瞼の裏側で思い出すのはの顔、鼓膜に残っているのはの声、肌が覚えているのはの熱。恋焦がれてやまなかったに手を伸ばす。
「ッ!」
追い縋るようにそのまま体を起こせば、その先は見知らぬ空間が広がっていた。真っ白な天井、ベッド、床全てが銀時を無に帰すようであった。
「夢……か……?」
どっと銀時に冷えた現実が襲い掛かる。確かにこの手でを抱き締めていた筈なのに、今ではもうその感触が思い出せないでいた。一体何がどうなって自分はこんな病室のような薄気味悪い白一色に囲まれているのだろう。ただでさえ二日酔いだったのに、更に迎え酒までした銀時の脳が正常に働くわけもなく、もしかしたら昨日の出来事は全て自分の願望が具現化しただけかもしれないとすら思えてきた。
「……」
銀時の声に応える者はいない。やはり彼女は死んだのだろうか。都合の良い夢でもが笑って生きていたならば、いっそのこと覚めないで欲しかった。一度浮かれた銀時の気持ちが転がり落ちる。
第六訓
こんな得体の知れない部屋から移動しようとベッドから降り、スライド式の真新しい戸を引けば、話し声が聞こえてきた。その声につられて歩みを進めると、自分の記憶と相違ないであろう背中を見つけて思わず名を呼んだ。
「!」
自分でも驚く程切羽詰まった声であった。呼ばれたも大きな目を更に大きくさせながら銀時の方へ振り返った。互いの目が合った瞬間にの眉がつり上がり、銀時に詰め寄りながら責め立てる。
「いきなりそんな大きな声で呼ばれたらびっくりするじゃない! 大体アンタ昨日やらかしたこと覚えてんでしょうね? 昔からお酒弱いくせに考えなしにがぶがぶ呑んで……っ??!」
抗議の声ごと銀時はを腕の中に閉じ込めた。
「ちょっ、銀時……?」
何も言葉を発さず、まるで存在を確かめるようにきつく抱擁する銀時に戸惑うの腕を掴んで引き離したのは、銀時は一切眼中に入ってなかったが今までと仕事の話をしていた土方であった。
「おいてめェ、いきなり現れたと思ったら俺の前で堂々と痴漢たァいい度胸じゃねーか」
「あ゛ァン? ただの税金ドロボーが俺との邪魔すんじゃねーよ」
を自分の背に隠した土方は瞳孔をかっ開いて銀時を睨みつけながら胸倉を掴むと、銀時も負けじと土方の胸倉を掴み上げた。
銀時との目に見えぬ強い繋がりに何故か土方の胸がざわつく。互いを名前で呼び、抱き合う男女の事情なんて一番厄介なことに首を突っ込むなんてどうかしている。そう思うのに土方が無意識にの手を引いて銀時に突っかかったのは、単に前々から銀時の存在自体が気に喰わないからだろうか。真選組随一の切れ者と噂される土方がこんなにも私情を挟むなんて、もしここに近藤がいたならばらしくねェなと笑われる筈だ。
「銀時、土方さんと知り合いなの? まさかアンタ警察のお世話に「なってねーわ!! コイツが何かと俺に付きまとってくんだよ!! 俺ァむしろ被害者だ被害者!!」
「そりゃコッチのセリフだ!! 毎度毎度騒ぎ起こしやがって誰が始末つけてると思っていやがる!!」
「うん、銀時が悪いだろうから早く謝りなさい」
「てめッどっちの味方だ!!」
「この件に関しては土方さん」
すっぱりと昔馴染みである銀時を裏切ったである。いや、むしろ昔から銀時を知っているからこその決断の早さなのであろう。あっさりと銀時を一蹴したの言葉を聞いた土方が勝ち誇ったような笑みを浮かべて鼻で笑うと、銀時の青筋がまた一本増えた。
「上等だコラァ! 善良な市民ナメんなよ!!」
「誰が善良な市民だコラァ! 碌に税金も納めてなさそうな奴がふざけたこと抜かすんじゃねェ!」
「はいはいご両人、ココが壊れるから大人げない喧嘩はやめて下さいね」
「「元はと言えばお前が――ッ!!」」
銀時と土方の間にが入れば、仲が良いのか悪いのか見事に揃ってに食って掛かる。しかし自分達が同様の行動を同時に取ったことに途中で気づき、互いを睨み合った後土方は舌打ちをして外へ出て行ってしまった。やっと邪魔者が消えて銀時がに話し掛けようとするが、その前にが口を開いた。
「じゃあ銀時は今すぐお風呂ね」
「おっおい、!」
「さっさと行く!」
問答無用では銀時を風呂場へと連れていき、部屋の間取りだけ説明して台所に引っ込んでしまった。取り残された銀時は諦めての言いつけ通り、いつの間にか着替えさせられていた入院着のような服を脱ぎ捨てて風呂の扉を開けるのだった。