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作品ID:279
「てがみ屋と水を運ぶ村」へ

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てがみ屋と水を運ぶ村

小説の属性:一般小説 / 未選択 / 感想希望 / 初級者 / 年齢制限なし / 休載中

前書き・紹介


第五話(再編集版)

前の話 目次 次の話

 

「もう、前みたいに、手紙を配ることはできないってことかな……」

 今までのように手紙を配りたい。でも今配られる手紙は何もかも汚い手紙で。

「破っていいって言われてたじゃねえか。ムカつくなら破れば?」

「やだ」

 ぎゅっと鞄を抱き寄せる。その瞳には不安が浮かんでいた。鞄をくしゃくしゃになるまできつく握り締めて、唇をかんだ。

「おかしいよ。何であたしたち、変な手紙ばっかり配んなきゃなんないの?」

「だから、局長も気に入らなかったら破っていいって言ってただろ?」

 それでも。

 続けようとして言葉が詰まった。手紙を配る者として、配る手紙を破ることは客への冒涜になるのではないか。

  お前には釘を刺しておくけど。

 局長の顔が頭の隅に浮かぶ。そんなことを考えるなといわれたのではなかったか。

 それに、それだけではない。

 読むこと、見ることまでは自分の中で割り切れていた。

 でも破ることは違う。

 たとえ汚い言葉がつづられているものでも、手紙と呼ばれるものならば、彼女は捨てることができなかった。手紙のためにも。自分のためにも。

 手紙を捨てること――それをてがみ屋が実践すれば、この世から手紙は消えてしまう。

 

 今の手紙は汚い手紙しかないのだ。破ってしまえば、この時代の手紙を拒絶してしまうことになる。てがみ屋が汚い手紙を捨てれば、配る手紙全てを捨てることになる。配る人間は居なくなり、出す人も居なくなる。この先、手紙というものの存在はなくなってしまうし、配られることなどもってのほかだろう。今はただ耐え続けて、きれいな手紙が出されることを待つことしかできない。局長も人には破れといいながら、自分の鞄の中にはたくさんの手紙が入っている。

 自分も捨てることができないのだ。手紙がなくなってしまうことが怖くて。

 ソラの鞄の中にも、汚い手紙の数々が眠っていた。



「てがみ屋は制限する者。なんだろ? 俺たちはただの郵便局員じゃねえ。郵便局員ならこの手紙を捨てることなんかできねーけど、俺たちはてがみ屋だ。金持ちの野郎たちの汚ねえ言葉を制限できるのは俺たちだけなんだから」

 ソラは少しだけ視線を上げて、隣の真行の横顔を見つめる。局長と同じことを言われた。顔を上げようとしても、頭はだんだん下がってくる。

 破ってしまいたい。許せない。鞄に指が食い込んで、更につぶれた。

 でも、本当に手紙を配りたいのなら、今は、耐えるしかない。

「できない。やっぱりあたしにはできないよ」



 ファミリアバードは同じリズムを刻みながらゆっくりゆれる。青い空を見上げると、空もゆっくり揺れていた。

 悩み事ができると、必ずこうする。

 彼女を手紙と出会わせてくれた人が、そう言っていたから。

 こうすれば、相手に涙が見えなくてすむんだそうだ。逆に、別に泣きたくなくても、不意に出てきてしまうことがあるけれど。

 このときは、後者のほうだった。

 喉のおくがつうんとしてきて、目に熱い液体が溜まってくる。

 もう、きれいな手紙を配ることはできないのだろうか。何でこんなものを書くのか、書く者の気が知れない。

 前まで手紙はこんなものではなかったはずなのに。誰かの笑顔を作るためのものであったはずなのに。



 あの人に誘われて、初めて手紙を配ったのは、五年前になる。

 ソラの手はまだ小さかった。まだ上手く言葉も紡げなかった。しかし、無理やり押し出すようにして渡した手紙を、その人は大事そうに両手で包み込んで、「ありがとう」と言ったのだ。

 ソラはたった一人の、別にきれいでもないおばさんの笑顔が嬉しかった。

 自分の周りから全くなくなってしまった笑顔を、そうすることで見られるのなら、この仕事をしてもいいかもしれないと思った。

 笑顔を見る。たったそれだけのために。

 笑顔の意味を知らない人はそんなことを言う。

 でも、笑顔にはすごく不思議な力がある、とソラは思っている。



 誰かが笑えば、自分も楽しくなる。

 誰かがまぶたを伏せれば、自分も悲しくなる。



 笑顔は、人を元気にする。

 笑顔は、自分を支える力になってくれる。

 そう信じていたから、今まで続けて来れたのに。

 笑顔のために配れる手紙は、もう――ない。

 



「はいはい、サボってないで手伝え」

 額をぺしん、と軽くはたかれ、ソラは思わず目をつぶってしまった。気がつくと揺れが収まっていて、ファミリアバードは止まっているようだった。真行が止めたのだろう。彼は地面に立っていて、脇には木片をはさんでいた。手伝えというのは木片拾いのことだろう。砂漠の砂に埋もれかけている木片のほうに彼は近づいていく。真行は木工細工が大変うまいので、よく、こんなごみから皿やら何やら作っては店に売って、そのお金を生活の足しにしているのだ。だから時々、村で使えそうな材料を見つけたら拾っておくのだ。

「さっきの集落で拾うつもりだったのにさ、役人が追っかけてこなければ良かったのに。ったく局長は何を」

 ぶつぶつぼやきながら真行は腰を折りたたんで木片を拾う。やり返そうかと思ったが、なんだか元気が出なかった。自然と彼をぼうっと見ているだけの状態になる。

「どうしたんだよ」

 視線に気づいたのか、腰を曲げたまま、振り返らずにさりげなく声をかけてきた。

「いや、ちょっとさ、悔しかったんだ」

 両方の手の指を絡ませて、いじくりまわしながら呟くように返答する。

 真行は腰を折りたたんで、傍に落ちていた木片の中できれいなものをいくつか選び、両腕に抱えて立ち上がる。

「何が」

 分かっているくせに、あえて訊く。少しムカつくけどいつもすんなりと言葉が出る。

「どうにかできないのかなって……もっとさ、この世界に食べ物とか燃料があれば、こんなことにならなかったのになって。ちゃんとした手紙を、配りたい」

「馬鹿かお前」

「馬鹿って何よっ」

 拾った木片をファミリアバードの体にかけてある大きめの鞄に詰め込んだ彼は、肩をまわしながら言った。

「いまさらそんなこと考えてもどうにもならねえって。それにそんなこと、考えるもんじゃねえよ。さっきまで配り終わってせいせいするとか言ってたくせに」

「そんなことは一言も言ってません。あたしは『あんたと離れられてせいせいする』って言ったの」

 真行はその言葉を無視して、ファミリアバードに手をついて軽々と飛び乗った。

 わざとらしく大きなため息をついて、ファミリアバードにまたがった。

 ほんの少しだけど、心配してくれているのが分かって、本当に少しだけど、心配させないように頑張ろうと思った。

「わざと言ってるんでしょ」

 真行は肩をすくめ、そのせいで肩が痛かったのか、顔をしかめた。

 そして、小さく「肩を上下させる運動はやめよう」と呟いて、ソラのほうに向き直った。

「でも、ステッカーは処分できないんだぞ。なんか十日間持ってると、呪われて死ぬって聞いたことあるし」

「げ、そうなの?」

「知らなかったのか?」

「知るわけないじゃない」

 頬を膨らませるソラに、真行は苦笑交じりに返した。

「ま、俺は呪いとかそんな非科学的なもん、信じねえけどな」

 ソラはきちんとファミリアバードの背に座りなおし、しばらく真行に背を向けて黙り込んでいたが、不意に振り返った。

「じゃあ、あたしが死んだら責任取ってよね」

「はいはい」

 ソラが手綱をしっかりと握り、ファミリアバードを歩かせ始めた。真行もその後に続く。

「しかし、まあ、地獄からの手紙が俺たちの手紙の中に紛れ込んでやがったとはな。局長は何やってやがるんだ」

 ソラはその言葉に、真行を横目で睨んだ。

「だーかーら、局長だって中身は見られないんだってば」

 局長も「信書三原則厳守派」で昔の郵便局の考え方を大事にしている。そのため、てがみ屋ではそんな決まりを作っていないのに、自然と郵便局の決まりを守らなければいけない雰囲気になってしまっている。配って封が切られた後に渡すところがなくなって読むのは許容範囲になりつつあるが、配る前には決して見ようとしない。守るのは、きれいな手紙が来るのを待つためだ。手紙を配る者が公正でなければ、きれいな手紙を配らせてくれる者は来ない、というのが局長の考えだった。



「局長に手紙返そう」

「メンドくせえ。そして返してどうなるんだよ? どうやって局長と合流するんだ? あては?」

 いつも以上に早い返事だった。そしてあてが無いことも確かである。

「じゃあ何、この手紙どうすんの?」

 真行は不満たらたらのソラに背中を向けた。真っ白なシャツに泥でも塗ってやろうかと、ソラは足元を見下ろす。

 無理だ。

 水がないのだ。あのサラサラの砂などでは奴の背中を汚すことはできない。

「お」

 突然声を上げた真行を、ソラはまるで狼のように睨み付けた。

 ところが……。

「村だ」

 その一言でソラの態度がコロリと変わった。

「村あ?」

 目をキラキラと輝かせ、身を乗り出して、危うくファミリアバードから落ちそうになった。

 ここから見る限り「普通の」村だった。きちんと家が「建って」いる。

 その村の後ろには海が見えた。

「へえ、海の近くの村なんて、久しぶりだね」

「食い意地が 張ってばっかり バカオンナ」

 感情のこもっていない口調で川柳を詠んで真行はソラをあおった。しかし、ソラはまったく聞いていないようだったのでもう一度しつこく、そして詳しく言ってやる。

「どーせ、魚が食えるとでも思ってんだろう?」

「ま、まさか。その手紙の送り主を探すだけよっ」

 そう言いつつも、もう、すっかり村に入る気でいる。

 ソラはファミリアバードに座りなおし、図星だったがごまかそうとした。しかし、体のほうは、うきうきと揺れてしまっている。

「さあ行くわよっ! 魚を探しに」

 開口一番、彼女の口から本音が滑り出て、あわてて口を押さえる。

「やっぱ魚じゃねえか」

 真行はため息をつき、ソラの顔が真っ赤になった。

後書き


作者:赤坂南
投稿日:2010/08/09 14:16
更新日:2010/11/07 21:49
『てがみ屋と水を運ぶ村』の著作権は、すべて作者 赤坂南様に属します。

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