何がきっかけだったのか、ふと瞼が開いた。
視界がぼやけているせいで聴覚が敏感になっていたのか、カタカタとキーボードを叩く音がやけに大きく聞こえてくる。
「……」
天井の電気が消えた部屋の中で、テーブルランプの明かりだけが灯っていた。春秋さんはわたしに背を向けて一心不乱に指を動かしてはたまに止めて、また動かして、を繰り返している。ああ、そういえばちょっと論文直してから寝るって言ってたな、まだ直し終わってないんだ。その光景を眺めて数分が経った頃、やっとその考えに辿り着いた。春秋さん、どれくらい直してるんだろう。あとどれくらいでこっちに来てくれるんだろう。
瞼が閉じかけるたびに意識を引っ張って、まだかな、と頭を働かせるのを何回か繰り返しているうちに、控えめな呼吸音が聞こえてきた。わたしより太い腕が天井に伸びると椅子が軋んで、春秋さんはようやく立ち上がる。身体をこちらに向けて顔を上げると、驚いたようにその目が丸くなった。
「起こしたか?」
「……ううん」
わたしの返事を聞くと春秋さんは困ったように笑った。テーブルランプの電源が切れるととうとう部屋は真っ暗になる。布団を少し持ち上げて春秋さんを招き入れると、暗闇の中で今度はベッドが軋んだ。
「春秋さんの足冷たい」
「はは、ごめん」
爪先にひやりと冷たい肌が触れて文句を言うと春秋さんの笑い声がした。は温かいなぁなんて言いながら春秋さんがわたしの身体を抱きしめてきて、体温がみるみる奪われていく。でも少し時間を置いたら布団の中は元の温度に戻って、その頃にはわたしの文句も口の奥で留まるようになった。
「、寝たか?」
「起きてますよ」
春秋さんの襟元で息を吸ってみると、シャンプーとボディーソープの香りの奥底に春秋さんの匂いがした。何で春秋さんの匂いはこんなに落ち着くんだろう。今まで何度も考えたのに今だに答えが見つからない問いがまた浮かんできた時、春秋さんの指がするする滑った。
「っひ、ぇ」
その指に耳の裏を優しく擦られて声が漏れる。それを見計らったのか春秋さんがキスをしてくると、本能でお腹の下の方が苦しくなった。春秋さんがわたしの耳を触りながらキスをしてくる時は大体そういう時のサインだ。
「う、」
「……駄目か?」
「……」
返事をしないのが答えだと春秋さんはよく知っている。服の裾から春秋さんの手が潜り込んでくるとお腹が小さく震えた。
「……明日の朝、ゆっくり起きていいですか?」
「いいよ。飯は俺が作るから」
「オムレツ、玉ねぎとマッシュルーム入れてほしいです」
「飲み物は?」
「紅茶……この前買ってきたやつ、まだあります?」
「ちゃんと残してあるよ」
そう言うと春秋さんの唇に唇が挟まれて、わたしよりも一回りも二回りも大きい身体が覆いかぶさってきた。