「ん……?」
「え?」

後ろから声が聞こえてきて思わず振り返る。それと同時に声の主もくるりと身体の向きを変えて、ツカツカと俺に歩み寄って来た。

「東くん、ちょっと」
「な、何だよ」

怪訝そうな沢村に顔を寄せられてたじろいだけど、当の本人は気にも留めていないらしい。沢村は少しだけ屈んだまま動かない。すれ違いながら挨拶を交わした矢先にこんな事をされたら流石の俺も反応に困る。

「東くん、ここに来る前彼女といた?」
「え」

沢村は目敏くも俺のぎくりと身体が硬直するのをしっかりと捉えていた。ふふんと笑うと姿勢を直して「女の子の香水の香りがする」とまるで謎を解いた探偵のように告げた。そんなまさかと思いながら腕を上げて鼻の前に持ってくるけど、自分ではまったく「女の子の香水の香り」が分からない。

「早くトリオン体に換装した方がいいわよ。分かる人はすぐ分かるから」
「そ、そうか……?」
「あ」

沢村が視線を動かした途端に声を漏らして、反射的にそっちに目が誘われた。白い廊下の先から誰かが俺と沢村に向かって歩いてくる。

「影浦くん」

沢村が声をかけると影浦は俺と沢村を見て小さく返事をした。そのまま歩いて行くと思いきや影浦は突然ぴたりと足を止めて俺をまじまじと見つめてくる。

「……おっさん、まだあいつと付き合ってんのか」

何だ何だ、と思いながら影浦に視線を返していたら驚きの言葉が投げかけられて思考が停止する。それとも他のヤツか?という問いも続いたけどすぐには答えられなかった。沢村は驚きのあまり口を開けたまま固まっている。……そうだ。影浦なんてボーダーの中では「女の子の香水の香り」が分かる筆頭隊員じゃないか。主にあの彼女の影響で。
心の中で頭を抱えながら影浦の質問に答えると影浦はどうでも良さそうに返事をしてから歩き始めようとして、でもすぐに顔を顰めて動きを止める。今度は何だと思いながら反対方向に顔を向けるとポケットに手を突っ込んだまま歩いてくる男が目に入った。

「二宮」

まだ驚いたままの沢村に代わって俺が声をかけると二宮は小さく会釈をした。

「珍しいな、この時間にいるなんて」
「授業が休講になったんです。東さんこそこんな時間に、……」

話の途中で二宮は言葉を止めた。

「……東さん、香水をつけてるんですか?」

まさかと思っていると二宮がそんなことを口にした。しかし影浦とは明らかに反応が違う。二宮の彼女はあんまり香水をつけるタイプではないのかもしれない。いやぁ、と答えを濁すとすぐ隣で息を吸う音が聞こえた。

「何言ってんだ、明らかに女物の香水だろうが」
「かっ影浦!」

制止するのが遅れてしまった。影浦の言葉に二宮は「女物?」と眉間に皺を寄せる。まずい。いやまずい事はないんだけど。何となく、ここに来る前に「女の子の香水の香り」がうつるほど彼女といたことを知られるのは気まずいというか……って、誰に弁明してるんだ俺は。

「……東さん、女物の香水が好きなんですか?」

しかし二宮の反応は予想の斜め上を行き、俺は一気に脱力した。その後すぐに解散したから沢村と影浦の反応は見えなかったけど、どんな顔をしてたかは……まあ、想像がつくな。