『もーいーかーい』
『まーだだよー』

 繰り返される隠れんぼの掛け声。何処からか、踏切の音が鳴り響いている。
 きゃらきゃらと跳ねるような幼子の声に目蓋を押し上げると、一面の夕焼け空が頭上に広がっていた。
 ガタンゴトンと線路を走る電車の音、自転車のタイヤがアスファルトを滑る音、ボールが規則正しく跳ねる音、誰かの家のインターホンの音。
 賑やかな午後六時、わたしは田圃の横の草むらに転がっているらしかった。頬を掠める細長い葉っぱはエノコログサだ。先端がちくちく肌を刺す。
 起き上がって、ううんと腕と背中を伸ばす。凝り固まった筋肉から、ぼちぼちな時間こうして転がっていたことが分かる。
 疲れていたんだ。「今日」は中間テストの初日だった。学校の図書室で問題集と睨めっこをしていて、お腹が空いたから家に帰ろうとして、何か怠くなってきたから草むらに転がっていた、のかもしれない。所々の記憶が曖昧である。
 傍にきちんと駐輪していた自転車のカゴには、学校指定の青のボストンバッグ、部活最終日に持って帰るのを忘れたバドミントンのラケットと黒のケース、通学用の白のヘルメットが鎮座している。田舎と言えど、荷物もそのままに、しかもテスト期間中に野外で昼寝をぶちかますわたし、結構やばくないか。不用心の極みである。
 地面に広がっていた膝下のプリーツスカートのヒダを整えて、自転車のサドルを跨ぐ。ぱっと見たところ、草むらでぼんやりしていた割には奇跡的に虫刺されはなかった。
 今日の晩ご飯何かなあ。育ち盛りかつ運動部なので、最近はご飯も茶碗大盛りで丁度良い。不格好なヘルメットの顎紐に手を伸ばす。

「おい」

 焦ったような男の人の声が、背後から聞こえた。田舎に現れる不審者にしては、随分声が良いのが不思議だ。いざとなったら自転車を爆走して逃げれば良いので、わたしはそのまま後ろを振り向いた。
 農道のど真ん中、そのひとはすらりと長い足で仁王立ちをしている。学ランから覗く褐色の肌と刺青、スラックスの上に赤い腰布と草摺を纏っていた。襟足だけが赤い猫っ毛が、やわらかく風に揺れている。白いシャツの胸元には、いつものペンダントがない。
 琥珀色の瞳は、「珍しく」戸惑いを剥き出しにしていた。

「あ、倶利伽羅さん! お疲れさまです!」
「は?」

 素っ頓狂な声を上げて、「同僚」が大股で草むらに駆け寄ってくる。

「え、どうしたんです」
「……何から説明すれば良い……」

 嫌そうに眉間に皺を寄せて、倶利伽羅さんは徐ろに、学ランの内側から蓋付きの小さな手鏡を取り出した。普段から手鏡を持っているんですね。身嗜みに気を付けろって燭台切さんが口酸っぱくしてますもんね。うんうん。
 さて、差し出されたそれに映ったわたしは、中学校の制服だったセーラー服を身に纏っている。顔も十代前半のそれだ。芋っぽい田舎の小娘である。
 紛れもなく過去のわたしだった。

「え、中学生ですね?」

 足先には、勤務中に望んでやまなかったスニーカーが見える。校則に従って真っ白の。

「……あんたの職場と階級は」
「歴史保安庁大和国、本丸支援課配属主事、仮名はサイトーです」
「……」

 苦虫を数十匹噛み潰したような顔で、倶利伽羅さんは沈黙を続けている。

「いや、そうですよ。何ですかこの状況は? わたしさっきまで『テスト期間だから帰って勉強しなきゃなあ』とか、本当に中学生のつもりでしたよ」

 寝惚けているんだろうか。現実逃避は趣味のようなものだが、精々それは現実と地続きのものであって、こんな、有り得ない状況を作り上げる能力はわたしにはない。ハレ晴レユカイな団長じゃあるまいし。
 では、手っ取り早く夢と現実を区別する定番の手法を試すに限る。

「あの、頬抓っていただいても、あだだだだ!」

 言い終える前に黒の革手袋の包まれた指先が、わたしの頬を引き千切る勢いで抓り上げたので、社畜は情けなく悲鳴を撒き散らした。
 痛いということは、現実である。まさかの展開にわたしも倶利伽羅さんもあえなく沈黙を噛んだ。結構というかかなり容赦なく抓られた頬を擦る。

「……現状を整理したい」
「激しく同意です。とりあえず、田舎は田舎ですけど、こんな農道にずっといたら目立ちますので、わたしの実家にでも行きましょう」

 あらかじめ書かれた筋書きをなぞるみたいに、自分の喉からするすると言葉が出てくる。
 何か、妙だ。
 魚の小骨が刺さったような違和感は喉に残っている。だが、それ以上のものでもない。わたしは自転車のサドルに跨ったまま、同僚の返事をただ待つ。それが正解だと知っているので。

「おい」
「はい」

 倶利伽羅さんは眉を顰め、視線を少し落としてから、迷うようにこちらを見た。

「……帰れるのか」

 ああ、気遣ってくださったのか。
 わたしは歴史上から存在を消された存在だ。過去も当然「なかったこと」になっている。

「推測ですけど、既にこの時代は歴史改変されているか、歴史改変される前の状態かのどちらかで、ひとまず正史ではないと思います。そもそもわたしが中学生の姿になっているのに、社畜の記憶がある時点で有り得ないでしょう」

 前世を覚えたまま新たな人生を歩む事例がない訳でもないが、今のこの肉体は紛れもなく過去のわたしそのもので、条件には当てはまらない。
 この同僚は、実家どころか家族そのものも失くしたわたしにとって、傷を広げる結果になるかも、と危惧してくださった訳である。その優しさに胡座をかくほど、甘ったれた仕事はしたくない。
 口の端を吊り上げる。これ以上心配していただくのは、気の毒だ。

「二人乗りでもできれば良かったんですけど、わたしのチャリには荷台がないので……」
「どちらにせよ、あんたじゃ俺を後ろに乗せて走るのは無理だろう」
「えっ漕いでくれないんですか」

 何を言っている、と冷たい目が語っている。冗談です。倶利伽羅さんとニケツなんてそんな。夢が広がってしまう。死ぬまでに一度はお願いしたいシチュエーションであるが、今言及すると本気か冗談か判別が付かなくなっては困るので、厳重に口のチャックを閉める。

「並走する。さっさと案内しろ」

 流石は刀剣男士、自転車と同じ速度で走り抜けることなど造作もないのだろう。
 しかし、何度も言うが此処は田舎である。町内の噂は瞬く間に広がり、自治会のおばちゃん達の世間話の種となってありもしない花を咲かすことになってしまう。特に倶利伽羅さんのようなシュッとしたイケメンなんて瞬殺だ。
 いやまあ、既に歴史改変されている地元だ。気にする必要なんてないのかもしれないが、無駄な火種を撒き散らす必要もないだろう。

「……」

 面倒だと顔にでかでかと書いていた倶利伽羅さんだったが、こちらの視線から意図を的確に読み取り、はあ、と溜め息を吐いて目立つ腰布と草摺を剥ぎ取り始める。きちんと折りたたんでから、わたしの自転車のカゴにそれらを突っ込んで、ふんと鼻を鳴らした。
 常々男性にしては華奢な方だとは思っていたが、腰布がないと下半身に無駄な肉が一切ないのが顕著である。舐め回すように見るのを必死で堪えていると、ずいと彼の本体である刀が顔の前に突き出される。

「一番目立つものが残ってしまいましたね……」
「それに入るだろう」

 長い指が指し示す先は、わたしの背中にあるバドミントンのラケットケースである。

「ラケットケースに日本刀突っ込んでも大丈夫なんですか?」
「構わん」
「では失礼して……」

 テニスのラケットと違い、バドミントンのそれは軽い。刀の方が余程重く、慎重にケースに入れ込んだが、どう頑張っても柄巻と頭がこんにちはしてしまう。こんな状態でも良いんですかと同僚に尋ねると、別に、とまるで対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース並みの頓着のないお返事である。
 とりあえず許可を得たので、慎重にそれを背負う。ケースの紐がみりみりと肩に食い込んだ。徒歩通学でなくて良かったと思う。

「実家まで三キロありますが、よろしくお願いします」

 こくんと頷く同僚の珍しい素直さに感動しながら、わたしはペダルに足をかける。

「そう言えば倶利伽羅さん」
「……何だ」
「中学生のわたし視点だと倶利伽羅さんが年上に見えて新鮮です!」
「…………」

 嫌そうな視線だけが返ってきた。
 わたしの肉体は中学時代のものに戻っているようだった。社畜の道を歩み始めてから背中と肩は永久に軋みっぱなしだったのが、今は身体が軽いしちゃんと筋肉もある。腹筋だって縦に割れていたのだ。成人して跡形もなくなってしまったが。無念。
 それなりに爆速でペダルを漕いでいるのに、倶利伽羅さんは息を荒らげることもなく、言葉通りに自転車の隣を並走している。人間じゃないんだなあと思うと同時、これはこれで目立つな、と今更に思った。もう遅い。
 田園を越え、傾斜の強い坂を駆け上がり、小山の麓をぐるりと辿る。夕陽は川の向こうへ沈み、街灯の整備が間に合っていない小道に入り、自転車のライトだけを頼りに畦道をすり抜けた。
 外で遊んでいた子ども達も各々の家へ入り、人の姿は他に見当たらない。自動車社会であるために、元々人通りは少ないのだ。
 薄暗い住宅街の果て、瓦屋根の古びた一軒家の姿が見えてくる。庭に植わった桜、杏、柿、枇杷、金柑、紅葉、松の木が、ガレージの隅の水仙、南天、竜の髭が、実家を出た時とほぼ変わらぬシルエットでそこにあった。

「到着です」

 車不在の屋根付きガレージに侵入し、乗っていた自転車を端っこに配置する。
 うんともすんとも言わず、倶利伽羅さんはわたしのラケットケースに手を伸ばしたかと思うと、そのまま奪ってしまう。学校のボストンバッグが荷物の中では最重量であるため、少しでも荷物が減ったことに対してお礼を述べ、わたしはガサゴソと鞄の中を漁った。目当ては実家の勝手口の鍵である。

「玄関の前で待ってていただけますか? 勝手口から中に入って玄関を解錠しますので」
「分かった」

 両親はまだ仕事中で帰宅していないらしく、室内は真っ暗なままだった。倶利伽羅さんはこちらの指示に従って、玄関の前でじっと立っている。
 家の周囲をぐるりと歩き、裏に向かう。暗闇の中、手探りで勝手口の扉に鍵を差し込む。
 暗くても、まだ身体が動線を覚えていた。難なく闇に包まれた室内を歩き、脱衣所とダイニングを過ぎて廊下へ出る。
 奥の和室からは、線香のにおいが薄らと漂っていた。
 教科書やら何やらを詰め込んで送料六キロとなったボストンバッグを廊下へ置いて、玄関の隅にあったサンダルを履き、玄関の電気を点す。恐ろしく硬い玄関の鍵に指を引っ掛けた。爪が折れないように気を付けて、がこん、と錠を跳ね上げる。
 横開きの戸に手を掛けると、がろがろと大きな音が鳴る。毎度のことながら近所迷惑だよなあと思いつつ、中学生のわたしにはどうすることもできなかった、実家の扉。重い、ガラス戸だ。

「……お邪魔します」

 同僚の実家だということに気を遣ってくださったのか、倶利伽羅さんは小さな声であったがはっきりと挨拶を述べて敷居を跨いだ。んぐ、とわたしは呻きながら彼を招き入れ、適当に客人用のスリッパを出す。
 ほんと育ちが良いよなこのひと。脱いだ靴をきちんと揃えて、スリッパに足を入れたところで、倶利伽羅さんは動作を止めた。

「……あんたの両親はいつ帰ってくるんだ」

 当然の疑問だった。この世界の両親がわたしの肉親と同一人物かどうか確証はなかったが、予想できないことをうだうだ考えても仕方がないので、覚えている限りの情報を引き出す。

「母はパート勤務なので、大体十九時頃には戻ってきますかね。父はいつも遅いです」
「なら、俺の靴は隠しておいた方が良いな」
「わたしの部屋に持っていきましょう。二階へどうぞ」

 歴史改変が起こっている可能性が高い時代ではあったが、不思議と実家そのものと同様に、わたしの部屋も残っている気がした。
 急勾配の階段を辿ると、二階には部屋が二つある。一つの和室を真ん中で分断して作った子ども部屋である。一つはわたしの、もう一つは弟のものだ。多分。
 ドアだけを洋風に変えたアンバランスなところも、実家そのままだ。何年振りに見たかも朧気だが、驚く程に家を出た時のまま、時間が止まっているようだった。

「弟?」
「あ、そうですね。まだ帰ってきてないということは、友達の家にでも遊びに行っているのかなと思いますが……」

 帰宅時間は読めない。しかもこの子ども部屋は隣に声が筒抜けになるので、弟が帰ってきたら同僚とは筆談で物事を進めるしかなくなってしまう。さっさと作業に取り掛かるべきだ。
 ラケットケースから倶利伽羅さんの本体を取り出し、本刃にお返ししておく。見た目は実家でも、扉の向こうまで再現されているとは限らない。開けていきなり怪異に斬り付けられる可能性は、ゼロではない。
 生唾を飲み込み、ドアノブに手をかける。倶利伽羅さんが気を遣って、わたしの隣に立ってくださった。覚悟してドアを開け放つ。

「……倶利伽羅さん」

 思わず、話し掛けていた。
 倶利伽羅さんの静かな呼気を鼓膜が拾う。言葉を遮られる様子はない。わたしの喉からは自然と言葉が溢れ出た。

「……やっぱり実家です。紛れもなく」

 僅かに語尾が震えた。視界に入り込んでくるのは、懐かしい風景だ。恐らくもう二度と実物を見ることはないだろうと思っていたのに。
 安堵と落胆が胃の中で混じって、思わず溜め息を吐く。

「此処は、あんたの歴史かもしれないし、そうじゃないかもしれない。何もかもすぐに決めて動く必要はない」
「何ですか倶利伽羅さん、わたしの心を読むのが随分お上手ですね」
「……あんたは分かりやすい。俺に対しては、特にそう振舞っている」
「…………」

 わたしの首は自然と下を向いた。気恥しさは誤魔化せない。倶利伽羅さんは有難いことにそれ以上言及することはなく、先に部屋の中へ足を踏み入れた。
 六畳の子ども部屋で所在なく突っ立っている倶利伽羅さん(腰布オフ)の破壊力、凄まじい。脳が溶ける。己の肉体年齢に引き摺られて「お兄ちゃん」とでも呼んでしまいそうだ。呼んだら多分ドン引きの眼差しを浴びることになるが。

「何だか、ただいまって言いたくなってしまいますね」
「止めておけ。置き去りになって困るのはあんただ」
「……倶利伽羅さん、本当にお優しいですけど何か変なものでも食べましたか」
「素直に喜んでいろ」

 どうしよう、鞭が消えた。飴ばかりで動揺するわたしを鼻で笑って、倶利伽羅さんは部屋の奥に配置している勉強机に向かった。キャスター付きの椅子を引いて、そのまま腰を下ろしてしまう。

「それで、今できることは何だ」

 きちんと業務へ軌道修正してくださるところも流石だ。素晴らしき同僚である。
 しかし今のわたしの肉体は中学生、ものすごく素直である。結論から言うと腹の虫が産声を上げてしまった。成長期の運動部なので普通である。

「あの、すみません……何も食べない方が良いですよね?」

 流石に恥ずかしいので、恐る恐る倶利伽羅さんを見上げると、意外にもその表情は凪いだままで拍子抜けする。

「空腹を感じるなら、あんたの肉体はこの時代のものと断定して良いだろう。何も食わなけば餓死するぞ」

 耐えられんな、運動部のわたし。無理だな。

「うーん、母が帰宅するまでは何とか我慢しましょう。倶利伽羅さんはどうですか」
「問題ない」
「早く現場に戻らないとですね。じゃ、取り急ぎ現状把握からやりますか」

 腹の虫にはおねんねしてもらえるよう念じながら、壁に立て掛けていた折り畳み式のローテーブルを引っ張り出す。鞄の中からルーズリーフを取り出し、その辺に投げ出されていた座布団を倶利伽羅さんに勧めた。
 倶利伽羅さんが座っている椅子は、わたしが小学生の頃から使っているのでかなりへたっており、十分も座れば尻が痛くなってしまうのである。
 素直に花柄の座布団を受け取った同僚をなまあたたかい目で見守りながら、シャープペンの頭をノックする。

「何から整理しましょうか……この時代のわたしはオンボロのデスクトップパソコンしか持ってないんですよね。起動に十五分かかります」
「……紙の方が良いだろう」
「そうします。ええと、じゃあこちらの状況からまとめていきますかね」

 カンカンカン、と踏切の音がする。家から駅までは離れているが、田舎であるが故に家の中でも聞こえることがあるのだ。風通しの良い田舎です。畑と田圃と家しかないとも言う。

「め本丸の備品確認中に怪異に巻き込まれて、ね本丸で色々頑張った挙句に鶴丸国永に誘拐され、ね本丸のお弟子さんが仮死状態で水槽にドボンされているのを発見した……ここまでは共通認識で良いですか」
「間違いない」
「わたしについてですが、肉体が中学生に戻っているので健康体です」
「そうか」

 ものすごくどうでも良い事象にもちゃんと相槌を打ってくださる。何なんだ神か。神でしたね。

「精神年齢が微妙なんですよねえ。社会人としての自分と、中学生の頃の自分が交互に顔を出している感じで……社会人のわたしは業務に必要な情報収集に意識を傾けている感じなんですけど、中学生のわたしは空腹とテスト勉強のことしか頭にないです」
「通常運転なんじゃないか」
「今のは精神年齢が中学生で止まっているんじゃないかというご指摘で良いんですかね」
「深読みし過ぎだ」

 倶利伽羅さんはわたしの声を片耳に、徐ろに勉強机に備え付けられている本棚に手を伸ばし、適当に本を開いては閉じるといった動作を繰り返している。興味をひくようなものがあるとも思えないが、何か意味があるのかもしれない。

「その後、本丸の地下の研究室で一期一振と接触し、偶然ですが用地整備課のにっかり主査とコンタクトが取れました」

 倶利伽羅さんが手を止めた。静かに瞬きをして、また本棚の探索に戻っていく。

「……極秘プロジェクトか」
「倶利伽羅さん、やっぱりわたしの心の中が読めるんじゃないですか?」
「興味がない」
「ですよね」

 素っ気ない声に安心するので、わたしも随分調教されてきたのだなあと思う。何か嫌な言葉の並びだ。「慣れてきた」ぐらいの表現に抑えておこう。
 本棚には学校の教科書や、塾の教材なんかがある。懐かしいなあと思いながら、黒の革手袋の動きを見守っていると、何やら一冊のノートが出てきた。

「…………」

 持ち主に断りもなくノートを開く倶利伽羅さんである。何のノートだろう。あまり記憶がない。学校の授業用のそれにしては、随分じっくり視線を落としているような気がする。
 はっとしてわたしは立ち上がった。

「ま、それ、日記とか」
「ああ。日付は確かに過去のものだ。確かめてみろ」
「アアアアア」

 羞恥で頭が茹だった。静かに差し出されたノートはわたしが過去に綴った日記で、学校や勉強や部活のことなど、些細な日常をたらたらと書き殴っているだけの特に意味もない代物である。
 取り急ぎ全部燃やそうと思いながら、日付だけ確認する。同僚の証言どおり、過去のものだ。年数にも間違いがないし、何なら日記の内容も書いた覚えがある気がする。恥ずかしいのでノートは本棚に戻さず、わたしの手元に置いた。着実に燃やさなければならない。
 こういう時は、話題を逸らすに限る。何かないか。捻り出せわたし。
 何も良い案が出ずに思わず唸ったその時、部屋の外でトン、トン、と軽い音が鳴った。一定の間隔でこの部屋に近付いてくるようだった。

「今、階段を上ってくる音がしたが」

 もう親が帰ってきたのかと、倶利伽羅さんが少し慌てる。わたしは部屋のカーテンを少し開き、家の外に視線を落とす。すっかり暗くなってしまっているので、目を凝らす。
 木々の隙間から見えるガレージには、自転車がぽつんと一台あるだけだ。

「いや、ガレージに車がないので、母じゃないですね」
「じゃあ誰だ」

 トン、トン、とまだ音は続いていた。父親が帰ってくるのは遅いんだろう、と彼は疑問符を掲げている。そう、こんな時間に父親は帰宅しない。

「誰でもないですよ」

 虚空を見つめる猫のような表情で、倶利伽羅さんは固まってしまった。

「あー、わたしの実家ね、出るんですよ。わたしは姿を見たことはないんですけど」
「…………」

 てっきり胡散臭いものを見るような目を向けられるかと思ったのに、倶利伽羅さんは椅子から立ち上がり、わたしのすぐ傍まで近付いてきた。意外な行動である。
 見えないならいないのと同じ、という理論は、悪魔の証明に似ている。

「座敷童子さんみたいなものだと思いますよ。階段ダッシュに勤しんでらっしゃるか、玄関の鍵開けに奮闘して諦めちゃうとか、そんな感じです。勉強サボって惰眠を貪っていたら壁ドンして起こしてくれますし、親切ですよ」
「………………」

 わたしの目の前で仁王立ちになって腕を組み、難しい顔で黙りこくってしまう同僚であった。思ったより動揺してらっしゃるようだ。

「座敷童子さんとは別に、たまに迷い込んできた感じのアレに金縛りされることはありますけど、肉体が寝ていて意識だけがある状態だって医学的にも判明していますし」
「矛盾したことを堂々と言うな」
「まあ、どうしようもないですしね。十数年もあれば嫌でも慣れますよ」

 ふ、と遠い目をしたわたしにドン引く倶利伽羅さんであった。社会人になって一人暮らしをするようになったら全く金縛りにならなくなったことは、別に言わなくても良いだろう。
 今、この場に迷い込んでくる「何か」がいなければ、それだけで万々歳だ。
 倶利伽羅さんは毎度の如くマリアナ海溝並みの溜め息を吐き捨て、部屋の中を見渡した。
 土壁に安全ピンで取り付けたジグソーパズルの猫の絵画。勉強机。本棚。型落ちのデスクトップ型のパソコン。寝ると腰が痛いすのこのベッド。折り畳み式のテーブル。プラスチック製のゴミ箱。押し入れ。普通の中学生の部屋だと思う。

「……この部屋、鏡がないな」
「そりゃ、映ってしまうので」
「…………」
「布を掛けておけば良いんですけどね。夜に限って布が外れてしまうことがあるので、いっそ置かない方が楽だなと」

 年頃の娘の部屋のくせに鏡もないのか、と言外に指摘されたような気がしたので、丁寧に弁論したつもりだった。正当な理由だと胸を張ったつもりが、倶利伽羅さんは己の前髪をくしゃくしゃと片手で掻き乱して、俯いた。

「…………あんたの逃避癖は幼少期からか」
「そんな大袈裟な」

 俯いたまま吐き出された声の低さに思わず肩が跳ねそうになる。同僚の機嫌を損ねるつもりは毛頭なかったのだが、わたしは一体何を間違えたのだろう。
 次に紡ぐべき言葉を探していると、隣の部屋から、かりかりと何かを引っ掻く音が聞こえてくる。
 倶利伽羅さんの鋭い視線がわたしの目に突き刺さった。説明を求められている。

「屋根裏に鼠が住み着いています。古い家なので」
「その鼠が、隣の部屋の壁を引っ掻くのか?」
「……そういうことにしています」

 言うなり、天井のシーリングライトがちかちかと点滅し始めた。偶然である。

「おい」

 嫌そうに声を出した倶利伽羅さんだった。わたしだって嫌ですとも。ちかちかしていると目に悪い。

「電灯の交換時期にぶつかったんでしょうね。いつ交換したのか分かりませんし」
「あんた、本当に正気か?」
「どう見えますか?」

 質問に質問で返すな、と怒られる。正論だ。答えをはぐらかしてもどうしようもない。
 わたしはただ逃げ続けている。向き合いたくない。認めたくない。
 何かが崩れ落ちそうな感覚だけがある。ただ、わたしには解決する手段がない。ただ受け流して、のうのうと生き延びることしかできない。

「まあ、こういう時はですね」

 わたしは立ち上がり、空中に向かって手をパンと大きく打ち鳴らした。
 シーリングライトは大人しく白光を放ち、偶然にも点滅を止めた。あれだ、テレビを叩いて直すようなものである。

「…………」

 悲しきかな、同僚は省エネモードに突入してしまった。
 気を取り直し、ルーズリーフにがりがりと情報を書き付けていく。そうしていると、省エネモードではあるが倶利伽羅さんの手が伸びてきて、補足が書き加えられる。

「無意味に過去に飛ばされることもないですよね。推測でしかないですが、今回の案件で関わっている審神者の方々、この時代の人の可能性があるのかもしれません」

 最早返事もない。間違っていないから訂正されないのだろう。

「そもそも倶利伽羅さんはどうやってこの時代へ?」
「……遡行しただけだ。あんたの生存反応が最も顕著な時代だった」

 歴史上の偉人の生存反応は、時の政府が開発したシステムである程度は捕捉可能だが、ただの職員、しかも過去のデータが消えているような人間でも捕捉できるようになっているとは知らなかった。

「え、じゃあわたしが戻る方法も明らかになってるんです?」
「……調査中だ」

 そんな状況で、わたしを探しに時間遡行してくださったというのか。あまりにも熱い展開に涙が出そうだ。

「でも正直、わたしは戻れるんですかね……刀剣男士の時間遡行は何の問題もないでしょうけど」
「この時代で学生として生きているあんたに、未来のあんたの精神が入り交じっているのは、想定外だった」
「あー、じゃあやっぱり戻れない可能性も考慮して動くしかないですね」

 立ち上がった倶利伽羅さんは、信じられないようなものを見る目でこちらを捉えていた。
 自分が怪我をしたってそんな顔はしないのに、わたしの肩を引っ掴んで、僅かに唇さえ震わせている。

「大丈夫ですよ倶利伽羅さん、わたしは不運ではありますが、悪運は強いので」

 それだけが取り柄のようなものだ。安心させようと思って微笑むと、舌打ちが飛んでくる。

「根拠もなく大丈夫と言うな」
「そりゃないですよ根拠なんて。こんな状況になってしまった以上、やれることをやるしかないです」

 普段の倶利伽羅さんと立場が逆転したような物言いになった。
 そうだ。倶利伽羅さんは、いつも仕方なくではあるが、わたしを励まして落ち着かせて、仕事に専念させてくれた。飴と鞭を使い分けて。
 結局、彼は人間を見捨てるという選択を可能な限り避ける傾向にある。

「どうしようもないので」

 つい口から零れた言葉に、肩の骨に倶利伽羅さんの指が食い込んだ。突然の痛みに息を止め、驚いて見上げれば、琥珀色の瞳がこちらを真っ直ぐに見据えていた。

「……二度は、言わせない」

 手にしていたシャープペンシルが、ごろりとローテーブルの上に転がった。

「……何処にも逃げられやしないんですよ」
「そうか」

 腑に落ちた声を出して、倶利伽羅さんはわたしの腕を掴んで無理矢理立ち上がらせた。勢いで制服のプリーツスカートがぶわりと広がり、中学生の自分の頼りなさに愕然とする。
 琥珀色の双眸に見下ろされ、ただそれだけなのに、わたしの身体は硬直して動かない。

「『歴史上ではもう存在しない』という事実を、ただの人間が容易く受け入れられる訳がない」

 人間は、弱い生き物だ。自己を否定されることは辛い。歴史の否定は、人生の否定だ。
 そして我々は、「正しい歴史」と「正しくない歴史」を選別し、否定し続けることで「正しい歴史」を守っている。歴史保安庁という組織の法や規則に従って、刀剣男士という付喪神を使って。
 都合の良い時だけ被害者面はできない。歴史を守るという免罪符は、傲慢だ。

「職務を全うする以前に、あんたはただの人間だ」

 何故、倶利伽羅さんはわたしを肯定してくれるのだろう。ただの一職員であるわたしを。
 そうだ。偶然にも過去がなかったことになって、偶然にも霊力と呼ばれるものを少し持っていて、偶然にも役所に勤めていた。条件はそれだけだ。
 ひとつでも背景が異なれば、わたしはへなちょこの審神者になっていたか、歴史の藻屑となって消えていた。
 偶然の産物だからなのか。わたしが望んだからではなく。

「理由が欲しいか」
「あれば納得できます」
「あんたを喜ばせるための理由なんて持ち合わせちゃいない」

 それはそうだ。いつだってこの同僚の言葉は、正しくあろうという姿勢の下で選び抜かれたものばかりだ。その場しのぎに出鱈目を言うことは、ない。

「逃げる場所がないから、あんたはちゃんと自分の足で立っている」

 この刀は、ひとをよく見ている。表面だけではない。心根の動きまでも見透かしている。
 寡黙ではあるが、必要な言葉を選ぶ技量に不足はない。だからこそ、その言葉の一欠片の威力は増す。

「あんたも俺も、ひとりで立てる。隣に並びたいなら願えば良い。得意だろう」

 そう、得意だ。現実逃避と、尊い同僚に手を合わせることと、とりあえず走りながら考えることは。
 優しい言葉(当社比)を矢継ぎ早に投げ掛けられて、わたしは自分の精神が己の手でどうにもならない段階にまで落ちていたことを知る。

「……お手数をおかけしました」
「昼飯三回分で手を打ってやる」

 倶利伽羅さん、どうやら鞭を職場に忘れてきたようだ。
 つんと痛む鼻の奥を無視して、わたしは勿論ですと良い子のお返事をした。目頭に滲み出た水分をセーラー服の袖で拭い、深呼吸を繰り返す。
 ぼやけた頭を覚醒させるために両の頬を加減して叩けば、倶利伽羅さんが呆れたような溜め息を隠しもせず、こちらを見やった。

「やっぱり環境が良くないと精神にも良くないですね」

 渋い顔をした同僚が、傍で胡座をかいた。わたしもスカートのヒダに気を付けながら腰を下ろす。

「ようやく認めたか」
「いやー無駄な抵抗してすみません」

 全くだ、と倶利伽羅さんが鼻を鳴らした。我に返ると大変に恥ずかしい。
 別に実家に戻れないから何だと言うのだ。冷静になればかなり劣悪な環境としか言えないではないか。戻れば逆に支障があると気付けて良かったのだ。何故わたしの家族は平気だったのかは、多分一生の謎である。

「……あんたらしくない」

 そっぽを向いて告げられた言葉に、感激のあまりわたしは口を押さえて蹲った。塩対応の同僚に心配してもらえるとか、何? わたしは前世できちんと徳を積んでいたのか?
 しかし、喜んでいる場合でもない。先程はいきなりメンタルが死んだわたしだったが、どうにも妙だ。自分の感情は、ある程度は自分で制御できるものだ。例え中学生の肉体に引き摺られたとしても、妙な違和感がある。
 別にわたしは、己の過去に特別な拘りがある方ではない。生きて、ただ振り返ってみた時に轍ができているなあとか、そういった類の感想しか持っていなかったはずだった。

「あの、この時代のわたし、やっぱり変です。自分の意志だけじゃなくて、何か別の要素に突き動かされているような」

 言葉にして初めて、きちんと納得ができた。奇妙な感情の揺れ動きは、わたしが望んだものではなかった。
 倶利伽羅さんはわたしの言い分を否定することなく、静かに思考を巡らせていた。そして確信を持って、切り込んでくる。

「そもそも此処は、本当にあんたの実家か?」
「それは……」

 そうだ。何でわたしは疑いもなく、この家を「実家」と思ったのだろう。
 家の外観、内装は、確かにわたしの知っている生家に違いなかった。だが、もしもわたしの記憶を読み取って具現化できるなら、その場所が本当に実家でなかったとしても、誤認させることができる。
 今一度、自分の認識を全て消し去って、真っ白な精神状態で現状を再確認しなければならない。本案件の切っ掛けは、「ち本丸」の審神者の行動にある。
 自由奔放で元気な人間より、囚われて弱った人間の方が扱いやすい。
 敵陣の狙いは、わたしを傀儡化して良いように利用することではないか。
 時の政府職員としてのわたしの業務は、今回の案件の主犯の審神者の消息を掴むことである。目的を見失ってうだうだしている場合ではない。

「と、とりあえず書き出します」

 自分の脳内だけでぐるぐるしていても解決しない。わたしはルーズリーフにシャーペンを走らせて、兎に角思考を図式化するよう努めた。
 倶利伽羅さんの視線が手元に落ちる。不安で昂ぶっていた心の内が、穏やかに宥められるのが分かる。書き起こしの速度は緩めず、湧いて出てくる仮説を並べる。
 またしてもカリカリと爪か何かで壁を引っ掻く音が聞こえたが、今は無視だ。後でお相手しますので。知らんけど。

「違和感は全て洗い出せ」

 倶利伽羅さんは静かにそう零して、わたしの手を見守っている。業務の度に言われ続けてきた言葉だ。
 なるべく平坦に、冷静に思考を張り巡らせる。
 わたしが見た幻覚の中でも、きちんと目視したのは幼い少女の姿だけだ。兄の姿は見ていない。妹さんは水槽の中。鬼ごっこ。隠れんぼ。今までずっと聞こえていた「もういいかい」。怪奇現象を結び付けるとしたら、ひとつ該当する都市伝説がある。
 いや、都市伝説と侮る勿れ。本丸は色々な境目を曖昧にする。加えて、此処は「なかったことになった歴史」である。妙な力が働いたとしても何ら不思議ではない。
 もしも兄が、妹の器と中身がばらばらの場所にあって、器だけが用意できたとして、その中身を手に入れるための行動は。
 自分の力を補強するのに丁度良い人材が転がっていて、尚且つ「過去がなかった」とすれば、利用するのはそう難しくないだろう。

「倶利伽羅さん」
「何だ」

 手を止め、わたしは顔を上げた。同僚は己の襟足を手で梳いて、わたしが結論を出すのを待っている。ただ、申し上げるには根拠がまだ弱い。

「倶利伽羅さん、『ひとり隠れんぼ』の条件はご存知ですか」
「興味がない。調べるから待て」
「ありがとうございます」

 学ランの裏側から端末を取り出し、倶利伽羅さんは淀みなくフリック操作を開始する。インターネット回線が過去のものなので時間が掛かったが、数十秒も経てば、結果の表示された画面がこちらに向けられる。
 用意するものは、手足があるぬいぐるみ、米、縫い針、赤色の糸、刃物、コップ一杯の塩水、避難場所となる部屋である。
 下準備が必要らしい。用意したぬいぐるみに自分以外の名前を付け、ぬいぐるみを裂いて綿を全て抜き、代わりに米を詰める。次に、爪、髪の毛、血のいずれかをぬいぐるみの中に入れ、赤い糸で裂いた部分を縫い合わせる。残った糸は切らずにぬいぐるみに巻き付けて結んでおく。それが終わったら浴室に向かい、風呂桶に水を張っておく。最後に、クローゼットや押し入れの中など、あらかじめ隠れる場所を決め、コップ一杯の塩水を置いておく。

「また面倒な手順ですね」

 倶利伽羅さんは頷くことすらせず、端末をそのままスクロールした。
 本題の手順が出てきた。
 午前三時になったら、ぬいぐるみに対して「最初の鬼は」と言って、自分の名前を三度名乗る。浴室に向かい、ぬいぐるみは水を張った風呂桶に入れる。家中の明かりを消し、テレビだけをつけておき、目を閉じて十秒数える。その後、刃物を持って再び浴室へ行き、風呂場にあるぬいぐるみの名前を呼び「見付けた」と言う。ぬいぐるみを刃物で刺し、ぬいぐるみの名前を呼んで鬼の交代を宣言する。言い終えたら、すぐに塩水を置いた部屋に隠れる。

「いや面倒くさい」
「……同意する」

 しかもこのひとり隠れんぼ、二時間以内に終わらせろとのことである。多分一分でも過ぎれば色々とアレな事象が出てくるのだろう。
 終わり方にも指定がある。隠れ場所で塩水をコップの半分ほどを口に含み、コップを持って浴室に向かう。ぬいぐるみを見付け、コップに残った塩水を掛けてから、口に含んでいた塩水を吹き掛ける。ぬいぐるみに「私の勝ち」と三回宣言すれば終了。使用したぬいぐるみは燃やして処分する。

「……失敗したとか、どうですか。夜中の三時から始めて、必死で逃げ惑って、どうにもならずに代わりの生贄を引き寄せたというか」

 倶利伽羅さんから否定の言葉は出てこない。そもそも今、何時だ。勉強机に置いていたデジタル時計の数字を読み取る。

「四時四十四分とか、またそんなベタな」
「だが、確証は得られそうだ」

 隣の部屋から、カリカリと引っ掻く音が絶えず聞こえている。倶利伽羅さんと顔を見合わせ、同時に立ち上がって部屋を出る。
 廊下に出ると、倶利伽羅さんがわたしの肩を柔く押して、先に隣の部屋に備え付けられた扉の前に立った。どうやら先陣を切ってくださるらしい。

「開けるぞ」

 一秒も待たず、同僚が隣の部屋のドアを開け放った。

十二進法の遠景|24

201101
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