ささっとシャワーを浴び終えると、洗濯されたいつもの銀時の服とタオルがきちんと畳まれて用意されていた。銀時が風呂から上がる前にが準備してくれたのだと想像するだけで、銀時の胸に言いようのない幸せが次々と詰め込まれて満たされていく。
ニヤけた口元を手で隠しながら廊下を歩いていると味噌汁のいい匂いが漂ってきた。こっそり台所を覗けば、朝日に照らされてきらきらと輝くが料理を作っていた。その後ろ姿が松下村塾で暮らしていた時と重なる。何度もの存在を確かめてしっかりと全身に刻み込むと、本当にが帰ってきたのだとじわじわ実感が湧いてきた。
「」
今までの分を取り戻すように名を呼ぶ。
「あ、銀時。もうちょっとでご飯出来るから座って待ってて」
銀時の目の前には自分の声に応えるがいる。それだけでどうしようもなく頬が緩んでしまう。
「ったく、おめェは待たせてばかりだな」
こみ上げてくる幸福感を誤魔化すように、憎まれ口を叩きながらガタガタと音をたてて荒っぽく椅子に座った。
「……おけーり」
こんな時でも素直じゃない銀時はそっぽ向きながらぼそりと呟く。もうこの言葉を口にすることは叶わないと思っていた。死んだ者が決して帰らぬことなど痛い程身に染みついていたから。
銀時の照れ隠しなど全てお見通しのは、彼の男としての矜持を傷つけないように敢えて何もツッコまずに穏やかに微笑むだけだった。
第七訓
「ずっと記憶喪失だったんだ」
味噌汁を胃に流し終えたは確かにそう言った。銀時は口に含んでいた卵焼きを無言で呑み込む。
攘夷志士狩りに追われていたは、うっかり足を滑らせて崖から落ちた衝撃で記憶を飛ばしてしまった。幸いにも追手はがかなりの高さから落ちたことで死んだと思ったらしく、その後が追われることはなくなった。そうしては記憶を失ったまま方々の村を渡り歩きながら医者として生きていた。
「そこで偶然辰馬と再会した」
ある日道端でゲ〇を吐いていた男を介抱したら、その男こそが坂本だったのだ。しかし、やはりはまったく坂本のことを覚えていなかった。坂本の胡散臭い見た目も相まって最初は信用できなかったが、しか知り得ない情報を次々と言われてしまえば、いよいよ信じるしかなかった。そして記憶を取り戻す協力をすると言ってくれた坂本に誘われるがまま、今度は宇宙を巡りながら着実に医者としての経験を積んでいった。だが人間であろうが天人であろうが、難しい症例を次々と治していく凄腕の医者と呼ばれようともの記憶が戻ることも、戻る術も見つからなかった。そんなに転機が訪れたのはついこの間、久しぶりに地球に帰ってきた時のことだ。
「桜に積もる雪を見てふっと思い出したんだ――銀時を」
昨日の夢が銀時の脳裏を通り過ぎる。
「だから会いに行かなきゃって……」
冬になれば雪を眺め、春になれば桜を見つめていたの隣にはいつも銀時がいた。
「ねえ、覚えてる? 銀時が先生んとこに来た時、私が卵焼き出したの」
今でも覚えている。銀時が初めて食べたの料理は甘い卵焼きだった。あの美味さは酷く衝撃的で、あの感動が忘れられなくて甘党になったと言っても過言ではない(今じゃ立派な糖尿病予備軍だ)。だがそれも攘夷戦争が始まったら食べられなくなってしまった。当時は今日明日死ぬか生きるかの状況だったので、いつの日か戦争が終わったらたらふく食わせてもらおうと銀時はずっと思っていたのだ。しかしそう思っていても、なかなかの天邪鬼の銀時はの作った卵焼きが好きだなんて口には出したことも、作って欲しいなどと催促したこともなかった。それなのに今食卓には綺麗なきつね色をした卵焼きが並べられていて、銀時は迷わず卵焼きに箸を伸ばしたのだった。
「真っ先に好きな物から食べるとこ、昔となんにも変わってなくて笑っちゃった」
は懐かしむように目を細める。銀時が捻くれた性格なのも、の作る甘い卵焼きが好物なことも、全て手に取るようにわかっていたのだ。
「そーだよ、俺ァ何も変わっちゃいねェ」
半ばヤケクソになりながらきまりが悪そうに眉を顰めて頭を掻き、そしてと真っ直ぐ向き合った。いつもの魚の死んだような目ではない、白夜叉を彷彿とさせるあの真剣な眼差しだ。
「今も昔もに心底惚れてんだよ」
は静かに目を見開いて、そして相変わらず困ったような顔で小さく笑った。
「私も銀時がすごく大切……でも「お邪魔しますヨー」「ちょっ神楽ちゃん! 勝手にあがっちゃまずいよ!!」「おいおい、勘弁してくれよ! せっかくの仕事がまたパァになっちまう!」
が何か言いかけたが、騒がしい闖入者によって遮られてしまった。だが銀時はそれどころではなかった。ついに夢にまで見たをこの手に抱くことができるのだ。その事実だけで銀時はたまらなくなる。