作品ID:18
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ローバス戦記
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前書き・紹介
第三話 平穏の夜
前の話 | 目次 | 次の話 |
ローバス王国王都セレウキア。
東西の交易の中継点であり、大国ローバスの経済を支える大都市である。人口は百万を超え、異国人の姿をよく見かける。
今、この大都市の中央の大通りでは歓喜の声と無数の花びらで包まれていた。ホルス率いる負傷兵だらけの千五百騎とグリュード率いる二千騎が到着したからである。
いち早く、セレウキアではイッソス平原の激戦が伝えられていた。僅か五千騎でイッソス周辺の民の為に、全滅覚悟でシール軍本隊二万騎に襲撃。猛将デルドを討ち取り、シール軍八万を撤退させたイッソスの勇士達をセレウキアの民は英雄として迎え入れたのである。
さらに噂とは尾びれが付くとはよく言ったもので、ホルスは何故か千人のシール兵を討ち取った勇猛な騎士として名を挙げることとなった。もっとも、ホルスに言わせれば「一人で千人殺すが偉いなら、お前らがやれ」と言う事になるが。
「今にも襲われそうだな」
ホルスも流石にここまでの大歓声で迎え入れられるとは思ってなかったのか、少々身体を震わせていた。
「どんな戦場でも、どんな大軍でも恐れを知らぬお前でも、流石に百万の民では恐ろしいか」
グリュードはからかうように言ったが、ホルスにはそれに答える余裕は無かった。ホルスがそうなのだからホルスの部下達はそれをさらに超える。顔を赤面させて、小さく手を振る。その度にさらに歓喜の声が上がるのだ。
ようやく大通りを越えたところで、グリュードはホルス、セルゲイ、クリス、セト、ウェインの五人を引き連れて王宮へと向かった。
王宮の王の間では大勢の貴族と将軍達が控えていた。
ホルス達は赤い絨毯の上を進み、玉座の前で膝を付いた。
「皆、立って顔を上げろ」
玉座から聞こえる声に従い、六人はゆっくりと立ち上がり顔を上げた。
大理石の玉座に座るのは第十六代ローバス国王シュラー=ローバスである。細身の身体で、人のよさそうな人物だ。国王シュラーは六人ゆっくりと見つめた。
「この者達がこの度の戦で中心となった者達です。左からホルス百騎長、セト百騎長、ウェイン百騎長、セルゲイ十騎長、クリス十騎長と申します、陛下」
王の隣に控える豪華な絹服を纏った厳しい顔つき男が言った。ローバス国王シュラーの実弟、宰相のガーグ=ローバスである。
「……激戦だったそうだな、ホルス百騎長。被害を最小限に止めたそなた達の功績を余は嬉しく思う。レン、よい若者を成長せたな」
シュラー王が言うと、宰相ガーグの隣に控えていたレン大将軍が一礼した。
「この度の功績により、レンが素晴らしい褒美を与えるそうだ」
王が言うと、レンは前に進み出て、パンパンと手を鳴らした。
侍女達が進み出ると、その手には真紅に染められた鎧兜を手にしていた。
「ホルス、セルゲイ、クリス、それぞれ階級を一つ上げる」
「……レン閣下? セト、ウェインの名がありませんが?」
ホルスは首をかしげながら言うと、レンは苦笑した。
「セト、ウェインの両名は希望通り、ホルス、お前の部下とする。昨日転属願いの手紙が届いたのでな。受理した」
「はあ!?」
ホルスは王の前で素っ頓狂な声を上げた。
「ホルス千騎長、お前を残存の千五百騎に訓練を終えた三千五百の騎兵を合わせ、五千騎の長とする。さらに、その五千騎で一つの騎士団とする。幕僚にセルゲイ百騎長、クリス百騎長、セト百騎長、ウェイン百騎長を与える」
「ちょ、ちょっとレン大将軍!」
「うるさい、決定事項だ。……嫌なら今すぐお前をノースの側近にする。どちらがいい?」
「喜んで引き受けます」
ホルスは上下に激しく頷きながらすぐさま即答した。ホルスのはっきりとしたこの態度に、グリュードは後に「お前、本当にノース将軍が苦手なんだな」と苦笑させた。
「なお騎士団は、全員この真紅の鎧を装備するので、『紅蓮騎士団』と呼称する。負傷兵が回復するまでしばらくの間、王都で英気を養え。さらに、六名には金貨それぞれ百枚、生き残った部下達には金貨十枚、戦死した者達の家族にも十分な褒章を与え、さらにデルドを討ち取ったホルスには馬と剣を与える。以上だ」
グウの音もでないとはまさしくこの事だ。ホルスは唖然とした表情で、呆然と立ち尽くした。
「紅蓮騎士団長、ホルス千騎長」
シュラーは新たな呼称でホルスの名を呼んだ。
「真紅の騎士よ。今後もそなたの活躍を期待しているぞ」
ホルスは答えず、ただ一礼した。その表情は嬉しそうでも無く、ただ冷めており、淡々としていた。
ホルスが血刃を振るうのは王の為ではないからだ。
王宮での謁見が終わり、ホルス達は解散した。後日、騎士団結成の祝宴を約束して。
ホルスは褒賞として賜った赤い馬に跨り、できる限り一目に付かないように裏道を通って家路に向かった。貴族達が住む豪華な邸宅が続く道を通り、商人達が騒ぐ繁華街の裏を通り、貧乏人達が住む殺風景な道を通り、かなり大回りして、貴族達が住む豪華な邸宅が続く道にまた戻った。そして、一つの大きな邸宅の前にたどり着いた。そこからゆっくりと正反対の道沿いにある小さな家の前に立った。貴族達が住む邸宅が続くところにしては余にも小さく、下手をすれば物置小屋と勘違いされそうな家である。
家の横にある木に手綱を縛りつけ、大きな溜息を一つ吐いてホルスは約三ヶ月ぶりに我が家のドアを叩いた。
ドタドタと大きな足音がして、大きな音を立てて扉が開いた。
「お兄ちゃん! お帰りなさい!」
母親譲りの柔らかな茶色く長い髪を紐で簡単にまとめ、左右に揺らしながらホルスの妹リレイは兄を出迎えた。
十六歳らしく、活発で、全身からみずみずしい生気が溢れ出ている。さらに、絶世とまではいかないが、美女といえる美しさもさらに磨きが掛かったようだ。
「おう、帰って来たぞ」
ホルスは優しい兄の笑みを浮かべた。
甲冑を脱いで平服姿になったホルスは、ソファーに座り、リレイが持ってきた葡萄酒を杯に注いで一口飲んだ。
「お兄ちゃん今回大活躍したってグリュード様から聞いたけど、あんまり無茶をしてセルゲイさんに迷惑掛けちゃ駄目だよ」
「あ、ああ、すまない」
ホルスは頭を掻きながら妹に謝罪した。どうもホルスはリレイに頭が上がらない。常に心配させているという点で後ろめたい所があるから余計にである。
「で、今度はしばらく王都に滞在できるの?」
「ああ、しばらくは休暇になる。負傷兵が回復したらまた何処かへ派遣されるだろうが……」
「そう、じゃあ、一ヶ月がいい所かしら」
「まあ、そうなる。ああ、これ、褒賞だ。生活費に当ててくれ」
ホルスらしくない歯切れの悪さだ。ホルスが杯にあった葡萄酒を飲み干すと、ノックする音が部屋に響いた。
リレイが返事をして玄関に向かうと、平服姿のグリュードが姿を現した。
ホルスの小さな家の前にある大きな邸宅。それがグリュードの家なのである。こうして時々グリュードをホルスは家に招いている。
「一ヶ月振りに会うリレイ殿はますます美しくなられた。さて、美しい妹君を持つ兄としての一言を聞きたい」
グリュードはニヤニヤ笑いながらさっそくホルスにからみ始めた。
「お前には嫁にやらん!」
椅子をグリュードに勧めながら、兄というよりは父親の一言を言い放った。
グリュードは苦笑しつつリレイに顔を向けた。
「リレイ殿、これはほんの手土産です」
グリュードはそう言うと、懐からちょっと豪華な作りの首飾りを取り出した。
「おい、グリュード。そういうのはリレイにはまだ早い」
ホルスが鋭い目付きで言うと、グリュードは溜息を漏らした。
「リレイ殿もそろそろこの程度位は着飾ってもいいだろう」
グリュードはそういってリレイに後ろに立ち、首飾りを付けてあげた。
ホルスはもう一言だけ言いたかったが、リレイへの土産は、結論を先延ばしにして結局決められなかったという点があるので、何も言えなかった。
「グリュード様、ありがとうございます」
「いえ。リレイ殿、とても似合っていますよ。ホルス、お前もそう思うだろう?」
「……ああ、似合っている。リレイ、大切にするんだぞ」
「うん!」
リレイは嬉しそうに頷くと、夕食を作るために台所へ向かった。
「……お前と出会ってもう八年か。幼かったリレイ殿も十六だ。時が経つのは真に早いものだ」
椅子に座りながら台所へ向かうリレイの後ろ姿を見送り、グリュードは懐かしむように言った。
「まあ、そうだな。……八年か。長かったようで、短かったようでもある」
「だが、お前は変わらん」
グリュードが真面目くさって言うと、ホルスは笑った。
「結構変わったぞ、お前も俺も。出会った頃、お前は騎兵小隊の隊長、俺はただの下っ端歩兵。今じゃお前はローバス王国将軍で、俺は騎士団の団長で千騎長。随分変わったように思えるが」
「身分じゃないさ。お前の戦う姿勢さ」
グリュードはホルスから杯を受け取って葡萄酒を注ぐと、改めてホルスを見つめた。
「八年前。最前線で部隊が壊滅し、数万の敵に取り囲まれた時、お前は俺にこう言った。『俺は妹を養う為に戦っている。だから絶対に死ねない。必ず生きて妹の元へ戻る』……とな」
「ちっ ……余計な事を覚えてるな」
舌打ちしてホルスはそっぽ向いた。少し恥ずかしかったのだろう。
「俺にはそれだけ衝撃だったって事さ。王家に忠誠を誓い、王の為に剣を振るう俺にはな」
ホルスは葡萄酒の瓶を持ち、改めてグリュードの杯に注いだ。
「ホルス、とりあえず……だ、お前は五千の騎兵の長になる。言動には気をつけろよ。平民出身と言う事で何かと五月蠅い阿呆が宮廷内には沢山いるからな」
「まあ、善処するよ」
「ああ、ところで、お前、リレイ殿をどうするつもりだ?」
グリュードが尋ねると、ホルスは苦虫を百匹噛み潰した顔で考え込んだ。グリュードが尋ねているのは、辺境に飛ぶ際、リレイを連れて行くかどうか……である。騎士団となれば、辺境に飛ぶとしても要塞か、城に常駐する事になるだろう。何年王都に戻れる分からないのに、リレイをずっと王都に残すわけにはいかない。
「……実は迷っている。確かに、リレイを連れて行った方がいいとは思うが、辺境といえど、やはり戦場の近くに連れて行くことになる。それが……な」
「連れて行け、王都に残す必要はないだろう」
「……」
ホルスが苦悩の表情を浮かべた時、リレイがお盆の上に大量の料理を乗せて運んできた。
その日、三人は談笑しつつ夜遅くまで飲み明かした。この時が永遠に続けばよいのだが……。
東西の交易の中継点であり、大国ローバスの経済を支える大都市である。人口は百万を超え、異国人の姿をよく見かける。
今、この大都市の中央の大通りでは歓喜の声と無数の花びらで包まれていた。ホルス率いる負傷兵だらけの千五百騎とグリュード率いる二千騎が到着したからである。
いち早く、セレウキアではイッソス平原の激戦が伝えられていた。僅か五千騎でイッソス周辺の民の為に、全滅覚悟でシール軍本隊二万騎に襲撃。猛将デルドを討ち取り、シール軍八万を撤退させたイッソスの勇士達をセレウキアの民は英雄として迎え入れたのである。
さらに噂とは尾びれが付くとはよく言ったもので、ホルスは何故か千人のシール兵を討ち取った勇猛な騎士として名を挙げることとなった。もっとも、ホルスに言わせれば「一人で千人殺すが偉いなら、お前らがやれ」と言う事になるが。
「今にも襲われそうだな」
ホルスも流石にここまでの大歓声で迎え入れられるとは思ってなかったのか、少々身体を震わせていた。
「どんな戦場でも、どんな大軍でも恐れを知らぬお前でも、流石に百万の民では恐ろしいか」
グリュードはからかうように言ったが、ホルスにはそれに答える余裕は無かった。ホルスがそうなのだからホルスの部下達はそれをさらに超える。顔を赤面させて、小さく手を振る。その度にさらに歓喜の声が上がるのだ。
ようやく大通りを越えたところで、グリュードはホルス、セルゲイ、クリス、セト、ウェインの五人を引き連れて王宮へと向かった。
王宮の王の間では大勢の貴族と将軍達が控えていた。
ホルス達は赤い絨毯の上を進み、玉座の前で膝を付いた。
「皆、立って顔を上げろ」
玉座から聞こえる声に従い、六人はゆっくりと立ち上がり顔を上げた。
大理石の玉座に座るのは第十六代ローバス国王シュラー=ローバスである。細身の身体で、人のよさそうな人物だ。国王シュラーは六人ゆっくりと見つめた。
「この者達がこの度の戦で中心となった者達です。左からホルス百騎長、セト百騎長、ウェイン百騎長、セルゲイ十騎長、クリス十騎長と申します、陛下」
王の隣に控える豪華な絹服を纏った厳しい顔つき男が言った。ローバス国王シュラーの実弟、宰相のガーグ=ローバスである。
「……激戦だったそうだな、ホルス百騎長。被害を最小限に止めたそなた達の功績を余は嬉しく思う。レン、よい若者を成長せたな」
シュラー王が言うと、宰相ガーグの隣に控えていたレン大将軍が一礼した。
「この度の功績により、レンが素晴らしい褒美を与えるそうだ」
王が言うと、レンは前に進み出て、パンパンと手を鳴らした。
侍女達が進み出ると、その手には真紅に染められた鎧兜を手にしていた。
「ホルス、セルゲイ、クリス、それぞれ階級を一つ上げる」
「……レン閣下? セト、ウェインの名がありませんが?」
ホルスは首をかしげながら言うと、レンは苦笑した。
「セト、ウェインの両名は希望通り、ホルス、お前の部下とする。昨日転属願いの手紙が届いたのでな。受理した」
「はあ!?」
ホルスは王の前で素っ頓狂な声を上げた。
「ホルス千騎長、お前を残存の千五百騎に訓練を終えた三千五百の騎兵を合わせ、五千騎の長とする。さらに、その五千騎で一つの騎士団とする。幕僚にセルゲイ百騎長、クリス百騎長、セト百騎長、ウェイン百騎長を与える」
「ちょ、ちょっとレン大将軍!」
「うるさい、決定事項だ。……嫌なら今すぐお前をノースの側近にする。どちらがいい?」
「喜んで引き受けます」
ホルスは上下に激しく頷きながらすぐさま即答した。ホルスのはっきりとしたこの態度に、グリュードは後に「お前、本当にノース将軍が苦手なんだな」と苦笑させた。
「なお騎士団は、全員この真紅の鎧を装備するので、『紅蓮騎士団』と呼称する。負傷兵が回復するまでしばらくの間、王都で英気を養え。さらに、六名には金貨それぞれ百枚、生き残った部下達には金貨十枚、戦死した者達の家族にも十分な褒章を与え、さらにデルドを討ち取ったホルスには馬と剣を与える。以上だ」
グウの音もでないとはまさしくこの事だ。ホルスは唖然とした表情で、呆然と立ち尽くした。
「紅蓮騎士団長、ホルス千騎長」
シュラーは新たな呼称でホルスの名を呼んだ。
「真紅の騎士よ。今後もそなたの活躍を期待しているぞ」
ホルスは答えず、ただ一礼した。その表情は嬉しそうでも無く、ただ冷めており、淡々としていた。
ホルスが血刃を振るうのは王の為ではないからだ。
王宮での謁見が終わり、ホルス達は解散した。後日、騎士団結成の祝宴を約束して。
ホルスは褒賞として賜った赤い馬に跨り、できる限り一目に付かないように裏道を通って家路に向かった。貴族達が住む豪華な邸宅が続く道を通り、商人達が騒ぐ繁華街の裏を通り、貧乏人達が住む殺風景な道を通り、かなり大回りして、貴族達が住む豪華な邸宅が続く道にまた戻った。そして、一つの大きな邸宅の前にたどり着いた。そこからゆっくりと正反対の道沿いにある小さな家の前に立った。貴族達が住む邸宅が続くところにしては余にも小さく、下手をすれば物置小屋と勘違いされそうな家である。
家の横にある木に手綱を縛りつけ、大きな溜息を一つ吐いてホルスは約三ヶ月ぶりに我が家のドアを叩いた。
ドタドタと大きな足音がして、大きな音を立てて扉が開いた。
「お兄ちゃん! お帰りなさい!」
母親譲りの柔らかな茶色く長い髪を紐で簡単にまとめ、左右に揺らしながらホルスの妹リレイは兄を出迎えた。
十六歳らしく、活発で、全身からみずみずしい生気が溢れ出ている。さらに、絶世とまではいかないが、美女といえる美しさもさらに磨きが掛かったようだ。
「おう、帰って来たぞ」
ホルスは優しい兄の笑みを浮かべた。
甲冑を脱いで平服姿になったホルスは、ソファーに座り、リレイが持ってきた葡萄酒を杯に注いで一口飲んだ。
「お兄ちゃん今回大活躍したってグリュード様から聞いたけど、あんまり無茶をしてセルゲイさんに迷惑掛けちゃ駄目だよ」
「あ、ああ、すまない」
ホルスは頭を掻きながら妹に謝罪した。どうもホルスはリレイに頭が上がらない。常に心配させているという点で後ろめたい所があるから余計にである。
「で、今度はしばらく王都に滞在できるの?」
「ああ、しばらくは休暇になる。負傷兵が回復したらまた何処かへ派遣されるだろうが……」
「そう、じゃあ、一ヶ月がいい所かしら」
「まあ、そうなる。ああ、これ、褒賞だ。生活費に当ててくれ」
ホルスらしくない歯切れの悪さだ。ホルスが杯にあった葡萄酒を飲み干すと、ノックする音が部屋に響いた。
リレイが返事をして玄関に向かうと、平服姿のグリュードが姿を現した。
ホルスの小さな家の前にある大きな邸宅。それがグリュードの家なのである。こうして時々グリュードをホルスは家に招いている。
「一ヶ月振りに会うリレイ殿はますます美しくなられた。さて、美しい妹君を持つ兄としての一言を聞きたい」
グリュードはニヤニヤ笑いながらさっそくホルスにからみ始めた。
「お前には嫁にやらん!」
椅子をグリュードに勧めながら、兄というよりは父親の一言を言い放った。
グリュードは苦笑しつつリレイに顔を向けた。
「リレイ殿、これはほんの手土産です」
グリュードはそう言うと、懐からちょっと豪華な作りの首飾りを取り出した。
「おい、グリュード。そういうのはリレイにはまだ早い」
ホルスが鋭い目付きで言うと、グリュードは溜息を漏らした。
「リレイ殿もそろそろこの程度位は着飾ってもいいだろう」
グリュードはそういってリレイに後ろに立ち、首飾りを付けてあげた。
ホルスはもう一言だけ言いたかったが、リレイへの土産は、結論を先延ばしにして結局決められなかったという点があるので、何も言えなかった。
「グリュード様、ありがとうございます」
「いえ。リレイ殿、とても似合っていますよ。ホルス、お前もそう思うだろう?」
「……ああ、似合っている。リレイ、大切にするんだぞ」
「うん!」
リレイは嬉しそうに頷くと、夕食を作るために台所へ向かった。
「……お前と出会ってもう八年か。幼かったリレイ殿も十六だ。時が経つのは真に早いものだ」
椅子に座りながら台所へ向かうリレイの後ろ姿を見送り、グリュードは懐かしむように言った。
「まあ、そうだな。……八年か。長かったようで、短かったようでもある」
「だが、お前は変わらん」
グリュードが真面目くさって言うと、ホルスは笑った。
「結構変わったぞ、お前も俺も。出会った頃、お前は騎兵小隊の隊長、俺はただの下っ端歩兵。今じゃお前はローバス王国将軍で、俺は騎士団の団長で千騎長。随分変わったように思えるが」
「身分じゃないさ。お前の戦う姿勢さ」
グリュードはホルスから杯を受け取って葡萄酒を注ぐと、改めてホルスを見つめた。
「八年前。最前線で部隊が壊滅し、数万の敵に取り囲まれた時、お前は俺にこう言った。『俺は妹を養う為に戦っている。だから絶対に死ねない。必ず生きて妹の元へ戻る』……とな」
「ちっ ……余計な事を覚えてるな」
舌打ちしてホルスはそっぽ向いた。少し恥ずかしかったのだろう。
「俺にはそれだけ衝撃だったって事さ。王家に忠誠を誓い、王の為に剣を振るう俺にはな」
ホルスは葡萄酒の瓶を持ち、改めてグリュードの杯に注いだ。
「ホルス、とりあえず……だ、お前は五千の騎兵の長になる。言動には気をつけろよ。平民出身と言う事で何かと五月蠅い阿呆が宮廷内には沢山いるからな」
「まあ、善処するよ」
「ああ、ところで、お前、リレイ殿をどうするつもりだ?」
グリュードが尋ねると、ホルスは苦虫を百匹噛み潰した顔で考え込んだ。グリュードが尋ねているのは、辺境に飛ぶ際、リレイを連れて行くかどうか……である。騎士団となれば、辺境に飛ぶとしても要塞か、城に常駐する事になるだろう。何年王都に戻れる分からないのに、リレイをずっと王都に残すわけにはいかない。
「……実は迷っている。確かに、リレイを連れて行った方がいいとは思うが、辺境といえど、やはり戦場の近くに連れて行くことになる。それが……な」
「連れて行け、王都に残す必要はないだろう」
「……」
ホルスが苦悩の表情を浮かべた時、リレイがお盆の上に大量の料理を乗せて運んできた。
その日、三人は談笑しつつ夜遅くまで飲み明かした。この時が永遠に続けばよいのだが……。
後書き
作者:そえ |
投稿日:2009/12/06 20:46 更新日:2009/12/12 20:52 『ローバス戦記』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。 |
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