ってあんまり独占欲ないよな。そう言われた瞬間、呑気に紅茶を飲んでる目の前の男を殴りたい衝動に駆られた。お前に言われたくない、と。
「そんな風に見えます?」
「見えるな」
俺がボーダーの後輩とか同い年とかの女の子と並んで歩いてても何とも思わないだろ?と聞かれて、それはまあそうですねと素直に頷く。それを見た春秋さんは困ったように笑って、カップを手に取った。ただでさえ小さいサイズなのに、春秋さんの大きい手に持たれるとさらに小さく見える。同じカップを両手で持ってみるけど、うん、わたしが持つとちょうどいい大きさだ。真っ白で、つやつや輝いていて、大事に磨かれていることがよくわかる。
「独占欲が強いほうがよかったですか?」
「いや、そういうわけじゃない」
独占欲なんて無い方がいいだろと付け加えて春秋さんはカップに口をつけた。無い方がいいと思うに至った過程が気になったけど、聞かずに「ふうん」だけで済ませて生クリームにスプーンを突っ込む。自分が独占欲に支配されて大変な思いをしたことがあるのか、はたまた誰かに独占欲を剥き出しにされたことがあって大変な思いをしたことがあるのか。どっちだ。たぶん後者だろうな。いや、でも聞いたところによると春秋さんが今まで付き合った人ってみんな大人っぽい感じだったみたいだし、もしかしたら前者の可能性もある。……うーん。いくら想像しても独占欲まみれの春秋さんはあまりしっくりこない。独占欲剥き出しの春秋さんはどんな感じなんだろう。怒ってくるのか、それとも察してほしいと無言で訴えてくるのか。それとももっと別の、……。
ふと、正面から笑い声を噛み殺しているような音が聞こえて顔を上げた。春秋さんは口元を隠していて、でも笑っているのはまったく隠せていない。わたしより一回りも二回りも大きい身体が揺れる度に黒い髪も愉快そうに動く。
「何が可笑しいんですか」
「だって、そんな難しそうな顔しながらパフェ食べて……」
手元を見ると確かにさっきよりも生クリームがひどい形に崩れていた。静かでもないけど賑やかでもない店内で目立たないよう、春秋さんはくつくつと喉を鳴らす。いいじゃないですか、もう、わたしの顔なんて。パフェスプーンでいちごのアイスとチョコのアイスを少しずつ掬って口に運ぶ。たまにいちごの切れ端とかブラウニーの欠片とかも挟みながら。ひとしきり笑って満足したのか春秋さんは頬杖をついてその様子を眺めている。食べてるとこ見られるの落ち着かないからやめてって言ってるのに。
「春秋さんが言ったんじゃないですか」
「うん?」
「が俺以外の男にこれっぽっちも見向きしないのと同じくらい、俺も他の女の子に興味ないんだよって」
春秋さんがきょとんとした顔でわたしを見る。……もしかして言ったこと覚えてないのかな。たしかに一年くらい前のことだけど。そう思いながらパフェに視線を集中する。なんだか自分が恥ずかしいことを言ったような気がしたからだ。しばらくそうやって時間をやり過ごしていると春秋さんが息を吸った気配がして、やっと顔を上げる。春秋さんは困ったように眉を下げていつの間にか机の上で腕を組んでいた。
「よく覚えてたな」
「……どうして?」
「眠そうにしてたから覚えてないと思ってた」
なんだ、やっぱり覚えてなければいいと思いながら言ったんだな、相変わらず性格が悪い。わたしが眠りにつく前だろうが、春秋さんの言葉を忘れたことはあまりない。それが春秋さんにとって大事な言葉じゃなくても。細長いグラスの中でフレークを砕くと、パリパリと音を立ててそれは細かくなっていく。生クリームと一緒に掬って、口に入れる。
でもわたし、春秋さんが他の女の子に言い寄られたりするのは、ちょっといやです。
聞こえてなければいいなと思いながら言ってみた。もしかしたら春秋さんも同じような気持ちで口にしたのかな、なんて思いながら。なんだか急に身体が思うように動かなくなって、チョコのソースがかかった生クリームをこんもりとスプーンに乗せてしまった。でもいいか、もう。春秋さんの視線を感じながら口に入れてみる。チョコの香りとミルクの香りが混ざり合って、舌が甘ったるい味しかわからなくなっていく。カチャ、と小さな食器音がしてやっとわたしはカラフルなパフェから目を離した。春秋さんの手がカップから離れていくのが見えて、さらにその上に視線を移す。一体どんな顔をしているんだろうと思ったけど、予想に反して春秋さんは微笑んでいた。
「もそう思うことあるんだ」
「……も?」
春秋さんもそう思うんですか?と尋ねると春秋さんは笑みを深めた。だけど何も言わずに真っ白のカップを持って、中の紅茶を飲むだけ。言葉を選んでいるのか、今からでも言わずに済む方法を考えているのか、どっちだろう。
「この前飲み会行っただろ」
「えっ?えっと……はい」
「ペア組んだ男子とダーツで勝ったんだっけ」
「はい」
「その時、ハイタッチの一つでもしただろ?」
「……?はい」
もしかしたらは驚くかもしれないけど、と低い声が前置きをしてカップをソーサーに戻す。
「本当のことを言うと」
春秋さんが腕を伸ばして、胸のあたりに垂れているわたしの髪を一束だけ手に取る。すり、と太い指に髪の毛が弄ばれてくすぐったそうに身じろぎした。まるで宝物を見つめるかのようにそれを眺めた後、同じ目がこちらに向けられる。
「俺は髪一本だって他のやつに触らせたくないよ」