ゆっくり、ゆっくり目を開く。瞼だけじゃない、身体のあらゆる場所に重さを感じるのは気のせいじゃないはずだ。

「……」

廊下から漏れる明かりが真っ暗な部屋を辛うじて照らしてくれていて、まず自分が横たわっているベッド周りを見渡す。そこに誰もいないことを確認すると、今度は上半身を起こして部屋全体を眺めた。……やっぱりいない。

「……」

微かに水音が聞こえてくると、続いてドアが閉まる音がした。するとザアザアという音は途絶えて、代わりに足音が近づいてくる。

「あれ」

部屋に入ってきた春秋さんの上半身が目に入るなり顔を背けたわたしに「ちゃんと穿いてるよ」と慌てた声が降りかかる。おそるおそる顔を上げると、確かに下着一枚だけを身につけて春秋さんはベッドの前に立っていた。ほっとしながらふと視線を落とすと上半身を空気に晒していることに気が付いて慌ててシーツを胸まで持ち上げる。春秋さんは小さく笑うとベッドに腰かけた。

「起こしたか?」
「……ううん」
「今風呂入れてるけど、入るよな」
「うん」
「……声、少し枯れてるな」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「俺だろうな」

その返事にわたしは頬を膨らませ、春秋さんはわたしを見て悪戯っぽく笑った。するりと静かに腕が腰にまわされてシーツが落とされると代わりにわたしは春秋さんの身体に包まれる。汗かいてるから、と言っても春秋さんは「うん」としか言わなくて、何が「うん」なんだと思いながらもわたしはその身体を突き飛ばすことができない。春秋さんの身体は膨らんだり萎んだりしながら、酸素と一緒にわたしの香りを身体に取り入れていく。やだなあと思いながらわたしは息を吸った。春秋さんの身体もわたしと同じように汗をかいているはずなのに特に何の匂いがもしない。それがわたしにとっては不思議で不思議で、何年経っても慣れなかった。わたしの鼻がおかしいんじゃないかと思うくらいだ。

「春秋さんって何でこんなに何の匂いもしないんだろう」
「そうなのか?」
「はい……汗かいてたらちょっとはするはずなのに」
「うーん……。まあ俺もの汗の匂いはわからないから、そういうもんなんだろ」
「え」

しないんですか?わたし。
尋ねると春秋さんは頷き、不思議だよなと笑った。確かに不思議だ。汗の匂いなんて少なからずわかるだろうに。腕を持ち上げて鼻を使っても当然自分で自分の匂いを嗅ぎ取れるはずもなく、もやもやしながらもわたしは春秋さんに身体を預けた。

「なんだ。今まで気にしてて損した」
「はは。俺としてはの汗の匂いも知りたかったんだけど」
「……ばか」