「ほら、降りるぞ」
「んん……」
タクシーから先に降りて、力が抜けきった身体に話しかけながら腕を引っ張る。車内から「手伝おうか?」という声が聞こえてきたけど、笑って感謝だけを伝えた。俺一人でもできるし、何よりできるだけ触ってほしくないし、という二つの理由で。我ながら子どものようだ。の腕を肩に乗せ、そのまま太ももに腕を回す。おぶったの身体がずり落ちないことを確認すると、運転手に会釈をして俺は歩き出した。
「、大丈夫か?」
「……あい……」
「ごめんな。もっと早く止めればよかった」
「ん……」
まったくあいつは、と心の中で幼馴染に怒り混じりの呆れをぶつける。しかしもだ。酒が飲めないのを分かっていてあいつの誘いに応じるなんて何を考えて、…………もしかして。仕事の付き合いで似たような事があったりしたんだろうか。いやいやそんな話聞いたことない。俺が心配してるようなことは起きていないはずだ。……きっとそうだ。
恋人というより父親が抱く不安のようなものも一緒に背負ったしまったせいか、やけに背中が重く感じてきての身体を抱え直す。
「」
「んう……?なぁに?」
「職場の飲み会で……その、今日みたいになったこと無いよな?」
「えー?ないですよぉ」
「そうかぁ……?」
しまった。素面の時に聞くべきだった。
はあ、と溜息を吐いてマンションまでの距離を確かめようと顔を上げる。その拍子に視界の隅にきらりと白い光が映り込んでそちらに顔を向けた。
「……」
「はい……?」
「今日、満月だぞ」
後頭部のあたりでもぞもぞと何かが動くと、すぐに「わぁ」と気の抜けた声が聞こえてきた。
「すごい、綺麗」
「随分大きく見えるな」
「うん、……?」
「?どうした?」
がまた小さく動いたけど、何をしているのかが分からない。ただ、頭の頂点のあたりに何かを感じる。……まさか。
「おい、なに嗅いでるんだよ」
「あれ、バレました?」
「バレるに決まってるだろ」
「えへへ……酔ってるから許してください」
そう言うなりはまた俺の髪に鼻を埋めた。すう、と息を吸い込む気配がして思わず首の角度を変えると逃げないでくださいと言われる。けど、落ち着かないからしょうがないじゃないか。
「嫌なんですか?」
「嫌じゃないけど……変な匂いしないか?」
「しませんよ」
春秋さんの匂いがして落ち着きます。
が嬉しそうに呟く。顔は見えないけど、声だけで嬉しそうにしているのが分かる。それだけで俺は何も言えなくなってしまった。一度閉じた口を開いて、小さく息を吐く。
「せめて風呂上がりにしてくれないか?」
「それじゃシャンプーの香りしかしないじゃないですか」
「そっちの方が良い匂いだろ」
「そうかもしれないけど……落ち着くかどうかだったらわたしはこっちの方がいいなぁ」
マンションに着くまであと三分。子どものような俺との声を、白い光が優しく照らしている。