第三訓
「俺に美人の旧友がいるだァ? おいおいどこにそんな女が転がってんだよ」
「そんなのアタシも知りたいさ。本当に何も心当たりがないのかい?」
「……ねェよ」
銀時はやはり飲んだくれていたようで、二日酔いに襲われながらだらだらと昼過ぎに帰って来てスナックお登勢で遅い昼食を集っていた。お登勢は朝からずっと聞きたかったことを紫煙を燻らせながら銀時に問い掛けると、銀時はいつにも増して無気力な顔でご飯を咀嚼しながら答える。
「まあ、近いうちまた来るって言ってたから期待せずに待ちな」
「なあソイツってもしかして……あー、いや、なんでもねェ……」
銀時はカウンターに項垂れた。
「なんだい煮え切らないね。その様子じゃ何かあるって言ってるもんだよ」
「いや……もう過去だよ。だってアイツは死んだ」
カウンターに突っ伏したまま、いつになく絞り出すようなどこか寂しげな声を出した。
「じゃあ亡霊かもしれないねェ……アンタが忘れられないように、その亡霊もアンタを忘れられないのさ」
「ちょっ亡霊とかシャレになんねェってマジで!!!!」
慌てる銀時をよそに、お登勢はどこか遠い目をして煙草を肺いっぱいに吸い込んで深く吐き出した。
胸に蟠りが残ったまま銀時は酔いなど当に覚めた筈なのに、おぼつかない足取りで万事屋への階段を上っていく。戸を開けた銀時はどこか遠い目をしていて、珍しくシリアスモードに入っており、そこへ待ち構える人物の気配などまるで気づいていないようだった。
「こンのドラ息子がァァァァァァ!!!」
「うおォォォォォォォ!!!!??!?」
玄関の戸ごとふっ飛ばされた銀時が目を白黒させていると、神楽の後ろに立っていた新八がまるで汚物を見るような眼差しを銀時に投げたつけた。ぺっと唾を吐く勢いだ。
「し……新八くーん……?」
「普段はだらしないけど、やる時はやる銀さんをちょっとは尊敬してたのに……がっかりですよ」
「えっえっ、何これ子どもたちの反抗期? 銀さん泣いちゃうよ? ねえ泣いちゃうよ!?」
神楽に蹴りを入れられて倒れた体を起こそうとするが、そんな銀時に神楽が跨ってきて叶わなかった。この外道腐れ○んぽとおおよそ少女が口にするには過激な言葉のチョイスで罵られ、往復ビンタをされる銀時は何のことやら弁解をしようとするが喋らせてもらえなかった。
「だから俺ァ美人な旧友なんて知らねーって言ってんだろッ!!」
「あはは、ですよねー! 僕らもなんかおかしいなって思ってたんですよー銀さんなんかに女性のお知り合いなんて……僕信じてましたよ!」
「あれが信じてた奴のする目かよ!」
ようやく神楽の暴走が収まった頃には、銀時の両頬はぷっくりと見事に膨れていた。なんとか身の潔白は証明したものの、これでは殴られ損だ。じんじんする頬と二日酔いも相まって頭痛までしてきたので、今日はもうさっさと寝ることにする。神楽も新八も自分達の勘違いの所為でこんなにも銀時が不貞腐れてしまったので、何も言わずに自室へ向かう背中を見送った。