた瞳をしてどこか誇らしげに呟く銀時にスナックお登勢に集まっていた一同は固まり、それから物凄い剣幕で銀時に詰め寄った。
「銀さん!! 妄想は口に出さないから許されるんですよ?! もういい大人なんですからそのくらいの分別つけて下さいよ!!!」
「いくらお金に困ってるからっての優しさにつけ込んで養ってもらおうとするなんて銀ちゃん見損なったネ!!」
「半分プー太郎のアンタが結婚なんて十年早いよ!!」
「坂田サンモイイ根性シテルネ」
「銀さん、結婚ってのはそう簡単にいかないもんだよ。俺がハツと結婚する時なんてそりゃもう「マダオは黙ってろヨ!!」
各々が銀時をもれなく貶しているのだが、そんなこと悦に入っている銀時は気にならない。それどころかむしろ勝ち誇った表情を浮かべていた。
「が銀さんのことすげー大切だって言ったんだよ。俺もも昔っからの仲だしもういい歳だからな、子供のこととか考えると結婚してしっかり責任とらねェと……ま、そんな訳で外野はなんとでも言ってくれや」
自分がリア充になった瞬間他人を見下すタイプであった銀時は今まで喋らなかった分一気に饒舌になり、果ては新八に早くお前も女作れと絡む始末。まだ酒は入っていないのだが、やっていることは酔っ払いと一緒である。
「あ、あれ? もう宴会始まってます……?」
銀時たちの騒ぎ声が外まで響いてたのか、遅れて申し訳なさそうながそろそろとスナックお登勢の戸を少しだけ引いて顔を出していた。すると神楽と新八が勢いよくに飛びつく。
「! 早まっちゃだめアル!!」
「こんな万年金欠自堕落男と結婚したらさんの一生が台無しになっちゃいます!!」
「おいてめーら俺のことなんだと思ってやがる!!」
いよいよに直談判までして銀時との結婚を阻止する算段だ。今まで万事屋として三人で頑張ってきた栄光の道のりなど皆無である。
「結婚? 私は誰とも一緒になるつもりはないけど?」
銀時たちの圧力に押されつつも、は残酷なまでに小ざっぱりとした回答を出した。