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作品ID:1929
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前書き・紹介


エンキド

前の話 目次 次の話


 ギルガメシュ王はその日の午後、特別な謁見の準備にそわそわしていた。

 「獅子狩りの王」は今やバビロンを狙う諸外国の脅威となっている。

 王の武具、自らを最前線に置く、なりふり構わない強引な戦ぶり、神の庇護を受けたような戦果、精鋭の部隊、得体の知れない王の謎。それらが、尾を引いて噂は怪物となった。

 同盟を結んでいた北のヒッタイト、アッシリアさえこの王との面会は避けるほどであった。

 バビロンの政治は、国土の北半分はアッカド人が治め、南半分はシュメール人が治める複合国家であり二元体制でその頂点にギルガメシュ王が居座っていた。形は中央集権国家だが、王はとんと政治には興味がわかなかった。

 その日は、午前中に南北の宰相との会談が用意されていた。

 ギルガメシュは早起きすると、朝から長い時間玉座に座っては、心は浮つきイライラと貧乏ゆすりをしていた。そうかと思えばおもむろに立ち上がり、石造りの窓から遠くの砂漠を眺めてパイプをふかしてみてはひどくむせたり、突然おそば仕えの小姓に自分の衣装はどうかと尋ねては、鏡の前で自慢の髭の手入れを整えたりと、兎に角落ち着きが無かった。

 この王はこんなに落ち着きが無い人物であったか?何事か?

 高々、国の代表と話をするくらいであるのに、緊張しておられるのだろうかと小姓達は思った。

 確かに、今日のギルガメシュは緊張の面持ちであった。

 しかし、何をしてもしなくても時は過ぎるものである。時間が来た。


「王様。代表が参りました」

「うむ」

 ギルガメシュはジッグラトの謁見の間へと向かう。

 移動中、王は窓から外を見下ろすと、砂に囲まれた町並みを眺め、街を走る水路から聞こえてくる水の流れに心を静めた。

 謁見の間に到着すると、四人の人物が控えていた。

 両膝をつき頭を垂れている。そこには、アッカドの宰相と巫女、シュメールの宰相と巫女であった。

 宰相とは無論代表であるのだが、巫女は神官であった。

 このバビロンには大地母神、風神そして雷神が祭られていた。

 アッカドの宰相サルゴンとその巫女シュアンナ。シュメールの宰相ウルクとその巫女マリであった。

 こたびの会談は、アッカド人とシュメール人との親睦と融和そして様々な社会問題の協力を確かめるものである。ギルガメシュ王はこの国の神としての象徴であった。

「者共、息災か?」

 両民族の代表は、頭を垂れたまま今日の平和と実りを王に感謝した。

「面を上げるが良い」

 アッカドの宰相サルゴンは面を上げると憂いた表情をしていた。

「王よ、言上する事容赦願いまする」

「どうした?いつものようにふけておるな、サルゴン」

「はい。大河の上流に国土を成すアッシリアからの圧力が頻繁に成ってきております。ひいてはヒッタイトまでが貢物を要求する始末。奴らは河川貿易とこのバビロン一体の三日月状の肥沃な大地に目をつけております」

 シュメールの宰相ウルクも憂えて言上した。

「北国ヒッタイト王国はこの肥沃な大地を狙っております。この肥沃な大地は二つの大きな大河によって潤っております。2つの大河はヒッタイトからバビロンの南の海上に注ぎ、ヒッタイト並びにアッシリアはこの大地と同時に世界の二つの海を制覇しようと考えております」

 ウルクはサルゴンの方を向くと不思議そうにつぶやいた。

「アッシリアも狙いは同じでしょうが、むしろ奴等は北のヒッタイトの脅威に抗うべくこのバビロンを統合しようとしているのです。しかし、農業の分野で言うなら、塩害に脅かされる我が地よりも自国のほうが豊かでしょうに」

 サルゴンは答えた。

「確かに、アッシリアは塩害には無縁な三日月状の肥沃な台地の北にある。しかし、度重なる大河の氾濫に対策が打てずにいる。灌漑設備の導入に踏み切ったのでしょう。何より自国はヒッタイトとバビロンによって挟まれている現状。窮屈なのでしょうな」

「ふむ、ならば余は決めたぞ。城壁を作らせよう。不本意なのだが、アッカドの民がそれで少しでも安心出来るならばそうしよう。アッシリアにはなおいっそうに注視することにする」

 王の鶴の一声に、両者は従い城壁作りに具体的な段取りに向けて、サルゴンとウルクは協力する事で一致した。謁見は其れで終了した。他の用事は、両者で話を付けることになっていた。雑多な事で王の機嫌を損ねる事を避けるためだった。


 謁見が終了すると、ギルガメシュ王はシュメールの巫女マリに残るように申し付けた。

 謁見の間から帰り際、アッカド人の巫女シュアンナは名残惜しそうに王を見つめ、マリに鋭い目線を向けると渋々退出する事にした。

 ギルガメシュは人払いをするとマリと二人きりになった。

「久しいな。今年最後のこのマチワギノ儀を置いてそなたに会うことは出来ぬ」

「毎年十二回、このアッカド人とシュメール人との懇談会はあるが、巫女を連れてくるのは年末と年始だけだからな」

「来月にもまた会えるではありませんか」

 マリと呼ばれた巫女はくすりと笑った。

「余を待たせるとは、万死に値するぞ。だが、そのような法は作らなかった。神と言えど、時にたて突くのは太陽と月の神に申し訳ないというものだからな」

 ギルガメシュも笑って見せた。

「それに、待つ事もたまには良い。獅子狩りに出向いた時、獅子が余に歩み寄るのを待つ間は興奮する。風も止み、音も無くなる。ただ、牙を剥いた獅子がザッザと余を殺すために近づく瞬間は身の毛もよだつ喜びよ」

 その時ギルガメシュの腹の虫がなった。

「腹が減ったな。マリ、余と会食を許す」

「ご馳走になります」

 巫女マリは恭しく王の命に従った。

 巨大テーブルに北に王が東にマリが腰掛けると料理が運ばれてきた。

 用意された食事は、優雅と言うよりも割りと慣れ親しんだ料理であった。

 きゅうりやキャベツ、レタスのサラダを前菜に、タマネギ、にんじんと牛のロースト、ビール。

 ただ、その量とスケールはただならぬものがあるし、周囲の人間が驚いた事に、獅子狩りの王として獅子よりも恐れられるギルガメシュに対してマリは軽快で明朗で美しかった。二人の様子はとても和やかだった。


「…アリババと言う船乗りでした。魚でも鳥でもないんですって」

「何?金色の羽の付いた人ならざるもの?」

 マリは用意された粘土板に石で削って描画して見せた。

「彼は、この中に人が入るんだって?」

「何?羽の生えたものに人が乗るのか?」

「これで、鳥のように空を飛ぶんですって」

「何?人が宙を飛ぶのか?」

 ギルガメシュは目を丸くして驚いた。


「可笑しなことをいう奴だ。マリよ、余は奴に興味がわいたぞ。年初めの儀に余の前につれて参れ」

 マリは少し驚いた。

「構わぬ。其れが本当に可能になれば、獅子狩りにも応用できるかも知れぬ。それからもうひとつ余には楽しみがある。そなたの年越えの踊りだ」


「はい。私も祖先より伝わる踊りを二十歳にして許されました。ギルガメシュ様に見てもらいたく存じます。この踊りは遥か東の孤島が発祥と聞いております。山の神に感謝をし、怒りを鎮めるものだとか」

「うむ。その神聖な踊りにふさわしく南の海岸に舞台を用意させよう」

「もったいなきお言葉でございます」

 以後もギルガメシュとの会食は大いに盛り上がった。

 会食も終わり、マリと共にジッグラトから降りて、庭園を散歩しながらギルガメシュは呟いた。

「渇いてしょうがないのだ。そなたに会えぬときは」

「宮中は退屈だ。獅子狩りの狂人などと呼ばれていても浮世の憂さ晴らしだ。寂しいのは昔と変わらぬ」

 ギルガメッシュと巫女マリが出会ったのはさかのぼる事十年前。

 シュメール人がバビロンに辿り着いたときだ。

 シュメール人は長年海を越え、大陸を越えてこの地に渡ってきた。

 歴史において突如として現れたシュメール人。

 何千の人々が砂地をザッザと歩いてくる。麻黒で、ほりが深く痩せこけた老若男女が船を降り山を越えてこの肥沃な台地と言うフロンティアに辿り着いたのだ。


 最初、アッカド人はシュメール人の突然の来訪に戸惑い硬く拒んでいたが、シュメール人のもたらす優れた測量技術、海洋技術、天文学に魅せられて彼らを受け入れ、豊かな都市国家を建設した。

 だが、現状として両民族が国を南北に分離し、それぞれが治めている以上、外から見れば文明発展の未だ化学反応の前段階と言う事だろうか。末恐ろしい国家であることは間違いない。


 入植が進んでいないバビロンで、ある日シュメール人の一人の娘が一人ぼっちの少年を見つけた。


 娘は代々の巫女と言う神職を果たす家系の出で、唯の平民の子供であった。母親と一緒に大雨の中を歩いていた。その少年は、広場でアッカド人に折檻を受けていた。


 見かけはアッカド人とはあまりに違う、でもシュメール人とも違う。どちらにしても人種差別の末の暴行というものだろう。その娘は傷ついた少年の介抱をしたのだ。


 少年は何故か言葉を話す事ができなかった。恐怖と言うよりも言葉も、自分が暴行を受ける理由も何も分からない様でうろたえていた。


「あの時からすっかり、王に祭り上げられてしまった」

「いえ、私は事実を告げたまでです」

 シュメール人が優れた天文学をもたらす以前には、アッカド人達は天水農耕を営んでおり灌漑設備は持たなかった。そのため、降雨天災はあるがまま、受け入れるままであった。


 マリはその後、正式な巫女という立場になり、シュメールを代表するものと成って神託を述べた。


「乾燥した嵐の吹きすさぶ夜、雷鳴と共に夕闇は裂け上空から一人の神の皇子が降りてくる。そのもの、アッカドともシュメールとも違う異国の姿で自分と初めに会う運命にある。以後、雲がこの国を包み込み大雨が昼と夜と無く一月続くだろう」

「マリよ。あれはでっち上げであろう?余は単なる浮浪児であった」

「いいえ。純粋な言葉でございます」


「純粋な言葉か…」


「自分でも未だに分からぬ。自分が何者で何故ここにいるのか?」

 ギルガメシュはジッグラトの窓から天を仰いだ。

 空は美しく夕焼けに染め上げられ、雲のすそが東へと移動してゆく。


----------


「お父様!何時までですの?ギルガメシュ王を何時まで王にしておくのです?」

「シュアンナ、そういきりたつな。時は間もなくだ。今日、北の脅威に晒されていることを知らせた。後は、何時アッシリアに飲まれようとも問題ではない」


「それに加えてアッシリアとは既に同盟を結んでおる。これからは豊かなアッシリアが大陸に覇道を行くだろう。わしはアッシリア帝国がなった暁にはメンフィスを貰う。鞍替えだ。南北の脅威から離れるのだ。政治に疎いギルガメシュなど王の器ではない。シュメール人に不遜な侵略を受け、アッシリアの下では長らく不遇な立場にある。わしらが何故このような屈辱を!ギルガメシュめ見ておるがよい。知るがよい国がなくなる恐ろしさを」

 アッカドの宰相サルゴンは、バビロンの陥落を謀っていた。

「しかし、蛮勇で知られるギルガメシュ王。アッシリアの兵が役に立ちますかどうか?」

「それは、心配ない。ギルガメシュ王が戦場にいなければ良いのだ。王がいないシュメール兵などおそるるに足りぬ」

「メンフィスの近海。そこには海の獅子がいる」

「海の獅子?」

「エンキドと言う怪物だ。その獰猛さと強靭さは獅子に勝る。大地母神イシュタルの召還せし海の狩人だ」

「しかし、誘いに乗らなかったら如何なさるおつもりですか?」

「巫女マリを使えばよい。シュメール族には海から伝わる神聖な踊りがあるという。その場所において年越えの踊りを披露してもらうように仕向ければいい。そのための用意はある」


 年末もあと少しの夜

 ひとりの大臣は王の謁見を済ませると、松明が照らし出す螺旋の階段を下りて、暗がりを移動し建物から建物へと移動し不穏な行動を見せた。

 大臣はたどり着いた秘密の隠れ家で誰かと話をしていた。


「アリババ、王の宝物庫は見つかったのか?」

 大臣が会っていたのはアリババという男であった。


「否、面目しだいもございません。未だ大河の上流の山岳地帯の何処かまでしかまだ分からないのです」


「大枚をはたいているのだ。その程度の釣果では契約は更新できんぞ」

「必ず。ギルガメッシュ王の宝物庫を探り当ててご覧に入れます」

「その件はもう良い。今夜は別件の依頼出来た」


 アリババは盗賊ではなかった。船乗りであった。

「船乗りと見込んで頼みがある」


 アリババは依頼を聞くと脳裏に舞台背景が思い浮かんだ。

「あそこにはエンキドが住んでおります。マリにとっては危険かと?」


「声が大きい。お前シュメールの巫女と面識があるのか?成るほど、同じシュメール人ともなれば顔見知りである事もあろう。ならば話は簡単だ。巫女をメンフィスに連れて来い」

「何をお考えか?」

「小僧。図に乗るな。卑しいシュメール人風情が。良いか、お前は金で買われたのだ。奴隷は奴隷らしく口答えしないで働け。それとも身内だからと反抗するようならこの場で切り捨てるぞ」


 大臣は焦りと怒りをあらわに脅してきた。

「できません」

 アリババはその場にひれ伏して許しを請うた。

「何やら感づいたか、これまでだな」

 アリババは兵士に取り押さえられてしまった。

 大臣は彼に唾を吐くと「役立たずめ。」と捨て台詞と共に出て行った。

「マリが危ない!エンキドとは外国ではシャチとも呼ばれる生物だ。本来ならこの辺りには生息しないはずなのだが、だからエンキドなのだ。この場から生きて帰らないと」

 そう早鐘のような振動を鎮めようと胸をつかんだ。

 そこにはある物があった。いつも大切にして抱いていたものであった。

後書き


作者:秋麦
投稿日:2017/02/08 22:54
更新日:2017/02/09 00:25
『オーパーツ』の著作権は、すべて作者 秋麦様に属します。

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