作品ID:2364
あなたの読了ステータス
(読了ボタン正常)一般ユーザと認識
「新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編」を読み始めました。
読了ステータス(人数)
読了(34)・読中(0)・読止(0)・一般PV数(83)
読了した住民(一般ユーザは含まれません)
新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編
小説の属性:ライトノベル / 異世界ファンタジー / 激辛批評希望 / 初投稿・初心者 / 年齢制限なし / 完結
前書き・紹介
未設定
【捕虜作戦】
前の話 | 目次 | 次の話 |
戦場ではシュロス月光軍団による掃討作戦が続いていた。
月光軍団のフィデス・ステンマルクは指揮官のエルダを追っていた。いったんはエルダを捕虜にしたものの、空飛ぶ雲の騒動で逃げられてしまった。もう一度この手でエルダを、美しいエルダを捕まえたい。
探し回るうちにエルダを発見した。しかも一人だ。なんという幸運だろう、胸が高鳴った。エルダは足を痛めたらしく左足を庇うようにしていた。難なく追い付き、服を引っ張った。今度こそは逃がさないと力を込める。
「捕まえたわ」
フィデスが腕を掴むとエルダも手を伸ばしてきた。
「キイッ」「なによ」
女同士の取っ組み合いはフィデスの方が断然強かった。服を掴み、腕を引いて体当たりした。エルダはしがみついてるだけだ。両手で抱きついて地面にねじ伏せるとエルダは力を抜いておとなしくなった。
「ふうう、捕まえた、もう逃げられないから」
きれいな顔だ。
間近で見るエルダは肌がスベスベしていて、この世の物とは思えないほどに美しい。フィデスはしばらくエルダの顔に見とれていた。
「あなた・・・捕虜になりなさい」
手を取って指を絡めエルダを引き寄せた。
「・・・」
近くで人声が上がり足音も聞こえた。フィデスはエルダを抱きかかえた。たとえ誰であろうとも、この美しい女を誰にも渡したくはない。それに応えるかのようにエルダがフィデスの背中に手を回してきた。
首筋にエルダの腕が掛かった。
「エルダさん・・・」
その時、ビリリと激痛が走り、フィデスは首を押さえて崩れ落ちた。エルダがフィデスを突き飛ばして立ち上がった。
「あうぅ」
「ごめん、フィデスさん」
美しき獲物エルダに逃げられてしまった。
カッセル守備隊は三姉妹の綿菓子攻撃、そして地下世界のニーベルが味方してくれたこともあって何度もピンチを切り抜けてきた。しかし、とうとう仄暗い森の中に追い詰められてしまった。偵察に行ったスターチの話では、月光軍団はやや開けた所でテントを張って宿営地にしているとのことだった。
絶望的な雰囲気が漂う中で、つかの間の休息をとった。
攻める方も守る方も食事の時間だけは手を休める。しかし、守備隊は敵に取り囲まれているので緊張感を緩めることができなかった。食べる物はパンと干し肉しかなかった。
「お嬢様、パンをどうぞ」
アンナがパンを渡すとお嬢様は半分に千切った。カッセルの城砦でパンが硬いと言って嘆いた頃とは大違いだ。お嬢様は敵と戦わずに逃げ回っているだけなので元気が残っているようだ。
「お嬢様、何だか逞しくなりましたね」
「はい、私も頑張っています」
お嬢様がパンを齧った。
「そろそろパンも残り少なくなってきた。お嬢様のためにあたしがカエルを捕まえてきてあげるよ」
「うっ」
「カエルの足の肉はうまいぞ、なんたってナマだからね。引きちぎって、ガブっとかぶりつくのさ」
ベルネがカエルの食べ方を指南した。
「カエルはいりません」
マリアお嬢様は背嚢を開けて包みを取り出した。
「もっといいものがありますよ、とっておきのチョコレートです」
お嬢様はチョコレートの一片をペキンと折って輸送隊のカエデに渡した。お嬢様が荷馬車に積み込んだ自分専用のお菓子とはこのことだった。カエデは礼を言ってチョコレートを口に含んだ。
「甘いっ、おいしい」
疲れた身体に糖分が染みわたる。カエデに続いてみんながチョコレートを齧った。甘いお菓子のおかげで疲れも解消するような感じがしてきた。お嬢様はこれまでも隠れてチョコレートを食べていたので元気だったのだ。
「よーし、この勢いで突撃してくるぞ」
チョコレートを食べたベルネが立ち上がった。
「頑張って、ベルネさん」
「チョコレートのお礼にカエルを取りに行ってくる」
「カエルはいりません!」
お嬢様はロッティーにもチョコレートを分け与えた。
「ロッティーさん、あなたもどうぞ」
「私にまでくださるとは・・・」
さんざん虐めてきたお嬢様からチョコレートをもらい、ロッティーはすっかり恐縮した。
「お気に召しましたか」
「こんなおいしいお菓子は生まれて初めてです」
「私は子供の頃から食べてます」
「お嬢様、これまでいろいろと意地悪ばかりして、すみませんでした」
ロッティーはペコリと頭を下げた。
「よろしい、では、私の召使いになりなさい」
「うっ」
とたんに苦いチョコレートになった。
エルダはレイチェルを連れ出した。
「食べていいわ」
チョコレートを差し出すとレイチェルはおいしそうに齧った。よほどチョコレートが好きなようだ。
「斬られたところ大丈夫なの、レイチェル」
エルダを庇ったときに剣で斬り付けられたのだが、レイチェルは相手の剣を撥ね返したのだった。
レイチェルは肩を回して「痛くもなんともありません」と答えた。
鍛え上げられた強い肉体だ。
「不思議な力を持っているのね・・・レイチェル? 」
エルダは一瞬びっくりした。顔を向けたレイチェルの口の端に血が付いているように見えたのだ。それがチョコレートだと分ったが、剣を撥ね返した時にどこか負傷したのではないかと思った。
気を取り直してエルダがレイチェルに言う。
「いいこと、レイチェル。このままでは私たちは皆殺しにされる。この状況を打ち破り、月光軍団に勝つためにはあなたの力が必要だわ」
「エルダさん」
「その力で、剣で斬り付けられても怪我をしない身体で敵を倒すのよ。レイチェルの強靭な肉体ならば、どんな武器も怖くはないでしょう」
エルダがレイチェルを見た。
「敵陣に突撃して欲しい」
しかし、レイチェルは首を横に振った。
「あたしの力は・・・身を守るだけです。攻撃を受けたときに、それを撥ねのけるためにしか使えません」
レイチェルの能力は身を守るためのものだった。
「攻撃を受けたときだけ、この身体は変化するんです。それで攻撃を防ぐことができます。でも、激しい攻撃でないと変身しません」
「激しい攻撃か・・・」
レイチェルの変身能力は、強力な攻撃で身体を痛め付けられないと発揮できないのだった。だが、この戦い、絶対に負けるわけにはいかない。勝つためには手段を選んでいる場合ではなかった。身体が変化するのに攻撃が必要ならば、捕虜にして月光軍団に攻撃させればいいのだ。
敵に殴られ蹴られるレイチェルの姿が浮かんだが、エルダはすぐにそれを消し去った。
「レイチェル、指揮官として命令します。あなたの力を使って月光軍団を倒しなさい。わざと捕虜になって敵陣に送り込むことにするわ。狙いは敵の隊長だけ、隊長を倒せば戦況は覆せる。勝つにはこの方法しかないの」
エルダは、狙うは月光軍団の隊長だけと繰り返した。
レイチェルは目を閉じた。
呪われた身体を使わなくてはならない・・・呪われた身体を見られてしまうのか・・・
集合場所に戻ったエルダは隊員たちを集め、作戦を打ち明けた。
「月光軍団に勝って全員でカッセルの城砦に帰りたい。真っ先に逃げ出した隊長に、置き去りにされた恨みを晴らしてやるの。それには、作戦として・・・」
レイチェルを手招きした。
「私とアリスさん、それからレイチェルの三人で捕虜になります」
「捕虜になって、その間に他の者は逃げろという、そういう作戦ですか」
ロッティーが言った。
「いいえ、レイチェルの変身能力を使うのです」
「変身? 」
「レイチェルは攻撃を受けると、それを撥ね返すために身体が変化する。その力で敵を叩き潰すというわけです」
変身と聞いて隊員はみな一様に驚いた。
「信じられない・・・そんなこと」
「私はこの目で見ました。レイチェルは剣で斬られたのに怪我をしなかった。それどころか、相手の剣が折れ曲がったのよ」
「剣が折れる? 武器が通用しないってことか」
半信半疑ではあるが、ベルネもそれなら勝てると思った。
「レイチェルはそれでいいの? だって敵に攻撃されるんでしょ。剣で斬られるとか、槍で刺されるんでしょ」
スターチが心配したがレイチェルは軽く頷いた。
「もし相手が攻撃しなかったらどうするの。その能力は使えないじゃない」
アリスもレイチェルを危険な目に遭わせたくはない。
「心配ないわ、敵に攻撃させるだけ。レイチェルを殴らせるように仕向ければいいんだから」
エルダが冷たく言い切った。
味方を殴らせるという指揮官エルダの作戦に、誰もが言葉を失ってシンと静まり返った。
こうして、レイチェルを捕虜にする捕虜作戦が決まったのであった。
エルダは自分も捕虜になるので輸送隊のカエデに今後の指揮を任せることにした。頃合いを見てベルネとスターチを偵察に送り、後方部隊はリーナが守るようにと指示を与えた。
三人の捕虜が前に進み出た。
「みなさん、こうなったのは、私の不倫のせいです。申し訳ありません」
アリスは隊員に頭を下げた。
「アリスさん、捕虜になったとしてもレイチェルの力で敵を倒し、必ず救い出します。信じてください」
隊員の輪の中からロッティーが立ち上がった。
「エルダさん・・・いままであなたを追放しようとしたり、意地悪ばかりして、ごめんなさい」
ロッティーはこれまで虐めてきた行為を謝った。エルダは自ら進んで捕虜になるというのだ、自分を置き去りにして逃げた隊長とは違って部下を守ろうとしている。
「いいのよ、もう忘れたわ、ロッティー。私は捕虜になるけど、あなたにも連絡要員をお願いする。そして、カッセルの城砦に帰ったら、もっと大事な役目が・・・」
エルダの言葉が終わらぬうちに怒号が響いた。月光軍団が攻撃を仕掛けてきたのだ。
「いたぞ、あそこだ」「逃がすな回り込め」「弓だ」
カキーン、矢が飛んできて頭上を掠めた。走り回る靴音、鎧がガチャガチャと不気味な音を立てる。ロッティーはお嬢様を抱え込み頭を低くして大木の背後に隠れた。
マーゴットが煙管を発火させ煙を焚いくと、瞬く間に辺りは霧に包まれた。
もし、作戦が失敗すれば、十二人で揃っていられるのもこれが最後になる・・・カッセル守備隊の隊員は霧の中でしばし身体を寄せ合った。
しかし、霧は一時しのぎにすぎない、すぐに敵に発見されてしまうだろう。
「カエデさん、あとはよろしくお願いします」
エルダがカエデの手を握った。
〇 〇 〇
「捕虜になります。月光軍団の宿営地へ案内してください」
アリスが両手を挙げて名乗り出た。
霧が晴れると月光軍団の攻撃部隊の前に守備隊の三人が現れた。副隊長補佐のアリス、指揮官のエルダ、それに隊員のレイチェルだった。三人は自ら捕虜を志願してきたのだ。包囲を狭めて森の中に追い詰めたので逃げきれないと観念したのだろう。
「お前たちだけか、他の者はどうした」
部隊長のジュリナがアリスの胸倉を掴んだ。
「逃げました。霧が出たのを幸いに身を隠し、バラバラになって逃げました」
「というか、部下に逃げられたんじゃないの」
本隊からしんがりを押し付けられ、今度は部下にも見放されたのだ。逃げそこなった憐れな奴らだ。それでも、指揮官と副隊長補佐という身分であれば捕虜としての価値は十分である。ジュリナは捕虜を宿営地に連行した。
さっそく取調べと称して暴行が始まった。
これまでさんざん手こずらされてきた相手だけに捕虜の三人には容赦ない仕打ちを加えた。
キューブとラビンが代わる代わるアリスに襲いかかる。ラビンの鉄拳がアリスの腹部にめり込んだ。
「オゲ、ゲエッ」
前屈みになったところを今度は顎を突き上げられ、アリスは悲鳴を上げて膝から崩れた。
「い、痛いっ」
勝利のための囮作戦ということを忘れて地面をのたうち回った。
ジュリナはレイチェルを足蹴にした。レイチェルには剣を折られた恨みがある。
「どうなっての、コイツの身体は、徹底的に調べてやるわ」
棍棒で背中や腰を叩いたが、今度は棒が折れるようなことはなかった。
陽が沈むのと入れ替わって満月が昇ってきた。篝火を焚く必要もないほどに明るい。満月に照らされ、まさしく、月光軍団である。
月光軍団の隊長スワン・フロイジアは素晴らしい成果に満足した。
捕虜を三人、しかも指揮官のエルダの身柄を確保することができたのだ。すでに本隊は逃亡してしまったので、これで完全な勝利を勝ち取ったと言えよう。ローズ騎士団へ見せ付けてやるには最高の収穫だ。
副隊長補佐と見習い隊員はジュリナたちが痛め付けている。憂さ晴らしも必要だろう。エルダの尋問は参謀に任せたのだが自分でも取り調べたくなった。
月光軍団隊長、直々の事情聴取だ。
「隊長の前よ、頭が高い」
参謀のコーリアスがエルダの背中を踏み付けた。
「なぜ今になって捕虜になろうとしたの」
「それは・・・逃げ切れないと思ったからです」
「最初から分かり切っていたことだわ、そんなこと」
エルダは見れば見るほど美しい女だ。捕虜になったというのに冷静で表情を変えない。それが気に入らなくなった。
ただの尋問では物足りない。この女を屈服させ、その美しい顔が苦痛に歪むまでじっくり調べてみよう。
月光軍団は指揮官のエルダを標的にした。指揮官とあって、隊長のスワンをはじめ、ミレイ、コーリアスの幹部三人で取り調べに当たった。
ミレイがエルダの襟を掴み腰に乗せて撥ね上げた。
ドスン
「うげっ」
エルダは一回転して背中から叩きつけられた。這って逃げようとするところをミレイが背後から蹴ると、エルダはつんのめって参謀のコーリアスの目の前まで吹っ飛んだ。ミレイが引き起こし両手を取って引き起こす。
「勝った者は何をしても構わないんだからね」
参謀のコーリアスがエルダの頬を平手で叩いた。
パンパンと乾いた音が響き、三発目でエルダは首を垂れた。
「あら、もう降参ですか」
「しま・・・せん」
バキン
強烈な張り手を受けてエルダはヘナヘナと膝を付いた。
「それなら力尽くで降参させてみせるわ」
スワン・フロイジアの脳裏に、あの時のことが蘇ってきた。
ローズ騎士団の入団テストで現副団長のビビアン・ローラに叩きのめされた。それだけで終わらず、女性同士の屈辱的な行為を受けたのだった。
・・・背後に回ったビビアン・ローラが、その長く美しい脚を絡ませてきた。スワンの首に腕が回って締め上げられ、たまらずにギブアップした。そして、スワン・フロイジアはローラの足元に土下座させられた・・・
ミレイとコーリアスがカッセル守備隊の指揮官エルダを引きずって他の二人の捕虜の元へ運んだ。
「見てごらん、みんなくたばっているわ」
「ああ・・・あ」
エルダの視線の先にはアリスが仰向けに倒れていた。その傍らにレイチェルも蹲っているが、まだ身体に変化は生じていないようだ。
エルダは懸命に手を伸ばした。
「レ、レイチェル」
しかし、その手をコーリアスが靴で踏みにじる。
グリリ
「助けて、レイチェル」
「あはは、部下に助けを求めるなんて、それでも指揮官なの」
コーリアスはアリスとエルダを縄で縛るとテントに引き上げた。
月光軍団のフィデス・ステンマルクは指揮官のエルダを追っていた。いったんはエルダを捕虜にしたものの、空飛ぶ雲の騒動で逃げられてしまった。もう一度この手でエルダを、美しいエルダを捕まえたい。
探し回るうちにエルダを発見した。しかも一人だ。なんという幸運だろう、胸が高鳴った。エルダは足を痛めたらしく左足を庇うようにしていた。難なく追い付き、服を引っ張った。今度こそは逃がさないと力を込める。
「捕まえたわ」
フィデスが腕を掴むとエルダも手を伸ばしてきた。
「キイッ」「なによ」
女同士の取っ組み合いはフィデスの方が断然強かった。服を掴み、腕を引いて体当たりした。エルダはしがみついてるだけだ。両手で抱きついて地面にねじ伏せるとエルダは力を抜いておとなしくなった。
「ふうう、捕まえた、もう逃げられないから」
きれいな顔だ。
間近で見るエルダは肌がスベスベしていて、この世の物とは思えないほどに美しい。フィデスはしばらくエルダの顔に見とれていた。
「あなた・・・捕虜になりなさい」
手を取って指を絡めエルダを引き寄せた。
「・・・」
近くで人声が上がり足音も聞こえた。フィデスはエルダを抱きかかえた。たとえ誰であろうとも、この美しい女を誰にも渡したくはない。それに応えるかのようにエルダがフィデスの背中に手を回してきた。
首筋にエルダの腕が掛かった。
「エルダさん・・・」
その時、ビリリと激痛が走り、フィデスは首を押さえて崩れ落ちた。エルダがフィデスを突き飛ばして立ち上がった。
「あうぅ」
「ごめん、フィデスさん」
美しき獲物エルダに逃げられてしまった。
カッセル守備隊は三姉妹の綿菓子攻撃、そして地下世界のニーベルが味方してくれたこともあって何度もピンチを切り抜けてきた。しかし、とうとう仄暗い森の中に追い詰められてしまった。偵察に行ったスターチの話では、月光軍団はやや開けた所でテントを張って宿営地にしているとのことだった。
絶望的な雰囲気が漂う中で、つかの間の休息をとった。
攻める方も守る方も食事の時間だけは手を休める。しかし、守備隊は敵に取り囲まれているので緊張感を緩めることができなかった。食べる物はパンと干し肉しかなかった。
「お嬢様、パンをどうぞ」
アンナがパンを渡すとお嬢様は半分に千切った。カッセルの城砦でパンが硬いと言って嘆いた頃とは大違いだ。お嬢様は敵と戦わずに逃げ回っているだけなので元気が残っているようだ。
「お嬢様、何だか逞しくなりましたね」
「はい、私も頑張っています」
お嬢様がパンを齧った。
「そろそろパンも残り少なくなってきた。お嬢様のためにあたしがカエルを捕まえてきてあげるよ」
「うっ」
「カエルの足の肉はうまいぞ、なんたってナマだからね。引きちぎって、ガブっとかぶりつくのさ」
ベルネがカエルの食べ方を指南した。
「カエルはいりません」
マリアお嬢様は背嚢を開けて包みを取り出した。
「もっといいものがありますよ、とっておきのチョコレートです」
お嬢様はチョコレートの一片をペキンと折って輸送隊のカエデに渡した。お嬢様が荷馬車に積み込んだ自分専用のお菓子とはこのことだった。カエデは礼を言ってチョコレートを口に含んだ。
「甘いっ、おいしい」
疲れた身体に糖分が染みわたる。カエデに続いてみんながチョコレートを齧った。甘いお菓子のおかげで疲れも解消するような感じがしてきた。お嬢様はこれまでも隠れてチョコレートを食べていたので元気だったのだ。
「よーし、この勢いで突撃してくるぞ」
チョコレートを食べたベルネが立ち上がった。
「頑張って、ベルネさん」
「チョコレートのお礼にカエルを取りに行ってくる」
「カエルはいりません!」
お嬢様はロッティーにもチョコレートを分け与えた。
「ロッティーさん、あなたもどうぞ」
「私にまでくださるとは・・・」
さんざん虐めてきたお嬢様からチョコレートをもらい、ロッティーはすっかり恐縮した。
「お気に召しましたか」
「こんなおいしいお菓子は生まれて初めてです」
「私は子供の頃から食べてます」
「お嬢様、これまでいろいろと意地悪ばかりして、すみませんでした」
ロッティーはペコリと頭を下げた。
「よろしい、では、私の召使いになりなさい」
「うっ」
とたんに苦いチョコレートになった。
エルダはレイチェルを連れ出した。
「食べていいわ」
チョコレートを差し出すとレイチェルはおいしそうに齧った。よほどチョコレートが好きなようだ。
「斬られたところ大丈夫なの、レイチェル」
エルダを庇ったときに剣で斬り付けられたのだが、レイチェルは相手の剣を撥ね返したのだった。
レイチェルは肩を回して「痛くもなんともありません」と答えた。
鍛え上げられた強い肉体だ。
「不思議な力を持っているのね・・・レイチェル? 」
エルダは一瞬びっくりした。顔を向けたレイチェルの口の端に血が付いているように見えたのだ。それがチョコレートだと分ったが、剣を撥ね返した時にどこか負傷したのではないかと思った。
気を取り直してエルダがレイチェルに言う。
「いいこと、レイチェル。このままでは私たちは皆殺しにされる。この状況を打ち破り、月光軍団に勝つためにはあなたの力が必要だわ」
「エルダさん」
「その力で、剣で斬り付けられても怪我をしない身体で敵を倒すのよ。レイチェルの強靭な肉体ならば、どんな武器も怖くはないでしょう」
エルダがレイチェルを見た。
「敵陣に突撃して欲しい」
しかし、レイチェルは首を横に振った。
「あたしの力は・・・身を守るだけです。攻撃を受けたときに、それを撥ねのけるためにしか使えません」
レイチェルの能力は身を守るためのものだった。
「攻撃を受けたときだけ、この身体は変化するんです。それで攻撃を防ぐことができます。でも、激しい攻撃でないと変身しません」
「激しい攻撃か・・・」
レイチェルの変身能力は、強力な攻撃で身体を痛め付けられないと発揮できないのだった。だが、この戦い、絶対に負けるわけにはいかない。勝つためには手段を選んでいる場合ではなかった。身体が変化するのに攻撃が必要ならば、捕虜にして月光軍団に攻撃させればいいのだ。
敵に殴られ蹴られるレイチェルの姿が浮かんだが、エルダはすぐにそれを消し去った。
「レイチェル、指揮官として命令します。あなたの力を使って月光軍団を倒しなさい。わざと捕虜になって敵陣に送り込むことにするわ。狙いは敵の隊長だけ、隊長を倒せば戦況は覆せる。勝つにはこの方法しかないの」
エルダは、狙うは月光軍団の隊長だけと繰り返した。
レイチェルは目を閉じた。
呪われた身体を使わなくてはならない・・・呪われた身体を見られてしまうのか・・・
集合場所に戻ったエルダは隊員たちを集め、作戦を打ち明けた。
「月光軍団に勝って全員でカッセルの城砦に帰りたい。真っ先に逃げ出した隊長に、置き去りにされた恨みを晴らしてやるの。それには、作戦として・・・」
レイチェルを手招きした。
「私とアリスさん、それからレイチェルの三人で捕虜になります」
「捕虜になって、その間に他の者は逃げろという、そういう作戦ですか」
ロッティーが言った。
「いいえ、レイチェルの変身能力を使うのです」
「変身? 」
「レイチェルは攻撃を受けると、それを撥ね返すために身体が変化する。その力で敵を叩き潰すというわけです」
変身と聞いて隊員はみな一様に驚いた。
「信じられない・・・そんなこと」
「私はこの目で見ました。レイチェルは剣で斬られたのに怪我をしなかった。それどころか、相手の剣が折れ曲がったのよ」
「剣が折れる? 武器が通用しないってことか」
半信半疑ではあるが、ベルネもそれなら勝てると思った。
「レイチェルはそれでいいの? だって敵に攻撃されるんでしょ。剣で斬られるとか、槍で刺されるんでしょ」
スターチが心配したがレイチェルは軽く頷いた。
「もし相手が攻撃しなかったらどうするの。その能力は使えないじゃない」
アリスもレイチェルを危険な目に遭わせたくはない。
「心配ないわ、敵に攻撃させるだけ。レイチェルを殴らせるように仕向ければいいんだから」
エルダが冷たく言い切った。
味方を殴らせるという指揮官エルダの作戦に、誰もが言葉を失ってシンと静まり返った。
こうして、レイチェルを捕虜にする捕虜作戦が決まったのであった。
エルダは自分も捕虜になるので輸送隊のカエデに今後の指揮を任せることにした。頃合いを見てベルネとスターチを偵察に送り、後方部隊はリーナが守るようにと指示を与えた。
三人の捕虜が前に進み出た。
「みなさん、こうなったのは、私の不倫のせいです。申し訳ありません」
アリスは隊員に頭を下げた。
「アリスさん、捕虜になったとしてもレイチェルの力で敵を倒し、必ず救い出します。信じてください」
隊員の輪の中からロッティーが立ち上がった。
「エルダさん・・・いままであなたを追放しようとしたり、意地悪ばかりして、ごめんなさい」
ロッティーはこれまで虐めてきた行為を謝った。エルダは自ら進んで捕虜になるというのだ、自分を置き去りにして逃げた隊長とは違って部下を守ろうとしている。
「いいのよ、もう忘れたわ、ロッティー。私は捕虜になるけど、あなたにも連絡要員をお願いする。そして、カッセルの城砦に帰ったら、もっと大事な役目が・・・」
エルダの言葉が終わらぬうちに怒号が響いた。月光軍団が攻撃を仕掛けてきたのだ。
「いたぞ、あそこだ」「逃がすな回り込め」「弓だ」
カキーン、矢が飛んできて頭上を掠めた。走り回る靴音、鎧がガチャガチャと不気味な音を立てる。ロッティーはお嬢様を抱え込み頭を低くして大木の背後に隠れた。
マーゴットが煙管を発火させ煙を焚いくと、瞬く間に辺りは霧に包まれた。
もし、作戦が失敗すれば、十二人で揃っていられるのもこれが最後になる・・・カッセル守備隊の隊員は霧の中でしばし身体を寄せ合った。
しかし、霧は一時しのぎにすぎない、すぐに敵に発見されてしまうだろう。
「カエデさん、あとはよろしくお願いします」
エルダがカエデの手を握った。
〇 〇 〇
「捕虜になります。月光軍団の宿営地へ案内してください」
アリスが両手を挙げて名乗り出た。
霧が晴れると月光軍団の攻撃部隊の前に守備隊の三人が現れた。副隊長補佐のアリス、指揮官のエルダ、それに隊員のレイチェルだった。三人は自ら捕虜を志願してきたのだ。包囲を狭めて森の中に追い詰めたので逃げきれないと観念したのだろう。
「お前たちだけか、他の者はどうした」
部隊長のジュリナがアリスの胸倉を掴んだ。
「逃げました。霧が出たのを幸いに身を隠し、バラバラになって逃げました」
「というか、部下に逃げられたんじゃないの」
本隊からしんがりを押し付けられ、今度は部下にも見放されたのだ。逃げそこなった憐れな奴らだ。それでも、指揮官と副隊長補佐という身分であれば捕虜としての価値は十分である。ジュリナは捕虜を宿営地に連行した。
さっそく取調べと称して暴行が始まった。
これまでさんざん手こずらされてきた相手だけに捕虜の三人には容赦ない仕打ちを加えた。
キューブとラビンが代わる代わるアリスに襲いかかる。ラビンの鉄拳がアリスの腹部にめり込んだ。
「オゲ、ゲエッ」
前屈みになったところを今度は顎を突き上げられ、アリスは悲鳴を上げて膝から崩れた。
「い、痛いっ」
勝利のための囮作戦ということを忘れて地面をのたうち回った。
ジュリナはレイチェルを足蹴にした。レイチェルには剣を折られた恨みがある。
「どうなっての、コイツの身体は、徹底的に調べてやるわ」
棍棒で背中や腰を叩いたが、今度は棒が折れるようなことはなかった。
陽が沈むのと入れ替わって満月が昇ってきた。篝火を焚く必要もないほどに明るい。満月に照らされ、まさしく、月光軍団である。
月光軍団の隊長スワン・フロイジアは素晴らしい成果に満足した。
捕虜を三人、しかも指揮官のエルダの身柄を確保することができたのだ。すでに本隊は逃亡してしまったので、これで完全な勝利を勝ち取ったと言えよう。ローズ騎士団へ見せ付けてやるには最高の収穫だ。
副隊長補佐と見習い隊員はジュリナたちが痛め付けている。憂さ晴らしも必要だろう。エルダの尋問は参謀に任せたのだが自分でも取り調べたくなった。
月光軍団隊長、直々の事情聴取だ。
「隊長の前よ、頭が高い」
参謀のコーリアスがエルダの背中を踏み付けた。
「なぜ今になって捕虜になろうとしたの」
「それは・・・逃げ切れないと思ったからです」
「最初から分かり切っていたことだわ、そんなこと」
エルダは見れば見るほど美しい女だ。捕虜になったというのに冷静で表情を変えない。それが気に入らなくなった。
ただの尋問では物足りない。この女を屈服させ、その美しい顔が苦痛に歪むまでじっくり調べてみよう。
月光軍団は指揮官のエルダを標的にした。指揮官とあって、隊長のスワンをはじめ、ミレイ、コーリアスの幹部三人で取り調べに当たった。
ミレイがエルダの襟を掴み腰に乗せて撥ね上げた。
ドスン
「うげっ」
エルダは一回転して背中から叩きつけられた。這って逃げようとするところをミレイが背後から蹴ると、エルダはつんのめって参謀のコーリアスの目の前まで吹っ飛んだ。ミレイが引き起こし両手を取って引き起こす。
「勝った者は何をしても構わないんだからね」
参謀のコーリアスがエルダの頬を平手で叩いた。
パンパンと乾いた音が響き、三発目でエルダは首を垂れた。
「あら、もう降参ですか」
「しま・・・せん」
バキン
強烈な張り手を受けてエルダはヘナヘナと膝を付いた。
「それなら力尽くで降参させてみせるわ」
スワン・フロイジアの脳裏に、あの時のことが蘇ってきた。
ローズ騎士団の入団テストで現副団長のビビアン・ローラに叩きのめされた。それだけで終わらず、女性同士の屈辱的な行為を受けたのだった。
・・・背後に回ったビビアン・ローラが、その長く美しい脚を絡ませてきた。スワンの首に腕が回って締め上げられ、たまらずにギブアップした。そして、スワン・フロイジアはローラの足元に土下座させられた・・・
ミレイとコーリアスがカッセル守備隊の指揮官エルダを引きずって他の二人の捕虜の元へ運んだ。
「見てごらん、みんなくたばっているわ」
「ああ・・・あ」
エルダの視線の先にはアリスが仰向けに倒れていた。その傍らにレイチェルも蹲っているが、まだ身体に変化は生じていないようだ。
エルダは懸命に手を伸ばした。
「レ、レイチェル」
しかし、その手をコーリアスが靴で踏みにじる。
グリリ
「助けて、レイチェル」
「あはは、部下に助けを求めるなんて、それでも指揮官なの」
コーリアスはアリスとエルダを縄で縛るとテントに引き上げた。
後書き
未設定
作者:かおるこ |
投稿日:2021/12/11 14:05 更新日:2021/12/11 14:05 『新編 辺境の物語 第一巻 カッセルとシュロス 前編』の著作権は、すべて作者 かおるこ様に属します。 |
前の話 | 目次 | 次の話 |
読了ボタン