エルヴィン・スミス1 08
「ご迷惑をお掛けしました」

ぺこりと頭を下げる自分の前にいるのは班長を始めとした特別作戦班の人たち
サシャから聞いたのだが彼らは全員が見事に風邪をひき、あの日から三日間寝込んでいたらしい
自分も同じように寝込み、その間に足首の捻挫は治り、熱も下がった
今日から訓練に復帰して遅れた分を取り戻さなければならない
とは言っても成績上位者であり、後は解散式を経て正式配属を待つだけなのだが
それでも兵站拠点の設置任務に参加するために体力は戻しておかなければならなかった
下げていた頭を上げると正面に立つリヴァイ兵長が険のある目で自分を見る
その視線が自分が先ほどから押さえているシャツの襟元へと向けられるのが分かった
何か言われそう――と身構えるが言葉ではなく行動に移した彼に驚いて反応が遅れる

「!ーー」

こちらに伸ばされた手に手首を掴まれて襟から引き離されてしまった
僅かに開くその部分から覗く肌には、エルヴィンが残した跡が――
周囲とは異なる色味のそれにリヴァイが意味を察したらしく表情が一層厳しくなった

「てめぇそりゃ……」
「っ、あの、首が隠れるような服を持っていなくて……」

団長の手厚すぎる看病から解放され、兵舎に戻る事は出来たがまず困ったのはこの首の事だった
赤く小さな跡だけならば虫刺されといって誤魔化す事も出来たかもしれない
でもそれ以外に――それ以上に深刻な跡がまだ消えずに残っていた
人が見ればぎょっとするような、明らかに人の手で強く押さえられたと分かる跡が
それに小さな赤い跡はここだけではなく胸とかお腹とか
腰にも内腿にもあちこちに跡が残されていて、これでは友人と一緒にお風呂に入る事も出来ない
同期たちに――特に同室のサシャに――怪しまれないようにと必死になって隠してここまで来たのに
やはり隠し通せるものではなかったか
そう思っているとリヴァイが自身の首に巻いているスカーフを外した
それをふわりとこちらの首に掛けると巻き付けられてから手が離される

「やる。隠しておけ」
「っ……ありがとうございます」

兵長の体温が感じられてなんだか気恥ずかしい感じがした
でもこれでずっと首を気にしなくても済むだろう
ほっとしているとリヴァイの斜め後ろで同じくスカーフを巻いているオルオが己のそれを外した
丁寧に折り畳むと一歩前に出て兵長へとそれを差し出す

「リヴァイ兵長、安物ですけど……」

その言葉に彼がそちらに目を向け、スカーフを受け取ると慣れた手付きで首に巻いた
いつもと同じように端を前に垂らすとジャケットの襟を直してこちらを見る

「力ずく、だったのか」
「っ……、……いえ、そんなことは……」
「……」
「……少しだけ、強引でした、が……」
「……悪いことを聞いた」
「いえ……」

正確にはほぼ無理矢理だったかも知れない
禄に動けない状態での行為だったのだから
自分としてはまだまだ先の事で、想像すらしていなかったのに
というか、兵長相手にこんな話をするのは恥ずかしくて仕方がない
そう考えてふとリヴァイの背後に控える班員の方へ視線を向けて
ものすごい憐みの目で見られてしまい、思わず顔を伏せた
風邪をひき、寝込んでいる相手への無体なのだからあんな顔にもなるだろう
看病と称して、汗を拭こうと服を脱がせて――
そこまでは良かったのに――いや、良くはないが――あんな事になるなんて
しかもあの日だけで留まらず、兵舎に戻る前日――つまりは昨日の夜まで繰り返し、何度も
おかげで行為の痛みは感じなくなったが少し腰に痛みがあった
エルヴィンの側から離れた今日からはゆっくりと休む事が出来るだろうけれど
思わず小さく息をはくとオルオがこちらに顔を向けた

「その……大丈夫か?団長、お前のことになると異常だから……」
「はい……異常、ですよね。怖かったり優しかったり……よく、分からない人、で……」

言いながらもじ、と体の前で両手の指を組む
優しくて、怖くて
でもそんな団長の事がやはり自分は好きだと思っていて――

「すみません、大丈夫です。ちょっと、驚きましたけど……団長のことは好きです」
「……悪かった。助けられたら、良かったんだが……ケホッ、ゴホッ」
「いいえ。皆さん、風邪をひかれて……あの、これを……」

そう言い、ジャケットのポケットに手を入れて缶を取り出した
カラカラと音が鳴るそれを両手で兵長へと差し出す

「のど飴です。あまり甘くないやつなので……」
「……貰っておく」

兵長がこちらの手から缶を取り、蓋を開けた
中に入っている淡い緑色の飴を見ると班員の方へとその手を向ける

「「「「頂きます」」」」

皆がそう言い、オルオが一つ摘まんで口へと入れた
エルドもグンタもペトラも
一人が一つずつ口へと入れて、最後にリヴァイも口へと入れて
カツ、と飴が歯に当たる音を聞きながらはもう一度頭を下げた

「本当に……ありがとうございました」
「……エルヴィンの暴走は止められねぇな」
「っ……そうですね。積極的過ぎですが……優しく、してもらっています……」

そう言うと、班員の方たちがまたしても憐みの目で自分を見る
思わず顔を背け、一呼吸おいてからは改めて彼らに向き直った

「兵站拠点の設営任務に参加します。まだ訓練兵ですが精一杯やらせて頂きます」
「そうか。せいぜい死なねぇようにしろ。……というか、死なれたら困る。エルヴィンが後を追いそうだからな」
「うっ……はい。では失礼します」

兵長の声がカッスカスになっているが大丈夫だろうか
オルオもまだ咳が出るようだし、他の人も声が変になっていた
次の任務までに皆治っていれば良いけれど――
それまでに自分も体力を取り戻さなければ
はそう思いながら団長室へと向かって歩き出した




一度顔を見せに来るように、と言われているがエルヴィンの前に立つのは少し緊張する
久々に着る制服におかしなところが無いのを確認すると前髪を整えてから扉をノックした
入れ、と声が聞こえてそっとノブを引き開ける
細い隙間から中を覗くと机に向う彼の姿が見えた

「エルヴィン」
「あぁ、

彼が持っていたペンを置いてこちらへと顔を向ける
側に来るようにと促され、室内に入ると扉を閉めた
机に近付こうと二、三歩進んだところでエルヴィンがガタッと椅子を鳴らして立ち上がる
それに驚いて思わず足を止めてしまった
彼の側で過ごした間、一度もそんな雑な動きをした事はない
いつだって紳士のように静かに、優雅な立ち居振る舞いで――と思っている間にエルヴィンが自分の前に立った
右手が首元に迫り、びくりと肩を揺らす
首を絞められる――と思ったが彼が触れたのは首に巻いたスカーフだった

「……リヴァイか」
「あ……はい、兵長が首を隠すようにと……」

触れた質感で彼が使う物だと分かったのだろうか
まあ確かに上品な艶のあるとても肌触りの良い物なのだが――
はそう思いながらエルヴィンの手に両手で触れた

「友人に見られるのが恥ずかしくて」
「そうか」
「はい。あ、あと……」
「うん?」
「その、お風呂はどうしようかと……」
「ふむ……体にも結構つけてしまったな」
「はい。遅い時間に入った方が良いでしょうか」
「……大丈夫だ。俺に任せて欲しい」
「?、はい、お願いします」

一体何をするつもりなのか
いくら団長とはいえ、訓練兵が使うお風呂を貸し切りになんて出来ないだろうし
そう思っているとエルヴィンの指がスカーフから離れてこちらの手を握った

「訓練へ行くのか」
「はい、寝込んでしまったので慣らしに行きます」
「同行しよう」
「お仕事は……?」
「丁度終わったところだ」
「そうでしたか。お願いします」

体力が落ちて、体も鈍っているから一人で訓練をするのは不安で
ミカサに頼もうと思ったのだが彼女は他の人との先約があるようで声を掛けられなかった
今日は団長にお願いしておこうと思っていると彼が頷き、手がそっと離される
側の棚に置かれている立体機動装置を身に着けるのを見て、その慣れた手付きに見惚れてしまった
自分はこの装備の重さのせいでいつもよろけたりしてもたもたしてしまうというのに
そんな事を考えているとエルヴィンがこちらへと顔を向けた


「?」
「君のことを、と呼んでも良いだろうか」
「っ……はい」
……ああ、可愛らしいな。さあ、行こうか」
「はい」

愛称で呼ばれるのはなんだかくすぐったい感じがする
そう思いながら部屋を出て、歩き出そうとしたところで手が、差し出されて――
この手を握っても良いのだろうか
外へと出れば多くの人の目に晒されてしまうのに
は頭の片隅でそう思いながらも自分の右手を彼の手に重ねた




緩やかな風が通り過ぎ、葉が揺れて涼やかな音を立てる
心地良さを感じながらは木から木へと飛び移るという動きを繰り返していた
目に入る模型もいくつか壊して、さあ次はどちらへ行こうか――と思ったところで前方に目立つ体躯の男性を見つける
彼がこちらへ向けて軽く手を上げるのを見て、は上部の枝へアンカーを刺すと同期の前へと移動した
惰性によってぶつかりそうになったが彼――ライナーが両手で押さえてくれる

「ごめんなさい、ライナー」
「いや。、お前に聞きたいことがある」
「ん、なぁに?」
「何故団長が一緒に来ているんだ」
「え?なんか、同行しようって言われて」
「はあ……お前に付いて回るのは良いが……いや、それも良くないがやり難い」
「そう?」
「上官の目があるとな……お前、よくあの団長の側に――」

と、そこまで口にしたところで上の方でザッと音が聞こえた
風の音とは違う――と思ったところで背後に風圧を感じ、お腹の辺りを引っ張られるようにして後ろへ引かれる

「っ……あ、団長」
……彼は?」
「同期の友人です」
「……友人?」
「!?……はっ。104期訓練兵、ライナー・ブラウンです」
「そうか……ではライナー。一つ命令だ」
「命令……?」
に触れるな」
「っ……はっ、了解しました!」

ぶら下がった状態だというのに見事な敬礼をする彼
その立派な体格も相まって、兵士らしい――と思っている間にも団長に抱えられてその場から離れた
慌てて自分のアンカーを抜くとワイヤーが巻き戻るのを確認してエルヴィンを見る

「エルヴィン」
「うん?」
「ライナーがなにかしましたか?」
「君に触れた」
「え……ぶつかりそうになったので、止めてくれたのですが……」
「それでも」
「っ……」
「緊急時以外で君に触れる男は許せない」
「……き、気を付けます」
「そうしてくれると嬉しい。俺も兵士となる者を……削ぎたくはないんだ」

そう言った団長は微笑んではいるが、それに反して目だけは冷たい光を感じた
背筋がぞっとしながらもなんとか笑みを浮かべて言葉を返す

「エルヴィン、物騒なことを言わないでください……」

多分、恐らく、冗談で言った、と思いたかった
九割は本気なのだろうけれど
後でライナーに謝らなければ
言葉を交わすところを団長に見られたら困るから手紙を書いて人伝に渡した方が良いかも知れない
はそう思いながら自分を抱えたまま飛ぶエルヴィンの顔を見上げた