作品ID:1793
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異界の口
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
二章 瑠璃 五
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和宮の町は、谷の間にある町だ。谷の入り口に駅があり、一番奥に大きな神社がある。神社に近づくにつれて、鳥居の数が増えていく。
穂高の家は、神社に程近い、品のいい住宅街にある。そこに行くまではいかがわしい裏道を通っても、輝かしい表の参道を通ってもほぼ同じ時間がかかる。
いつもなら裏道を使う穂高が、ホタルの事を考えてか、表の参道を選んだのにはあまりおどろかない。
祭りがあるようだと思っていたら、きょうは年に一度の花火大会だった。神社のほうはひどい人手だというが、駅のほうはまだ混雑していなかった。
ホタルは、ときおりわたしの手をぎゅっと握った。
たいていそういう時は、わたしの隣を鬼火や九尾が通り過ぎていく。どうやらホタルは、こういうものにも慣れていないらしい。
いったい、穂高はホタルにどんな環境を与えていたのだろう。気になってしかたがなかった。
当の穂高は、別に急ぐ風でもなく、屋台を見ながら歩いている。
ふと、穂高が立ち止まった。
「ホタル。好きなの選べ。」
そう言って指差したのは、お面屋だった。
キツネやおかめ、ひょっとこなどが並ぶ店の前で、子ども達が好きなお面を選んでいく。ホタルはしばらく悩んでいたが、キツネの面を手に取った。
「これがいい。」
穂高は「そうか」とうなずいて代金を払うと、歩き出した。わたしはホタルの頭に、邪魔にならないようにお面をつけてやってからその後を追う。
「兄さんは何か買わないの。」
「お面は去年のがあるからいい。」
そう言って袂から取り出したのは、ホタルの買った安いほうのお面ではなく、木彫りのたいそうな狐面だった。
「ホタル。神社に着いたら、そのお面をかぶりなさい。」
斜めにお面をつけた穂高は、お祭りの雰囲気を鎮めるようにホタルを見た。急に、穂高が貫禄のある父親のように見えてくる。けれど、あくまで二人は兄弟だった。素直な弟は、
「はい。」
と従順な返事を返す。
わたしは拍子抜けした。てっきり穂高の家に向かっていると思っていたのだ。ちょっぴりむくれて穂高を見やれば、奴め、かすかに笑いながらこちらを見ていた。
手のひらの上で転がされていたことが分かって、なんだか気分が悪くなった。ホタルへのやさしい態度を見ていると、こいつの意地悪な部分を忘れてしまいそうになる。
「それから、お前はついてこなくていいよ、瑠璃。」
「――は?」
思わずにらみ返すと、涼しい顔をした穂高は狐面で顔を隠してしまった。
「今日、お前は神社に入れない。どっちみち、ホタルの荷物を誰かに持っていてもらわなくてはいけなかったからね。」
「そんなもの、神社の人間に預けておけばいいだろう。」
「駄目だ。」
「どうして。」
「ホタルはまだ、神社の人間ではない。」
わたしは不毛な会話を振り切った。そっぽを向いて、立ち止まる。
「分かったよ。お前の家で待っていればいいんだろう。」
わたしは穂高を視界に入れないように、ホタルを見下ろした。ホタルは、じっとこちらを見ている。
「ホタル。鞄を貸して。」
「――はい。」
従順な弟は、やや素直に返事をした。
鞄を預かったわたしは、さっさとその場を離れようとした。結局、隣を歩くことさえできなかったのだ、わたしは。
「待って――瑠璃さん。」
突然、ホタルに着物の袖をつかまれた。
「一緒に来て、瑠璃さん。」
それは、とっさに出たわがままだったのだろう。一瞬の判断は、彼の命を縮めるかもしれないのに。
わたしの体は、一瞬で収縮した。水の中を流されるように、視界が小さくなる。ホタルの鞄が地面に落ちた。
「ホタル。」
穂高がたしなめるように言う。そうして、何が起こったのか理解していないホタルから、わたしを取り上げた。
黒い紐に通されたわたしは、星空を閉じこめたようだとよく言われるが、外から自分を見たことがないからよく分からない。今のわたしは、青い光で包まれているような、変な気分だ。
どうしてもとの姿に戻ってしまったのだろう。
「落ち着け、瑠璃玉石。」
そう言って、穂高はわたしを首にかけた。紐を後ろで結んで振り返る。
「何もないと思った俺が愚かだった。」
そうだ、穂高は言っていたではないか。ホタルは問題の多い弟だと。
「兄さん?」
「走るぞ。」
とたん、頭が痛くなった。
全速力で穂高が走っているのだ。箱に入れられた何かのような気分になる。激しくゆすられて、気持ち悪いったらない。
「穂高。揺らすな。」
文句を言うと、穂高はわたしを掴んだ。揺れは少なくなったが、何も見えなくなってしまった。
けれど、音は聞こえてくる。
「言の葉の子だ。」
「本当にいたのか。」
「おやまあ。こんなところをうろつくだなんて。」
ざわめきが伝染している。
やがて穂高たちは階段を登り始めた。
穂高の家は、神社に程近い、品のいい住宅街にある。そこに行くまではいかがわしい裏道を通っても、輝かしい表の参道を通ってもほぼ同じ時間がかかる。
いつもなら裏道を使う穂高が、ホタルの事を考えてか、表の参道を選んだのにはあまりおどろかない。
祭りがあるようだと思っていたら、きょうは年に一度の花火大会だった。神社のほうはひどい人手だというが、駅のほうはまだ混雑していなかった。
ホタルは、ときおりわたしの手をぎゅっと握った。
たいていそういう時は、わたしの隣を鬼火や九尾が通り過ぎていく。どうやらホタルは、こういうものにも慣れていないらしい。
いったい、穂高はホタルにどんな環境を与えていたのだろう。気になってしかたがなかった。
当の穂高は、別に急ぐ風でもなく、屋台を見ながら歩いている。
ふと、穂高が立ち止まった。
「ホタル。好きなの選べ。」
そう言って指差したのは、お面屋だった。
キツネやおかめ、ひょっとこなどが並ぶ店の前で、子ども達が好きなお面を選んでいく。ホタルはしばらく悩んでいたが、キツネの面を手に取った。
「これがいい。」
穂高は「そうか」とうなずいて代金を払うと、歩き出した。わたしはホタルの頭に、邪魔にならないようにお面をつけてやってからその後を追う。
「兄さんは何か買わないの。」
「お面は去年のがあるからいい。」
そう言って袂から取り出したのは、ホタルの買った安いほうのお面ではなく、木彫りのたいそうな狐面だった。
「ホタル。神社に着いたら、そのお面をかぶりなさい。」
斜めにお面をつけた穂高は、お祭りの雰囲気を鎮めるようにホタルを見た。急に、穂高が貫禄のある父親のように見えてくる。けれど、あくまで二人は兄弟だった。素直な弟は、
「はい。」
と従順な返事を返す。
わたしは拍子抜けした。てっきり穂高の家に向かっていると思っていたのだ。ちょっぴりむくれて穂高を見やれば、奴め、かすかに笑いながらこちらを見ていた。
手のひらの上で転がされていたことが分かって、なんだか気分が悪くなった。ホタルへのやさしい態度を見ていると、こいつの意地悪な部分を忘れてしまいそうになる。
「それから、お前はついてこなくていいよ、瑠璃。」
「――は?」
思わずにらみ返すと、涼しい顔をした穂高は狐面で顔を隠してしまった。
「今日、お前は神社に入れない。どっちみち、ホタルの荷物を誰かに持っていてもらわなくてはいけなかったからね。」
「そんなもの、神社の人間に預けておけばいいだろう。」
「駄目だ。」
「どうして。」
「ホタルはまだ、神社の人間ではない。」
わたしは不毛な会話を振り切った。そっぽを向いて、立ち止まる。
「分かったよ。お前の家で待っていればいいんだろう。」
わたしは穂高を視界に入れないように、ホタルを見下ろした。ホタルは、じっとこちらを見ている。
「ホタル。鞄を貸して。」
「――はい。」
従順な弟は、やや素直に返事をした。
鞄を預かったわたしは、さっさとその場を離れようとした。結局、隣を歩くことさえできなかったのだ、わたしは。
「待って――瑠璃さん。」
突然、ホタルに着物の袖をつかまれた。
「一緒に来て、瑠璃さん。」
それは、とっさに出たわがままだったのだろう。一瞬の判断は、彼の命を縮めるかもしれないのに。
わたしの体は、一瞬で収縮した。水の中を流されるように、視界が小さくなる。ホタルの鞄が地面に落ちた。
「ホタル。」
穂高がたしなめるように言う。そうして、何が起こったのか理解していないホタルから、わたしを取り上げた。
黒い紐に通されたわたしは、星空を閉じこめたようだとよく言われるが、外から自分を見たことがないからよく分からない。今のわたしは、青い光で包まれているような、変な気分だ。
どうしてもとの姿に戻ってしまったのだろう。
「落ち着け、瑠璃玉石。」
そう言って、穂高はわたしを首にかけた。紐を後ろで結んで振り返る。
「何もないと思った俺が愚かだった。」
そうだ、穂高は言っていたではないか。ホタルは問題の多い弟だと。
「兄さん?」
「走るぞ。」
とたん、頭が痛くなった。
全速力で穂高が走っているのだ。箱に入れられた何かのような気分になる。激しくゆすられて、気持ち悪いったらない。
「穂高。揺らすな。」
文句を言うと、穂高はわたしを掴んだ。揺れは少なくなったが、何も見えなくなってしまった。
けれど、音は聞こえてくる。
「言の葉の子だ。」
「本当にいたのか。」
「おやまあ。こんなところをうろつくだなんて。」
ざわめきが伝染している。
やがて穂高たちは階段を登り始めた。
後書き
作者:水沢妃 |
投稿日:2016/08/13 22:24 更新日:2016/08/13 22:24 『異界の口』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。 |
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