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作品ID:1791
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異界の口

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結

前書き・紹介


二章 瑠璃 三

前の話 目次 次の話

 日が高くなって、列車はいくつかの駅に停まった。お昼時になると窓の外に物売りがやってきたので、お弁当を二つ買う。適当に会話をしながら食べて、その後わたしはいつの間にか眠っていた。
 夢の中に、穂高がいた。
 いつものように着物を着流して、高いところから人々を見ている。時折眠そうにこっくりしているところは、ぜんぜん、役にはまっていないというか――。
「……瑠璃さん。」
 激しくゆすられて、わたしは目を覚ました。
「ねえ、兄さんって本当にこんなところに住んでいるの?」
 ホタルの指差す先は、窓。その向こうに、海が見えた。昼でも少し薄暗い海の中を、無数の魚が泳いでいる。
「もう少し先だよ。海を越えて、その先の島を一つ渡った先だ。和宮っていう町。」
 ホタルは、納得していないように「へえ」とうなずいて、首を振った。
「そうじゃなくて。」
「なんだい。」
「なんで汽車が海の中を走っているんだい?」
 言っている意味がわからなかった。
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
 すごく困ったような顔をしたホタルは、
「……やっぱりいいよ。」
 とうつむいてしまった。
 それから二駅過ぎた。イワシの群れがスパンコールのようにきらりと光る。もうすぐ海から出るだろう。そのとき、わたしはやっと、普通の汽車は海の中を走らないのかもしれないと気がついた。
「ホタル。」
 何も見逃すまいと窓の外をずっと見ていたホタルは、こちらを見た。
「普通の汽車は、海の下を走らないのかい?」
 びっくりしたように見返された。
「普通に走るのかい?」
「……いいや、走らないよ。ぼくは、初めて汽車が海の中を走っているのを見たんだ。」
 ホタルはほほ笑んだ。それから、わたしが「そうか」と生返事をすると、すぐに窓に向き直った。
 その表情は穏やかだ。凪の海のように澄んだ目で、汽車がスイッチバックで地上に上がっていく様子を見ている。
 汽車がちょうど水面に出た瞬間、わたしもホタルも声を出していて、二人で笑ってしまった。
 島に入った頃、ホタルが言った。
「瑠璃さんは、絶対に笑ったほうがきれいだよ。」
「それは、普段のわたしが綺麗じゃないということか?」
 ううん、とホタルは首を横に振る。
「いつもは綺麗すぎて、近寄りにくいんだ。でも、笑ったら思わず近づきたくなるような『きれい』になるんだよ。」
 少年の言い分に、わたしはあいまいに肩をすくめた。だって、なんて返せばいいのだろう。
 ふと、前にもこんなことがあったと思い出した。
 そのとき、同じようなことを言ったのは確か穂高で、わたしは気に食わなくてさらにツンツンになってしまった気がする。
「兄弟で違うもんなんだ……。」
 わたしの呟きは、ホタルに届かなかったようだ。

後書き


作者:水沢妃
投稿日:2016/08/13 22:16
更新日:2016/08/13 22:16
『異界の口』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。

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