「まさか選ばれるとは思ってなかったから驚いたよ」
「……そうですか?」
隣から訝しげな声が聞こえてくる。今の発言はさすがに白々しく思われたのかもしれない。正直なところ、二宮が隊長になったら真っ先に選ばれるだろうなとは思っていた。しかし驚いたのは本心だ。まさか現実になるとは、という意味で。
中指をスイッチに引っかけてウインカーを出す。両手を使ってハンドルを回すと、ぐるりと景色が回転した。二宮を家まで送っていくのは久しぶりだから迷わないか少し不安だったが、意外と覚えているものだ。身体が自然と動いてくれている。
「それにしても、全員狙撃手か。第一試験は置いといて、第二試験の戦略はいつも以上に考えないとな」
「はい。考えておくので、意見をもらってもいいですか」
「ああ、もちろん」
数時間前に組まれた臨時部隊の編成を思い返しながら二宮と言葉を交わす。自分の元を離れてしばらく経ったとはいえ、こうやって同じ目線で話せる日が来るのは嬉しいものだ。二宮隊のメンバーと同じように、加賀美や絵馬や雨取とも上手くやれるだろう。
信号で車を止まらせると、滲んでいく光をワイパーが拭き取っていく。
「最近雨が続いてるな」
「すみません、送ってもらって」
「気にするな。しかし、偶然にしろ今日は車で来て良かったよ」
「はい」
「そういえば最近彼女とはどうだ?」
「いえ、特に……変わりありません」
「それなら良かった」
「東さんも変わらずですか」
「ああ」
返事をしてから、半年近く前に二宮から誕生日プレゼントの相談を受けたことを思い出した。結局何をあげたのだろうか。気に入ってもらえたということまでは聞いていたのだが。確かルームフレグランスにするかどうかを悩んでいたはずだった。
「なあ二宮」
「はい」
「この前の彼女の誕生日、ルームフレグランスにしたんだっけ?」
「……はい」
「香りはどうやって選んだんだ?」
「俺が使っているものと同じものにしました。東さんから教えてもらったように店員に聞いてはみたんですが、俺の部屋に来た時に良い香りだと言ってたので」
「はは、やるなあ。でも、それで気に入ってもらえたなら一番だな」
「……東さんは今年どうするんですか?」
ぎく、と身体が不自然に硬直した。
すぐに返事をしない俺を不思議に思ったのだろう、隣から視線が送られてくる。誤魔化すかどうか悩んだ挙句、力が抜けたように笑うことしかできなかった。
「いやあ、実は今悩んでてな」
「誕生日、近いんですか?」
「二週間後だ」
「え」
二宮にしては珍しい声だった。いろいろな意味で驚いているのだろう。の誕生日が思っていたよりも近かったこともそうだろうし、俺が誕生日プレゼントを悩んでいることに対しても、二週間前になってもまだ思い浮かばないことに対しても。誕生日プレゼントについて相談したらペラペラ答えられた奴がそんなことを言っていたら、俺だって驚く。
「難しく考えすぎてるんだろうな、きっと」
「東さんにもそういうことがあるんですね」
「……なあ、俺ってそんなに何でもかんでも分かってるように見えるか?」
「まあ、はい」
少しだけ濁されたとはいえ、即答されて苦笑いが漏れる。実際のところはわからないことだらけだし、迷ってばっかりなんだけどな。特にが関わるとどうしていいかわからないことが多すぎる。
二宮の家の前に着くと、二宮はありがとうございますと再び口にしてシートベルトを外した。
「忘れ物ないか?」
「はい」
「ん、じゃあ、お疲れ。試験が終わったら飯行こうな」
「はい」
ドアを閉めた後に軽く会釈をすると二宮は玄関に向かっていく。相変わらず律儀な奴だなと小さく笑いが零れて、再び車を走らせる。強くなる雨に合わせてワイパーの段階を変えると視界が忙しくなって、自然と頭の中で考えられることが限られていく。
「香水か……」
と会う時につけるようにしている香水を思い出す。からもらったものだが、あれをつけているとは嬉しそうにする。何なら俺よりも自身が喜んでいるくらいだ。でも、それくらいがいいのかもしれない。何故なら、そんなを見ると俺も嬉しいからだ。それも含めてプレゼントになるのだとあの子が教えてくれた。俺との喜ぶものが必ずしも同じわけではないが、が喜んでいると俺が幸せになれるように、きっともそうだろうという自信がある。根拠はないが、そうだと言い切れる。
しかし、そうなると今度は新しい問題が生まれる。が使っていたら嬉しいものは何だ、という問題だ。
信号が青に変わるのを待っている間、窓枠に腕を乗せて傾けた頭を支える。ザアザアと雨が窓を叩きつける。窓から侵食してくる冷気が右の頬にじわじわと滲んでいく。運転席のぼやけた景色を見つめる。
「……今年の春は随分と遅いな」