第四訓
「また大量の志士が死んだ」
簡易的な火葬場では死体が燃えゆくのをただ見ていた。は夏が嫌いだった。死体の腐食が早く、蛆が湧きやすいからだ。
「俺が医者としてしてやれることといえば、毎日死ぬ運命しかない志士を看取ってやることだけ」
は医者を志す者が刀を握ることに酷く葛藤を覚えていた。天人を容赦なく殺す一方で、必死に仲間の命を繋ぎとめようとしているなど滑稽過ぎる。
「俺は人殺しになりたいのか、それとも医者になりたいのか……たまにわからなくなる」
やがて炎は灰と骨を残して消えた。
*
「白夜叉に彼岸の羅刹……随分と洒落た名前付けてくれるな」
白夜叉の傍にはいつも対となる夜陰に見紛う髪と服装をした彼岸の羅刹と呼ばれる男がいた。彼に首を斬り落とされて鮮やかな血が噴き出してゆく様はまるで彼岸花――そうして死に絶えた者は彼岸花に埋め尽くされた戦場から彼岸へと渡る。
「彼岸花の鱗茎には毒が含まれている。その毒も使いようによっては漢方や死体を守る役割を果たす」
今日も戦場にはたくさんの彼岸花が横たわり、の生白い頬にも花が咲いていた。
「人を殺す毒、人を救う毒――俺はどちらなんだろうな」
その時のの表情は秋の夕暮れに焼かれてわからなかった。
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「銀時、雪が溶けたら何になるか知ってるか?」
外は猛吹雪。今は刀よりも焚火だけが唯一頼れるものだった。せせこましい洞窟に身を潜めてじっと寒さと空腹に耐える。
「春になるんだ」
はふっと口元を緩めて銀時から視線を外して薪をくべた。
「銀時を見てると桜を思い出す」
薪の爆ぜる音に混じっての声が鼓膜に沈む。心地良い振動が銀時に安息を与えた。
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「春は夜桜。それだけあれば酒はうまい」
月に照らされて一等儚げに花を散らす桜を愛でながら、久方ぶりに手に入れた日本酒を一気に煽った。半分ほど落ちた瞼から覗く黒曜石の奥には光がゆらゆらと揺れていて、その澄んだ光に吸い込まれそうだった。
「明日っからまた戦争だ。生きるぞ、死ぬなよ、銀時」
は刀を握り締めた。
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「銀時ッ!! なにぼっとしてやがんだ!!! 死にてェのか!!?」
何度もその小さな背中に命を預け、もまた銀時に背中を預けてくれた。互いの呼吸を読み取り、血飛沫を浴びながらも颯爽と戦場を駆け抜けていく。
「てめェの亡骸見た日にゃそのまま捨て置くからな!!!」
そう言っていたは攘夷戦争の終戦間際、銀時達の前から忽然と姿を消した。
*
「っあ゛ー……なんだってんだよ。嫌がらせなの? 粘着質な嫌がらせのつもりなの? 今更俺にこんな夢見せてさァ……どうしろってんだよくそっ」
断片的に時間軸もバラバラに、只管の記憶だけを抜粋して一気に見させられた銀時の寝覚めは最高に最悪だった。がいなくなった直後よくこうやって夢を見ていたが、最近では新八や神楽のおかげで万事屋も賑やかになり、おちおちゆっくり夢なんか見てる暇がなかった。そうして時間の経過と共にようやく忘れ掛けていたのに、の影が見えただけでこの様だ。
正直の死はこの目で屍を見ない限り、受け入れられないだろう。どう足掻いても信じられないのだ、あのが死んだことが。の亡骸はついに見つからなかったし、を斬ったという奴にもついぞ会わなかった。だから銀時は一縷の望みにかけて、今もどこかで案外のうのうと生きていやがるのかもと考えてしまうのだ。
「春は夜桜……だったな」
時刻は夜半過ぎだが銀時は寝直す気にもなれず、コンビニで安酒でも買って朝まで飲もうと立ち上がった。こうなりゃ迎え酒だ。
外に出れば春と言えど、夜はまだ風が冷たい。自分の身体を抱き締めて腕を擦るが、それだけで寒さが和らぐ訳がなかった。それでも酒を入れてしまえば多少はあったまる筈だと銀時は小走りでコンビニへと向かった。