作品ID:19
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ローバス戦記
小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 連載中
前書き・紹介
第四話 出陣
前の話 | 目次 | 次の話 |
ローバス歴二四五年十二月二日。
紅蓮騎士団という名で呼ばれ、まるで全てを焼き尽くす烈火の炎のように燃える、真紅の輝きを放つ騎士団が凍える冬の寒空の中、王都セレウキア郊外に集結した。
当初の予定より一ヶ月近く遅れたのは、負傷者の怪我が中々治らなかった事と、新規兵が使い物にならないと騎士団長であるホルスが断定し、一ヶ月の再訓練を行った為だ。
過酷というよりは苛烈な訓練内容だった為か、新規兵三千五百名の内、二千名にも達する離脱者を出し、怨嗟と非難の声が数多く上がった。訴えも多数続発し、副将軍ノースから警告すら出た。
もっとも、シール戦で生き残った千五百の騎士達に言わせれば、「お前らはまだ楽だ。俺達は逃げ出す事さえもできなかった。処刑もあった。まあ、三ヶ月の猶予が与えられたが……」という事になる。
「……名将が率いれば常勝無敗の騎士団でしょう。猛将が率いれば勇猛果敢、どのような敵でも力で打ち倒し、恐怖という猛威を振るう騎士団となるでしょう。しかし、……もし、双方とも居なかった場合、……どうなります? 名将、猛将が生まれ、すくすくと育つまで待ちますか? 愚鈍な将に率いられても勝つことができる兵。俺が求めているのはそれだけです」
ホルスはそう言って全く訓練を緩めることはしなかった。
確かに五十年後、百年後、ローバスに名将、猛将が生まれるという保障は無い。ならば、兵士達の質、個を鍛え上げるしか強さを維持することはできない。
ちなみに、その問題となっている訓練内容だが……。ホルス流というべきか、後世、紅蓮騎士団の正式な訓練になったのだが、……一言でいえば『地獄』。……もう少し言い換えるとすれば、『この世の痛みと苦しみを同時に味わう事ができる、麗しくも愉しい一ヶ月』だ。
まず、軍律を骨の髄に至るまで叩き込む。軍律を守れない者、命令に逆らう者は戦場では邪魔であり、下手をすれば全軍の危機を招くからだ。
そして、馬術を徹底的に鍛錬させる。と、言っても、さまざまな罠が施された森の中を、全速力で駆け抜けるという訓練だ。ほとんどの者は木の枝や泥濘、施された罠などで落馬する。落馬した場合、自分の腰が埋まるまで穴堀りをやらされ、王都外壁を丸太を担いで走る。そして改めて森へ挑む。決められた時間内で森を突破できなくても同様である。
シール軍との戦いでホルスは馬術の重要度を改めて認識させられた。
確かに、二万のシール軍をホルスは撃滅したが、それは、「シール兵が馬に乗っていなかったからだ」と、ホルスは考えている。野戦で、五千対五千。同数で真正面から騎馬に乗ったシール軍と戦えば、負ける…とは言わないが、必ず勝てる…とも言えない。幼少から馬術を学び、その気になれば足だけで馬を巧みに操る騎馬民族である。それに匹敵する馬術を手にする為には、多少なりとも無理な訓練をするしか方法がない。
さらに訓練は続く。
それぞれ得意な得物を選ばせ、それを常人を超える実力になるまで徹底的に昇華させる。無論、場所によっては戦い辛いというのもある。訓練は平原で、川辺で、岩場で、砂地で、市街地で、沼地で、森で、さまざまな場所、さまざまな想定で行われた。夜目を鍛える為に真夜中に松明を持たずに訓練を行った事もある。
この苛烈な訓練を突破できた者が騎士団に配属されたのだ。精強で知られるローバス騎兵だからこそ、千五百名も突破できたのであろう。
練度でいえば間違いなく大陸随一の精鋭騎兵部隊だ。
十二月になり、全員の怪我が完治し、訓練も終わり、紅蓮騎士団三千騎が揃ったのである。
ホルスは集結に先立ち、幹部の配置を決定した。
セルゲイを副団長に。クリスは突撃隊長に。セト、ウェインは副団長補佐に任命した。
「ホルス隊長、いや、団長。我々は何処へ飛ばされるのですかな?」
セルゲイが皮肉っぽく言うと、赤い馬に乗るホルスは苦笑した。左右にはセトとウェインが控えていた。
ホルスはマントを翻しながらセルゲイに顔を向けた。騎士団長らしく、マントには金の糸による徽章の刺繍がある。
翼を大きく広げ、口に剣を咥えた一羽の鋭い目の鷹。
それが紅蓮騎士団徽章である。これを考えたのはレン大将軍である。
「南。……タグラス要塞と対をなす南部防衛の拠点、エデッサ城だ。ここより暖かいし、南部は治安も安定している」
ホルスは言いながら、城門から出陣する大軍勢を見つめた。
「しかし、この度の出撃に参加できないのは悔しいです。我が騎士団はローバス最強の騎兵集団だと自負しておりますが……」
王都から出陣するローバス軍の行軍を見守るセルゲイの肩を、ホルスは軽く叩いた。
紅蓮騎士団がわざわざセレウキア郊外に集結したのは理由がある。
遥か西方より神聖ロンダリウス帝国が侵攻してきたのである。兵力は十万と推察された。
この為、ローバス軍は騎兵十万、歩兵二十万、合計三十万。実に全軍の三分の二という大兵力を動員して迎え撃つ事になった。
ローバス軍は二ヶ月前シール軍撃退に伴い、王弟デルドを打ち果たした。シール軍が復讐戦を挑むのかどうかローバス軍は注意深く監視していたが、シール王国は今、暗殺と謀略が渦巻く内乱状態になっている事が判明した。それが為これほどの兵力を動かす事ができたのである。
紅蓮騎士団が郊外に集結した理由。
簡単に言えば、邪魔だから別の場所に集まって目的地へさっさと行け。と、いう事である。
だが、それにしても大げさに兵力である。しかし、今回は少し事情があった。第一位王位継承者であるアリシア皇女の初陣という事もあって、国王シュラー自らも出撃する事になったからだ。
「まあ、今回はシュラー陛下、アリシア皇女、レン大将軍にノース副将軍、主だった将軍達まで出撃するからな。豪華な陣容だが、さて、敵はどうかな? 」
ホルスは顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。
「何か心配事でも? 我がローバス軍はレン大将軍就任してから常勝無敗の軍です。十万の兵力以外に大兵力を動かしているとしても、やつらの国からここまでかなりの距離があり、補給線は伸びきっていると思いますが……」
「レン大将軍も、グリュードもいるしな。ただ、何となく嫌な感じがするだけだ」
「どうします? 貴方の勘は馬鹿の一つ覚えのように当たりますから」
「それ、褒めてる? 馬鹿にしてる?」
ホルスが呆れ顔で言うと、セルゲイは恭しく一礼した。
「まあ、それはそれとして。団長、リレイ殿は結局王都に残すのですな」
セルゲイは素早く話題を切り替えた。ホルスにとってこれ以上無いというほど話を逸らす効果がある話題だ。
ホルスは一瞬考え込み、
「……やはり、戦場には連れて行けない」
苦悩の表情で言った。
「リレイには思い切り殴られたが、それでも……な」
「まあ、それも一つの選択かと思います。王都ならば難攻不落。まず、安全でしょう」
「そうだと……願っているがな」
ホルスは溜息を吐いている間に、クリスが馬に跨ってホルスの前で一礼した。
「団長、準備整いました」
ホルスはクリスにゆっくりと頷き、右手を上げて出立の号令を出そうした。
「ホルス! ホルス!」
遠くから名を呼ぶ声を聞こえ、ホルスは声の方へ馬を向けた。
愛馬である黒馬を駆けてホルスの所へ来たのは、出撃しているはずの漆黒の騎士グリュードだった。
「おい、グリュード。お前、こんな所で何をしている?」
「レン大将軍直々のご命令を伝える」
「レン大将軍から? 何だ?」
「紅蓮騎士団三千騎の内、腕の立つ者、何人かアリシア皇女の護衛に就けろとの事だ」
「はあ? 皇女の護衛には近衛騎士団の腕の立つ奴がしているだろう?」
「お前、知らないのか? アリシア皇女の護衛は……」
グリュードが聞き返すと、ホルスは納得したように手を叩いた。
「……まったく。事前に言えよな……」
ホルスはブツブツ文句を言いながらも、誰を派遣すべきか思案した。だが、考えれば考えるほど、結論は一つに偏ってしまう。
「…俺が護衛に就く。下手に数名つけるよりも俺の方がいいだろう。セルゲイ、お前に指揮権を委ねる。任せるがいいか?」
「そう言うと思いました。お任せ下さい」
溜息を吐きながらセルゲイが言うと、ホルスは頷き、グリュードに顔を向けた。
「俺一人だが、いいだろう?」
「お前なら、一人で千の騎兵に匹敵する。……だが、騎士団長自ら…というのは……」
「グリュード、お前なら万の騎兵に匹敵する。俺は千騎だ。少しでも兵力が多いに越した事は無いだろう?」
ホルスは不敵な笑みを浮かべた
「……煽ててても何も出ないぞ」
「最初から期待していないさ」
ホルスは笑いながら馬を進めた。
「では、セルゲイ副団長。お前達の騎士団長を借りていくぞ」
グリュードはセルゲイに右手を上げて、ホルスに追い付く為、馬を進めた。
セルゲイは二人が遠ざかるのを見送った後、右手を空高く挙げた
「紅蓮騎士団出立する! 目標はエデッサ城!」
赤い騎士団は南へゆっくりと行軍を開始した。
真紅の騎士と漆黒の騎士の二人は、アリシア皇女率いる四千騎の部隊に合流した。
グリュードはアリシア皇女に馬を寄せ、下馬した後、地面に膝を付けた。ホルスも同様に膝を付く。
「グリュード=カルベラス。レン大将軍の命にて、紅蓮騎士団より新たな護衛を連れて参りました」
グリュードが頭を下げながら言った。
「グリュード卿、ご苦労様です。二人共、立ちなさい」
声に従い、グリュードとホルスの二人はゆっくりと立ち上がった。
ローバス王国第一位王位継承者、アリシア=ローバスは微笑みを浮かべながらグリュードとホルスを見つめた。
白い、金で装飾された豪華な鎧。冬の風で揺れる神々しい金色に光る髪を手で押さえる仕草は、勝利の女神が降臨したような美しさだ。しかも、まだ十六歳だというから驚きだ。将来はローバス史に残る美しい女王として名を刻まれるだろう。
だが、将来の美しい女王は少々困惑気味に二人をみつめていた。護衛として来たのが、たった一人だからである。
「私の護衛を務める、この燃える様な真紅の騎士の名は?」
アリシアが尋ねると、ホルスは一礼した。
「紅蓮騎士団団長、ホルス=レグナール千騎長と申します。皇女殿下」
「貴方がホルス卿ですか。その名は何度も聞いています」
アリシアがそう言った時、アリシアの隣にいた蒼い鎧を纏った騎士。蒼い鎧は近衛騎士団に所属する者のみが着用できる名誉ある鎧だ。アリシア皇女専属の護衛である近衛騎士がアリシアに囁いた。
「アリシア様。ホルス千騎長は貴族ではありません。ただホルスと呼べば宜しいでしょう」
「あら。ティア、詳しいのね。それとも、”気になる人”なの?」
アリシアが悪戯っぽく言うと、ティアとアリシアに呼ばれた近衛騎士は一瞬赤面した。
「いえ、私はただ話を聞いているだけです。父上が良く話すので……」
「お初にお目にかかります。近衛騎士団随一の剣士、ティア=リューカス殿。レン大将軍からお名前は伺っております」
ホルスが言うと、ティアは舌打ちして、何かと自分を自慢げに話す父親がいるローバス軍本隊を睨み付けた。
ティアの父。それは、レン=リューカス大将軍である。
ホルスは改めてティアを見つめた。
蒼い鎧に、蒼いマント。銀色に光る長い髪を、戦いの邪魔にならない様にする為であろうか、簡単に紐で一つに括って、背中に流している。アリシア皇女も美しいが、ティアも負けず劣らず美しい。アリシアが勝利の女神ならば、ティアは戦女神であろう。ただ、疑問があるとすれば、“あの父親からどうすればこのような美しい娘が生まれるのか? ”という事である。
「……ところで、ホルス千騎長。騎士団長である貴方が、騎士団から離れるとはどういう意味か?」
ティアは冷ややかな瞳でホルスを睨み付けた。
「紅蓮騎士団は俺が居なくとも大丈夫だ。副団長が優秀だからな。貴重な兵力を失うよりも、俺一人の方がいい。まあ、護衛だから滅多な事にならない限り、剣を振るう機会は無さそうだが……」
ホルスは肩をすくめて言うと、乗馬した。
「さて、何時までも行軍を止める訳にもいきませんな。グリュード、お前も自分の部隊に戻れ」
「ああ、そうだな。では、アリシア様、これにて失礼致します」
グリュードはアリシアに一礼すると、愛馬である黒馬に乗馬した。
「ホルス、くれぐれも失礼の無いようにな。一応、お前はティア殿の部下という立場になるのだから」
「はいはい、分かってるよ。早く行け」
グリュードは溜息を一つ吐くと、自分の部隊の下へ馬を進めた。
「ホルス千騎長」
ティアの鋭い声に、ホルスはゆっくりと顔を向けた。
「剣の腕が少々立つからと言って、無礼が過ぎるぞ。グリュード卿とお前では生まれも身分違うのだからな……。しかも、平民出身の成り上がりならば、少しは言葉を覚えろ。……ホルス千騎長に命じる。お前は部隊最後尾に配置する。万が一の際は殿だ。今すぐ動け」
グリュードを呼び捨てにしたからか、ホルスが平民出身だからなのか、ホルスは肩を竦めて部隊最後尾に向かった。
紅蓮騎士団という名で呼ばれ、まるで全てを焼き尽くす烈火の炎のように燃える、真紅の輝きを放つ騎士団が凍える冬の寒空の中、王都セレウキア郊外に集結した。
当初の予定より一ヶ月近く遅れたのは、負傷者の怪我が中々治らなかった事と、新規兵が使い物にならないと騎士団長であるホルスが断定し、一ヶ月の再訓練を行った為だ。
過酷というよりは苛烈な訓練内容だった為か、新規兵三千五百名の内、二千名にも達する離脱者を出し、怨嗟と非難の声が数多く上がった。訴えも多数続発し、副将軍ノースから警告すら出た。
もっとも、シール戦で生き残った千五百の騎士達に言わせれば、「お前らはまだ楽だ。俺達は逃げ出す事さえもできなかった。処刑もあった。まあ、三ヶ月の猶予が与えられたが……」という事になる。
「……名将が率いれば常勝無敗の騎士団でしょう。猛将が率いれば勇猛果敢、どのような敵でも力で打ち倒し、恐怖という猛威を振るう騎士団となるでしょう。しかし、……もし、双方とも居なかった場合、……どうなります? 名将、猛将が生まれ、すくすくと育つまで待ちますか? 愚鈍な将に率いられても勝つことができる兵。俺が求めているのはそれだけです」
ホルスはそう言って全く訓練を緩めることはしなかった。
確かに五十年後、百年後、ローバスに名将、猛将が生まれるという保障は無い。ならば、兵士達の質、個を鍛え上げるしか強さを維持することはできない。
ちなみに、その問題となっている訓練内容だが……。ホルス流というべきか、後世、紅蓮騎士団の正式な訓練になったのだが、……一言でいえば『地獄』。……もう少し言い換えるとすれば、『この世の痛みと苦しみを同時に味わう事ができる、麗しくも愉しい一ヶ月』だ。
まず、軍律を骨の髄に至るまで叩き込む。軍律を守れない者、命令に逆らう者は戦場では邪魔であり、下手をすれば全軍の危機を招くからだ。
そして、馬術を徹底的に鍛錬させる。と、言っても、さまざまな罠が施された森の中を、全速力で駆け抜けるという訓練だ。ほとんどの者は木の枝や泥濘、施された罠などで落馬する。落馬した場合、自分の腰が埋まるまで穴堀りをやらされ、王都外壁を丸太を担いで走る。そして改めて森へ挑む。決められた時間内で森を突破できなくても同様である。
シール軍との戦いでホルスは馬術の重要度を改めて認識させられた。
確かに、二万のシール軍をホルスは撃滅したが、それは、「シール兵が馬に乗っていなかったからだ」と、ホルスは考えている。野戦で、五千対五千。同数で真正面から騎馬に乗ったシール軍と戦えば、負ける…とは言わないが、必ず勝てる…とも言えない。幼少から馬術を学び、その気になれば足だけで馬を巧みに操る騎馬民族である。それに匹敵する馬術を手にする為には、多少なりとも無理な訓練をするしか方法がない。
さらに訓練は続く。
それぞれ得意な得物を選ばせ、それを常人を超える実力になるまで徹底的に昇華させる。無論、場所によっては戦い辛いというのもある。訓練は平原で、川辺で、岩場で、砂地で、市街地で、沼地で、森で、さまざまな場所、さまざまな想定で行われた。夜目を鍛える為に真夜中に松明を持たずに訓練を行った事もある。
この苛烈な訓練を突破できた者が騎士団に配属されたのだ。精強で知られるローバス騎兵だからこそ、千五百名も突破できたのであろう。
練度でいえば間違いなく大陸随一の精鋭騎兵部隊だ。
十二月になり、全員の怪我が完治し、訓練も終わり、紅蓮騎士団三千騎が揃ったのである。
ホルスは集結に先立ち、幹部の配置を決定した。
セルゲイを副団長に。クリスは突撃隊長に。セト、ウェインは副団長補佐に任命した。
「ホルス隊長、いや、団長。我々は何処へ飛ばされるのですかな?」
セルゲイが皮肉っぽく言うと、赤い馬に乗るホルスは苦笑した。左右にはセトとウェインが控えていた。
ホルスはマントを翻しながらセルゲイに顔を向けた。騎士団長らしく、マントには金の糸による徽章の刺繍がある。
翼を大きく広げ、口に剣を咥えた一羽の鋭い目の鷹。
それが紅蓮騎士団徽章である。これを考えたのはレン大将軍である。
「南。……タグラス要塞と対をなす南部防衛の拠点、エデッサ城だ。ここより暖かいし、南部は治安も安定している」
ホルスは言いながら、城門から出陣する大軍勢を見つめた。
「しかし、この度の出撃に参加できないのは悔しいです。我が騎士団はローバス最強の騎兵集団だと自負しておりますが……」
王都から出陣するローバス軍の行軍を見守るセルゲイの肩を、ホルスは軽く叩いた。
紅蓮騎士団がわざわざセレウキア郊外に集結したのは理由がある。
遥か西方より神聖ロンダリウス帝国が侵攻してきたのである。兵力は十万と推察された。
この為、ローバス軍は騎兵十万、歩兵二十万、合計三十万。実に全軍の三分の二という大兵力を動員して迎え撃つ事になった。
ローバス軍は二ヶ月前シール軍撃退に伴い、王弟デルドを打ち果たした。シール軍が復讐戦を挑むのかどうかローバス軍は注意深く監視していたが、シール王国は今、暗殺と謀略が渦巻く内乱状態になっている事が判明した。それが為これほどの兵力を動かす事ができたのである。
紅蓮騎士団が郊外に集結した理由。
簡単に言えば、邪魔だから別の場所に集まって目的地へさっさと行け。と、いう事である。
だが、それにしても大げさに兵力である。しかし、今回は少し事情があった。第一位王位継承者であるアリシア皇女の初陣という事もあって、国王シュラー自らも出撃する事になったからだ。
「まあ、今回はシュラー陛下、アリシア皇女、レン大将軍にノース副将軍、主だった将軍達まで出撃するからな。豪華な陣容だが、さて、敵はどうかな? 」
ホルスは顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。
「何か心配事でも? 我がローバス軍はレン大将軍就任してから常勝無敗の軍です。十万の兵力以外に大兵力を動かしているとしても、やつらの国からここまでかなりの距離があり、補給線は伸びきっていると思いますが……」
「レン大将軍も、グリュードもいるしな。ただ、何となく嫌な感じがするだけだ」
「どうします? 貴方の勘は馬鹿の一つ覚えのように当たりますから」
「それ、褒めてる? 馬鹿にしてる?」
ホルスが呆れ顔で言うと、セルゲイは恭しく一礼した。
「まあ、それはそれとして。団長、リレイ殿は結局王都に残すのですな」
セルゲイは素早く話題を切り替えた。ホルスにとってこれ以上無いというほど話を逸らす効果がある話題だ。
ホルスは一瞬考え込み、
「……やはり、戦場には連れて行けない」
苦悩の表情で言った。
「リレイには思い切り殴られたが、それでも……な」
「まあ、それも一つの選択かと思います。王都ならば難攻不落。まず、安全でしょう」
「そうだと……願っているがな」
ホルスは溜息を吐いている間に、クリスが馬に跨ってホルスの前で一礼した。
「団長、準備整いました」
ホルスはクリスにゆっくりと頷き、右手を上げて出立の号令を出そうした。
「ホルス! ホルス!」
遠くから名を呼ぶ声を聞こえ、ホルスは声の方へ馬を向けた。
愛馬である黒馬を駆けてホルスの所へ来たのは、出撃しているはずの漆黒の騎士グリュードだった。
「おい、グリュード。お前、こんな所で何をしている?」
「レン大将軍直々のご命令を伝える」
「レン大将軍から? 何だ?」
「紅蓮騎士団三千騎の内、腕の立つ者、何人かアリシア皇女の護衛に就けろとの事だ」
「はあ? 皇女の護衛には近衛騎士団の腕の立つ奴がしているだろう?」
「お前、知らないのか? アリシア皇女の護衛は……」
グリュードが聞き返すと、ホルスは納得したように手を叩いた。
「……まったく。事前に言えよな……」
ホルスはブツブツ文句を言いながらも、誰を派遣すべきか思案した。だが、考えれば考えるほど、結論は一つに偏ってしまう。
「…俺が護衛に就く。下手に数名つけるよりも俺の方がいいだろう。セルゲイ、お前に指揮権を委ねる。任せるがいいか?」
「そう言うと思いました。お任せ下さい」
溜息を吐きながらセルゲイが言うと、ホルスは頷き、グリュードに顔を向けた。
「俺一人だが、いいだろう?」
「お前なら、一人で千の騎兵に匹敵する。……だが、騎士団長自ら…というのは……」
「グリュード、お前なら万の騎兵に匹敵する。俺は千騎だ。少しでも兵力が多いに越した事は無いだろう?」
ホルスは不敵な笑みを浮かべた
「……煽ててても何も出ないぞ」
「最初から期待していないさ」
ホルスは笑いながら馬を進めた。
「では、セルゲイ副団長。お前達の騎士団長を借りていくぞ」
グリュードはセルゲイに右手を上げて、ホルスに追い付く為、馬を進めた。
セルゲイは二人が遠ざかるのを見送った後、右手を空高く挙げた
「紅蓮騎士団出立する! 目標はエデッサ城!」
赤い騎士団は南へゆっくりと行軍を開始した。
真紅の騎士と漆黒の騎士の二人は、アリシア皇女率いる四千騎の部隊に合流した。
グリュードはアリシア皇女に馬を寄せ、下馬した後、地面に膝を付けた。ホルスも同様に膝を付く。
「グリュード=カルベラス。レン大将軍の命にて、紅蓮騎士団より新たな護衛を連れて参りました」
グリュードが頭を下げながら言った。
「グリュード卿、ご苦労様です。二人共、立ちなさい」
声に従い、グリュードとホルスの二人はゆっくりと立ち上がった。
ローバス王国第一位王位継承者、アリシア=ローバスは微笑みを浮かべながらグリュードとホルスを見つめた。
白い、金で装飾された豪華な鎧。冬の風で揺れる神々しい金色に光る髪を手で押さえる仕草は、勝利の女神が降臨したような美しさだ。しかも、まだ十六歳だというから驚きだ。将来はローバス史に残る美しい女王として名を刻まれるだろう。
だが、将来の美しい女王は少々困惑気味に二人をみつめていた。護衛として来たのが、たった一人だからである。
「私の護衛を務める、この燃える様な真紅の騎士の名は?」
アリシアが尋ねると、ホルスは一礼した。
「紅蓮騎士団団長、ホルス=レグナール千騎長と申します。皇女殿下」
「貴方がホルス卿ですか。その名は何度も聞いています」
アリシアがそう言った時、アリシアの隣にいた蒼い鎧を纏った騎士。蒼い鎧は近衛騎士団に所属する者のみが着用できる名誉ある鎧だ。アリシア皇女専属の護衛である近衛騎士がアリシアに囁いた。
「アリシア様。ホルス千騎長は貴族ではありません。ただホルスと呼べば宜しいでしょう」
「あら。ティア、詳しいのね。それとも、”気になる人”なの?」
アリシアが悪戯っぽく言うと、ティアとアリシアに呼ばれた近衛騎士は一瞬赤面した。
「いえ、私はただ話を聞いているだけです。父上が良く話すので……」
「お初にお目にかかります。近衛騎士団随一の剣士、ティア=リューカス殿。レン大将軍からお名前は伺っております」
ホルスが言うと、ティアは舌打ちして、何かと自分を自慢げに話す父親がいるローバス軍本隊を睨み付けた。
ティアの父。それは、レン=リューカス大将軍である。
ホルスは改めてティアを見つめた。
蒼い鎧に、蒼いマント。銀色に光る長い髪を、戦いの邪魔にならない様にする為であろうか、簡単に紐で一つに括って、背中に流している。アリシア皇女も美しいが、ティアも負けず劣らず美しい。アリシアが勝利の女神ならば、ティアは戦女神であろう。ただ、疑問があるとすれば、“あの父親からどうすればこのような美しい娘が生まれるのか? ”という事である。
「……ところで、ホルス千騎長。騎士団長である貴方が、騎士団から離れるとはどういう意味か?」
ティアは冷ややかな瞳でホルスを睨み付けた。
「紅蓮騎士団は俺が居なくとも大丈夫だ。副団長が優秀だからな。貴重な兵力を失うよりも、俺一人の方がいい。まあ、護衛だから滅多な事にならない限り、剣を振るう機会は無さそうだが……」
ホルスは肩をすくめて言うと、乗馬した。
「さて、何時までも行軍を止める訳にもいきませんな。グリュード、お前も自分の部隊に戻れ」
「ああ、そうだな。では、アリシア様、これにて失礼致します」
グリュードはアリシアに一礼すると、愛馬である黒馬に乗馬した。
「ホルス、くれぐれも失礼の無いようにな。一応、お前はティア殿の部下という立場になるのだから」
「はいはい、分かってるよ。早く行け」
グリュードは溜息を一つ吐くと、自分の部隊の下へ馬を進めた。
「ホルス千騎長」
ティアの鋭い声に、ホルスはゆっくりと顔を向けた。
「剣の腕が少々立つからと言って、無礼が過ぎるぞ。グリュード卿とお前では生まれも身分違うのだからな……。しかも、平民出身の成り上がりならば、少しは言葉を覚えろ。……ホルス千騎長に命じる。お前は部隊最後尾に配置する。万が一の際は殿だ。今すぐ動け」
グリュードを呼び捨てにしたからか、ホルスが平民出身だからなのか、ホルスは肩を竦めて部隊最後尾に向かった。
後書き
作者:そえ |
投稿日:2009/12/06 20:47 更新日:2009/12/12 20:52 『ローバス戦記』の著作権は、すべて作者 そえ様に属します。 |
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