「毎年毎年律儀に買わねえよ、プレゼントなんて」

何でもないことのように答えられて、「うそだろ?」という言葉が口から飛び出した。昼間とは違って、夜の廊下は人がいない分音や声が響きやすい。俺の声は何回か壁や床、天井を跳ね返り続けて、そのうち消えていった。

「強いて言えば飯奢るくらいだな」
「奢るって……店予約したりするのか?」
「俺がすると思うか?」
「いや、してるところが想像できないから聞いたんだ」

ガコンという音が響くと、諏訪は身を屈めて缶のコーヒーを手に取った。

「飯ってどういうところに行くんだ?」
「そこらへんの中華屋」
「えっ?……お前、もしかして奢るのって、」
「チャーシュー麺」
「それ、喜ばれるのか?」
「毎回泣いて喜んでるぞ」
「うそつけ」
「喜ぶのは嘘じゃねえ」

そんなもんか?と返事をして今度は俺が自動販売機の前に立った。諏訪と同じ缶コーヒーかお茶。どちらにしようか。防衛任務が終わった後のことを考えるとお茶のほうがいいのかもしれないが冷たいものを飲むような気分ではない。しかしカフェインを多く摂るのも良くないだろうか、と迷っていると、缶コーヒーの隣にココアがあることに気付いた。前回会った時にがココアを飲んでいたことを思い出して、続いて昨日の落ち込んだ声が頭の中で反響した。やっぱり試験期間の直前に言うべきだった。でもギリギリに言うのもそれはそれで気を遣ったようで逆には気にしただろう。あの伝え方がいけなかった気がする。そんなことを考えながら缶コーヒーのボタンを押した。
……つもりだった。

「あ」
「あ?」

再び廊下にガコンと重い音が響く。しまったと顔を覆うと諏訪は俺の隣で首を傾げた。

「そんなもん飲むのかよ?」
「……不可抗力でな……」
「はあ?」

ココアの缶を取り出すと諏訪は妙なものを見るような目を俺に向けた。試験のことを考えなければいけないのに身が入らない。非常にまずい事態だ。少なくともボーダーにいる間は試験期間中ののことを考えるのはやめよう。今のところ忍田さんと諏訪以外にはみっともないところを見られていないが、特に後輩に見られるのは避けなければ。
缶を傾ける。口の中が一気に甘ったるくなって、頭が少しくらくらした。でも、今はこのほうが気が紛れていいのかもしれない。

「プレゼント買ってくれってねだられないのか?」
「今日誕生日なんだけどとは言われるな」
「ねだられてるじゃないか」
「まあな」
「それでも買わないのか?」

諏訪はタブに指を引っ掛けて「ビール」とだけ答えると、コーヒーを飲み始めた。
プレゼントらしいプレゼントは買わないが、かわりにビールを買ってやっている。そういうことなのだろう。そういえば諏訪の彼女は酒が好きだという話を聞いたことがあった。確かにそういう人だったらビールは喜ぶかもしれないが、それを誕生日プレゼントと言えるのか?しかも諏訪のことだからどうせビールといっても缶ビール一本だろう。いや、本人たちがそれで納得しているならいいんだが。諏訪は彼女とのことを自分から話さないし聞かれてもはっきりと答えないからよく知らないのだが、まさかこんなにあっさりしているとは。

「お前、彼女にもそんな感じなんだな」
「なんだよ、そんな感じって」
「男といる時と変わらないってことだよ」
「女といる時はデレデレしてますってほうが気色悪いだろ」

モテるだろうにどうしてそういう話を聞かないのかと思っていたが、こういうところも起因しているのだろうか。いや、女子のツボをマトモに知らない俺が考えてもしょうがないか。

「つーか、あんたこそ大丈夫なのか?」
「ん?何が?」
「彼女にどんな誕生日プレゼント買うか聞いてきたってことは、何かあったんじゃねえのか?」

矛先がこちらに向いてくると予想していなかったせいで反応が遅れた。相変わらず鋭いというか、気が回るというか。
苦笑いと一緒に「プレゼントどうしようかと思って。それだけだよ」という答えを返すと、諏訪はふうんと軽い返事をした。

「聞きゃあいいじゃねえか」
「欲しいものがないみたいでな」
「はあ?何だそれ。そんな奴いんのか?」
「俺から貰いたいものが思いつかないってことだろ」
「じゃあ相手が喜ぶもん買えばいいだろ」
「それでお前はビールか」
「ああ」

ふと諏訪が時計を見る。防衛任務の時間が近づいているのか、そろそろ行くかと呟くと諏訪は缶を振って中身を確かめてからゴミ箱に入れた。俺もそれに続いてゴミ箱に缶を捨てる。先に入っていた缶とぶつかって、コン、と軽い音がした。

「今日、九時には終わるよな?」
「いつもならそれくらいになるだろうな。明日予定あるのか?」
「十時に大学行かなきゃなんねえんだよ」
「冬島さんと太刀川が終わる頃に隊室来るって言ってたぞ」
「ああ?マジかよ……絶対麻雀やるじゃねえか」
「来ないって言っておくか?」
「行くに決まってんだろ」

ニヤリと笑った諏訪と諏訪隊の部屋でいったん別れて、自分の隊室に向かう。

相手が喜ぶもの。

言われた時は流してしまったが、諏訪が口にした言葉が頭にこびりついている。は良い意味で単純なところがあるからもちろん喜んでくれるものは思い浮かぶ。それこそ、消耗品でないものをあげたとして、喜ぶことには喜んでくれるはずだ。でも、それと同時に悲しくさせてしまうこともあるかもしれない。
……というところまで考えて、また試験期間中ののことを考えかけていることに気付く。隊室の前に立って、息を吸う。今は仕事に専念しろ。そう言い聞かせて、俺は扉を開けた。