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作品ID:1800
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異界の口

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 完結

前書き・紹介


三章 小夜子 二

前の話 目次 次の話

 前と同じように座った私たちはしばらく景色を見ていましたが、ホタル様がそういえば、と切り出しました。
「セイは、どうしてお父さんに勘当されたの?」
 ホタル様の言葉が、すっと耳に入ってきました。
 悪意はまったく感じられません。そのせいでしょうか。セイ様はすらりと答えていました。
「うちは、母親がある日突然いなくなって、父親がすぐに再婚したんだ。きっと不倫とか、そういうのがあったんだと思う。で、俺は元々あんまり父親が好きじゃなかったから、新しい母親も無視してたんだ。他の家族は仲良くやっていたから、俺だけ鼻つまみ者でさ。」
「それで、家を追い出されたの?」
「半ば俺の意思だったけどな。家を出たいって言ったら、父親が怒って勘当までしてしまっただけだ。」
 交わされる会話に、私はついて行けそうにありませんでした。
 私の中で家族とは、本気で怒ったり、嫌ったりしない他人です。自分の世話をする義務を負ってしまった、不幸な大人。
 いつも冷たい目でこちらを見る人。
 そんな人たちとはあまり会話もしません。このごろは顔を見ていません。そういえば、最後に手紙が来たのはいつだったでしょうか。
 ぼうっとしていた私は、ホタル様の視線に気がつきました。
「小夜子嬢は、どうして学園を飛び出してきちゃったの?」
 まっすぐな声が胸に突き刺さったような心地がしました。本当は刺さっていないのに、痛みだけがそこにあります。
 口ごもるようなことはありませんでした。「それは」と言おうとした口は、まったく別のことを話していました。
「私、体が悪いんですの。」
 何の話をしているのでしょう。いいえ、自分の病気について語っている自覚はあります。けれど、誰にも言いたくなかったことを、なぜ、この人の前では安心して語れるのでしょう?
「小さいころから心臓が弱くて、転地療養だと言われて学園に入れさせられました。空気のきれいなところなら大丈夫だろうという親の判断です。けれど、わたしに本当に必要な環境は、両親から切り離された山奥の学園よりも、せまい病室に押しこめられていても親の顔がすぐに見られる、そんな場所だったと思います。」
 冷静に語っている私自身がはずかしくなりました。まるで、駄々をこねる子どもです。まだまだ私も子どもですが。
 ホタル様は、わたしをじっと見ていました。
「小夜子嬢は、これからどうするの?」
「とりあえずお二人に同行して、また学園に帰ろうかと思います。」
 そうだよなあ、と、それまで黙って聞いていたセイ様が言いました。
「たとえ逃げ出しても、けっきょく居場所はあそこしかないんだよな。」
 そう言われてしまうと、なんだか学園がなつかしく思えてしまいました。
 たった半日しかたっていませんのにね。

後書き


作者:水沢妃
投稿日:2016/08/15 08:06
更新日:2016/08/15 08:06
『異界の口』の著作権は、すべて作者 水沢妃様に属します。

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