ドアを押すと冷たい風が頬を刺した。構えていたとは言え自分が思っていたよりもそれは痛くて、思わず目を瞑る。
「またのお越しをお待ちしております」
店員の声が聞こえて振り返ると、俺のすぐ後ろでが頭を下げた店員に会釈を返していた。続いて会釈をすると店員はにっこりと笑みを浮かべて俺達を見送ってくれる。この寒い中上着も着ずに客を見送るなんて随分と丁寧な人だ。
「春秋さん、ご馳走様です」
「ん?ああ、どういたしまして」
「ほんとに美味しかったぁ……土日限定のランチも行ってみたいですね」
「そうだな。俺も今日のところは気に入った」
と肩を並べて坂道を登っていく。あの店員はどうしただろうかと顔を後ろに向けると、店の前に人影はもういなくなっていた。代わりにさっきは気づかなかった街の明かりが目に飛び込んできて思わず足を止める。隣でが俺の名前を口にして、同じように振り返る。すぐに息を呑む気配がしてくると俺の手が勝手にの手を握った。の手が俺の手の中で小さく動いて、そのうちに指と指が絡み合う。
「そういえばもうクリスマスでしたね」
「……ああ」
「クリスマスが終わったら大晦日と元旦と春秋さんの誕生日が一気に来ちゃうなぁ……」
隣を見るとマフラーに顔を半分埋めたが瞳にいくつもの光を湛えていた。視界いっぱいに広がる明かりの粒よりもの瞳に映る光に見惚れてその横顔を見つめていると、がぱっとこちらに顔を向ける。その頬がさっきよりも赤くなっていて、二人で立っていた時間が思っていたよりも長かった事にやっと気づいた。
「行きましょうか」
「うん」
の声に従って歩き始める。俺よりも高いの体温が右手から伝わって来て心地が良い。
「クリスマスイブ、ご飯の後ほんとに泊まりに行っていいんですか?」
「ん?……ラブホの方がいいってことか?」
「ばか」
春秋さんの家よりわたしの家の方がお店に近いから大丈夫かなと思ったんです!とが耳まで赤くして抗議をしてきて、思わず笑ってしまう。なんて可愛げのある反応をしてくれるんだ。
返事の代わりにすべすべとした手の甲を親指で撫でるとは反抗的な視線を送って来た。
「イブの日、遅れそうなら連絡くださいね」
さっきの抗議の続きかと思いきや別の方向から釘を刺されて、うぐ、と自分の喉から低い声が漏れた。ボーダーの仕事が伸びて今日の食事の時間に十五分遅れたのがやっぱり気になってるらしい。当然と言えば当然だ。ただでさえ俺がボーダーに所属してるのを快く思っていないのに待ち合わせの時間を含めると三十分待たせて、デートの遅刻が初めてな上に連絡も直前になったんだから、やっぱり謝罪の言葉一つで収まるわけないか。
「ごめん」
「……あの、怒ってるわけじゃないですからね」
「わかってる」
次からは早めに連絡するから。
俺の言葉には満足そうに頷いた。もうわだかまりは完全に解消されたようだ。そう確信するなりの顔を覗き込むように背中を屈めてそのままキスをしてやるとは驚いたのか小さく唇を開く。その隙間に舌を捩じ込むと温かい舌に触れた。調子に乗ってそれを絡ませた瞬間に身体を押されて、一瞬だけ身体のバランスが崩れる。口が離れてお互いの表情が見えるようになると、顔を真っ赤にしたが口をわなわなと震わせていた。
「な、なに考えてるんですか!」
「周りに誰もいないだろ」
「そういう事じゃなくて!」
「ごめんごめん、続きは帰ったらな」
の手を引いて再び歩き始めると、しばらく聞こえていた文句はだんだん小さくなっていった。でも、それと比例するように斜め後ろを歩く足取りが不自然なものになっていってに目を向ける。
「どうした?」
俺の問いかけにはちらりと視線を送ってくる。
「……頭、くらくらする」
小さく呟いた声に今度は俺の頭がくらくらと揺れ始める。こいつは本当に……。
「家まで我慢しろ」
「ち、違います!春秋さんワイン飲んでたからさっきのでワインのアルコールが、」
「そんなわけあるか!」
「でも今口の中がワインの匂いでいっぱいになって、」
「ここでキスされるのが嫌なら黙ってくれ頼むから」