作品ID:2363
あなたの読了ステータス
(読了ボタン正常)一般ユーザと認識
「新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編」を読み始めました。
読了ステータス(人数)
読了(36)・読中(0)・読止(0)・一般PV数(66)
読了した住民(一般ユーザは含まれません)
新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編
小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 激辛批評希望 / 初投稿・初心者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
未設定
【綿菓子攻撃】
前の話 | 目次 | 次の話 |
月光軍団の包囲網はますます分厚くなるばかりだ。
多勢に無勢、しかも、エルダたちが捕らえられていてはベルネもスターチも思うように手が出せない。ついに周囲を月光軍団に取り囲まれてしまった。
アリスの部隊、十二人は逃げ場を失った。
そこへ、シュロス月光軍団隊長スワン・フロイジアが颯爽と姿を現した。参謀のコーリアス、副隊長のミレイが左右を警護している。
百余人対十二人の勝負は決したのだ。
フィデスが捕虜に跪くように促し、エルダたち三人は地面に膝を付いて屈みこんだ。お嬢様もパテリアに手を引かれて連れてこられた。ベルネやロッティーは一角に追い詰められて剣を突き付けられていた。
参謀のコーリアスは敵の人数が少ないことに不審を持った。せいぜい十人足らずではないか、こちらの十分の一にも満たない。さらに周辺の捜索を続けるように指示した。
「残存部隊は十二人、その内、この三人を捕虜にしました。戦闘員などは数名だけだと思われます」
フィデスが捕虜を示し、副隊長補佐のアリス、指揮官のエルダ、輸送隊の隊長カエデであると官職を明かした。
「輸送隊の隊長とは、なかなかの獲物ね」
隊長のスワン・フロイジアは馬を下りて捕虜を謁見した。
守備隊の隊長はまだ見つかっていないが、抵抗していた部隊を取り押さえることができた。しかも、副隊長や指揮官もいるとなれば捕虜としては十分だ。これでシュロスへ凱旋できる。
「指揮官に尋ねるわ、守備隊の隊長はどこに行ったの」
「退却しました。私たちは最後尾でしんがり部隊を任されたのです」
スワンにはたったの十二人でしんがりが務まるとは思えなかった。しかも、エルダも副隊長補佐も軽装備の具足しか着けていない。その背後にいる二人はメイド服である。
「そこにいるのはメイドのようだが、それも退却要員なの」
「見習い隊員たちです」
こんな者たちに撤退の最後尾を任せて逃げ出すとは、カッセル守備隊の隊長はよほど慌てていたのだろう。
こうなれば、生かすも殺すも、十二人の処遇はスワンの意のままである。捕虜として連れ帰るのは副隊長補佐など三人だけで十分だ。戦闘員の兵士はここで首を刎ねる。メイドや見習い隊員は放置しておけば野垂れ死にするに違いない。
なんと慈悲深いお仕置きだろうか。
スワンは指揮官のエルダに興味を覚えた。色白で美しい顔をしている。指揮官という地位ならばローズ騎士団への立派な手土産になる。いや、騎士団に手渡してしまうのではもったいない。むしろ、自分のモノにしたいくらいだ。この女なら幾らでも使い道があるだろう。召使い、あるいは美人奴隷にしてもいい。
参謀のコーリアスに指示してアリス、エルダ、カエデを縛りあげた。
「それでは処分を言い渡す。指揮官たちは捕虜として連行し、兵士は処刑する。メイドはここに捨て置く、運が良ければカッセルに帰れるだろう」
「お願いがあります」
指揮官のエルダがスワンに顔を向けた。
月光軍団のフィデスやナンリはお嬢様を見逃すと約束してくれたはずだ。
「私たち三人は捕虜になっても仕方ありませんが、他の者は助けていただきたい」
「ダメよ。私たちが勝ったのだから、なにをしようと構わないでしょう」
参謀のコーリアスがエルダの背中を蹴った。捕虜の分際で隊長に口答えするとは何事か。こういう奴らには見せしめが必要だ。コーリアスは捕虜にした三人を痛め付けるように命じた。手始めにコーリアスがエルダの髪を掴んで引きずり回した。ミレイはカエデの脇腹を蹴りあげ、ジュリナはアリスに平手打ちを叩き込んだ。
捕虜にするのでなかった・・・月光軍団のトリルはこの状況に胸が痛んだ。
お嬢様を捕まえたのは他ならぬ自分たちだった。もし、荒野の戦場に置いていかれたら、とうてい命は助からないだろう。戦闘員の兵士はともかく、お嬢様だけでも助けてあげたい。
何とかしてくださいと、すがるような視線をナンリに送った。
ナンリが軽く頷いた。
「コーリアスさん、せめて、お嬢様と名乗っている者だけでも助けようではありませんか。指揮官たち三人を捕虜に取ったことだし、メイドならば見逃してもいいのではないでしょうか」
ナンリはカッセル守備隊のお嬢様を見逃して助けるように進言した。だが、参謀のコーリアスはそれを退けた。
「誰であろうと敵を見逃すなどと、そんなことはできない。この者たちの処分は隊長が決めたことよ」
「よし、あたしたちが相手だ」
このピンチにレイチェル、マーゴット、クーラの三人が果敢に飛び出した。
「誰だ、お前たちは」
「レイチェル、マーゴット、クーラ。人呼んでカッセルの三姉妹」
「聞いたことない」「知らない」「帰れ」「ひっこめ」
「そうですか、まあ、デビューしたばっかりなので、知名度は低いかも」
「マーゴット、あっさり認めちゃダメよ、ここで魔法でしょ」
「そうでした。あたしの魔法で月光軍団を吹き飛ばしてやるんだ。いいか、怒涛の竜巻攻撃を見せてやる」
マーゴットは天を仰ぎ、空を指差し、その手を地面に向けた。すると、足元から白い煙がモクモクと湧き出した。
「縁日の綿菓子」
ポケットからザラメを取り出して白い煙に投げ込む。とたんに煙はグルグル回りだし、綿菓子どころか竜巻のように大きくなっていった。月光軍団の兵士が竜巻の威力で後ずさりを始めた。
捕虜になっていたアリスは、今度こそはと、マーゴットの魔法に期待した。
しかし、綿菓子が大きくなったまでは良かったのだが、魔法をかけたマーゴット自身が竜巻に巻き込まれてしまった。
「うひゃ、助けて」
「マーゴット」
「あちゃ~」
マーゴットの足を掴んだレイチェルとクーラも竜巻に吸い込まれた。
「ああ~」「ヤバい~」「目が回る~」
グルグルと回転しながら三姉妹は遥か空の彼方へと飛んでいった。
またドジを踏んだ、マーゴットの魔法はあんな程度だ・・・アリスはうなだれた。
「さあ、兵士の処刑を執行する。先ずはお前からだ」
ジュリナがロッティーを引きずり出した。
「待って、待って。あたしは間違って戦場に置いていかれたんです。いわば被害者なんです」
「つべこべ言うんじゃない」
ロッティーの言い訳など通用するはずもない。
「それとも、いっそのことまとめて弓の的にしてやろうか」
ジュリナの命令で月光軍団の隊員が弓を構える。ベルネが両手を広げてお嬢様の前に立ち塞がった。
「このあたしからやるがいい」
絶体絶命のその時、月光軍団の隊列の後方から叫び声があがった。
アリスが上空を仰ぐと、白い雲がこちらに向かってくるのが見えた。風に流されているのではない、雲が飛んできたのだ。
近づくにつれ雲は低空飛行になった。そこには綿菓子の竜巻とともに飛んでいった三姉妹の姿があった。
「キャッホー」「お待たせしました」
雲を操縦しているのはマーゴットだ。身体を傾けると雲が回りだし、月光軍団の真上で旋回を始めた。
「よーし、空から攻撃するぞ。空中戦だぁ」
レイチェルが雲を千切って月光軍団の隊員に向かって投げつけた。石礫ならぬ「雲礫」だ。
ビュン、ガツン。ぶつけられた隊員は弓を捨てて頭を抱え込む。レイチェルはここぞとばかりに雲を千切って投げつけた。さらにクーラが木の枝で叩きまくった。月光軍団の隊員はたちまち混乱し、味方同士でぶつかり合って転がった。
帰って来た三姉妹の逆襲だ。
右に左に空飛ぶ雲を操るマーゴット。空中戦で形勢が逆転した・・・と思ったのだが、しだいに雲の動きが遅くなり、グラグラと揺れだした。
ブーン、グーン・・・グン、ブシュッ
「あれ、おかしいな」
マーゴットが見ると、レイチェルの座っているあたりの雲がすっかり薄くなっていた。
「レイチェル、雲、食べてるの? 」
「だって、おいしいんだもん、お腹すいてるし」
「そりゃあ、綿菓子だもの、おいしいに決まってる」
レイチェルは千切って投げ付けていただけでなく綿菓子の雲を食べていたのだ。
「あたしも食べる」
クーラも綿菓子をモグモグ食べ始めたので、ますます雲がスカスカになっていった。
「足元に注意して」
マーゴットが言ったときには手遅れだった。雲の隙間からレイチェルがストンと落ちた。
「うわ、落ちるー」
ガツン
レイチェルは月光軍団のジュリナの上に落下した。その弾みで捕らえていたロッティーの首から手が離れた。このチャンスを見逃すはずがない、リーナが駆け寄ってアリスやエルダの縄を切って救出した。
雲から降りた、というか転落した三姉妹が守備隊と合流した。
「やったー」「大成功」
三姉妹の活躍で、守備隊の十二人は月光軍団の包囲網を破って逃げ出すことに成功した。
とは言え、追い詰められた状況に変わりはない。右へ左へ、あちこち逃げ回るだけだった。
「うっ、足が・・・」
エルダが遅れだした。左足を引きずっていたのだが、ついに走れなくなって、その場に蹲ってしまった。
「エルダさん!」
レイチェルが気付いて駆け寄る。
そこへ月光軍団のジュリナ、ラビン、キューブの三人が追い付いた。ラビンがエルダに飛び掛かって羽交い締めにした。レイチェルはキューブにしがみつかれたので身動きが取れない。
「覚悟しろ」
ジュリナがレイチェルの背中に剣を振り下ろした。
ガギッ
「ぐぎゃ」
しかし、悲鳴を上げたのはジュリナの方だった。ガツンという衝撃で腕が痺れ、剣を取り落とした。
「ああ、剣が、剣が」
ジュリナの剣が真ん中からグニャリと曲がっていた。
その隙にレイチェルはエルダを抱きかかえて駆け出した。
「レイチェル、怪我はしてない、肩を見せて、手当てしましょう」
「大丈夫です、痛くもなんともありません」
「まさか」
剣で斬り付けられたというのにレイチェルは無事だった。エルダが不審に思うのも無理はない、服は破れているが肩には怪我を負っていないのだ。
しかも、相手の剣が折れ曲がったのをエルダも見ていた。
「レイチェル、あなた・・・」
斬られても怪我をしない強靭な肉体。
レイチェルの身体には何か秘密があるに違いない・・・自分がそうであるように・・・
不死身の肉体。
これは切り札になるかもしれない。
こちらではベルネとスターチ、リーナが月光軍団と戦いを繰り広げていた。守備隊の三人は防戦一方だった。副隊長補佐のアリスとロッティーがお嬢様を守っているのだが、かえって足手まといが増えたようなものだ。
月光軍団の射手が弓に矢をつがえた。
「撃て」
副隊長のミレイの号令で一斉に弓を引き絞る。
その時、目の前の地面が大きく揺れ、バリリと亀裂が走った。地面が割れて現れたのは黒づくめの鎧武者だった。
「うああ・・・黒い騎士だ」
月光軍団は黒い騎士の出現に「悪魔だ」「怪物が出た」と口々に叫んで慌てふためいた。
守備隊のベルネも慄いた。敵陣に乗り込んだ時、チラリと姿を見かけはしたが、その正体は何者か分からなかった。それが、いま、目前に出現したのである。
「構わぬ、矢を射れ」
ミレイの合図でビュン、ビュンと矢が放たれる。しかし、黒づくめの騎士がマントを翻して飛んできた矢をことごとくはたき落とした。
「何者だ。敵か・・・それとも味方か」
ベルネは新たな敵に身構えた。だが、月光軍団の攻撃を防いでくれたのであれば黒づくめの騎士は守備隊の敵ではなさそうだ。
「ニーベルさん」
そう叫んだのはレイチェルだった。エルダを小脇に抱えている。
「ニーベル? レイチェルは知っていたのか」
「地下世界の住人よ」
ニーベルがレイチェルを睨み、守備隊に向かって矢を投げつけた。矢は高く飛んで灌木の茂みに落ちた。
「ぎゃん」
茂みに隠れていたロッティーのお尻に矢が命中した。
「何であたしばっかりに当たるの」
〇 〇 〇
そのころ、カッセルの城砦にはバロンギア帝国の偵察員が潜入していた・・・
店のガラスに映った姿を見て嬉しくなりポーズをとった。猫耳が良く似合っている。こんなことなら、もっと衣装を持ってくるのだった。
変装用の衣装は必要経費で落としてくれるはず。でも、スミレさんに却下されるだろうな・・・
バロンギア帝国東部州都、軍務部所属のミユウは猫耳で軽くステップを踏んだ。
「却下だ」
「どれでしょうか」
「全部に決まってるでしょう。その衣装がないと偵察の任務が遂行できないという確かな理由があるのかね」
ミユウが手に取ったのは警備員が着るような制服だった。しかも胸の部分が大きく開いて、スカートは超ミニサイズだ。
「偵察員が警備員の服を着てどうするの」
スミレがあきれ顔で言った。
「ミニスカポリスと言ってください」
「言い換えてもダメなものはダメ」
こう言われてしまっては、用意したメイド服やチャイナドレスも諦めざるを得なかった。
バロンギア帝国、東部州都の軍務部では隣国のルーラント公国に偵察員を送り込んでいた。偵察員に選ばれたのは士官学校を卒業して二年目のミユウだった。軍務部のスミレ・アルタクインが推薦したのだが、どうやら人選を間違えたようであった。
ミユウは偵察には必要なそうな衣装ばかり荷造りしていた。
「これなんか、いかがでしょう」
広げて見せたのはカボチャの着ぐるみだ。
「敵を欺くため、カボチャに化けて兵舎の台所に潜入するんです」
「カボチャだったら畑に忍び込むといい、収穫されるのがオチだ」
州都を出発したミユウはカッセルに向かう途中、ロムスタン城砦やチュレスタの町に立ち寄ってみた。チュレスタの温泉街はどこの旅館も賑わっていた。暫くすると王宮からローズ騎士団が来訪する予定になっている。シュロスの軍が動き出したという情報も掴んだが、それは周辺の警戒任務であろうと思われた。
ミユウはカッセルの城砦に着くと酒場の踊り子になって偵察を開始した。到着する前日、カッセル守備隊が国境付近へ進軍していった。月光軍団の動きに呼応したのだ。ところが四日ほど後に撤退してきた。月光軍団と戦って敗走してきたのだった。本隊には相当な被害が出ており、隊長は、しんがり部隊を残して逃げてきたということだ。
城砦は大騒ぎである。後を追ってバロンギア帝国軍が襲撃してくるという噂が立った。城門は閉ざされ厳重警戒態勢となった。これではしんがり部隊は城砦に入れてもらえないだろう。その前に、とっくに全滅しているに違いない。人々が混乱する中、ミユウだけは笑いを隠せなかった。バロンギア帝国が進軍してきたら城砦の門を開けて招き入れよう。城砦は全滅、これでカッセルは我が帝国の領土となるのだ。
敗戦の影響で酒場は休業になり仕事はなくなってしまった。しかし、味方の進軍に備えるためにも偵察を続けたい。ちょうどいいことに、兵舎のメイド長が不在で人手を募集していた。ミユウは、働いていた酒場の主人から紹介状をもらってメイドとして採用してもらうことができた。
酒場の主人は「こんな時にメイド長が休むとは」と嘆いていた。確かに守備隊が出陣している最中に、留守を預かる者が休暇を取るのは妙なことだ。それでも、そのおかげで兵舎に潜入できたのだから、メイド長には感謝しておこう。
「メイド服、カッセルが用意してくれたわ」
*****
さて、こちらはシュロスの城砦である。
戦場から三度目の伝令が戻ってきた。留守部隊の文官フラーベルは伝令の報告を聞き、戦況報告書に目を通した。
戦況は月光軍団の圧倒的優位である。伝令はカッセル守備隊は壊滅状態で退却したと語った。さらに戦場記録係から、守備隊の副隊長や指揮官を捕虜にしたという報告も入った。素晴らしい成果だ。もともとはローズ騎士団の来訪を避けるための出陣であったが、これなら騎士団も納得するだろう。凱旋と歓迎会が一緒にできれば手間が省けるというものだ。
フラーベルが驚いたのは、勲功届にトリル、マギー、パテリアの名が書かれていたことだ。指揮官を取り押さえたのはこの三人だと記載されている。初陣にして大手柄だ。だが、よく読んで見るとフィデスとナンリが指示したのだった。あの三人に摑まる指揮官がいるとは思えない、おそらく、ナンリが手柄を立てさせたのだろう。
いずれにしても、これは表彰案件である。褒賞係に知らせることにした。敵の幹部を捕虜にした場合は州都へも連絡するのだった。書類を書く仕事が増えるが、部下の手柄であれば、こういう忙しさは大歓迎である。
心配なのは、帰還が遅れそうだということだ。引き続き、逃走した敵を追撃しているようだ。
深追いして反撃され負傷者が出なければいいのだが・・・
多勢に無勢、しかも、エルダたちが捕らえられていてはベルネもスターチも思うように手が出せない。ついに周囲を月光軍団に取り囲まれてしまった。
アリスの部隊、十二人は逃げ場を失った。
そこへ、シュロス月光軍団隊長スワン・フロイジアが颯爽と姿を現した。参謀のコーリアス、副隊長のミレイが左右を警護している。
百余人対十二人の勝負は決したのだ。
フィデスが捕虜に跪くように促し、エルダたち三人は地面に膝を付いて屈みこんだ。お嬢様もパテリアに手を引かれて連れてこられた。ベルネやロッティーは一角に追い詰められて剣を突き付けられていた。
参謀のコーリアスは敵の人数が少ないことに不審を持った。せいぜい十人足らずではないか、こちらの十分の一にも満たない。さらに周辺の捜索を続けるように指示した。
「残存部隊は十二人、その内、この三人を捕虜にしました。戦闘員などは数名だけだと思われます」
フィデスが捕虜を示し、副隊長補佐のアリス、指揮官のエルダ、輸送隊の隊長カエデであると官職を明かした。
「輸送隊の隊長とは、なかなかの獲物ね」
隊長のスワン・フロイジアは馬を下りて捕虜を謁見した。
守備隊の隊長はまだ見つかっていないが、抵抗していた部隊を取り押さえることができた。しかも、副隊長や指揮官もいるとなれば捕虜としては十分だ。これでシュロスへ凱旋できる。
「指揮官に尋ねるわ、守備隊の隊長はどこに行ったの」
「退却しました。私たちは最後尾でしんがり部隊を任されたのです」
スワンにはたったの十二人でしんがりが務まるとは思えなかった。しかも、エルダも副隊長補佐も軽装備の具足しか着けていない。その背後にいる二人はメイド服である。
「そこにいるのはメイドのようだが、それも退却要員なの」
「見習い隊員たちです」
こんな者たちに撤退の最後尾を任せて逃げ出すとは、カッセル守備隊の隊長はよほど慌てていたのだろう。
こうなれば、生かすも殺すも、十二人の処遇はスワンの意のままである。捕虜として連れ帰るのは副隊長補佐など三人だけで十分だ。戦闘員の兵士はここで首を刎ねる。メイドや見習い隊員は放置しておけば野垂れ死にするに違いない。
なんと慈悲深いお仕置きだろうか。
スワンは指揮官のエルダに興味を覚えた。色白で美しい顔をしている。指揮官という地位ならばローズ騎士団への立派な手土産になる。いや、騎士団に手渡してしまうのではもったいない。むしろ、自分のモノにしたいくらいだ。この女なら幾らでも使い道があるだろう。召使い、あるいは美人奴隷にしてもいい。
参謀のコーリアスに指示してアリス、エルダ、カエデを縛りあげた。
「それでは処分を言い渡す。指揮官たちは捕虜として連行し、兵士は処刑する。メイドはここに捨て置く、運が良ければカッセルに帰れるだろう」
「お願いがあります」
指揮官のエルダがスワンに顔を向けた。
月光軍団のフィデスやナンリはお嬢様を見逃すと約束してくれたはずだ。
「私たち三人は捕虜になっても仕方ありませんが、他の者は助けていただきたい」
「ダメよ。私たちが勝ったのだから、なにをしようと構わないでしょう」
参謀のコーリアスがエルダの背中を蹴った。捕虜の分際で隊長に口答えするとは何事か。こういう奴らには見せしめが必要だ。コーリアスは捕虜にした三人を痛め付けるように命じた。手始めにコーリアスがエルダの髪を掴んで引きずり回した。ミレイはカエデの脇腹を蹴りあげ、ジュリナはアリスに平手打ちを叩き込んだ。
捕虜にするのでなかった・・・月光軍団のトリルはこの状況に胸が痛んだ。
お嬢様を捕まえたのは他ならぬ自分たちだった。もし、荒野の戦場に置いていかれたら、とうてい命は助からないだろう。戦闘員の兵士はともかく、お嬢様だけでも助けてあげたい。
何とかしてくださいと、すがるような視線をナンリに送った。
ナンリが軽く頷いた。
「コーリアスさん、せめて、お嬢様と名乗っている者だけでも助けようではありませんか。指揮官たち三人を捕虜に取ったことだし、メイドならば見逃してもいいのではないでしょうか」
ナンリはカッセル守備隊のお嬢様を見逃して助けるように進言した。だが、参謀のコーリアスはそれを退けた。
「誰であろうと敵を見逃すなどと、そんなことはできない。この者たちの処分は隊長が決めたことよ」
「よし、あたしたちが相手だ」
このピンチにレイチェル、マーゴット、クーラの三人が果敢に飛び出した。
「誰だ、お前たちは」
「レイチェル、マーゴット、クーラ。人呼んでカッセルの三姉妹」
「聞いたことない」「知らない」「帰れ」「ひっこめ」
「そうですか、まあ、デビューしたばっかりなので、知名度は低いかも」
「マーゴット、あっさり認めちゃダメよ、ここで魔法でしょ」
「そうでした。あたしの魔法で月光軍団を吹き飛ばしてやるんだ。いいか、怒涛の竜巻攻撃を見せてやる」
マーゴットは天を仰ぎ、空を指差し、その手を地面に向けた。すると、足元から白い煙がモクモクと湧き出した。
「縁日の綿菓子」
ポケットからザラメを取り出して白い煙に投げ込む。とたんに煙はグルグル回りだし、綿菓子どころか竜巻のように大きくなっていった。月光軍団の兵士が竜巻の威力で後ずさりを始めた。
捕虜になっていたアリスは、今度こそはと、マーゴットの魔法に期待した。
しかし、綿菓子が大きくなったまでは良かったのだが、魔法をかけたマーゴット自身が竜巻に巻き込まれてしまった。
「うひゃ、助けて」
「マーゴット」
「あちゃ~」
マーゴットの足を掴んだレイチェルとクーラも竜巻に吸い込まれた。
「ああ~」「ヤバい~」「目が回る~」
グルグルと回転しながら三姉妹は遥か空の彼方へと飛んでいった。
またドジを踏んだ、マーゴットの魔法はあんな程度だ・・・アリスはうなだれた。
「さあ、兵士の処刑を執行する。先ずはお前からだ」
ジュリナがロッティーを引きずり出した。
「待って、待って。あたしは間違って戦場に置いていかれたんです。いわば被害者なんです」
「つべこべ言うんじゃない」
ロッティーの言い訳など通用するはずもない。
「それとも、いっそのことまとめて弓の的にしてやろうか」
ジュリナの命令で月光軍団の隊員が弓を構える。ベルネが両手を広げてお嬢様の前に立ち塞がった。
「このあたしからやるがいい」
絶体絶命のその時、月光軍団の隊列の後方から叫び声があがった。
アリスが上空を仰ぐと、白い雲がこちらに向かってくるのが見えた。風に流されているのではない、雲が飛んできたのだ。
近づくにつれ雲は低空飛行になった。そこには綿菓子の竜巻とともに飛んでいった三姉妹の姿があった。
「キャッホー」「お待たせしました」
雲を操縦しているのはマーゴットだ。身体を傾けると雲が回りだし、月光軍団の真上で旋回を始めた。
「よーし、空から攻撃するぞ。空中戦だぁ」
レイチェルが雲を千切って月光軍団の隊員に向かって投げつけた。石礫ならぬ「雲礫」だ。
ビュン、ガツン。ぶつけられた隊員は弓を捨てて頭を抱え込む。レイチェルはここぞとばかりに雲を千切って投げつけた。さらにクーラが木の枝で叩きまくった。月光軍団の隊員はたちまち混乱し、味方同士でぶつかり合って転がった。
帰って来た三姉妹の逆襲だ。
右に左に空飛ぶ雲を操るマーゴット。空中戦で形勢が逆転した・・・と思ったのだが、しだいに雲の動きが遅くなり、グラグラと揺れだした。
ブーン、グーン・・・グン、ブシュッ
「あれ、おかしいな」
マーゴットが見ると、レイチェルの座っているあたりの雲がすっかり薄くなっていた。
「レイチェル、雲、食べてるの? 」
「だって、おいしいんだもん、お腹すいてるし」
「そりゃあ、綿菓子だもの、おいしいに決まってる」
レイチェルは千切って投げ付けていただけでなく綿菓子の雲を食べていたのだ。
「あたしも食べる」
クーラも綿菓子をモグモグ食べ始めたので、ますます雲がスカスカになっていった。
「足元に注意して」
マーゴットが言ったときには手遅れだった。雲の隙間からレイチェルがストンと落ちた。
「うわ、落ちるー」
ガツン
レイチェルは月光軍団のジュリナの上に落下した。その弾みで捕らえていたロッティーの首から手が離れた。このチャンスを見逃すはずがない、リーナが駆け寄ってアリスやエルダの縄を切って救出した。
雲から降りた、というか転落した三姉妹が守備隊と合流した。
「やったー」「大成功」
三姉妹の活躍で、守備隊の十二人は月光軍団の包囲網を破って逃げ出すことに成功した。
とは言え、追い詰められた状況に変わりはない。右へ左へ、あちこち逃げ回るだけだった。
「うっ、足が・・・」
エルダが遅れだした。左足を引きずっていたのだが、ついに走れなくなって、その場に蹲ってしまった。
「エルダさん!」
レイチェルが気付いて駆け寄る。
そこへ月光軍団のジュリナ、ラビン、キューブの三人が追い付いた。ラビンがエルダに飛び掛かって羽交い締めにした。レイチェルはキューブにしがみつかれたので身動きが取れない。
「覚悟しろ」
ジュリナがレイチェルの背中に剣を振り下ろした。
ガギッ
「ぐぎゃ」
しかし、悲鳴を上げたのはジュリナの方だった。ガツンという衝撃で腕が痺れ、剣を取り落とした。
「ああ、剣が、剣が」
ジュリナの剣が真ん中からグニャリと曲がっていた。
その隙にレイチェルはエルダを抱きかかえて駆け出した。
「レイチェル、怪我はしてない、肩を見せて、手当てしましょう」
「大丈夫です、痛くもなんともありません」
「まさか」
剣で斬り付けられたというのにレイチェルは無事だった。エルダが不審に思うのも無理はない、服は破れているが肩には怪我を負っていないのだ。
しかも、相手の剣が折れ曲がったのをエルダも見ていた。
「レイチェル、あなた・・・」
斬られても怪我をしない強靭な肉体。
レイチェルの身体には何か秘密があるに違いない・・・自分がそうであるように・・・
不死身の肉体。
これは切り札になるかもしれない。
こちらではベルネとスターチ、リーナが月光軍団と戦いを繰り広げていた。守備隊の三人は防戦一方だった。副隊長補佐のアリスとロッティーがお嬢様を守っているのだが、かえって足手まといが増えたようなものだ。
月光軍団の射手が弓に矢をつがえた。
「撃て」
副隊長のミレイの号令で一斉に弓を引き絞る。
その時、目の前の地面が大きく揺れ、バリリと亀裂が走った。地面が割れて現れたのは黒づくめの鎧武者だった。
「うああ・・・黒い騎士だ」
月光軍団は黒い騎士の出現に「悪魔だ」「怪物が出た」と口々に叫んで慌てふためいた。
守備隊のベルネも慄いた。敵陣に乗り込んだ時、チラリと姿を見かけはしたが、その正体は何者か分からなかった。それが、いま、目前に出現したのである。
「構わぬ、矢を射れ」
ミレイの合図でビュン、ビュンと矢が放たれる。しかし、黒づくめの騎士がマントを翻して飛んできた矢をことごとくはたき落とした。
「何者だ。敵か・・・それとも味方か」
ベルネは新たな敵に身構えた。だが、月光軍団の攻撃を防いでくれたのであれば黒づくめの騎士は守備隊の敵ではなさそうだ。
「ニーベルさん」
そう叫んだのはレイチェルだった。エルダを小脇に抱えている。
「ニーベル? レイチェルは知っていたのか」
「地下世界の住人よ」
ニーベルがレイチェルを睨み、守備隊に向かって矢を投げつけた。矢は高く飛んで灌木の茂みに落ちた。
「ぎゃん」
茂みに隠れていたロッティーのお尻に矢が命中した。
「何であたしばっかりに当たるの」
〇 〇 〇
そのころ、カッセルの城砦にはバロンギア帝国の偵察員が潜入していた・・・
店のガラスに映った姿を見て嬉しくなりポーズをとった。猫耳が良く似合っている。こんなことなら、もっと衣装を持ってくるのだった。
変装用の衣装は必要経費で落としてくれるはず。でも、スミレさんに却下されるだろうな・・・
バロンギア帝国東部州都、軍務部所属のミユウは猫耳で軽くステップを踏んだ。
「却下だ」
「どれでしょうか」
「全部に決まってるでしょう。その衣装がないと偵察の任務が遂行できないという確かな理由があるのかね」
ミユウが手に取ったのは警備員が着るような制服だった。しかも胸の部分が大きく開いて、スカートは超ミニサイズだ。
「偵察員が警備員の服を着てどうするの」
スミレがあきれ顔で言った。
「ミニスカポリスと言ってください」
「言い換えてもダメなものはダメ」
こう言われてしまっては、用意したメイド服やチャイナドレスも諦めざるを得なかった。
バロンギア帝国、東部州都の軍務部では隣国のルーラント公国に偵察員を送り込んでいた。偵察員に選ばれたのは士官学校を卒業して二年目のミユウだった。軍務部のスミレ・アルタクインが推薦したのだが、どうやら人選を間違えたようであった。
ミユウは偵察には必要なそうな衣装ばかり荷造りしていた。
「これなんか、いかがでしょう」
広げて見せたのはカボチャの着ぐるみだ。
「敵を欺くため、カボチャに化けて兵舎の台所に潜入するんです」
「カボチャだったら畑に忍び込むといい、収穫されるのがオチだ」
州都を出発したミユウはカッセルに向かう途中、ロムスタン城砦やチュレスタの町に立ち寄ってみた。チュレスタの温泉街はどこの旅館も賑わっていた。暫くすると王宮からローズ騎士団が来訪する予定になっている。シュロスの軍が動き出したという情報も掴んだが、それは周辺の警戒任務であろうと思われた。
ミユウはカッセルの城砦に着くと酒場の踊り子になって偵察を開始した。到着する前日、カッセル守備隊が国境付近へ進軍していった。月光軍団の動きに呼応したのだ。ところが四日ほど後に撤退してきた。月光軍団と戦って敗走してきたのだった。本隊には相当な被害が出ており、隊長は、しんがり部隊を残して逃げてきたということだ。
城砦は大騒ぎである。後を追ってバロンギア帝国軍が襲撃してくるという噂が立った。城門は閉ざされ厳重警戒態勢となった。これではしんがり部隊は城砦に入れてもらえないだろう。その前に、とっくに全滅しているに違いない。人々が混乱する中、ミユウだけは笑いを隠せなかった。バロンギア帝国が進軍してきたら城砦の門を開けて招き入れよう。城砦は全滅、これでカッセルは我が帝国の領土となるのだ。
敗戦の影響で酒場は休業になり仕事はなくなってしまった。しかし、味方の進軍に備えるためにも偵察を続けたい。ちょうどいいことに、兵舎のメイド長が不在で人手を募集していた。ミユウは、働いていた酒場の主人から紹介状をもらってメイドとして採用してもらうことができた。
酒場の主人は「こんな時にメイド長が休むとは」と嘆いていた。確かに守備隊が出陣している最中に、留守を預かる者が休暇を取るのは妙なことだ。それでも、そのおかげで兵舎に潜入できたのだから、メイド長には感謝しておこう。
「メイド服、カッセルが用意してくれたわ」
*****
さて、こちらはシュロスの城砦である。
戦場から三度目の伝令が戻ってきた。留守部隊の文官フラーベルは伝令の報告を聞き、戦況報告書に目を通した。
戦況は月光軍団の圧倒的優位である。伝令はカッセル守備隊は壊滅状態で退却したと語った。さらに戦場記録係から、守備隊の副隊長や指揮官を捕虜にしたという報告も入った。素晴らしい成果だ。もともとはローズ騎士団の来訪を避けるための出陣であったが、これなら騎士団も納得するだろう。凱旋と歓迎会が一緒にできれば手間が省けるというものだ。
フラーベルが驚いたのは、勲功届にトリル、マギー、パテリアの名が書かれていたことだ。指揮官を取り押さえたのはこの三人だと記載されている。初陣にして大手柄だ。だが、よく読んで見るとフィデスとナンリが指示したのだった。あの三人に摑まる指揮官がいるとは思えない、おそらく、ナンリが手柄を立てさせたのだろう。
いずれにしても、これは表彰案件である。褒賞係に知らせることにした。敵の幹部を捕虜にした場合は州都へも連絡するのだった。書類を書く仕事が増えるが、部下の手柄であれば、こういう忙しさは大歓迎である。
心配なのは、帰還が遅れそうだということだ。引き続き、逃走した敵を追撃しているようだ。
深追いして反撃され負傷者が出なければいいのだが・・・
後書き
未設定
作者:かおるこ |
投稿日:2021/12/11 14:01 更新日:2021/12/11 14:01 『新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編』の著作権は、すべて作者 かおるこ様に属します。 |
前の話 | 目次 | 次の話 |
読了ボタン