世界が終わる時って、こんな感じなのかもしれない。
「三月の中旬から下旬に、ボーダーの長期活動が入った」
春秋さんからそう告げられて、真っ先にそう思った。
呼吸をして。落ち着いて。大丈夫。今回もきっと、何事もなかったみたいに帰ってくる。
停止した思考回路の外側からそんな信号が送られくるけど、いまいち上手くできない。唇が小さく開いたり閉じたりするだけ。電話の向こうの春秋さんは何も言わない。わたしの反応を待っているのかも。そう思った途端に息苦しさが襲ってきて、やっと口から息を吸うことが出来た。
「また出張?」
「ああ、そんなところだ」
電話越しの声は至っていつもどおりだった。そう、と、たった二文字の返事をするにも、わたしだけひどく時間を要してしまっている。
いつもこうだ。その期間何をするのか、出張かどうかも誤魔化されて、わたしは何も知らないまま。ただ無事に連絡がくるように祈り続けるだけの日々が来てしまう。今に始まったことじゃないのに、何回経験しても慣れることはない。多分、一生こうなんだろう。毎回もう嫌だと思うのに、もう終わりにしたいのに、なかなか踏ん切りがつかない。
「十七日からなんだが、二十五日まで連絡できなくなる」
「……はい」
「夜になるかもしれないけど、終わったらすぐ連絡するから」
「……はい」
「誕生日、休めそうか?」
「……え?ご、ごめんなさい。もう一回、……」
「……二十六日、休み取れるか聞いてみるって言ってただろ?ほら、四月に旅行できるかわからないから二十六日に出かけようって話してたやつだよ」
ぼうっとするあまり春秋さんの質問を聞き逃してしまった。ショックを受けていると思われたくなかったけど、今ので十分すぎるほど伝わったはずだ。どうしてわたしはいつも自分のことばっかりなんだろう。春秋さんの声色がいつもより優しくなったことで後悔に襲われて、さらに声が小さくなっていく。
「ごめんなさい、まだ聞けてないです」
「が謝ることじゃないだろ。それに、三週間も先のことだしな」
「……あの、二十五日までなんですよね?翌日に会うの大変かもしれないし、無理しなくていいですから、」
「わかってる」
「……疲れてたらちゃんと休んでくださいね」
「ああ。俺は二十六日休めるから」
「……そうじゃなくて……」
こうやっていつもの調子で話されるの、助かることもあるけど、今はそうじゃない。
次の言葉がなかなか浮かばなくて、春秋さんとわたしの間に沈黙だけが横たわった。平日の夜なんてただでさえあまり脳が働かないのに、数週間後のことで頭が真っ白になっていて、余計に何も考えられない。
「」
「……はい」
「俺、二十六日はできればといたいんだ」
「……」
「だから、が嫌じゃなかったら会ってくれないか?もちろん仕事の後でもいい。そっちに行くから」
春秋さんが話すほど、どんどん惨めな気持ちになっていく。誕生日に会えて嬉しいのはわたしも同じなのに、なんてことを言わせてしまっているんだろう。悲しいのか嬉しいのかよくわからなくなって、視界が滲んでいく。
「……わたしも」
「うん」
「わたしも……会いたい……」
「……そうか。よかった」
「……うん……」
「ごめん、泣かせるつもりはなかったんだ」
春秋さんが電話の向こうでそんなことを言うから、余計に涙が溢れてくる。今すぐ家を飛び出して、春秋さんのお家に行って、あなたのことが心配なだけなんだって、思いっ切り抱きしめながらそう言いたい。電話をしているのに恋しくて仕方がないなんて、変だろうか。
「春秋さん」
「うん?」
「十七日までに、一回でもいいから会えませんか?ちょっとだけでいいんです、わたし、春秋さんのお家に行きたい」
少し経って、もちろん、と声が聞こえてくる。その声色から春秋さんがどんな表情をしているのかがすぐにわかって、それだけでなんだか、ひどく泣きそうになってしまった。