エルヴィン・スミス1 04
青い空に、白い雲が浮かびゆっくりと形を変えながら風に流されていく
リヴァイは地面に仰向けになったままじっとそれを眺めていた

「悪くねぇ」

偶にはこうして空を見るのも良いのかも知れない
そう思いながら乱れた呼吸を整えて、ゆっくりと体を起こした
立ち上がって背面についた汚れをぱっぱと払い、髪をさっと整えると窓から恐々と顔を覗かせている訓練兵へ目を向ける

「ガキ、ここを片付けておけ」
「!……了解しました、リヴァイ兵長!」

地面に散らばるのは多数のハタキの残骸
何本か折れた刃も混ざっているが、やはり分が悪かったか
リヴァイはそう思いながらエルヴィンが向かった方角へと歩き出した




「クソ……痛ぇ」
「大丈夫か、オルオ」
「お前はよく戦ってくれたよ……」

本が散乱し、壊れた椅子やテーブルの残骸が散らばるキースの部屋
一部床板まで引き剥がされていて、戦いの過酷さを表していた
脚を投げ出して座り込むオルオが辛そうに腰を摩っている
仲間が倒れる中、最後まで足止めをした彼は団長に投げ飛ばされて強かに体を打ち付けていた
そんな班員を労いながら立ち上がらせると部屋の隅で何故か枕で頭をガードしながら茫然としているキースへと顔を向ける

「すみません、荒らしてしまいまして……」
「……お前たちの対人戦術は素晴らしい。が、二度と室内ではやってもらいたくないものだ」
「片付けに人を寄越すように手配します。……おい、誰だよ床板剥がした奴は」
「知らねぇ」
「オルオ、お前だろうが」
「?……手に触れた物を投げてただけだが」
「床板を剥がすなんてどんな力だ……」

そんな言葉を交わしていると扉が開いて兵長が顔を覗かせた
室内を見回すと突破された窓や戦いの痕跡を見てふうと息をはく

「やはり止められなかったか」
「はい、なんか異常な目つきで……怖かったっス」
「どうにかしてやりたかったがな。あのガキも災難なことだ」
「兵長、すみません。突破されました!」

ぱたぱたと足音が聞こえ、ペトラが駆け寄って来たのが分かった
ということは、は団長に捕まってしまっただろう
今から救援に向かうべきか――と思ったところで窓辺に立つキースがこちらに顔を向けた

「目的は達したようだ」
「……エルヴィン、無理矢理了承させやがったな」
「そのようだ。珍しく晴れやかな表情を浮かべている」

それを聞いて皆で窓へと近付き、兵舎から歩き去る団長の姿を見る
キースの言う通り、口元に笑みを浮かべているのが分かった
彼が望んだ答えを手に入れたのならもう自分たちが止める必要もないだろう
一人の訓練兵に多大な迷惑を掛けることにはなるが――

「引き上げるぞ。……寝直す。身体が冷えた」
「了解しました。なんか寒気がしますね」
「風邪をひくかも知れませんよ。温かくして休みましょう」

そんな会話を交わし、五人でキースの部屋から引き上げる
そろそろ人々が起きだして活動を始める時間になる頃か
こんな姿をあまり大勢の目に触れさせるのも嫌だからさっさと自分たちの兵舎へ戻らなければ
エルドはそう思いながら建物の影から差し込む朝日の眩しさに手を翳した


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。返答を聞かせて欲しい」

脱衣所で対峙する団長から掛けられた言葉
それを聞いてはゆっくりと顔を上げた
手の震えを、脚の震えを抑えるように力を込める
こちらを見下ろす団長には表情がなかった
告白をした相手に向けるには相応しくない無表情
肯定以外の返事を認めないという圧力を嫌と言うほど感じた
だから、自分の答えは――

「……私を、一兵士として。特別扱いをしないと約束してくださるのなら……お受けします」

団長の彼女になるからといって、特別扱いをされるのは嫌だった
同期と同じように兵士として扱って欲しい
そんな自分の言葉に団長がゆっくりと頷いた

「分かった。だが、任務外では恋人として扱う」
「はい……よろしく、お願いします」

まさかこんな形で恋人が出来ることになるなんて
女としてはもっと良い雰囲気の中で話をしたかったなと思う
こんな場所で寝衣姿で
恥ずかしいと思っているとエルヴィンがこちらへと足を踏み出した
無意識に体を引くと彼の手がひたりと頬に触れる
その手は冷たくて、まるで目の色を表すかのような――
びくりと小さく肩が跳ねるがそれに構わずに彼が身を屈めて、こちらの頬に唇が触れた
驚いて息を止めると至近距離で彼が笑う

「良い一日を」
「は、はい……団長も、良い一日を……」

少し声が掠れたがなんとかそう返す
下ろしたままの髪に、団長の手が梳くようにして触れた
緩くウェーブを描き腰を超えてお尻を隠すほど伸ばした髪が彼の長い指に弄ばれる

「君の髪は美しい」
「そう、でしょうか……」
「様々な色に染まる。……今はブロンドだ」

誰も使う人の居ない脱衣所
その壁際に誰が忘れて行ったのか、ぽつんと置かれていた燭台に灯る火
それに照らされて、確かに色味の殆どない自分の髪はブロンドに見えた
珍しい髪色だと言われ人の注目を集めることが多い
そんな髪を団長は口元に寄せて唇で触れた
ぽっと頬が熱くなり、視線を落としてしまう
どうして彼は何をしても様になるのだろうか
毛先まで辿り着いた指が離れ、コツ、と踵を鳴らして立ち去る団長
扉が開いて、軋んだ音を立てて閉まって
暫く呆然としていたが、我に帰って脱衣所を出た
同期たちの視線を一身に受けながら小走りで廊下を進み何か言いかけたユミルをするりと躱して部屋へと駆けこむ

「サシャ……サシャ?」

どこへ行ったと室内を見回し、窓から外を見てみる
すると何故か彼女がハタキの残骸を回収しているのが見えた

「あれ?サシャ……兵長が倒れてなかった?」
「はい、ここに倒れていましたが……起き上がってどこかへ行ってしまいました。私に掃除を命令して」
「そう……良かった。疲れてただけだったんだ」
「凄まじい戦いでした。目の前で見ていましたがさすがは人類最強。ハタキで刃を叩き折るなんて凄いですよ!」
「兵長は凄いね……ごめんね、サシャ。巻き込んじゃった」
「良いんですよ。それよりも……どうなりました?」
「……被害を拡大させないために……」
「そうでしたか……安心してください。誰にも言いません。まあ……すぐにバレてしまうと思いますが」
「うん……約束通りにパンはあげるからね。私、着替えちゃうね」
「分かりました!」

パンに反応したのか、サシャが良い笑顔を見せてくれる
心が疲れた自分にはそれは癒しだった
これからのことを考えると不安しかないが、憧れの人の側に居られるのならばそれはそれで、幸せなのかもしれない
はそう思いながらカーテンを閉めると着替える為に衣装棚へと足を向けた


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結局、朝から大騒ぎをしたせいか食欲がなくて朝食は全てサシャに譲ってしまった
自習の為に部屋を出るのも面倒で部屋に引きこもって教科書をぱらぱらと捲っている
目は文章を追わず、ただただページを捲っているだけだけれど
そんな自分の耳にコンコンとノックの音が聞こえては反射的に口を開いた

「はい」
「邪魔するよ」
「ユミル、クリスタ……」

リヴァイ班の人によって鍵が壊された扉を開けて入って来たのは同期で友人の女の子二人
彼女たちが自分が向かうテーブルに近付くとこちらを見下ろして首を傾げた

。朝になにがあったんだよ」
「え?」
「なんか兵長がパジャマ姿で飛んでたとか、ハタキで戦ってたとか。他にも班員が皆パジャマのまんまで走り回ってたとか」

人からそう言われ、改めて朝の光景を思い返す
きっと異様にしか見えなかっただろう
夢であったと思いたいが悲しいことに全て現実に起こったことだった

「その中にお前も混ざってたらしいじゃねえか。それに、戦ってた相手が団長なんて。訳がわからねぇ」
「そのままの通り、なんだけどね……」
「はぁ?」
「説明すると……長くなるけど。私、昨日団長に告白をされてしまって。返事は後日って言われて……それで、朝になってカーテンを開けたら窓の外に団長が下りてきて、返事を聞かせて欲しいって……兵長が一昨日から団長の様子がおかしいって見張ってたみたいなの。それでリヴァイ班の先輩たちが私を逃がそうとしてくれてあの騒ぎに……結局、捕まっちゃったんだけど……」
「は……団長が告白?そりゃあ騒ぎにもなるな……それで、お前はなんて答えたんだよ」
「特別扱いをしないのなら、受け入れますって」
「はぁ?馬鹿かよ、思いっきり好待遇にしてもらえば良いじゃねえか」
「嫌だよ、そんなの。私は兵士なんだから」
「真面目な奴だな。大人に甘えとけば良いじゃねぇか」
「良くないの。皆と一緒に戦いたいもの」
「ふんっ、お人よしだな。……ところで、お前なんか顔色悪くねぇか?」
「本当だ。、ちょっと触るね」

ユミルの言葉にクリスタがこちらの額に手を伸ばす
小さく柔らかな手が触れると彼女が表情を曇らせた

「熱があるよ。今朝、冷え込んだから……」
「パジャマで走りまわってりゃ風邪もひくだろうさ。はあ……仕方ねぇ。クリスタ、診療所に薬貰いに行くぞ」
「うん。待っててね、。あ、ちゃんと着替えて横になっててね」
「ありがとう」

礼を言って二人が部屋を出て行くのを見送る
自分の額に手を触れると、確かに普段よりも体温が高いような気がした
寒気がするのは団長のせいで、頭がぼおっとするのは寝不足のせいかと思っていたのに
体調不良が原因だったのかと思いながら立ち上がると衣装棚から寝衣を引っ張り出した
今朝着ていたものは洗濯をして干してあり、これは洗い替えのほう
二組のパジャマのヘビーローテーションだが、少し古びてきただろうか
そろそろ買い替えなければねと思いながらは私服の釦に指先を触れた